13 このままじゃ……
仕事をしながらも色々と考えていた。もちろん凛のことだ。どうしたら凛を、あの家から追い出すことができるのか、どうしたら嫉妬をやめさせられるか……。
でも凛の性格を考えると、結局何も思い浮かばなかった。
仕事が終わり、店を出ると周りを確認した。
凛は……いないな。
よかった……。
凛は髪の毛がピンク色だから目立つ。でも周りにそんな人はいなかった。私はホッと胸を撫で下ろした。
念のため、吉野くんとはお店を出る時間をずらし、現地集合にしていた。
無事に合流をすると乾杯をした。おつまみが次々にテーブルへと運ばれてくる。
「ピンクの子とはまだ住んでるの?」
「まぁ……事情があってね」
「事情って?」
「色々」
「だったら家出してみれば?実家に行くとか」
「実は実家の母と、すでに仲がいいんだよね、彼」
「……それならうちに来る?ちょっと賑やかだけど、部屋空いてるよ?」
吉野くん家に?
吉野くんは実家暮らしだから、変な意味でそう言っているわけではない。本当に私のためを思って言ってくれてるんだ。
いつも優しいんだよな……吉野くんは……。
するとすかさず後ろから……
「そんなのだめっ。絶対にだめっ」
ガヤガヤとした店内に、そんな声が響いた。周りの人が一斉に、こちらに視線を向けた。
……凛の声だ。
私は振り向いた。
そこにいたのは黒髪の凛だった。
「モモの嘘つきっ。やっぱり男じゃんっ」
「なんで……」
「モモの嘘つきっ」
やめてよ……みんな見てんのに……。
そんな中、少し遠くの席からは笑い声だったり、「お待たせしましたー」なんて言う、店員さんの声も聞こえてきた。なのにここだけが、一瞬シーンとなった。
「彼の名前はなんて言うの?」
吉野くんがそう聞いてきた。
「凛」
吉野くんは凛を私の隣に座らせた。
凛はムスッとした顔で、テーブルの上を見つめ、すぐに私の手を握ってきた。
「凛くん。凛くんはなんで立花さんの家から出ていかないの?」
「モモが僕を拾ったから」
「でも立花さんは出ていって欲しいみたいだよ?」
「拾ったんなら最後まで面倒みないといけないんだよ」
またそれかよ。本当に同じことしか言わねーな。
「最後までって?」
「最後までって言ったら、最後までだよっ」
凛がイライラとしていた。ツノが出るんじゃないかと、私はヒヤヒヤとした。
「ちょっと落ち着いて?凛」
「……」
凛の顔を覗き込みながら私がそう言うと、凛は黙った。それから凛用にソフトドリンクを注文した。
「凛くんは、立花さんのことが好きなの?」
凛はムスッとした顔のまま首を左右に振った。
「じゃあどうして立花さんと一緒にいるの?」
「だからモモが僕を拾ったから」
「それだけ?理由はそれだけなの?」
「だからさっきからそう言ってるだろっ」
話は堂々巡りだ。
「じゃあさ、とりあえず俺の家に来るのはどう?立花さんは女の子だから、付き合ってもいない人と2人で住むのは変だし、俺も友達として心配しちゃうんだ」
吉野くん……あんたってやつは、一体何でそんなに優しいんだい?人生何周目?
「……モモも一緒に?」
んなわけねーだろ。バカか。
「ううん。凛くんだけ」
凛は届いたドリンクのグラスを手に取ると、それを一気に飲み干していた。
「モモッ。帰ろっ?」
「ちょっと待って。まだ吉野くんの話が終わってない」
「僕は絶対に出ていかないからなっ」
立ち上がった凛を何とか座らせると、吉野くんはまた、凛に話しかけていた。
「凛くん。俺と友達になろ?」
「……お前、モモが好きなんだろ」
「好きだけど、恋愛感情じゃないよ?」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
「……本当に?」
「本当に」
「……でもモモと仲のいい男嫌い」
「いいじゃん、なろうよ友達に」
吉野くん……何を考えてるの?
「こっちにまだ友達いないんでしょ?だったら俺と友達になってよ。それで一緒に遊ぼう?」
それからも吉野くんは凛に寄り添い、話していた。すると徐々に凛は落ち着いていった。
結局凛は、吉野くんが提案した“俺の家に来る?”に対しては、首を縦に振らなかったけど、凛の嫉妬は落ち着いた。最終的には連絡先の交換をしていた。
すごい吉野くん……。
吉野くんには、凛がとある村から出てきたことを話していたから、凛に友達がいないことは知っていた。
……にしても……
凛が落ち着いたのが信じられなかった。
昨日だってあんなに言い合いになって話は平行線だったのに……。
帰る頃になると、凛はすっかりとニッコニコになっていた。しまいには、「吉野くんっていいヤツだな」なんて言っていた。
「なんで髪黒いの?」
「ウィッグ。ピンクじゃ目立つから」
用意周到だな……。
単細胞のくせにそんなことを考える頭、あったんだ……全然気が付かなかったよ。
家に帰ると凛はすぐに、私の唇にちゅっとしてきた。
寝る時間になり2人でベッドへと入ると、今度はおやすみのキスをされた。それからいつものように背中をトントンされ、私は眠った。
凛に友達ができたのはいいことだ。しかも吉野くんなら安心して凛のことを預けられる。
少しずつ……凛に友達が増えていけば……私への執着も和らぐかもしれない。
数日後。
「おはよ」
職場に着き、鍵を開けると、すぐに吉野くんが出勤してきた。
「おはよう。この前は凛のことありがとね。吉野くんてすごいね。あんな癇癪起こした凛を落ち着かせてたの、ホントすごいよ。私はいつもケンカになっちゃう」
ロッカーを開け、荷物をしまうと、制服を取り出した。
「ははっ。似たようなのが俺の近くにいるんだよ」
似たようなの……?
更衣スペースで着替え終わると、2人でイスに座った。
話を詳しく聞いてみると、歳の離れた妹が吉野くんにべったりだそうだ。いわゆるブラコンだ。吉野くんの女友達にも嫉妬をするようで、その姿が凛にそっくりなんだと言っていた。
だから自分が敵ではないことをちゃんとわかってもらえれば、凛が落ち着くだろうと思ったらしい。
すごいな、吉野くんは。
吉野くんが凛に寄り添ったら、本当に落ち着いちゃったんだもん。
しばらくは凛のことを話し、それから世間話をしてから仕事を始めた。
凛とは、あのあとも普通に暮らしていた。
たまに“私のことが好き”なのか聞いてみても、やっぱり凛はいつも“好きじゃない”と答え、私は次第に、その言葉に胸がチクリと痛むようになっていた。
凛が何を考えているのかわからない。
もう……今のままでは……──




