第六話 千年ニンニク
レオンとカレーのブラッシュアップをするという方向性で一致した翌日、俺はガルドの店の厨房で一人、カレーについて考え込んでいた。
昨日作ったカレーは、レオンもアルバートも美味いと言ってくれた。
俺自身も、この世界で初めて作ったカレーとしては十分な出来だったと思う。
だが、相手は神厨八師の一人、「雷獣」ヴァリファリスだ。
ただ美味しいだけの料理で勝てるとは思えない。
テーマは「辛い料理」なのだから、まずは刺激をしっかりと出す必要がある。
しかも、その刺激は料理の一部分ではなく、カレーのルーそのもので表現したい。
俺は厨房の作業台に置かれた食材を眺めながら、カレーの味を頭の中で組み立てていく。
辛さなら唐辛子を増やせばいいが、それだけでは駄目だ。
刺激は必要だが、刺激だけではなく、口に入れた瞬間には辛さを感じ、その後から香りや旨味が広がり、さらに食べ進めるほど味の奥行きを感じられるようなルーにしたい。
そう考えると、今のカレーにはまだ何かが足りない。
「ルーに深みを与えて、全体的な味を底上げできる食材はないだろうか……」
日本でカレーを作るなら、ニンニクや生姜、玉ねぎなど、いくつもの食材が思い浮かぶ。
昨日も生姜や香辛料を使ったが、この世界には俺が知らない食材がまだまだ存在している。
だったら、俺が知らないだけで、この世界にはカレーに使える、とんでもない食材があるかもしれない。
そう思った俺は、仕込みをしているガルドに声をかけた。
「なあ、ガルド。この世界の食材で、辛みを加えるだけじゃなくて、料理そのものに深いコクを与えられるような食材って何か知らないか?」
ガルドは手を止め、しばらく考え込んだ。
「うーん、そうだな」
しばらくして、ガルドが何かを思いついたように顔を上げる。
「千年ニンニクならどうだ?」
「千年ニンニク? 何だそれは?」
聞いたことのない名前だった。
ガルドによれば、この世界には「百年ニンニク」と呼ばれる野生種が存在し、その中には非常に強い生命力を持ち、数百年もの間、生き続けるものがあるらしい。
その中でも特に長い年月を生きた、ごく一部のニンニクが「千年ニンニク」と呼ばれているという。
普通のニンニクのような辛みや香りを持つだけではなく、料理に使うことで深いコクを与え、全体の味を引き上げると言われているらしい
その希少性から、料理人たちの間では幻の食材として知られているそうだ。
俺はその話を聞いた瞬間、これだと思った。
カレーにニンニクを使うのは珍しいことではない。
俺の知っているカレーでも、ニンニクはルーに深みを与えるために使われることがある。
それなら、この千年ニンニクという食材は、今の俺が求めているものにぴったりじゃないか。
「それは一体どこにあるんだ?」
俺が尋ねると、ガルドは苦笑した。
「どこにもないさ」
「え?」
「希少すぎて、市場で見かけたことは一度もない。そもそも、本当に千年ニンニクを食べたことがある料理人なんて、ほとんどいないんじゃないか。名前だけは有名だが、実物を見たことがある奴のほうが珍しい。まさに幻の食材さ」
「そんな……」
せっかく見つけたと思ったのに、まさか市場にすら出回っていないとは思わなかった。
俺が肩を落とすと、ガルドがふと思い出したように続けた。
「だが、王宮ならば、あるいは……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち上がった。
王宮なら一般の市場では手に入らない希少な食材を保管している可能性がある。
昨日も王宮の食材庫には俺が見たことのない香辛料が大量にあった。
だったら、千年ニンニクが眠っている可能性だってある。
俺はすぐに王宮へ向かい、アルバートに会うことにした。
会議室へ行くと、そこにはすでにレオンも来ていた。
俺が千年ニンニクについて説明すると、アルバートは腕を組み、しばらく考えた。
「千年ニンニクか、なるほどな……」
どうやらアルバートも、その名前を知っているらしい。
「しかし、あいにく、その食材は王宮にも無い」
「ない?」
「ああ。王宮の食材庫には、一般には流通していない希少な食材も数多く保管されているが、千年ニンニクは別だ。あまりにも希少すぎるため、王宮でも確保できていない」
俺は思わず頭を抱えそうになった。
「じゃあ、どうすれば……」
「どうしても必要だというのなら、新たに入手する必要がある」
「それは、どこに……?」
アルバートは部屋に置かれていた地図を広げ、アルヴェリア王国の北部を指差した。
「野生の百年ニンニクが群生している場所がある。アルヴェリア北部の山脈だ」
「そこに千年ニンニクも?」
「可能性はある」
アルバートによれば、百年ニンニクは北部山脈の一部に群生しているものの、そこは危険な魔物が生息する地域でもあるらしい。
食材を探しに行くだけでも危険が伴い、まして千年ニンニクとなれば、簡単に見つかるとは限らない。
俺は地図を見つめた。
料理を作るだけなら、俺たち料理人の仕事だ。
だが、危険な山へ入って希少な食材を探すとなれば話は違う。
そこでアルバートが言った。
「ハンターに依頼するのであれば、王宮御用達の一流ハンターを用意しよう」
「一流ハンター?」
俺が聞き返すと、レオンの表情がわずかに曇った。
「まさか、そのハンターと言うのは……」
「知っているのか?」
俺が尋ねると、レオンは何とも言えない顔をする。
「いや……知っているというか、嫌な予感がするんだ」
その言葉を気にすることなく、アルバートは扉の外へ向かって声をかけた。
「ヘルミーナを呼べ!」
その瞬間、レオンが小さく息を吐いた。
「やはり、『暴れ馬』ヘルミーナか……」
「だから、誰なんだよ」
俺が尋ねるより早く、会議室の扉が勢いよく開け放たれた。
「あたいを呼んだかい!?」
大きな声とともに、一人の女性が入ってくる。
一見すると普通の体格の女性だが、よく見ると日に焼けた肌に、鍛え上げられた肉体。
腰にはハンターが使う道具がいくつも備えられており、見るからに山や魔物を相手にすることに慣れているようだった。
アルバートが彼女へ視線を向ける。
「紹介しよう。彼女が王都専属ハンター、ヘルミーナだ」
「あたいに一体何の用だい?」
「北部山脈にある百年ニンニクの群生地へ向かい、千年ニンニクを探してもらいたい」
「へえ、千年ニンニクかい」
ヘルミーナはその名前を聞くと、興味深そうに笑った。
「なるほどね。そいつは面白そうじゃないか」
俺はすぐに口を開いた。
「俺たちも――」
そこまで言ったところで、ヘルミーナが手を振った。
「いや、料理人は来なくていいよ」
「え?」
「食材の確保はあたいに任せときな! 食材を探すのはハンターの仕事だ。料理人が危険な山までついてくる必要なんてないさ」
ヘルミーナは自信満々に言い切った。
「その通りだ。俺たちは俺たちで、カレーの改良を続けるべきだろう」
レオンも同意見のようだ。
「ヘルミーナなら任せられる。君たちは王都で料理の完成度を高めてくれ」
俺は改めてヘルミーナを見る。
王都専属ハンターであり、通称『暴れ馬』。
その名前の由来はまだ分からないが、少なくとも千年ニンニクを探す仕事を任せられるだけの腕を持っているらしい。
「分かった。じゃあ、千年ニンニクは任せた」
「ああ、任せときな!」
ヘルミーナはそう答えると、すぐに踵を返した。
俺たちは王都でカレーの完成度を高めている間に、ヘルミーナは、俺たちの代わりに北部山脈へ向かい、幻の食材を探す。
こうして、ヴァリファリスとの料理対決に向けた準備は、二つに分かれて動き始めた。




