14 なんでなの?
凛は働いてから毎月ちゃんと生活費として、給料の大半を私に渡していた。私は生活費を抜き取ると、あとのお金は貯めていた。
これで……凛は引っ越しができる。最低限の家具家電も、安いものであれば揃えられるだろう。
それだけのお金が貯まった。
凛が仕事から帰って来ると、ごはんを食べる前に早速話を切り出した。
凛はすぐにテレビをつけ、バラエティ番組を見始めた。
「凛、今まで凛がくれてた生活費ね、必要な分だけ抜き取って、あとは取っておいたの」
「うん。それで?」
テレビを見たまま、凛は返事をしていた。
「これだけあれば部屋を借りられるから、もうここから出てって?」
私がそう言うと、凛は驚いた顔をしたかと思うと、すぐにムスッとした顔をした。
「やだ。僕何度も言ってるだろ?絶対にここを出ていかないからな」
「じゃあ私が出てく。ここの部屋を解約するから凛も自分で部屋を借りて?」
「なんでそんなこと言うんだよっ」
もう私の限界だ。
凛と離れたい。
「……お願いだから」
「やだ」
「お願い」
「やだっ。僕のファーストキスを奪ったくせにっ」
は?
ファーストキス?
奪ってない。
なんなら凛からしてきたじゃんか。
「僕のファーストキス返してよっ」
「凛からキスしてきたんじゃんっ」
「でもファーストキスには変わりないもんっ」
「もう出て行って」
「出ていかない」
「お願いだから」
「モモのばかっ」
「凛のあほっ」
「このわからずやっ」
「そっちこそっ」
もうお願い。
私、傷つきたくない。
「もういいっ。家出する。僕、実家に帰るっ」
凛は立ち上がりそう言いだした。
「その間に頭冷やしておいてよねっ」
続けて凛はそう言った。
「頭冷やすのはそっちだからっ」
私はそう返した。
「もう、モモは僕が背中トントンしてあげないと、すぐに眠れないんだからなっ」
「そんなことない。ちゃんと眠れるもんっ」
「いーや。モモの寝つきそんなによくないもん。僕がトントンしてるから、すぐ寝られるようになったんだよっ」
……悔しいけど、それは本当のことだ。
「でも、もうひとりでもすぐに眠れるもんっ」
「ばかっ。モモのばかっ」
「二度と帰ってくんなっ」
「……っ……モモのばかぁぁぁ」
凛は泣きながらそう言って荷物をまとめ始めた。それが終わると、足をドタドタとさせながら家を出て行った。
もういい。
二度と帰ってくんな。
そのまま実家にいろ。
村に帰れ。
私のことが好きじゃないんなら、私のそばにいないでよ。どっか行っちゃえ。
凛がつけたテレビがうるさい。
私はすぐにリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。
……はぁ。
もう知らない。
そう思ったのに……──
しばらく時間が経つと冷静になってきた。
時間を確認すると凛が家を出てから2時間経っていた。
私はスマホを手に取ると乗り換え案内のアプリを立ち上げた。凛の実家の場所はわからないけど、何県かは知っていた。
うちの最寄り駅と凛の出身県の適当な駅を設定し、ここから何時間くらいかかるのか調べてみた。新幹線を使って2時間くらいか……。
村は山奥だって言ってたけど、どのくらいかかるんだろう……まだ家には着いてないよね?
ちゃんと凛は帰れるのかな?
大丈夫かな……。
気がつけば私は、凛の心配ばかりしていた。
その夜、私はなかなか寝つけなかった。
次の日……
仕事から帰るとお母さんから電話があった。
『ちょっと桃、また凛くんとケンカしたんだって?』
あいつ……またお母さんに言いつけたのか……。
しょっちゅう電話してるもんな。
「凛が部屋を出ていかないから」
『もう……昨日凛くん、泣きながら帰って来たんだから……』
は?
実家って、私の実家?
しかも帰ってきたって……
お前の実家はそこじゃないだろ……。
「凛、そっちにいるの?」
『そうだよ?桃に二度帰ってくるなって、そう言われたって泣いてたよ?』
「……」
『凛くん、桃がファーストキスの相手だったんだって。大切にしてあげなさいよ』
「凛がいきなりしてきたんだよっ。私からしてないもんっ」
『それでもファーストキスには変わりないでしょ?』
「そもそも付き合ってないっ」
『あら、そうなの?』
もうお母さんも嫌いっ。凛の肩ばっかもっちゃってっ。
「お母さんのばかっ」
私はそう言って電話を切った。
凛が出て行ったのは昨日の夜、金曜日だ。
凛は今週の土日は休みだから……たぶん明日の夜にはこっちに帰ってくるだろうな。仕事もあるし……。
その夜もまた、私は眠るのに時間がかかった。
日曜日、仕事から帰るとやっぱり凛は帰ってきていた。
「ちゃんと頭冷やした?」
凛が話しかけてきた。
私は凛を無視してシャワーを浴びに行き、出てくるとまた話しかけてきた。
「僕はここから出ていかないから」
「……」
「モモッ。僕の話聞いてる?」
「……」
「……僕のこと嫌い?」
「……」
私はスキンケアを済まし、髪を乾かしに洗面台に向かった。それが終わると、ごはんも食べずにベッドに横になり、布団をかけて目をつむった。凛はそんな私のことを後ろから抱きしめた。
「モモ……」
「……」
「……モモ……」
「……」
「僕こんなの嫌だっ」
「もう眠いから」
本当は全然眠くない。
「モモこっち向いて」
「イヤ」
「こっち向いて」
凛は無理やり向かせた。
「おやすみのキスがまだだよ。ただいまのキスもしてない」
「普通しないよ?恋人同士でもない人たちが、そんなことしない」
「……じゃあ……おへそ見せて?」
やっぱりこいつの頭は沸いてる。
閉鎖的な村で育ったから、私と常識が違うんだ。
「私のこと好きじゃないんでしょ?」
「好きじゃないよ?」
ほら……
もう疲れたよ。
昨日も一昨日もよく眠れなかったから睡眠不足だ。疲れも溜まってる。体が重い。それなのに今日もすぐには眠れなさそうだ。全然眠くない。
ひとりでゆっくりと眠りたい……。
そう考えていたら凛は私の背中をトントンとし始めた。
眠くないはずだったのに、私のまぶたはすぐに重くなった。
朝起きるとテーブルに朝ごはんが用意されていた。
私、今日休みなのに……。
シフト表、わざわざプリントして、冷蔵庫に貼ってるから凛もわかってるはずなのに……。
凛の優しさが嫌だった。
辛かった。
苦しかった。
そう思うほどに私は、凛のことを好きになっていた。
だいたい最後まで面倒見ろってどういうこと?
最後までってなに?凛が言うことはハチャメチャで私には理解ができなかった。
ねぇ、凛。
私のことが好きじゃないのに、なんで私と一緒にいたいの?




