15 おへそ
「ねぇ、モモッ。明日職場の人たちでごはん行くことになったから、モモも仕事が終わったら来てよ」
「やだよ」
「やだっ。来てっ」
「間に合わないよ」
「間に合うから来てっ」
「やだ」
「19時からだから来てっ」
「やっぱり間に合わないじゃん」
「途中からでいいから来てっ」
凛は一度言ったらなかなか譲らない。わがままで頑固なヤツだ。
本当に……こんなことになるなら拾わなきゃよかったよ。
「来て」
「……」
「来て」
「わかったよもう……」
凛はひとりっ子だと以前言っていた。きっと甘やかされて育ったんだろうな。だからこんなにわがままなんだ。
次の日、仕事が終わると私は凛に指定されたお店に向かった。“ごはんを食べに行く”と言っていたのに、そこは居酒屋だった。
「おっ。かわい子ちゃんが来た。この子が凛太郎の彼女ちゃんか」
彼女……?
私は凛の隣に座ると小声で話しかけた。
「なんで彼女ってことになってんの?」
「一緒に住んでるって言ったら、なんかそうなった」
ちゃんと否定しろよ。
「凛太郎はいつ、酒が飲めるようになるんだ?」
「来月です」
凛……敬語使えるんだ。吉野くんにもお母さんにもタメ口だったから、敬語を知らないんだと思ってた。
「ははっ。そうかぁ。早く凛太郎と酒が飲みてぇなぁ」
凛はどうやら可愛がられているようだった。
「モモちゃんは成人してる?」
「はい」
「じゃあ飲め飲めっ」
凛の上司っぽい人がそう言って私にお酒を勧めてきた。私は遠慮なく頂いた。
“モモちゃんは何歳?”
“仕事は何してるの?”
私はそんな質問に答えながらお酒を飲んでいた。
凛のばか。
凛のあほ。
私は凛の彼女じゃないのに。なんで彼女ってことになってんだよ。ちゃんと否定しろよ。
虚しくなるじゃんか……。
親戚とでも言っておけばよかったのに。
ホントばか。
ばかばかばかばか。
凛なんて嫌い。
大嫌い。
そんなことを思いながら、勧められるがままに、私はお酒を飲んでいた。もうやけ酒に近かった。
「凛はちゃんとやってますかぁ?」
しばらくすると私は酔っ払っていた。
「おうっ。しっかり働いてるよっ。モモちゃんの負担になりたくないからって、頑張って働いてるよぉ」
……私の負担に……?
凛……そんなこと思ってたの……?
「もうこいつさぁ、口を開けば“モモ、モモ”って言ってんだよ。ラブラブで羨ましいのなんのって」
……そんなに私のことを話してるの?
隣の凛を見てみると、歳の近そうな男の子と楽しそうに話していた。あの子かな……凛がハタチになったらお酒を飲むって言ってた子……。
凛が同年代の男の子と仲良くしてるの、吉野くん以外で初めて見たな……。
凛がちゃんと自分で築いた人間関係。
なんだ……
私がいなくてもちゃんとやってんじゃん……凛……。
これならひとりでも、ちゃんと生きていけるじゃん。
家に帰ると、私はまた聞いてみた。
「凛……私のことが好きなんでしょ?」
「モモのことなんか好きじゃない」
やっぱりこれだ。
なんでよ。
職場で私の話ばっかしてんでしょ?
なのになんで?
なんで凛は私のことを好きになってくれないの……?
好きになってよ。
お願い……凛……。
私のことを好きになって……。
そう思ってるのに、凛はいつも、私を好きではないと言う。
「明日ね、吉野くんが買い物に誘ってくれたんだ」
「そっか。楽しんできてね」
「うんっ」
凛は楽しそうにしていた。
吉野くん、ありがとう。
凛が私以外と関わるのはいいことだ。そうやって、少しずつ私離れするんだ。それでいい。そうやっていろんな人に関わり合って、そのまま自立心が芽生えて欲しい。
仕事から帰ると、すでに凛は買い物から帰ってきていた。
「見てモモッ。全部吉野くんに選んでもらった」
凛はそう言いながら、買ってきた洋服をベッドの上へと広げた。どれも凛に似合うものだった。
吉野くん、センスいいな。
そう思っていたら凛が後ろから抱きしめてきた。
しばらくそうしたあとで、凛は私の顔を覗き込むようにすると、私の顎を掴み、凛の方に向かせ唇が重なった。
……あれ……?
凛はいつもと違うキスをしてきた。
私は慌てて凛から離れた。
「ちょっとやめてよっ」
「なんで?」
「なんでって……」
「僕たちもう、たくさんちゅーしてるよ?」
「そういうのはね、好きな人同士がするの。凛は私のことを好きじゃないんでしょ?」
「うん」
……。
またそれか……。
ばか……。
凛のあほ。
凛はムスッとした顔になり、私から離れると、ベッドに広げた洋服を片付け始めた。
「モモのわからずや。ばか。あほ」
聞こえてんだけど。
凛はぶつぶつと独り言のように、私の文句をずっと言っていた。
「あんなに僕とちゅーしてるのに……」
「……」
「寝る時も、僕がいないとモモは眠れないのに……」
ホント……なんなのこいつ。
「ホントばか。モモのばか」
「全部聞こえてんだけど?」
「……」
「凛が言ってることは矛盾してんだよ?自分でもわかってんでしょ?」
「だったら見せてよっ。おへそ見せてよっ」
は?
なんなんだよこのモンスターは……。
「見せるわけないでしょ。この変態鬼が」
凛はツノを出し、拗ねた顔をしていた。




