12 移り香
「明日、飲んでくるから遅くなる」
凛とまた住むようになってから、私は凛に気を遣って飲みに行っていなかった。嫉妬されんのが面倒だったから。
でももういい。
それを気にする方が面倒に思った。私のことを好きじゃないくせに、嫉妬しやがって。
「誰と?」
「職場の人」
「男?」
……吉野くんだけど、ここは嘘をつこう。
「女」
「……本当に?この前、店から一緒に出てきた男じゃないの?」
鋭い。パピーのくせに。
「女だよ」
「……じゃあ確認しに行く」
「なんでよ」
「僕が安心するため」
だからなんでよ。
「なんで私のことを好きじゃないのに嫉妬するの?」
「別にいいだろ?理由なんてなんだって」
「迷惑」
「モモが僕を拾ったんだからちゃんと面倒見ろ」
「じゃあ捨てる。もういらない」
「だめ。拾ったら最後まで責任もって面倒見なきゃいけないんだよ」
「だったら実家に預ける」
「やだ」
「そもそも欲しくて拾ったわけじゃない」
「……」
「凛のことなんかいらない」
私がそう言うと凛は目に涙を溜め始めた。
「モモ嫌い」
「私も凛嫌い」
「嫌い……」
「私は大っっっ嫌い」
凛はとうとう涙を流した。
「モモのばかっ」
「凛のあほ」
「っ……」
凛はベッドに上がると布団を頭までかぶった。
しばらくすると布団の中から声がした。
「お母さん。僕モモとケンカしちゃった」
あの……丸聞こえなんですけど……。
どうやら電話をしてるようだ。
しかもテレビもついていないもんだから、その声を遮るものは何もなかった。
「モモがね、僕を捨てるって言うの」
女々しいヤツめ。
もうそのまま実家に帰れ。
ケンカして母親に電話するだなんてマザコンか?そもそもお父さん信者だし、普段から服は、凛のお母さんが用意してたみたいだから、マザコンでもおかしくないか。
「うん……うん……ね?ひどいでしょ?もう僕のこといらないって言うんだよ?」
凛はそうやって母親に私のことを言いつけていた。
ベッドの上で膨らんでいる掛け布団を、私は腕を組みながら眉間に皺を寄せ、ずっと見ていた。
「でもね、僕もモモに酷いこと言っちゃった」
「ん?えっとね、モモに嫌いって言っちゃったの」
「うん……うん……わかった。ちょっと待ってて」
凛はそう言うと布団から腕を出してきた。その手にはスマホが握られていた。
「ちょっと電話出て」
は?
やだよ。
なんで私が凛のお母さんと話さなきゃなんないんだよ。
そう思いながらもスマホの画面に目をやると、そこに表示されてたのは“モモママ”だった。
……こいつ……自分の母親じゃなくて私のお母さんに電話してたのか……。
私はスマホを受け取ると耳に当てた。
「お母さん?」
『もうっ。ケンカしちゃ、めっ。あんなに泣いちゃって可哀想じゃない』
「だって凛がうざいんだもん」
私がそう言うと、布団の中から“わーん”という泣き声が聞こえてきた。
『もう……桃は凛くんよりもお姉さんなんだから、もっと優しくしてあげなさい。毎日ちゅーするほど仲がいいんでしょ?』
凛のヤロー……またペラペラとしゃべりやがって……。
「凛だってもう大人だよ?お姉さんとかそんなの関係ない」
『あらあらもう、子どもみたいにムキになっちゃって……とにかくちゃんと2人で“ごめんなさい”しなさい』
子ども扱いしやがって。
『ね?ちゃんと仲良くするのよ?もう1回凛くんに代わってくれる?』
私は布団をめくると凛にスマホを手渡した。するとすぐにまた、凛の声が聞こえてきた。
「うん……うん……わかった。そうしてみる。お母さんありがと」
布団の中の凛はそう言い、しばらくすると出てきて、私の前に立った。
「モモ、ごめんなさい」
「……何に対して謝ってんの?」
「モモに嫌いって言ったこと」
……そこじゃねーっての。嫉妬すんなって言ってんだよこっちは。
「もう嫉妬しない?」
「する。モモが僕以外の男といるのは嫌だ」
このままじゃ平行線だ。
「明日は女の子だから」
「確認する」
「だからそれをやめてって言ってるの」
「……モモのばかっ」
「凛のあほっ」
あーもう本っ当意味わかんないっ。凛なんて嫌いっ。大嫌いっ。
私はベッドに上がると布団を頭までかぶった。そこに凛が無理やり入ってきた。
「こっちこないでっ」
「いやだ。僕も一緒に寝る」
「あっちいってっ」
「やだっ」
「くっつかないでっ」
「やだっっ」
凛はそう言って私を後ろから抱きしめた。
次の日、明け方に目を覚ました。凛は私のことをしっかりと抱きしめていた。
わけわかんない。
本当にやめてよ。
私のこと好きじゃないなら嫉妬しないでよ。こんなふうに抱きしめないでよ。
その腕から抜け出そうとするも、出会った時よりも逞しくなった凛の腕は、ガッチリと私を包み込んでいた。私は抜け出すのを諦め、そのまま二度を寝した。
アラームで目覚めると、凛はすでに仕事に行ったようだった。
……私の体は、しっかりと凛の温もりを覚え、匂いも覚えていた。自分が着ていた部屋着のトップスを指で掴み、鼻に近づけてみる。
凛の匂いだ……。
正確には、柔軟剤と凛の匂いが混ざっていた。
別に臭いわけではない。
鬼って……匂いが強いのかな……。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
私に匂いつけないでよね。
そんなことを思いながら、仕事へ行く準備をした。




