18 拾わなきゃよかった
浴室に入ると、私は簡単にシャワーを浴び、すぐに凛が入っている湯船に浸かった。
「ふぅ……あったまるぅ……」
「ふふっ」
凛が笑っていた。
「なに?」
「……ふふっ。モモのおへそ見た」
だからなんなのそれ。
「モモのおへそ見た」
「……」
「モモ?」
「ん?」
「モーモッ」
凛の弾んだ声が、浴室に響いた。
「大好きだよ」
……え……?
……は……?
……。
はぁ?
「モモだぁーい好きっ」
凛はそう言って、私のことを湯船の中で抱きしめてきた。
「……」
「モモ……大好き……」
なんで……?
え……?
今……何が起こってるの……?
凛は自分の脚の間に、私を座らせるようにすると、背中からさらに抱きしめてきた。
「モモも僕のことが好きなんだろ?」
好き……だけど……
え……?
どういうこと?
「モモ?」
「……」
「モーモ?」
耳元で凛の声が響いていた。
頭が混乱して……凛がなにを言っているのかがわからない。
「モモ?」
「……ん……?」
「モモも僕のことが好きだから、おへそ見せてくれたんでしょ?」
「……」
「……」
「……」
「……違うの……?」
凛の声は、さっきとは違って、不安が混ざっていた。
待って……
おへそを見せたら、凛の中では両想いなの?
え?
なんなの?
おへそってアレでいいんだよね?お腹にあるやつだよね?
あれがそんなに重要なの?
え?
え……?
「モモ?」
「はい」
頭がずっと、混乱していた。
「……違うの……?」
「え……?」
「モモも僕のことが好きだから、おへそ見せてくれたんじゃないの?」
「……いや……」
「……」
「私、そのルール知らないから……」
すると凛は驚いたような声を出していた。
「え?“おへそ”は大事でしょ?」
……大事……?なんだろうけど……。
「おへそは好きな人にしか見せないでしょ?裸も……好きな人以外には見せないでしょ?」
いや……下着姿ではあるけど、別に裸じゃないし。
「それは……そうだけど……」
「だったら今……そんな姿をモモが僕に見せてるってことは、モモは僕のことを好きなんだよね?」
いや……好きは好きだけど……。
「……凛は……」
「ん?」
「私のことが好きなの……?」
さっきそう言っていたような気がするけど、本当に?
「だぁーい好き。モモも僕のおへそ見るぅ?いいよ?見ても」
……。
“だぁーい好き”……。
え?
あれ……?
ウソでしょ……?
クソ……
まさかこんなパピーに泣かされるとは……。
今まで“好きじゃない”と言われ続けていた私は、頭の中が混乱しつつも、凛の“大好き”という言葉が胸に沁み込み、気がつけば涙が流れていた。
「モモ?」
凛はそう言いながら私の顔を覗き込んできた。
「……泣いてるの?」
脱衣所の明かりはついているから、浴室の中は真っ暗なわけではない。さっき凛が、私のおへそを見たと言っているくらいには、お互いの姿が薄明かりの中、見えていた。
「なんで泣いてるの?」
「……」
「……モモは好きじゃないの?僕のこと……」
あ……私まだ伝えてない……。
「……好き……」
「よかったぁ。僕も好き」
え……
なんなのこれ……。
次の日、仕事から帰ると凛がすぐに抱きついてきた。
「モモ大好きっ。おかえりっ」
凛は鬼の姿だった。なんで?
「……なんで鬼になってんの?」
「んー?たぶん嬉しいからっ」
「何が?」
「モモが帰って来たからっ」
なんだこいつ。
「モモが僕におへそ見せてくれたからっ」
「もう……そのおへそへの執着はなんなの?」
「だって好きな人にしか、おへそとか裸を見せないって父さんが言ってたから」
「……」
じゃあへそ出しファッションとか、水着はどうなんだよ。
「だから僕、ずっとモモに見せてほしかった」
……それってやっぱり……
「私のことが好きだったってこと?」
「……そうだよ?」
それであんなに“へそへそ”言ってたのか……。
てかなんだよその教え。
凛も変だけど、凛のお父さんも変だな。
だから前に、服を脱がせてもいいのかを聞いてきたのか。
手を洗い終えると、私はベッドに座った。凛も同じように隣に座った。
「なら何で私のことを好きだって言わなかったの?ずっと私のことなんか好きじゃないって言ってさ……」
そうだよ……。
いつの間にか、私は凛のその言葉に傷つくようになってたんだから。
「だって……僕がモモのこと好きだって言ったら、モモは全力で、僕のことをここから追い出そうとしただろ?」
……。
「ただでさえ僕のことを追い出そうとしてたのに、そんなモモに好きだなんて言ったら、モモは余計に僕に出て行けって言ってただろ?」
そんなこと考える脳みそがあったんだ……。ただのパピーだって、凛のことをバカにしてた。
「モモッ。僕と結婚しよっ?」
「は?」
「しよっ?」
「なんで?」
「だってモモは僕を拾ったんだから、最後まで面倒みないといけないんだよっ」
凛はニッコニコの笑顔だった。
「またそれ?それ以外に言うことないの?もう聞き飽きたんだけど。それに意味わかんないし」
「……僕のファーストキスの相手だし、僕の初めてをあげた相手だからっ」
……本当にファーストキスだったの……?それに“初めて”……?そんなふうには感じなかった。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ?僕はモモしか女の人を知らない」
「……だって……あんた手慣れてたじゃん」
「あ、それは父さんに仕込まれた」
……凛父……変なところで教育熱心だな……。
「責任とって結婚してよ」
……責任……?
「僕と結婚して」
「……」
「結婚しろ」
……あー……重っ……。
「しろよ」
……やっぱり……変なの拾っちゃったな……。




