11 考えるのやーめた
仕事が終わり家に帰ると、また凛は母とビデオ通話をしていた。私は盗み聞きをしようと、そっと部屋に近づいた。
「今日もね、仕事頑張ったんだよー」
『えらいね凛くん。この前筋肉ついてたもんね』
「うん。お腹ももう割れてきてるんだ。腹筋も始めたから」
『すごいすごい。今度見せてね?』
「いいよー」
『相変わらず桃とは仲良くやってるの?』
「うん。まだおへそ見せてくれないけど。ちゅーは何回かしたんだよ」
……また……
ペラペラペラペラと、お母さんにしゃべりやがって。
『ふふっ。よかったね凛くん』
“よかったね”だと……?
普通、娘の安全を心配するだろ。
「また今度、ちゅーしてみるね」
『うん。頑張ってね。応援してるからね』
「ありがとぉ」
はぁ……
まったくこいつらは……。
そこで私は部屋に入った。
「あ、モモが帰ってきた」
『じゃあまたね、凛くん』
私は2人に文句を言おうと思っていたのに、電話を切られてしまった。
「お母さんにちゅーだのなんだの話さないでよ」
「なんで?」
「恥ずかしいから。普通、親にそういうことを知られるの嫌でしょ?」
「僕は大丈夫」
……。
……違う……。
違うんだ……。
凛と私の常識は、全然違うんだ。
「とにかくもうそういうこと、お母さんに言わないで」
「やだ。いいことなのに。仲良しはいいことだろ?」
……もう……
凛のことがよくわからない。
それから凛は、本当に私にキスをよくするようになった。毎日のように……。
おかえりのキス、おやすみのキス。どちらも軽いものだ。
嫌がっても私の顔を押さえては、まるで親が子どもにでもするかのように“チュッ”としてくる。
ガキっぽいし、すぐ怒るし、わがままだし……
それなのに私は……
……やばい。
このままだと凛のことを好きになる。
一緒に暮らしているうちに、私はそう思うようになっていた。
凛の無邪気な笑顔を見ていると、こっちまでなんだか笑っちゃうし、凛が美味しそうに食べているところを見ると、やっぱり嬉しくなってしまう。
でも凛の気持ちはよくわからない。私のことなんか好きじゃないって言うし。
嫉妬までするのに私のこと好きじゃないの?
あーもうよくわからない。
「私のこと好きなの?」
「ううん」
「本当は好きなんでしょ?」
「好きじゃないよ?」
ほら、やっぱりコレだ。
可能性がない恋はしたくない。
凛が何をしたいのかがわからない。
いつの間にか涼しくなる日が多くなっていた。
未だに私は、凛のことを追い出せずにいる。
「ねぇ、服買いなよ?もう秋だよ?あんたいつまで半袖着てるの?」
夜ごはんを2人で食べている時にそう言ってみた。
「服はいつも母さんが用意してくれてたから。そっか。自分で買うのか」
「休みの日にでも買いに行ってきな?」
「やだ。モモと一緒に行く」
「だって休み合わないじゃん」
「モモの仕事終わりだったら一緒に行けるだろ?」
まぁ、それでいいか。
次の日。
私が働いているお店は繁華街にあるから、この辺で買い物ができると思い、お店の最寄駅で集合することにしていた。
仕事が終わり裏口から出ると、すでに凛がいた。
「駅でって言ったのに」
他のスタッフに見られるのが嫌だったから、そうしたのに。
「早めに着いちゃったから。別にいいだろ?」
凛は悪びれることなく、そう言った。
「もう……ほら行くよ」
私は凛の腕を引っ張った。
「引っ張んなよっ」
凛はそう言うと、私の手を握ってきた。
は?
「ちょっと、放してよ」
「やだ」
「なんでよ」
「……」
「放してってば」
「モモうるさいっ」
なんでよ……。
凛は私の手を握ったまま、ずんずんと歩き出した。
「凛」
「……」
「凛ってば」
「……」
「凛太郎っ」
そこでやっと、凛は足を止めた。
「あんたどこにお店があるか知らないでしょ?いいから手を放して、私についてきて」
「……モモのこと……見てるヤツがいた」
「は?」
「だからっ。モモのことを見てるヤツがいたんだよっ」
だったらなんなんだよ。
こんだけ人がいるんだから、そういうことだってあるだろ。私だって意味もなく、誰かのことをなんとなく見てしまうことくらいある。
ぼーっと見てしまうこともあれば、あの芸能人に似てるな、とか、お洒落さんだな、とか……。
「嫌なの……?」
「……」
凛は私の質問には答えなかった。
結局、手を繋いだまま洋服屋へと向かった。
「モモが選んで。僕よくわかんないから」
「友達作りなよ。それで友達と買い物に行けばいいじゃん。職場で歳の近い人いないの?」
「いる。僕がハタチになったら飲みに行こうって誘われてる」
よかった。
これで少しは、私離れをするかもしれない。
そうしたらそのうちに、その人と飲みながらナンパなんかもするようになって、凛は私からどんどん離れて……
……。
やめやめ。
考えるのやーめた。
なんだかモヤモヤするんだもん。こんなのまるで、私が凛のことが好きみたいじゃん。
……やめてよ……そんなの……。
こんなパピーヤロー、私じゃ面倒見きれない。
買い物をし終え、家に着くと、帰りにスーパーで買ってきたお弁当を2人で食べた。
寝る時間になりベッドへと入る。
私は凛に背中をトントンとされただけで、すぐに眠ってしまった。今ではもう、子守唄なしでも、すぐに眠れるようになっていた。




