23 匂い
凛はベッドに座ると、話し始めた。
私もそんな凛の隣に座った。
「この前、鬼が見つかっただろ?今の時代に鬼が残ってるだなんて……父さんもそうだけど、純血が守れるほど鬼が集まってる場所が、僕の村以外にもあったってことになる。僕の村に純血の鬼は父さんだけだし、父さんは絶対に村から出ないから」
そうだよな。
そういうことになるよな。
私は凛の心配ばかりしていて、そんなことは考えていなかった。
……もしかして……
「ねぇっ。凛のお父さん、凛を探しに村を出たんじゃない?」
私は急に不安になった。
前に凛は勝手に家を出てきたと言ってたから……。
「それはない」
「わかんないじゃん、そんなこと」
「絶対ない。だって違う県の山にいたんだよ?ニュースになってた鬼は。僕はずっと都会に行きたいって言ってたんだから、山になんか行かないでしょ」
凛は冷静だった。
慌ててるのは私の方だった。
そっか……。
凛の村と、鬼が見つかった山は位置的に正反対だ。都会に出る方が全然近い。
私は話を戻した。
「なんで街の中に鬼がいるってわかったの?」
「匂いでわかる。匂いが薄かったから純血の鬼が遠くにいたか、ハーフの鬼が近くにいたかはわからないけど」
「すご……そんなのわかるんだ」
「モモ。心配だから、しばらくの間は迎えに行く」
「え?」
「モモに鬼の匂いが少しだけついてるから」
「は?」
「まだ近づかないとわからない程度だけど」
「へ?」
意味がわからない。
匂い?
私は自分の腕の匂いを嗅いだ。
「モモにはわからないよ。鬼にしかわからない」
「だったらなんなの?」
「……鬼の方から、モモに近づいてくるかもしれない」
「なんで?」
「モモから鬼の匂いがするから」
……だからなんでなんだよ。なんでそれで鬼が近づいてくるんだよ。
「何のために?」
「……モモのことを同族だと勘違いして」
「匂いが薄いのに?」
「僕にはわからないけど、鼻のいいヤツならクォーターだと勘違いするかも」
なるほど……?
「だから1人で帰らないでね」
「同族だと思われたからって、別に何もしてこないでしょ?」
凛は少し難しい顔をして黙った。
それからぽつりと、静かに話し始めた。
元々鬼は、自分たちの種族を絶やさないために、他種族との交流は一切しなかったらしい。だから同族を強く求める習性があると。
「だから心配。モモかわいいから、他の鬼に惚れられちゃうかも。襲われちゃうかも」
「は?襲われる?」
「鬼は……人間よりも強いから」
鬼が力持ちなのは知ってるけど……
「襲われるって、殺されるの?」
「そう言う意味じゃない。だけど鬼は強いから」
「よくわかんない」
「三大欲求が、人間より強いから」
三大欲求……
食欲、睡眠欲、性……
そういう意味か。
「さすがに大丈夫でしょ」
「……だってモモはかわいいから」
凛が私を守ろうとしてくれてる。
私はそんな凛にときめいてしまった。
「わかった。ありがとね」
それにしても……さっき“まだ”って言ってたよね?
“まだ近づかないとわからない程度だけど”って……。
一緒にいる時間が長くなると、もっと鬼の匂いが強くなるのかな……?
それから凛は、毎日のように私を迎えに来た。
「やっぱりこの辺のどこかにいる。匂いがしない日もあるけど、する日も多い」
店から駅までの道を、凛と手を繋ぎながらゆっくりと歩いていた。
「同じ鬼ってこと?それとも違う鬼?」
「そこまではわからない。同じかもしれないし、違うかもしれない。もしかしたら複数の鬼が街に来てるかもしれない」
「そうなんだ。凛はどこまでわかるの?」
「どこまでって?」
「鬼の血が少しでも入ってたら匂いを感じるの?」
「ううん。クォーターの鬼だと、もう血が薄れて僕にはわからない」
「鬼に会いたい?」
「別に」
寂しくなったりしないのかな?
「あんた、お母さんにちゃんと連絡してる?」
「してない」
「私のお母さんにばっか電話してないで、実家にもちゃんとしなよ」
「電話もスマホもないよ。僕の家には」
不便極まりないな。
「一度ちゃんと帰りなよ。心配するよ?」
「大丈夫。僕が村を出たがってたのは知ってるから。あの2人もきっと、僕がいない方がのびのびすると思うよ?」
凛は笑いながらそう言った。
本当に寂しくないのかな?凛はこんなに寂しがり屋なのに。
無理してないかな?
だけど、凛はとても素直に感情を表に出すし、寂しかったら、もうとっくのとうに村に帰ってるだろう。
「たぶんだけど……この街で普通に働いてるとか、遊んでるんだと思う。鬼のハーフが。それに僕、毎日この辺で事件がないか調べてたんだけど、悪いニュースは見かけてないから、悪さをしに街に来たんじゃないと思う」
そんなこと調べてたんだ。
それにそんなことを考えてたんだ。
私は感心した。
「明日からはまた、仕事が終わったら教習所に通うね」
「わかった。頑張ってね」
私たちは電車に乗り込んだ。だけど帰宅ラッシュで電車の中はぎゅうぎゅうだ。
凛は私が押し潰されないようにそっと抱き寄せ、それから閉まったドアに片手をつき、スペースを確保してくれた。
なんだよ……。
男らしいところあんじゃん。
たったこれだけのことで、私は惚れ直してしまった。
私……チョロ……。




