19 結婚しろ
「あのね、お母さんっ。僕モモにおへそ見せてもらえたっ」
ある日、仕事から帰ると、凛のそんな声が聞こえてきた。私は慌てて部屋に入った。
凛はベッドの上で、胡座をかきながら母とビデオ通話をしていた。
「凛っ」
「あ、モモおかえりぃ」
ニッコニコの凛が、悪びれることなく私のことを見た。
『あら、もう桃帰ってきたの?いつもより早いね』
母の明るい声が耳に届く。
「あんたまたっ──」
私が文句を言おうとしたら……
「僕ね、モモと一緒にお風呂に入ったんだよ?」
『あらあら、まぁまぁ、それはよかったね』
なんなんだよこいつらは……。
「僕モモと結婚する。いい?」
は?
『いいよー。凛くんなら、ママ大賛成』
何言ってんの?
珍しく凛はテレビをつけていなかった。部屋の中は、凛とお母さんの楽しそうな声だけが響いていた。
「……しないよ」
「え……?」
「しない」
「なんで……?」
「そんなすぐには結婚しないよ」
「なんで?僕はもう結婚したい」
「しない」
「ひどい……ひどいよモモ……僕の初めてを全部奪っておいて……」
奪ってない……。
「キスは凛からしたんじゃんっ」
「でも僕の初めてを奪ったじゃんっ」
「奪ってないってばっ」
「僕たちもう、何度も愛し合っ──」
「あ゛ぁ゛ーーーーーーっ」
私は凛の声をかき消すように叫んだ。
『若いっていいね』
凛のスマホの中の、母がそう言った。
もう消えたい……。
こんなの恥ずかしすぎる。
穴があったら入りたい……。
なんなんだよもう……こいつら……。
『じゃあ結婚式はいつにする?式代はママたちで出すから』
なんてことを言い出すんだ。そんなことを言ったら、凛が調子にのる。
「だからしないってっ」
「なんでだよっ」
「そんなすぐにするもんじゃないでしょっ?」
「モモのばかっ」
「凛のあほっ」
それから凛は母と少し話すと通話を切っていた。
「なんでだよっ。責任とれよっ」
「結婚は別でしょっ?」
「別じゃないっ。モモは僕のことが好きなんだろっ?」
「好きだよ?でもそれとこれとは別だよっ」
「……へへぇ……モモは僕が好き……」
凛は急にふにゃふにゃとしながら、ツノを出した。
私はそんな凛の隣に座った。
「モモは僕のことが好き……嬉しい……」
……ホントにもう……なんなんだよこいつは……。情緒が不安定すぎる。
「ねぇ……仕事中にツノ出してないよね?」
「大丈夫。出してない。それにヘルメット被ってるから、もし出ちゃってもすぐにバレない」
ならいいんだけど。
凛は私を抱きしめた。
「モモ大好き」
「……私も大好き」
「じゃあ僕と結婚して」
「……しない」
「なんでだよっ」
凛は私の体を離すと怒りだした。
また……あの拗ねた顔だ。
「僕と結婚しろ」
「……」
「しろ」
本当にもう……単細胞だなこいつは……。
それは鬼だから?
それとも凛だから?
「……しろよ……」
「しない」
「……じゃあ他に何をあげればいい?」
「……え?」
「ファーストキスも初めてもモモにあげた。他に何をあげればモモは僕と結婚してくれるの?」
「違う……」
「……」
「あげるとかそんなんじゃなくて……もっとお互いをよく知ってからするものでしょ?結婚っていうのは」
凛は不貞腐れながら黙った。
私はまだまだ結婚する気なんてなかった。
「やだっ。僕モモと結婚するっ。したいっ。今すぐしたいっ。僕と結婚しろっ」
この癇癪わがままヤロー。
この前までは好きじゃないって言ってたくせに。
「わからずやっ。もう別れるっ。ここから出て行けっ」
私がそう言うと凛はとうとう泣きだした。
「モモのばかぁ。モモのあほぉ」
凛はそう言うと、頭まで布団にくるまった。
「お母さん……モモが結婚してくれない」
……はぁ……。
またお母さんに電話してんのか……。
「うん……うん。そう。また出て行けって言われた。別れるって言われた」
だから丸聞こえなんだってば……。
「……僕のこと好きだって言ってたのに……うん……そうだよ?大好きっていっぱい言ってくれた」
もうやめてってばっ。
私は布団を剥がした。
「やめろよっ。今電話してんだからっ」
「丸聞こえなんだよっ」
「邪魔すんなっ」
「お母さんにいちいち言いつけないでよっ」
「じゃあ僕と結婚しろっ」
「しないっ」
「……あんなにちゅーしたのに……?」
「電話切れっ」
凛はまた布団を被り泣きだした。
私はそんな凛を放って、シャワーを浴びにいった。
はぁ……
何で私は、あんなわからずやで、わがままなヤツのことを好きになっちゃったんだろう……。
とりあえず引っ越そう。
もう少し広いところに引っ越して、ベッドももっと大きいのにして……
そうやって……
そうやって少しずつ進めたいのに……。
なんですぐに結婚だのなんだのって……凛のばか。単細胞。パピーヤロー。
私だってこんなケンカばっかしてないで、甘い生活を送りたいよ。せっかく両想いなんだから。
2人でもっと楽しみたい。
色んなお店に行って、凛に美味しいものをたくさん食べさせたい。色んな所に行って、凛に楽しい思いをして欲しい。2人で楽しい思い出を増やしたい……。
そう思いながらシャワーを浴びてると、ドタドタと足音が聞こえてきて、急に浴室のドアが開いた。
「モモのばかっ」
わざわざそれを言うために来たのか……?
「僕、絶対にモモと別れないからなっ。それでいつか絶対、モモと結婚するっ」
……今“いつか”って言った?
私は顔だけ凛に向けてこう聞いた。
「いつかでいいの?」
「……だって……今はお互いを知っていく期間なんだろ?」
「そう」
「モモの言う通りにするよ」
「ありがと。もうドア閉めて」
「わかった」
凛は浴室に入るとドアを閉めた。
そうじゃないだろ。
「あんた濡れるよ」
「……僕も一緒にシャワーする」
「お風呂にお湯張ってないから出てって」
「寒いのっ」
凛はそう言うと、服を脱ぎ始めた。




