トライカー編31 星空
きゅうああ。
トライカーのギアが火花を散らして回る。
玩具、競技としてのトライカーに於いてはコマンダーの自尊心と闘争心の向上に、観客には嗜虐心と熱狂を産み出すだけの、任意のオプションパーツだった。
しかし今や、
とんとんつーとんつー、つーとんとんつーとん。
右、左、上、下、その火花は
─────
発光する事で交信を行う群体の知的原生動物イングラ、それに「あなた」ナイン・エルナはモールス信号と言う言語を与えた。
元来、下水管で汚水を分解していた原生動物は、原因は不明だが─恐らくは異星文明との戦乱に端を発する─群体となる事で知性を獲得し、必要なカロリーが増え、人間の身体、内臓組織を喰らうほどの貪欲さ、身体組織と入れ替わり死体を歩行させるほどの知的行動を見せた。
その欲、食欲だけでなく知的好奇心はモールス信号という体系だち規則性を持った言語にも向けられた。
─────
つまり、トライカーに本来不要の、言ってしまえば見栄えのためだけに装着されたギア、そこから発生する火花が、発光によるモールス信号となる。
その意味理解を種として行ったイングラにとっては、火花自体が情報の洪水であり、地球人類種から見れば機器の音量を最大にした人物が走り回る、迷惑なものとなる。
早い話が、混乱の元。
チイイイィィ。
平たく水はけの悪い土地のため、雨水による浸水被害を抑えるため、地下に建設された放水路の遺構。
河川からの雨水を流し入れる高さ約70メートル、直径約30メートの立杭の、くり抜かれた筒の内側をなぞるように、速度と慣性を付けて、螺旋を描いて走り、潜る。
遠く先、下で、救出出来た水道局トライカーチームの水3と4のギアが立てる火花が見える。
立杭を抜けたのだろう。
「水1はまだ、未発見やねんな。」
隣のコンソールに座り操作するマチコが呟く。
初めにロスト、イングラに捕獲された水1と2のうち、どちらもトライカーは未回収であり、脅威の認識とガルデニアの保護が間に合わなかった水2コマンダーは、イングラに食い殺された。
「たぶん、連れて行かれた、のです、な。」
「あなた」の膝に座り、マチコを見ていたガルデニアは俯く。
責任を、感じているのだろう。
「あなた」はそのイングラを、殺さないと決めた。この種全体を、この地球人類と共存してもらう必要があった。それは人間の生活生存に不可欠だから、と言うだけでなく、
先日、マチコが言った言葉。
「邪魔やからって、ただ生きてるだけで殺されたない。」
不衛生だから、
危険だから、
わかりあえないから、
本来、それだけで他者の生命財産を奪う権利は、誰にも、
無い。
キャリイィ!
戦乱による土壌汚染で閉鎖されたとは言え、この首都圏外郭放水路の機構自体は自律的に一定水量を保たれている。
その立杭を抜けた先の、調圧水槽。
勢いの付いた雨水を林立する柱に当てる事で力を削ぐ、かつて地下神殿とも呼ばれたそこは。
ちかちか、
ちか、ちー、
ちかちかちか、
水道局トライカーチームのギアにより混乱したイングラたちが、まるで高速道路から見渡す都市夜景のように、光り、瞬き、蠢いている。
A、「暗く冷たい光の海に─。」
「あなた」は、かつてこの物語の序文に、筆者であり作中登場人物にもなるほど自己顕示欲の強い、おおとろべふこが書き記した祝詞を口ずさんだ。
シイヤアアア。
トライカー走行音だけが響く。
光の届かない地下の神殿。
瞬く無数のイングラたち。
そこに鮮烈な火花を立て、トライカーは駆ける。
「何やそれ、えらいロマンチストやな。」
隣のマチコが反応し、
A、─「我ぞ花よと、舞い踊る─。」
ガルデニアが祝詞の続きを口にする。
「そろそろ、ドゥモナ・ディエナのおるポンプ場やな。」
マチコの言葉と共に、視線の先には先行する水道局トライカーチームが見えた。




