トライカー編24 檻
ふわ、きゅうぅ。
今見ているものを音で表現すると、そうなるだろうか。
ガルデニアが咲かせた肉厚の白い、子どもなら座れそうなくらい大きな花は、つぼみが花開くシーンを逆再生するように閉じる。
それぞれの花弁に乗せられた差し入れのお茶の入った水筒、ラッピングされたお団子、リボンの巻かれたぬいぐるみを優しく包む。
これなら運ぶ最中にトラブルが起きても、中身に問題は無いだろう。
「らー♪」
すぽっ。
各トライカーに指示を出し、下水管内部に潜む謎の手指を駆除している「あなた」の見ている目の前で、
白い花は葉が茎を掴むように持ち上げ、足を抜いた。
A、「ちょっと待って!」
「あなた」は叫ぶ!
未知の存在である無数の手指が下水管の中の暗闇から伸びて来る事には冷静に対処出来ていた「あなた」も流石に声を上げる!
すぽっ、
それぞれのつぼみは足を引き抜く。
ぱんぱんっ。
見事なまでの筋骨隆々の、見惚れるような逞しい足。それに付いた土を葉が払う。
A、─「どーかされましたかなー?」
ガルデニアは花たちに名札を貼り付ける。
くきっくきっ。
花たち、どう見ても成人男性のような足の生えたつぼみは、足を広げて屈伸やアキレス腱を伸ばす運動を行っている。
B、「この子たちは…?」
子、と呼んでも良いのだろうか…?既に成人男性の脚部を持つ花たちはウォーミングアップを終えたようだ。
タラララララ!
チュイイン!
「ナイン、水3を確保しました。」
ガンベルトに装着したスマートフォン、アロエが報告してくれる。「ありがとう、引き続き水2の捜索お願い。」手指との戦闘自体は記録されている。後から確認すればいい。今はこの花の秘密を、首を振る。「あなた」の本分はトライカーチームの救援、無数の手指の謎を解明する事のはずだ。
しかし、
しかし今はこの花たちの動きが、びきびきと引き締まった脚が気になる!
B、─「んー?この子たちですかなー?」
ガルデニアはそれぞれのつぼみを撫でて、がくを押す。
「それじゃあ行ってらっしゃいですなー。」
びしっ。
茎から生えた葉は、まるで軍礼するかのようにつぼみに向かって曲がり、隊列を組むかのように行進してゆく。
ざっ、ざっ。
少し恥ずかしそうにガルデニアはうつむいて、
ぽんっ。
一輪の大きな、白い花を出す。
「こっちがナインで、こっちがわたしなら、これがこーなっ─むぐぐ!」
ガルデニアの口元を、起き上がったマチコが抑える!
「わかった!わかったから!夫婦ムーブの結果なんだな!?」
ぱんぱん。
マチコの腕をはたいてガルデニアは解放される。
「ちょっとちがいますなー。」
カンカカカン、キィン!
自律戦闘駆動の水3、4が連携して手指駆除を行う。
官制品の一律した規格で製造されたトライカーのため、無機質な、所定の行動を行わせた方が上手く行く。一般コマンダーのワンオフ機と比べての利点は、心を持たない、感情を表現する必要の無い行動には量産機の方が適している、と言う事だ。
「わたしの要素を持たせたお花に、ナインの脚の要素を持たせたのですなー。」
思考の合間に、ガルデニアが脚花たちの解説を行っている。
「なるほど、確かにナインは足癖が悪いし跳ね回りよっから、移動にゃもってこいっちゅーこっちゃな。」
マチコの脳天気な答えに、「そんな事はない。」と答えようとした「あなた」は、周囲が暗く冷たい、汚水の流れる下水管にいる事に気が付いた。
B、「─ん!」
鼻呼吸を止め、周囲を把握するため両腕を広げ、触れるもの、下水管なら壁があるはずだ。
探す。
瞬きの回数を増やし、目を暗闇に慣らさせる。
トライカーとは、UltraSuperGiganticを操縦するような神経接続を行っていない。
「あなた」自身の意識、肉体が下水管の内部を直接知覚することは無いはずだ。
しかし、ここは夏から秋に移るような抜ける熱は無く。
ぴた、ぴた。
ただまとわりつくような湿気と、滴る汚水がある。
目を閉じ、耳を凝らす。
ぼああああ。
遠くに換気扇の音が聞こえる。
足は硬い下水管を踏み締めている実感がある。
しかし、
これは高度に再現されたまやかし、幻覚の可能性が高い。
理由はひとつ。
す、
身を屈める。
ぽちゃ。
指先を汚水に浸ける。
す、
一瞬だけ鼻呼吸を行う。
しかし、汚水の内部で発生するはずの硫化水素の臭いがしない。
元より高濃度の硫化水素が充している下水管の中では、人間は嗅覚、視覚に障害が発生し、呼吸が困難になり、意識を失い、死に至る。
つまり、これは。
「あなた」の脳内に発生し、意識だけを捉える幻覚、檻だ。
マチコや水道局トライカーチームは、恐らくこれに囚われた。
す。
ガンベルトに触れる。
しかし、スマートフォンのアロエは装着されていない。
しゃわさわしゃわ。
視界の奥。
下水管の暗闇の奥から、ほの青白く光る無数の手指が現れる。
かちゃ。
腰のランサーホルスターに触る。
機械であるアロエは、檻に入れなかったのだろう。
ただ、幻覚の主、仮称イングラはひとつだけミスを犯した。
A、「限定使用解除申請。」
ホルスターから、「あなた」とガルデニアの髪を圧延圧縮鍛造したランサーを引き抜く。
B、「─ャ。」
生体由来の兵装を、定義していなかった。
「あなた」の訓練、経験を圧縮、再現する祝詞により、ランサーが励起状態に入る。
きゅあああ。
黒鉄の槍が僅かな振動を始める。
ちゃ。
「あなた」は構え、ランサーを完全励起させる。
チャキィ。
C、「─ガョイェヲン。」
バヂィィィイ!
青白いプラズマの光が、下水管を染め上げる!




