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第七話 太陽トマトとサフランライス


 ヘルミーナは、千年ニンニクを入手するため、早速旅立っていった。

 出発する直前、俺たちに向かってニヤリと笑いながら、


 「あたいに任せときな! 大船に乗ったつもりで待ってな」


 と、実に彼女らしい言葉を残していった。


 本当に大丈夫なのかという不安は少し残ったが、アルバートが王宮御用達の一流ハンターだと認めている人物だ。

 ここは彼女を信じるしかない。


 それに、俺たちは俺たちでやることが残っている。

 それは、カレーの完成度を高めていく作業だ。


 「……本当に一人で行っちまったな」


 「彼女なら問題ないだろう。それより、俺たちもやるべきことを進めよう」


 レオンの言葉に、俺は頷いた。

 ヘルミーナが千年ニンニクを探している間、俺たちはカレーそのものを完成させなければならない。


 俺は厨房の鍋を眺めながら、これまで作ってきたカレーを頭の中でもう一度整理した。

 カレーの味を決めるうえで、最も重要なのはやはりルーだ。

 今回のテーマは『辛い料理』なのだから、まずはルーそのものにしっかりとした刺激を持たせる必要がある。

 辛さの中に香りがあり、その香りの奥に旨味があり、それぞれが重なり合って一つの味になる。


 俺が目指しているのは、そんなカレーだった。


 だからこそ、辛味を支えるための深いコクが必要になる。


 「カズマ、ルーのほうは一先ず俺に任せてくれ」


 レオンが鍋を覗き込みながら言った。


 「できるだけ多くの野菜を使って、それぞれの旨味を引き出してみる。それを組み合わせて、全体の味を底上げできる配合を探してみたい」


 「頼む。俺も別の方法を考えてみる」


 レオンはさっそく厨房にある食材を調べ始めた。

 王立料理学院を史上最年少で主席卒業した三ツ星料理人だけあって、食材に関する知識は俺なんかより遥かに豊富だ。

 この世界には、俺の知らない食材がいくらでもある。

 それらをどう料理に組み込むかという点では、レオンの知識はかなり頼りになる。


 野菜の種類を変え、炒め方を変え、煮込む時間を変える。

 香辛料の配合も少しずつ調整していく。

 そんな試行錯誤を続けていたとき、レオンが何かを思いついたように顔を上げた。


 「カズマ、一つ使ってみたい食材がある」


 「食材?」


 「これを使おうと思うんだが」


 レオンが持ってきたものを見て、俺は思わず目を丸くした。

 そこにあったのは、サッカーボールほどの大きさがあるトマトだった。


 「これは……」


 「ああ、初めて見たのか? これは『太陽トマト』、このアルヴェリア王国の名産の一つだ。これをルーベースに組み込むと、酸味が加わりさらに味が複雑になると思うんだが」


 「太陽トマトか……」


 俺はその巨大なトマトを手に取った。

 トマトをカレーに使うことは、日本でも珍しいことじゃない。


 むしろ、カレーにトマトを加え酸味と旨味によって、ルーに奥行きを出すことは、かなり有効な手段であり、俺がカレーを作るなら、当然候補に入れる食材だった。


 ただ、目の前にある太陽トマトは、俺が知っているトマトとは大きさがまるで違う。

 一体どんな味がするのか。

 俺はレオンに一切れ切ってもらい、そのまま口へ運んだ。


 「あ、甘い。それに、この後からくる酸味……これは美味いな」


 最初に感じたのは、驚くほど強い甘味だった。

 その甘味を追いかけるように、爽やかな酸味が口の中へ広がってくる。

 しかも、トマトそのものの旨味もしっかりしている。


 ……これは使えるな。

 俺が頭の中で思い描いていたカレーにも、かなり合いそうだ。


 「さすが、レオン。食材の知識は半端じゃないな」


 「料理人なら、食材を知らなければ話にならないからな」


 レオンはそう言うと、太陽トマトを刻み始めた。

 俺たちはさっそく試作していたルーへ太陽トマトを加え、煮込みながら味を確認していく。

 トマトの酸味が加わったことで、ルーの印象は大きく変わった。

 各種香辛料の刺激が強く感じられる一方で、その辛味をトマトの酸味と旨味が受け止めている。

 さらに野菜や肉から出た旨味が重なり、味に厚みが生まれていく。


 「……これはいいな」


 「ああ、かなり複雑になった」


 レオンも納得したように頷いた。

 だが、俺はそこでふと別のことを考えた。


 カレーを構成するのは、ルーだけじゃない。

 ルーと一緒に食べるご飯も重要だ。

 せっかくルーをここまで仕上げるなら、ご飯にも何か工夫を加えたい。


 そこで俺は、厨房に置いてあった赤褐色の紐のような植物を手に取った。


 「レオン、俺も一つアイデアがあるんだが」


 「ほう? それはどんなアイデアだ?」


 俺が取り出した植物を見て、レオンが首を傾げる。


 「これは?」


 「これは、サフランだ。ここの呼び名では『瑠璃草』っていうらしいけどな」


 「その植物をどう使うんだ?」


 「よく聞いてくれた。これはこう使うんだ」


 俺はサフランを取り、水を張った米が入った鍋へ入れた。


 「米と一緒に炊こうというのか?」


 「ああ、そういうことさ」


 半信半疑の目を向けるレオンをよそに、俺は鍋を火にかける。

 しばらくすると、鍋から独特の香りが立ち上り始めた。

 やがて炊き上がった米の蓋を開けると、そこには目にも鮮やかな黄色いご飯が出来上がっていた。


 「これは……」


 「これは、サフランライス。俺たちのカレーにぴったりのご飯だ!」


 俺はしゃもじでご飯を軽くほぐす。

 サフランの香りがふわりと広がり、白かった米は鮮やかな黄色に染まっている。

 レオンは早速、スプーンで一口分をすくった。


 「確かに、この鮮やかな香り。それに、米そのものにもほんのりとした風味が加わっている」


 レオンはもう一口、今度はゆっくりと味を確かめるように口へ運んだ。


 「普通の米とは明らかに違う。香りが強いのに、料理の邪魔をしていない」


 「ああ。カレーはルーだけじゃなく、ご飯との組み合わせも大事なんだ。特に今回みたいに辛さや香りを前面に出す料理なら、こういう香りのあるご飯を合わせるのも効果的だ」


 レオンは、今度は試作していたルーをサフランライスへかけた。

 黄色いご飯の上に濃厚なルーが広がる。

 見た目にも華やかで、さっきまでとは料理そのものの印象が違って見えた。


 「これは……かなり合うな」


 レオンが一口食べる。


 「ルーの味は同じなのに、ご飯が変わるだけで全体の印象がこれほど変わるとは思わなかった」


 「そうだろ?」


 俺も一口食べてみる。

 太陽トマトによって酸味と旨味を増したルーに、サフランの香りが加わったご飯。

 この組み合わせは、今までのカレーよりも一枚も二枚も上手だと言えるだろう。


 とはいえ、まだ完成とは言えない。

 千年ニンニクが手に入れば、ルーにさらに深いコクを加えることができる。

 太陽トマトによって味の奥行きも増し、サフランライスによって、ご飯にも香りと華やかさが生まれた。


 「……まだ足りないな」


 「ああ、俺もそう思う」


 俺たちは再び厨房へ向き直る。

 ヘルミーナは今、危険な山の中で千年ニンニクを探している。


 彼女が無事に戻ってきたとき、最高の食材を最高の料理に仕上げられるように、今できる限りのことをやっておかなければならない。


 俺たちのカレー作りは、ここからさらに本格的な段階へ入っていく。

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