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アルカルブ艦長の記録 魔導列車追撃編

潜次元戦艦リコペルシカの艦長アルカルブ・ヒラカワラはかつて、孤児院に捨てられた赤子でした。

彼女のエピソードを載せます。

「「ラプリマのアウタナ、エルアートヌのマルバノキ、エルヴィエルナユキヤナギ!各都市ダクトロ、旗下コルにコルソ、アンカラ、唄うのじゃ!」」


女神の号令に合わせ、特定の大型生物の使用する、匂いの成分を解析、独自に編み出した意思伝達法で都市のアンカラ以下、紡ぎ手達の指示を行う。リーディングと共に。


「「気ぃ張れや!星が墜つるぞ!」」


流石に驚いた。

ほんの一瞬、女神が命球の鎖を緩めただけで、熱、光、音、天の川銀河を構成する、または構成していた、あらゆる情報がこの地を光に還そうとした。これは本来あってはならない。これを、単なるヒトの集合知が押し返したなどとは。しかし、眼の前に、知覚できる現実として体感出来た。

これは、クルルガンナ解放戦に於いてこのような技術はまだ、太陽系第三惑星人の、女神の持つ邯鄲の中には含まれては無かったはずだ。暗く冷たい光の海に、全てを飲み込む黒い渦。いくら、それと同等の原理を邯鄲の柱という形で再現したとはいえ、起きたこの出来事はお伽話に近い。むしろ私達の存在がお伽話で、絵空事の中にいる登場人物という方が納得がゆく。

仮定に仮定を重ねて、ひとつの世界の女神になるなど。

恐らく、彼女はまだ我々に開示していない事実があるはずだ。


だが、まあいい。

良い体験が出来た。カネクトゥスか。次に喚ばれるまでの暇つぶしに良いだろう。


「お勤めご苦労マルバノキ。もう顔を見る事も無いだろうが。」


こちらも、その顔を見るのは最後にしたい。

彼女が歩き去り、格納機への収納シークエンスが始まる。檜で組まれた、およそ3レグアほどのこれ、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機だいろくるいエルアートヌダクトロほぞんき、仰々しい呼び名だが、私からすれば、テイの良い棺桶だ。じきに濃厚で折り重なるような檜の香りに包まれる。この棺は癪に触るが、この香りは好きだ。実際に経験した事は無いが、かつての太陽系第三惑星には、土と呼ばれる鉱物の粉末、水に窒素、多種多様な生物の死骸、リンや窒素などが含まれたもの、に植生が、この檜が生えた森、山があったらしい。次に見る夢は、その森の中を、記憶の中の妻と歩いてみようか。瞼を閉じ…。


「マルバノキ様!」


第6保存機の封鎖手順も終わりに近付いた頃、防護服で顔が見えない女性作業技師に声をかけられる。


「何か、用があるのかい?」


こんなことは、過去に経験が無かった。ほんの数度の目覚めと、保存との中で。


「あなたの歌に護られて羽ばたいたあの若者達であれば、エルアートヌを、少なくともこの牢獄、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機は破壊出来ますでしょうか?」


おかしな事を聞く。この保存機は君達が設計し、組み立て、磨き、歌い護って来たものだろうに。

目を閉じ、答える。


「わからない。ただ君よ、健やかであれ♪」


彼女の首元にあるスカーフに、彼女を護るアンカラをかける。



魔導列車追撃編 前編 ─騎士隊ヒラカワラの戦い─



「うう、教え子が巣立ってゆくのは寂しいです。このアウタナ・セリフラウは。」


ラプリマの南、何の変哲もない、ただの開けた草原の上、もっとも太陽系第三惑星人にはそう感じられるだけで、この一帯は実は一本の木の上であり、それは苔だと学園の授業で教わった。どこにでもある模倣植栽のような木に生えた苔だと。


「もう泣くのはよさぬかアウタナ。晴々しい旅立ちの時じゃからの。」


女神は、手元にある木製の拡声器、我が師アウタナ・セリフラウに告げる。

不器用な女神の手で掘られた、桜という名の花が明滅する。


「はい。うう、それでは、騎士筆頭アルカルブ、またその騎士隊ヒラカワラ、どうか健やかで。」

「ワガハイのセリフを取るでない。まあ良いじゃろう。マルバノキも喉を痛めぬようにの。」

「はい、女神。では先生。」

「「それではこの私アウタナ・セリフラウが命令します。騎士隊ヒラカワラ、見事太陽系第三惑星人の足跡を、この命球に刻みつけよ!」」


パシィ!

軍式の敬礼を返し、ヒラカワラの一団はウサギと車両を連結したものに乗り込む。少し揺られて、ウサギの積まれたハンガー車のほろから、マルバノキはラプリマを見た。女神と師の立つくさはらと、青い空。門もなければ壁も無い、大型生物を誘い入れて殺し、喰らうための、捕獲器であるラプリマを。


「何だよもう帰りたくなったのか?」

「そうじゃないさ。女神も、もとはただのヒトだったんだろう?よくここまでの決断を下せたな、と。」

「そうやって誰かの善意を疑ってばっかりだなお前は!どんな育ち方したらそうなるんだよ。」


拳を突き合わせる。


「君と友達になってからだ。そして先生にサマタ習得のための訓練を受けてから、そもそも女神はなぜ拡声器にヒトの心を与えたのか、そんなものは不要じゃないか?」(サマタ:ルリロー/アンカラの前型)

「お前本当にひねくれたよな。自分の先生に「あなたヒトじゃないんですね。」とか言うやつ普通はいないぞ。」

「失礼だな。私はヒトとそれ以外を区別しているだけだ。先生はただの拡声器だ。間違ってもヒトの心を持つべきではなかった。」

「もういいって!」

「何だセンザキ、マルバノキ、もう仲違いか?」


割り入った声に2人は軍礼を返す。


「は!アルカルブ隊長!マルバノキがアウタナさんを拡声器と呼んだのを正していただけであります!」


こう言う時、こいつは頭と口が回る。マルバノキはセンザキを横目で睨みながら、びし、と軍礼の姿勢を続けた。


「君の言う事は理解出来るが、アウタナ・セリフラウは確かに木であり、女神所有の拡声器だ。その点ではマルバノキが正しい。」

「薄情ですよ!彼女はあんなに素敵な声をしているのに。」

「所有物などに愛着を持つのは結構だが、あれはヒトではなく、ものだ。彼女と呼ぶなど。そもそもセンザキは「膳」の資格を持つだけで、騎士の戦いには縁が無かったのだ。せいぜいマルバノキのサマタが破れる事の無いよう祈っておくことだ。」(膳:「食卓」資格の前型、現在は主に騎士でない調理資格所持者を指す。がイ食対応が不能のためこの資格の存在自体が薄れつつある。)


隊長は空を、模倣された太陽を見上げる。


「そんな事より正午が近い、昼食は大丈夫だろうな?」

「へへ、今回は行って帰る駆除作業じゃなくて現地調達が基本の、居住可能地域探査が目的ですからね。任せてください。皆さんが飽きることのないよう、太陽系第三惑星の調理法を網羅していますよ。」


連結した、臨戦待機以外のウサギからそれぞれの荷車に送られる動力は先頭の探査索敵車両、次の即応臨戦ウサギハンガー、次に寝台車、食堂車と来て現在会話を行なっている通常ハンガーへと繋がる。また、騎士隊の構成によりここへ砲撃型、加速用の補助車両なども入る。


「ほらマルバノキ、着いてこい。ガスタ デ バラマの開店だ。アルカルブ、食堂車の権限を寄越せ。」

「ティオ。」


センザキは愛用の石焼板を手に指示をくだす。マルバノキは食堂へ向かう彼の後ろへ、アルカルブは恭しく食堂車ウサギの管理権限を渡す。

どれほどセンザキに戦闘能力が無くとも、どれほどセンザキが戦闘時に毛布を被り震えていたとしても、彼が、彼こそがこの騎士隊ヒラカワラの心臓であり、出納計算の資格者であり、騎士隊各隊員の健康状態の管理、最適な健康状態を保つための治療、また外科手術を行う医師でもあった。ほぼ全ての騎士隊に、1人か多くてせいぜい2人に与えられるその権限は、往々にして隊長よりも多くを認められる。

有り体に言ってしまえば、戦う事しか出来ない騎士には、何かを作る事は出来ない。


「ヨサル、深酒をしたな。カニィヤ、まだ俺達の旅は始まったばかりだぞ、もう少し精の付くものを出してやる。」

「オヤジさん、私…。」

「いい、何も言うな。ほら、手を出せ。」

「わぁ…。」

「丹精込めてみんなに作ったお守りだ。ほら、裏にお前の名前も書いてある。」

「オヤジ、オレのは綴りが1つ違うぞ。」

「すまない、だがこれで間違い無くお前ただ1人のものになった。失くすなよ。」

「ああ。」


この時点での太陽系第三惑星人にはポデアやぜネロジオの概念はなかったものの、エンゲージとそれに伴うランサーの技術自体は既に再発見、再現されていた。

当然この騎士隊の騎士めいめいもエンゲージを行っており、パートナーがいるものの、それでも父親役の存在は心の支えになる。

寝台車にて各騎士の身体検査と精神状態を確認し、それぞれに適したケアを行う。この騎士隊ヒラカワラの、厳しい母親がアルカルブとすれば、センザキは優しい父親と呼べるだろう。実際には、アルカルブとエンゲージを行なっているのは。


「どうして私のものにマルバノキの名前もあるのだ。」

「そりゃお互いが、いつまでも離れないようにってオレなりの心遣いさ。」

「余計なことを。」


アルカルブに手を振り、寝台車を抜け食堂車へ。

マルバノキの目には、寸胴鍋がカタカタと音を立てて揺れていた。


「マル、手指の洗浄後に豆を茹でて半量潰せ。アル、生地を寝かせてあるから製麺機へ入れろ。」

「ティオ。」


2人で声を揃えて返事をする。小さな頃からの、一緒にラプリマを走り回っていた頃からのあだ名で呼ぶ。

ロータス綜合学園での生活、訓練を経て感情を殺すようになっていたアルカルブも、製麺機に生地を置き、手回しの取手を動かす時だけは、笑顔を隠さなかった。あの頃のように。

騎士隊ヒラカワラは、孤児の集まりである。

大型生物である龍の駆除作業での。怨恨による殺人であっても、基本的に「死に至らしめる」事が邯鄲の起きる条件である事を知る都市運営者達は、当然孤児に悲劇が起きないよう、また、起こさないように生活、暮らしの場、学びの場、生きる目的を与える。

たまたま、生家が飲食、調理とその提供を行っていてその素養もあったセンザキは、一時退避施設で知り合った気の合う友達ふたりを見守る兄貴分となり、新しく加わったもう2人の面倒を見るうち、両親と同じ道を歩む事にした。アルカルブとマルバノキはロータス綜合学園の初等生時に才能を見出され、アルカルブは騎士科へ、マルバノキはアウタナの元で研鑽を積む事になる。カニィヤとヨサルもまた、騎士となった。


「白く冷たいミルクの海にゃ〜♪」


そして2人は、女神の詩を口ずさみながら、泡立て器でボウルの中身をかき混ぜるセンザキが好きだった。


「よしこのくらいだな、テーブルメイクをしといてくれ。」

「ティオ。」


製麺されたばかりのそれを、粗く挽いた穀類粉にまぶし、石焼板を火にかけ、香りの強い果実油を垂らす。る。間を置いて茹る寸胴鍋へ麺を入れる。塩の容器から直接鍋へ適量の塩を入れ、形を保ったままの大粒の豆を入れる。吊り下げてある手鍋に四足獣の乳を入れ火をかけ、生クリームを適量注ぎかき混ぜる。


「精のつくもんをな。」


香りの強い野菜、この場合はニンニクの一欠片を包丁の腹で潰し、皮を剥き豆と合わせる。木樽で長年寝かせていた塩漬け肉を引き抜き、一部を切ってからまた樽へしまう。手鍋がふつふつと煮立つのをかき混ぜてから潰した方の豆を入れ、塩漬け肉を片側を細切れにして和えるように入れる。手製のレードルで麺を巻き取りその一本を前歯で齧る。そろそろだ。そのまま口の中に入れて薫せ時間を測る。手鍋をかき混ぜぜてから残った肉を立方体、サイコロのように切り、ぱちぱちと音を立てる豆と合わせる。じゅあああ。塩漬けにされた肉から脂が溶けだし、木樽の持つ香りを広がらせる。


「白く熱い石の海にゃ〜♪」


寸胴鍋から麺を巻き取り、石焼板へ。


「お豆とベーコンがお出迎え♪」


潰された豆の残りと生クリームを具材や麺と絡め、板に染み付いたニンニクの香りを移す。


「おーい、取りに来てくれよー。」


キッチンから食堂へ声をかけてから、麺をレードルで巻き取り、4人それぞれのお皿に乗せる。

アルカルブとマルバノキがお皿を運び始めると、黒い粒コショウの入ったミルと、ミントの葉を人数分千切る。


「さて、そこの2人は体調に影響が出るほど飲んだわけだが。」


白い布がかけられ、中央に模倣花の瓶が置かれたテーブルで、センザキは黄色い瓶をこれ見よがしに持ち上げる。


「甘い甘い豆のクリームパスタに、甘い甘い豆のクリームスープだ、当然辛口で泡の立つ、白いブドウの酒が欲しくなるよな?」


一同の目は揺れ動くワインの瓶に釘付けになる。


「だがダメだ。」


4人はそれぞれお互いを睨む。


「理由はわかってるだろうが、もういい。冷める前にいただくとしよう。マルバノキ。」

「ではこの私、マルバノキがこの食事の進行を行う。アルカルブ、よろしいか?」

「ああ、騎士隊ヒラカワラの隊長として、認めよう。」

「ラプリマの片隅で出会い、女神の庇護の下強い絆で結ばれた我ら5名は、この龍の命を食し、命を繋ぐ。彼または彼女の尊い命に感謝を。それらを調理し、日々我らの健康を気遣ってくれるセンザキに感謝を。それでは─。」


ラプリマは天の川銀河の中心にある命球に再現された一本の木であり、己を女神の1柱、と定義するロータス・ペンディエンテに太陽系第三惑星で言う所の信仰は集まる。この天体に於いて、依るべき対象が、わかりやすいものが彼女しかいないからだ。もともと、平凡な女子高生でしかなかった彼女には、ひとびとの間に生まれる独自の思考、言動、習慣に慣習、偏見また宗教が、その地域により変わり、調和と共に争いを生み出す事を知っていた。だから彼女は、どこの誰にもわかりやすいように。1日に数度行われる食事に目をつけた。何者であっても、食事または栄養補給は必須であるから。食事と、食材となる命に、食事に関わる資格者に感謝させるようにした。日々の食事のために生きる。文明が発展すれば娯楽も増える、精神的な充足があればヒトの意識は娯楽を求めて文化を発展させる。太陽系第三惑星に於いては、その根幹に宗教があった。しかし、屁理屈だけでこの天体にヒト種を住まわせた女子高生には、時節の行事ごとに神社仏閣に向かい、冬には他宗教のお祭りに参加するくらいの蓮坂舞には、確たる宗教感は…無くはなかった。が、とにかく彼女は、食事を最も神聖なものとし、彼女の手にあった拡声器もそれを覚え、後継の教育に使用した。


「それではみなさん、ありがたくいただきましょう。」


ダクトロ、マルバノキの声によりコントロールされたヒラカワラの隊員達の身体は両手を顔の前で合わせる。


「いただきます。」


制御が解かれ、めいめいがフォークまたはスプーンを手に取り食事を始める。軽いニンニクの香りが付いた豆とクリームのパスタは、甘めに仕上がっているが、ごろっとしたベーコンのブロックが噛みごたえもあり、粗めに仕上げられた麺にソースが絡みつく。ペーストになった豆とミルクのスープにはミントの葉が浮かべられ、同じ材料を使用しているものの、こちらはすっきりした味わいになっている。


「ねぇオヤジさん、私やっぱりワイン飲みたいよぉ。」

「あのなあカニィヤ、それで傷んだ酒を昨日オレが全部飲んだんじゃねぇか。」

「もういいヨサル、こいつは舐めるくらいが適量なんだ。ほら。」

「えへへぇありがとうオヤジさん♡」

「センザキはカニィヤを甘やかしすぎだ。」

「それは私もそう思う、私には厳しかったくせに。」


拗ねたアルカルブのグラスにワインを注ぎ、刻んだチョコを浮かべる。


「お父さん大好き♡」

「ずりぃぞアル姉!オヤジもオヤジだ!」

「それは私もそう思う。センザキは娘に甘すぎる。」


かたかた。

寸胴鍋の揺れる音の中、食堂車でかりそめの、しかしほんものの絆を持つ家族が食卓を囲んでいた。


   ────


「「感あり、ラプリマ近辺では見かけない種だ。」」


カニィヤからの通知を受け取ったヨサルが、紙に刻印された数値を読み取り報告する。


「2体で1つの行動を取っている。つがいのようには見えない。」

「恐らく、我々と同じく連携行動を取るか。」

「若しくは巡回だな。片方が死んでも残りはコロニーへ情報を持ち帰る。」

「ううん、オヤジさん、この中入ってて、カニィヤが守るから。」

「オレの体より小さいって。で、どうするんだ?2体同時にやっつけるのか?」


腕組みをしたアルカルブは答える。


「いや、何もしない。」

「なぜだ?一気にやっつければバレないんじゃないか?」

「それはそうだな、センザキ。マルバノキ、説明してやれ。」

「はい、まず私達はこのつがいがどこから来たのか、どれほどの規模のコロニーがあるのか、そしてこの種自体の本当の姿を知らない。まずは識るべきだ。」

「うむ、カニィヤ。まずは目標の観察を始め、スケッチ及び我々の図鑑に収録されている種のうち、近似種の検索、わかるだけの身体構造に生態、観測出来るだけのものを観測しろ。兵器使用不可。光学照準器はマルバノキの偽装後に認める。」

「はい、隊長。」

「マルバノキ、車両停止後にサマタによる偽装を開始。ヨサルは私と共に臨戦へ。」

「了解。」


そしてセンザキに振り返る。


「センザキ、我々がこの区域に到達し58時間が経過しての初遭遇だ。恐らくこの種がここの支配権を握る。キッチンでのお前のように。つまり頂点だ。彼らの巣の位置を特定し観察を終えるまで、恐らく3日はかかるだろう。」

「「隊長、7日ください。飛行経路の予測を計算出来ました。」」

「よし、7日だ。我々は配置から動けない状態になる。世話を頼む。」

「はい、隊長。」


太陽系第三惑星では、数万年ほど人類が見かけ上の頂点としてその地表に君臨していた。それゆえ、自分たちより強大で、目に見えて太刀打ちが難しい、もしくはなす術もなく圧倒、蹂躙される、同胞以外の存在は自然現象以外に知らなかった。

ここ命球では、太陽系第三惑星人の肉体は余りにも脆く、儚く、ルリローやアンカラ、今マルバノキが展開を始めたサマタが無ければ、濃すぎる酸素により急速に酸化し、燃え尽きてしまうほど、ひ弱だ。

そんな太陽系第三惑星人が、彼我の体長比凡そ1200000:1の巨大生物、それも未知の生命体の巣、その中にいる全個体と戦うことになる。

センザキの発言のように先制で偵察を見事に撃破出来たとしても、数千から数万に及ぶ同個体、それも偵察ではなく戦闘用のものと戦い続けられるだろうか?

ヒト種は1日、およそ24時間中に数度の栄養補給と睡眠を必要とする。それらを解決できたとしても、その資源はどう準備する?得るものが無い場合は?


未知のものと戦うには、確かな情報が必要だ。


そして、太陽系第三惑星人支配区域を拡げるために選定された騎士隊ヒラカワラには、それ、つまり偵察を行う為の技能に特化した騎士がいる。


「「隊長、おおよその位置が特定出来た。ヨサルを出して。たぶん3日。情報は既に送ったよ。」」

「「確認した。マルバノキ、ヨサルにサマタを頼む。センザキ、ヨサルに携行食を、7日分だ。」」


脚走型のウサギを駆るヨサルは、当然本人も走ることに精通している。振動を起こさずに行動することも。ぜネロジオやポデアの無い、肉体と技術のみで太陽系第三惑星で人類は歴史を紡いだ。同じことを、行うだけ。


かちゃかちゃ。

防毒用のフィルターとマスクに簡易衛生キット、7日分の携行食を袖の無いジャケット、タクティカルベストや腰のポーチにしまう。


「ヨサル、気をつけて。」


カニィヤと自身の髪を圧延、鍛造したものをホルスターにしまう。

抱き寄せて、唇を重ねる。


「お前と、赤ちゃんのためにも無事に帰ってくる。隊長達をしっかり守ってやってくれよ。」

「うん。」

「では隊長。」

「ああ、ゆけ。」


音も無くヨサルは駆け出す。


「ラプリマに応援や本隊の派遣を頼まないのか?」

「我々がその応援であり、本隊だ。そのためにウサギを四機受領してある。」

「あと数刻でヨサルが目標コロニーに到着します。」

「よし、予定通りに行けばあと2日と半日だ。センザキ、暇ならヨサルを出迎える食事でも考えておけ。」

「はい、隊長。」


   ─────


異物が視界に入る。カニィヤの計算通りの位置だ。走る速度を落とし、乱れる呼吸を整え、歩行へと変える。

目標の大型生物は複数が頻繁にコロニーの表層を動き回っている。

更に近付くと、木々の香り以外に、異質な、濁った匂いが混じる。防毒マスクを被り、口元のポケットにフィルターをつけ、その口を閉じる。

まずはカニィヤの予測した生物種との相違を確認する。光学式の双眼鏡で覗く。頭部、胸部、腹部に分かれた体節。頭部には一対の触覚、額の中央と一対の複眼、口部は両脇にハサミ状の顎肢、大顎に小顎がある。胸部は背側に二対の、前翅と後翅、三対の脚部を持ち、腹部にはその先端に管が先端を覗かせている。

手早くスケッチした後、足元の樹皮をナイフで薄く剥がして身に付けてゆく。身体が木の香りに包まれる。

続いてコロニーの形状を確認する。強靭な顎で噛み、剥がされたであろう樹皮が幾重にも折り重なっている。複数の異なる木から噛みちぎられた樹皮が鱗のように並べて貼り付けられている。


「見事なもんだ。」


更に数体が表層の穴から姿を現す。手元の計測器、簡単なつくりの、出っ張りを押し込むごとに紙へひとつ、点の打たれる機材で数えてゆく。コロニーの全体を把握し、確認出来るだけの、動く個体数を記録して。類稀なる動体視力と、視認した個体とその他を判別する能力で、ヨサルは学園在籍時に偵察の技能を持つ騎士となった。


「むぐ、むぐ。」


センザキの作った、圧縮した生地を噛む。ふんだんに使われて舌先にも感触のある砂糖生地の中には、甘酸っぱい果実が刻まれて入っており、柔らかく甘い生地の中で異彩を放つ。目はコロニーを凝視する。現在表層で何らかの作業を行なっているのは、つまり一般兵だ。その中に、主に胸部の装甲が厚いものが混じっている。それを別に計測する。こちらが目下、優先目標となる、上級兵。


「んく、ん。」


小瓶の封を剥がし、どろりとした粘性の高い内容物を飲む。砂糖水を煮詰めて、香草で清涼感を加えたもの。本来ならこれを水、炭酸水、酒などで割って飲むが、偵察任務であり、極端な臭素を発生させる排泄行動、排泄物を減らすため、原液で飲み、排泄物は布で受け、容器で圧縮する。

かち、かちかち。

狩に出た個体が戻って来る。記録する。最初に発見した2体は隊長の予測通り斥候だろう、一般兵のペアが3組、規則的に飛び立って、戻って来る。今戻って来た狩の組は一体。


この「生態調査」を夜間も続け、ヨサルは2日目の夕方に半刻の仮眠を取った。


「あむ、はぐ。」


特別に赤い紙の貼られた包みを開け、中の生地を噛む。砂糖と果実が主な材料だった携行食が、香辛料と鶏肉のものになる。その歯応えと噛むたびに染み出す、レモンの香りの香草と唐辛子に胃の活動が活発になり、気力が増す。


「がり、ぱり。」


丸い、粒のままの黒い胡椒を噛む、清涼な刺激が口内、鼻腔と胃袋を満たす。


「ん、ん。」


鶏の肋骨から煮出したスープに、これまた唐辛子を加えたものの詰まった小瓶から口を離す。


「っし。」


包みと小瓶に封をしてポーチにしまい、ヨサルは再び足元の樹皮を剥がし、身に付け。


「あぐ。」


口にも咥えて、噛み締め樹液で胃袋と肺を満たす。


ぱさっ。

どたっ。


装備を捨て、防毒マスクのフィルターを換えてお守りを胸に、ランサーのホルスターを腰に、コロニーを睨む。


「行くか。」


   ─────


巣穴の入り口で外敵を見張る個体の、目まぐるしく動き回る複眼を観察、スケッチを行う。本来、頂点に立つ捕食者には外敵など存在しない、同種、もしくはこの区域の外より来たる天敵を除いては。つまりこの監視役は、自分達と等速かそれ以上で動く対象に反応する。それでも気取られた時点で待っているのは確実な死。ヨサルは監視兵の複眼の行動パターンを把握したため、その眼の焦点がよそを向く時に歩を進めた。異物が目に止まったとしても、動体で無い限りは判別しづらい。

かち。

防毒マスクに反応がある。複数の監視役のわきを通り抜け、内部に潜り込んだヨサルは濃密な毒素が充満している事を実感した。壮大な量の、排泄物が硬化して黒く、コロニー内の各部を補強しているためだ。腰の右ポーチから替えのフィルターを取り出す。


「へううっ。」


喘ぐように息を吸い、止める。

ぱちっ、しゃっ、しゅ。

防毒マスクのフィルター弁を開き、抜き取り、替えを入れ、弁を閉める。


「すぅ。」


少しずつ鼻から息を出して、呼吸を整える。

育房、つまり産み落とされた卵が孵化し、給餌され蛹となり、その繰り返しで成体となるための保育器がある。

かち、かち。

それぞれの房に産み付けられたものは、その役割により成体となるまでの期間が変わる。何層にもある育成房の、頭部から識別できるおおよその成体の種別ごとに個体数を記録する。


次の育房層に進む。内部の温度と湿度が更に上がる。


「っ!」


マスク越しに口を押さえる。女王だ。

6層はあったはずだが、こんな表にまで上がってくるとは!


一般兵や戦闘特化の個体と違い、腹部が細く見えるそれは、いくつもある育房のうち、先の仔が抜け出たそこへ、産卵管を差し込んでいた。


   ─────


「ふむ、女王が表層へ上がってきているのか。」

「一般兵がおよそ四千、戦闘特化のものが一千、うち孵化直前のものが合わせて二百か。」

「よし、よくやったヨサル。カニィヤとゆっくり過ごすと良い、48時間は自由に使え。」

「はい、隊長。」

「うう、ヨサルぅ。」


ヨサルとカニィヤを見送り、3人は会話を続ける。


「僥倖だな、産卵の時節とは。」

「なんだ、つまりやっつけやすいってことか?」

「それは、そうだが。マルバノキ、説明してやれ。」

「そうだな。センザキ、例えばこの先お前が結婚して妻との間に子が生まれる。」

「そりゃそうだな。きっと俺に似て男前だ。」

「ふふっ。」

「笑うな隊長。だが、最初の子が大きくなってから母が2人目を身籠もって、生まれる前にお前は死んでしまった。母を見守る子の前で、悪人がその母親を腹の中の赤子ごと殺そうとする。どうなる?」

「そりゃオレが出て行ってやっつける!」

「ふふっ、お父さんったら。」

「気を引き締めろアルカルブ。その子は、命に変えても母を守ろうとするだろう。それが今回の駆除対象だ。つまりは死兵だ。」

「やっぱりラプリマに応援頼んだ方が良くねえか?」

「センザキ、ラプリマの騎士隊は主に誘引された龍を駆除する事を目的としているのだ。コロニーへ攻め入り、駆除するには経験が無い上に、その騎士隊を動かす資源も足りない。それにラプリマを守る手段が無くなってしまう。」

「よく言った隊長。それにセンザキ、勇者は今クルルガンナの星姫との対話、交渉を行なっている。」

「ああ、あの青っちょろいゲンザンか、デートの時に渡すものを聞かれたからよ、ホットドッグでも持ってけって言ってやったんだ。」

「もう、お父さんったら。デートなんだから花束でしょ。」

「お前達の初めてのデートで、マルにプリンを作らせて持たせたのオレなんだぞ!」

「やだー!お父さんだったのー!」

「こいつは不器用でよ。卵も─。」

「お前達…。」


深くため息を吐いたマルバノキは、恋話を始めた妻と父を後にした。


   ─────


「よぅ、遅かったな。」


48時間後、2人だけの寝室から出たヨサルとカニィヤは、密閉した食材転換容器に入れられた素材を、据え付けられたダイヤルを回し調整して転換するセンザキを見つけた。


「アルカルブ隊長から正式な通達が出るとは思うが、もう一度走ってもらう必要がある。」

「ああ。」

「うん、今度は私も守ってあげるね。」

「そうだ、オレ達全員でお前を守る。2人は今ウサギの調整をしている。お前達も制服に着替えたらハンガーへ行け。オレはもうしばらくこいつと睨めっこだ。」

「ああ、ありがとうオヤジ。」

「うん、オヤジさん。」

「あのなぁカニィヤ、いくら家族たぁ言え、もう少しきちんと服を着ろ。」

「えへへ。」


オヤジに言われたので、カニィヤのシャツのボタンを留める。


「きゅうくつだよぉ。」

「我慢しろ。アル姉に怒られるだろ。」


オヤジは食堂車ではなく、ハンガーへ行くように指示を出した。カニィヤを強く抱きしめて、オヤジを見る。


「その作戦の通告は無かった。なぜだ?」


あの量の龍を相手にするんだ、オレ達も無事じゃ済まないことくらいわかる。


「くっくっく、そいつは我らが隊長に聞け。」


オヤジはまた、食材転換容器の目盛りと睨めっこを始める。

全員で玉砕する前の、最後の晩餐じゃ無ぇだろうな…。


「ヨサル、怖い顔…。」

「大丈夫だ。オレが守ってやる。」


ハンガーへの扉を開ける。

ギュアアアア、チィィィィン!

女神の邯鄲により、高密度に圧縮された罪人の魂は、それだけでしなやかさと強度を保った鉄となる。そのウサギに秒速5.千回は回転するドリルで穴を穿ち、回転するベルト状のヤスリで研磨を行っている。


「ちょっと大人しくしてろ。」

「ううう。」


入り口に吊り下げてある作業用の半袖をカニィヤに着せる。


「これも着けろ。」

「これ嫌いだよぉ。」


すると青白く輝くガスシールドのアーク光まで見える。


「よし、ここで待ってろ。」

「脱いでいいよね?」


厚手の長袖ジャケットと遮光ヘルメットを取る。

焦る。

ドリルの音とアークの光は止まらない。

オヤジはオレが走ると言った。そのオレが何も通達されず、今2人はウサギの調整をしている。

カニィヤを抱いて眠る前に、知らなければいけない事があったんじゃないか?

飛散防止用の衝立を抜け、叫ぶ。


「隊長!マルバノキ!」


思わず声を荒らげる。

オレは、いつも蚊帳の外なのかよ!


「ん?どうした。」

「声を上げるとは、駆騎士キミタケの教え子らしくもない。」


2人は、それぞれのウサギに装備を取り付けていた。


   ─────


「なんだ。自分だけ置いて行かれた気分になったのか。あぐ。」

「ごめんアル姉。けど部屋を出るまで連絡も無かったし。」

「そういう所はガキの頃のまんまだな、わはは!」

「ヨサルはそこがかわいいの!」

「ぐうう。」

「とにかく今は食事中だ。作戦の話は後にしろ。」


大人しく、テーブルの上のバスケットに手を伸ばす。

適度に温められたパンは、昨夜からテーブルに放置されていたので、水分が抜けてカサカサとした手触りを与えてくる。

テーブルの中央に置かれた、角切りのバターを1つ取り、パンに乗せ。


「あぐ。」


大きく口を開け、噛み付く。乾き切ったパンに脂肪分のあるバターが絡み付き、口内を満たす。咀嚼のたびに唾液が溢れ。


「ん、く。」


コップに注がれたミルクを一気に飲み、パンを流し込む。


「ぷはっ!」


口の中を傷付けようとするパンも、それをやわらげようとするバターも、白いミルクが全部、流し去る。


「ん、ん。」


カニィヤはオレの悩みよりも、皿に盛られた豆をフォークで突き刺す事に集中している。

どれだけ成長しても、中身は子どもの頃のままの愛しいカニィヤ。

こいつが無事でいられるなら、何だってやってやる。


   ─────


キャリイイィ、キュラキュラ。

ハンガーのハッチに付いた鎖を、カニィヤのウサギと連結したウインチが巻き取ってゆく。


「「コネージョ、ソルタンド。ヨサル・ヒラカワラ。」」


ウサギのシリンに立ち、走る光がオレを登録された騎士と確認する。


「「あ、あー。通信のカニィヤです。騎士ヨサル、いつでもどうぞ。」」

「「行ってくる。」」


シリンを軽く踏み、ウサギを歩かせる。

目を閉じて暗いハンガーから、開けた大地、樹表へ。

目を開く。青い空が眩しい。

たん、たんたんたん、たたたたたた。

ウサギを軽く走らせる。


ほどなく、コロニーが視界へ入る。ここからは監視役のものでなくとも、全ての目標の目に留まるだろう。

シリンを強く踏み込む。速度を上げる。右足つま先を左へずらし、上へ。


「「始めるぞ!」」


ガキィン!

つま先を一気に中央へ下げてから右上へ跳ねさせて、ウサギの限界速度を引き出す。コロニーへ一気に近付いたことで、監視役が反応し、黄色と黒の龍の群れが向かってくる。


   ─────


「「始めるぞ!」」


騎士ヨサルの合図に合わせ、ウサギへ。


「パフィルフェメ ネイガ。」


バクゥン、ギャリギャリ。

ウサギの腕様補助関節が、自前のものと、増設した砲門を展開する。


「アルタ ファラ。」


キュイ、キュイキュイキュイキュキュキュ。


砲門と連結したウサギの回転内燃機関を高速で回す。


「ミ テナス サンダリガン─。」


ガキィン!

片側16門、左右合わせて32門の砲塔全てに、補助腕が黒鉄の延長銃身を連結させる。


「パフィルテニラ レヴ ラ マルテロン─。」


ウサギの内燃機関により生み出された運動エネルギーが、砲身基部へ大気を圧縮させてゆく。

アルカルブは、鼓膜、頭部に保護用のヘッドセットを装着する。


   ─────


「「始めるぞ!」」


ヨサルの合図が来る。もうしばらく、私の役目は先だろう。

ウサギの各部を再点検する。


   ─────


「「始めるぞ!」」


ヨサルの合図がきた!慌ててオヤジさんの身体を押す。


「はやく!はやく入って!」

「うおお、そんなに騎士の力で押すな!潰れる!」


   ─────


向かってくる龍の群れをすり抜けてゆく。コロニーに近付く、戦闘用の個体だけでなく、赤黒い、更に上位のもの。女王直属の近衛兵だろう。それの頭が見えた。目当ての客だ。ウサギのシリン前方に据え付けたカーゴを開き、簡易に詰められた─有り体に言えば、適当な袋に詰めた内溶液をウサギとオレ自身の身体に付着させる。

高濃度の成分調整済みハッカ油。

カニィヤの光学、音波的観測と、実際にコロニー内部へ潜入し数えた近衛兵の数は5。数千に及ぶ兵の中で、たったの5。それだけで最精鋭だとわかる。

だが、それはオレ達ヒラカワラも同じだ。ラプリマの数ある騎士隊から選ばれた自負がある。

太陽系第三惑星での記録再編局の昆虫種目録によれば、この種は女王の分泌するフェロモンにより統制される、騎士隊が隊長の命令で動くように。前回の潜入により産卵中の女王と遭遇、サンプルが回収出来たので、センザキがフェロモンを模倣し、成分を調整した。

つまりそれを全身に帯びたオレとウサギは、「別のコロニーの女王」として、「必ず排除しなければならない最優先の目標」として認識される。コロニーの直近を駆け抜け、近衛兵の眼前で。

ばしゃり。

ウサギから投擲した瓶が割れ、オリジナルの女王のフェロモンを撒き散らす。

つまり、「別のコロニーの女王」が「自分達の女王のパーツ」を奪い、投げ捨てた。

近衛兵はもとより、数千の全ての兵が、この「別のコロニーの女王」を殺そうと殺到する。

このオレを。

振り返りはしない。

ウサギの内燃機関を全開にする。

殺意を持った数千の死兵が、オレ1人だけを狙って追いかけてくる。

いい気分だ。

追いついてみろ!

オレを殺してみせろ!

駆騎士キミタケの2番弟子!

騎士隊ヒラカワラの!

このヨサルが!

お前達から!

逃げ切ってやる!


   ─────


「ミ エスタ ラ ─。」


ウサギから伸びたケーブルを右耳上に取り付けたコネクタに刺す。


「カンシア ネ キティオデ─。」


遥か遠く。

まばらな、黒い雲のようなものが空を覆い、少しずつ大きくなる。


「ミ ─。」


視界がウサギのカメラとリンクし、およそ5.775匹の巨大生物一匹一匹を捉え、赤い印を付与する。


「ア─。」


キュアアアアアア!

砲身が共鳴を始める。


「ディスティノーマ!」


片側16、左右合わせて32門の砲塔が、騎士隊ヒラカワラ隊長アルカルブ・ヒラカワラの砲撃型ウサギの咆哮が轟く。

ぱん、ぱん、ぱんぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱん。

この時代から遥か先、ルリローやアンカラ、カネクトゥスと言った空気の振動を制御する技術があれば、そう聞こえたかも知れない。だが、今ここで行われた砲撃は、専用の防護服、ヘルメット、バイザーが無ければ、ヒトはヒトの姿を留めて置けなかった。

他者、自身の命を奪う行為を行ったものは、皆、女神の邯鄲により太陽系第三惑星と同等の質量をその手にかけた人数分与えられ、光へと変えられる。その際に放出されるあらゆるエネルギーは、光崩壊の後、それぞれ女神の手によって跳躍、脚走、指揮、砲撃型と言ったウサギにされ、それぞれへの動力となる。

つまり、砲撃型ウサギの放つ砲撃は、惑星の持つ熱そのものが由来である。


   ─────


「よし。」


轟音と閃光を確認し、マルバノキは防毒マスクを装着し、ウサギごとコロニーへ入って行った。


「ドラン、ドリン、ミア、インファノ…。」


眠れ、眠れ、愛し子よ。それぞれの育房に詰まった蛹、幼体に子守歌を歌い、眠らせてゆく。

第二層に入り、女王を確認する。


「さて、済まないが。」


ランサーのホルスターに手をかけ、


「待テ。太陽系第三惑星人。」


魔導列車追撃編 前編─騎士隊ヒラカワラの戦い─ 了


近衛兵すらも誘引した偽のフェロモンで、コロニーの中には、脈動を続ける蛹と、産卵管を伸ばした女王だけが残った

騎士隊ヒラカワラのマルバノキ・ヒラカワラは女王へ向き直り、もう一度ランサーのホルスターに手をかける。


「だかラ、待テと言っていル!太陽系第三惑星人!」


魔導列車追撃編 中編 降り頻る雨の中で


何か聞こえた気がするが、ここには私以外のヒトはいないはずだ。太陽系第三惑星人未踏踏査区域に、我ら騎士隊ヒラカワラ以外のヒトがいるなど。

ランサーホルスターのフタを開き、中の黒槍に手をかける。

恐らくこの声は、過度の心理的、肉体的な重圧から逃れるために生み出した妄想だろう。


「だーかーラ!何故無視をすルー!」


少し訛ってはいるが、年若い少女の声だ。

被りを振る。


「ふっ。」


自重気味に笑う。私には愛しいパートナーのアルカルブがいる。女性の声を思い浮かべるなら、彼女のものであるべきだろうに。

ランサーの原型、圧延と鍛造が行われた、2人の愛と命の結晶を取り出す。


「おーまーえーハー!」


金髪で、少し褐色肌の少女に抱きつかれる。


「話を聞ケー!」


   ─────


砲撃の、少し後。


「「隊長、ラプリマよりの早馬です。それと、クルルガンナ星人ほしひとの使者もいます。」」

「「何だと!?」」

「「順を追って説明します。まず、我々ヒラカワラがこの区域のコロニーを探査している間、勇者ゲンザンとクルルガンナ星人ほしひと、当代星姫アルマコリエンデの間で行われた15度目の非公式会合ラブラブデートの中で、両惑星文明の発展と互恵の関係を築くため、人材、技術の交流が行われる事になりました。」」

「「では何故、今戦場となっているここへ使者が来る。」」

「「我々は現在、この攻撃性の極めて高い、強大な龍のコロニーを殲滅して、女王をマルバノキが確保しています。私達が作戦を決行すると決めた頃、クルルガンナの技術で、このコロニーと女王を有効活用するという事が女神の立ち合いのもと、クルルガンナ使節団とラプリマの議会との間で行われました。」」

「「わかった。使者はどちらへ?」」

「「そ、その…。」」

「「何だ?」」

「「隊長、いえ、」」

「「早く言え。」」

「「アルお姉ちゃん、怒らないで聞いてね。」」

「「だから、使者はどこで何をしている!」」

「「コロニーの、女王の部屋の中で、マルバノキに抱きついています。」」

「「なんだと!!!???」」


   ─────


カニィヤからの通信を聞きながら、ウサギを通常の巡航速度で走らせてめぼしい素材を回収する。今夜はご馳走だな。それにしてもまさか、クルルガンナ星人ほしひとといい関係を築けるなんてな。そもそも勇者は星姫に一目惚れだったか。

しばらく走らせると、「なんだと!?」とアル姉が怒鳴る声が聞こえて、鼓膜が破れそうになる。直後。


ガガキィィ!

オレのウサギに隊長のウサギが取り付いてきた。危うくバランスを崩して機体が倒れそうになる。


「アル姉!急に!」


どうしたんだよ、と声をかけようと振り向いたところ。


「マルバノキの所まで行け。」

「ででもオレには回収業務が。」

「行け。」


龍の群れから逃げる時よりも、限界の限界まで速度を上げた。


   ─────


「やっト話ヲ聞く気ニなったナ!」

「まだ信じきれないが。」


金髪と、浅い褐色の肌を持つその、年齢は我々より一回り幼いだろうその少女は、得意げに指先で小さな立方体の箱を回転させる。


「「何を言うておるのじゃマルバノキ、目の前に証拠があろうが。」」

「「あなた達が見事、このコロニーを占拠出来たことを喜ばしく思います。このアウタナ・セリフラウは。」


少女の指先にある箱は、コロニー内の壁に映像を映し出し、即時の通話を可能にする。


「こんなにも早く、先生にお会いできるとは。」

「意思ヲ口ニ出さなけれバ伝達出来ないトは。遅れタ文明種だナ。」


背中にまた、抱きつかれる。


「「それにしても、お主、シィミーィヤじゃったかの?婚姻前のおなごが軽々しく男に抱きつくなど、しかもお主、それの妻はの─。」」


ガパァン!


コロニーの外殻を突き破り、大質量の物体、ウサギの脚部がめり込む。


「ワ!何!?なニ!?」


シィミーィヤが、胸の中に飛び込んで震える。


とっ。

軽くつま先で降り立った彼女の形相は、とても言い表すことが出来なかった。


「ふぅん、若い女に抱きつかれて、抱きしめ返すの?」


我が妻、生涯の伴侶。


「うわきもの。」


アルカルブ・ヒラカワラ。


「これは別に浮気ではないよ。彼女が驚いたので安心させただけだ。」

「なニ!?私とハ遊びだっタのカ!?」

「ほら。浮気。」

「違う!そもそもシィミーィヤとは今会ったばかりだ。何と言うものでもないだろう。」

「私ハ一目惚れしたゾ!胸ガ高鳴っテいル!」

「触らせるのをやめろ、私にはアルカルブが。」

「そんな小娘のより、私の胸の方が好きでしょう?」

「そんナ血が出るほド掴むのカ。愛しイ相手ノ手はこウ、優しク手ヲ添えルものだト、私のぜネロジオにあル。」

「これ以上私のマルに触るな!このあばずれ!」

「年季ノ入っタ夜鳴き鳥ガ五月蝿イ。私ト暮らそウ。」

「もう我慢ならない!ミ テナス サンダリガン─!!!」


収集が付かなくなった3人を見て女神は、使節団との協議の席に戻った。


   ─────


初代星姫アルマコリエンデは、ものの数年で、その惑星の自身と同一の種族すべてを、妹と同じ存在に変えた。つまり、性別に関係なく、年齢に関係なく、ほんの数秒の一方的な交合により、自分の遺伝子を潜り込ませて変質させた。

本来起こり得ようのないそれ、太陽系第三惑星では巷にありふれる陳腐な言葉と化した「奇跡」としか表現出来ない絵空事により、思考すら統御する種族となったクルルガンナ星人ほしひとは、一を全に、全を一にする思考伝達法を持ち、また初代星姫アルマコリエンデの本能のまま行動する獣性を封じるため、常に己を律する精神構造を持つように、肉体的にも改造を行った。


「妹さんが悲惨な殺され方をしたっつっても、めちゃくちゃだな。そんで、どうしてお前さんはそんなに欲望を全開にしてるんだ?」


食堂車で行われた、ささやかな歓迎会のテーブルで、アルカルブと左右にマルバノキを引っ張るシィミーィヤにセンザキは聞いた。


「うン、いクらクルルガンナ星人ほしひとガ初代星姫の行動ヲ、欲に塗レた不埒なモの、抑えるべキものとシても、それはそれとしテ、アルマコリエンデは確カに私達ノ姉となル。私はタまたま、初代星姫の形質ガ色濃く発現したカら、欲望を持ってしまウ。」

「だからって!どうして私のマルなのだー!」

「恋ニ理由なんテあルかー!」

「もう、好きにしてくれ。」


3人を見ながら、ヨサルは酒を飲む。


「欲望を抑えるってんなら、他の文明を滅ぼしたいって気持ちも無いんじゃねえか?」


「それハ少シ違ウ。私達ハ、マず他惑星文明ノ種族ヲ、なるべク平穏ナ方法で「アルマコリエンデ化」しようとすル。」

「何だよそれ。身体と思考を作り変えるのか?受け入れられるかそんなもん。」

「当然受け入れられタためしハ無イ。」

「それで、虐殺するってのか。」

「そウ。私達にモ、攻撃的な形質ヲ持つ個体ハ時たマ発生すル。その個体ハ。」


シィミーィヤは、食堂車の窓の外を指差す。

稲光のような、煌めきと共に現れ空を埋め尽くす、複数の黒い影。

ズウ、ン…と反陽転エンジンの唸り声が響く。


「対惑星文明兵器、ナラシンハ。他にヴリトラ、クシャーナなどモあるガ、あれラのコアへト転用されル。名誉な事ダ。それラ個体は、発達シた獣性ヲ、他の星の文明人ヲ殺す事デ、発散出来ル。」

「勇者ってすごいね…ホットドッグひとつでそんなヒト達と仲良くなれたなんて。」

「って言うか、そもそも何でそんな物騒なモンが飛んでんだ!?ラプリマの方角じゃねぇか!」


アルカルブがセンザキへ、丸めた書類を投げる。


「その勇者が、星姫と婚姻を結ぶんだ。我々もまた、その結婚式へ招待されている。」


騎士隊ヒラカワラと客人を乗せた車両は、黒い影と同様ラプリマへ向かう。


   ─────


「ディスガス─。」

「─ニン。」


口付けを交わす。

両惑星文明の楽隊が、高らかに祝福の音色を奏でる。

いくたびにも及ぶ戦闘のあと、髪に触れ、手を握り、いつしかお互いの瞳を好意的に見つめ合うようになったふたりは、今ここに結ばれた。


「マル!私モお前ト結ばれタい!祝福されテちゅーヲ交わしたイ!」

「私のマルバノキだ!」

「痛イ!痛イ!祝福、祝福しロ!」


シィミーィヤのこめかみに拳骨を当ててはさみ、グリグリとねじるアルカルブを見ながらセンザキは言う。


「まさか、本当にゲンザンが他の星のお姫様と結婚しちまうなんてなぁ。」

「星の海を渡る種族なんだろう?太陽系第三惑星人で良かったのか?」

「もう、ヨサル。」


ぐりぐり、とされながらシィミーィヤは声を出す。


「確かニ、我々の中にモ太陽系第三惑星人ヲ、かつテ滅ぼシて来タ文明群の中でモ、特に矮小ダと評スるモのは多くいル。お前達の言葉で言えバ─。」


シィミーィヤは、適当な建物の、土つくりのレンガを指差す。


「星姫ハ、そのレンガの染みへ恋をしテ、往来で腰を振ルようナあばずれだト。」

「えらく舐められたモンだな。まああんなものを空に浮かべるような奴らだからな。」

「ミーヤは、どう思うの?2人の結婚を。」


カニィヤの質問に、シィミーィヤは躊躇なく答える。


「もちロん大賛成タ!恋っテ素敵!マル愛してル!」

「貴様は2度と喋れなくしてやる!」

「あいだダダ!!!」


   ─────


およそ6の月が流れた。

かつての大型生物のコロニーに、資材が搬送されてゆく。


「「よーし、貨車のコンテナにフックをかけた!」」

「「付近の作業員は退避しろ、一気に行くぞ!」」

「「安全手順を遵守しろよ!」」


それらを眺めながら、この区画の長となったアルカルブは、都市化プロジェクトの責任者、工事の総監督らと会話をしていた。


「つまり、供与された技術には裏があると?」

「いえ、そこまでは。ただ、彼らの持つ生体、改変工学とでも呼ぶべきでしょうか。それらには、純粋な畏敬の念を抱くだけです。」

「私達が彼らクルルガンナの知識を、どこまで再現出来るのか?それを試されている感じはあります。」

「恐らく、彼らにも星姫の決断に賛成でない者もいるのでしょう。そう言った感触が、これらの開示された理論からも受けるのです。」


ひとりの技師は、さまざまな計算式の写しに、太陽系第三惑星人の公用語と一度は目にしたことのある記号などを用いて、ひとつの計算式に対して数十枚の走り書きの注釈が書き込まれている。


「さすが、単一の連続した文明が数百万年続いているだけはあります。彼らが空に浮かぶ雲のようなものであれば、私達はその辺りに散らばる、これらの切屑のようなものです。」

「この、1行に対して数十枚のメモがあるが、理解できたのか?」

「いえ、最初の一区切りまでです。エルベラノの生化学部門などと協働して解析、理論の再現に取り掛かってはいるのですが。我々に出来るのは、見よう見まねで模倣することだけです。」

「大人が小さな子どもの前で複雑な手品をすると、それを見て喜ぶでしょう?あとで自分でも出来ないか、試してみるかも知れません。当然それを見守る大人は、ただ笑って見守るだけです。規模は違いますが、それと同じ事を今、私達がされているのです。」


アルカルブは、腕組みをし、質問をする。


「供与された知識のうち、完全に理解出来たのは一区切りと言ったな?」

「はい、本当に、本当にただの一区切りです。」

「ならばなぜ、お前達は「裏がある」という感触を受けた?この知識を提供する、最終的な承認のハンコを押した者がそういった感情を抱いていたとして、これらの技術を記した者はお前達のような技術者であるはずだ、そして記述される理論に悪意が内在する余地はないはずだ。」


彼らは互いに視線を交わし、1人が歩み出る。


「彼らが書き記したこれらの理論を、私達が理解出来なくとも。」


その技師は、注釈ではなく本文の手書きの写しの一枚を手に取り、アルカルブへ掲げる。


「この記号の羅列を、その並びを見ただけである程度の、筆記者の真意を測れるのです。」

「まるで、語学の、文学理論の講義のようだな。」

「ええ、おおよそはその理解で合っています。」


技師はその写しを置く。


「彼らクルルガンナ星人ほしひとは、ぜネロジオ、つまり遺伝子のようなものに、個体の意識や知識経験に止まらず、個人の人格までも受け継ぎ、さらにそれを数値化しての調整と改変を行う技術を有していますね?」

「ああ、概ねそれが太陽系第三惑星人の理解だ。」

「作業の工程に関わる必要性がありますので、端的に申します。」

「どうぞ。」

「彼らは主に、形式知によって生きています。」

「さすがに端的すぎる。」

「つまり、彼らは我々と同じヒトの姿をしていますが、そこに主体はありません。彼らは現在、いえ最初の数万年以降は、ただ知識と理論のみによって文明を保存してきた、言わばただの本です。感情を削ぎ落とし、本能を否定した結果、彼らはただ、他惑星文明を殲滅するためだけのシステムとなったのです。」

「それが記述したこれには。」

「はい、この理論には、忠実に再現したところで、決定的な場面で我々太陽系第三惑星人に、破滅をもたらすような仕掛けが見えます。」

「わかった。」


一度、空を仰ぐ。

マルバノキに近付いたあの女も、裏の顔があるのだろうか。


「星姫や、その他の一部の者も、この理論を記述した者と同じく、真意を隠して行動していると思うか?」

「私は、先ほどまでの会話にはついていけませんでしたが。」


ラプリマから送られてきた、かつての養育施設での顔馴染みであり、騎士にはならず、養育施設での運営を行う責任者となった友、クスノキが手を挙げる。


「結婚式での星姫には、親の愛を知らない、心を閉ざした子どもが、初めて安心できる誰かの腕の中で見せる、不器用な笑顔がありました。クルルガンナ星人ほしひとが、その、本のような生き方をしているのなら、星姫やアルの言う誰かのような立場のあるヒトは、それこそ愛も、怒りや悲しみすらも知らないで生きてきたのでしょう。私は、彼女たちの笑顔を信じます。」


そうだ。シィミーィヤも、もともとは星姫の伴った最初の使節団の一員であり、このコロニーと女王活用技術の技師なのだ。それがあのような顔でマルバノキに抱き着いて、裏切りを画策するなど。


「わかった。」


彼女に微笑み、技師達に向き直る。


「星姫の好意に感謝はしよう。ただ、彼らの技術自体は完全に信用しない。いいな?」


   ─────


それから、もう 72の月が流れた。

大型生物のコロニーを、供与されたクルルガンナ星人ほしひとの技術を解析、模倣し都市として完成させ、原型のように拡張なども行えるように。

太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひとの蜜月が続くにつれ、都市は女神の命名規則により、ラプリマからエルベラノ、そしてこのエルアートヌ、エルヴィエルナと名を付けられた。その他にも、さまざまな騎士隊により、数百、数千の都市が興った。アルカルブはエルアートヌの都市代表として精力的に発展と躍進に向けて尽力し、夫マルバノキはダクトロとして、多忙ではあったが娘も授かり、更にアルカルブは精力的に職務に励んでいた。


「…っ、っ。」


激務を終え、疲労したアルカルブが帰宅して仮眠を取ると、何か押し殺した声と物音に気づいて目が覚めた。騎士としてはとうに現役を退いていたものの、その天性の才覚は疲労して気絶してもなお、鋭敏であった。


「もっト、もっト。」


立ち上がり、音の方へ近付くと、そう聞こえた。


「声を出すな、起こしてしまう。」


軋む音のする中、今度ははっきりとそう聞こえた。


「だっテ、私モ赤ちゃン欲しイ!」


その言葉の意味は、都市運営をする上で、よく知っていた。

混血。

いかに遺伝子を自由に改変し、ただのいち個人を空を覆う巨大な兵器の制御装置へ変換する技術を持っていたとはいえ、クルルガンナ星人ほしひとは太陽系第三惑星人との間に子をもうけることは、恐らくほぼ不可能であり、エルアートヌが作られ、そこに両惑星人の夫婦が増えてからの出生率の低下は、アルカルブの悩みの種のひとつでもあったからだ。

彼ら、子に恵まれない夫婦を助けたかった。

都市の長として、ひとりの母親として。

ただ。

ただそれが。

愛する夫と、転がり込んできた女のものでさえなければ。


「すぅ、すぅ。おかあ、さん。」


娘の寝言が聞こえる。

日々を仕事に費やし、帰宅してシャワーを浴びて仮眠を取れば、また仕事に向かう。娘は喋れるようになった時、まずあの女を母と呼び、懐いていた。

私は、この子と母親らしい会話をした事が無い。

乳を与えたことも、おむつを替えたことも、食事の際に口元についた食べ残しをぬぐったことも。

無い。

力が抜け、膝をつく。

私は、母親と名乗ったことすら、無い。


「あア、愛してル。マル。」


2人の睦み合う声が聞こえる。


「あ、あ…。」


そこにいるのは、私ではいけなかったのか。


「う、う…。」


何を、どこから間違えたのか。


「い、や…。」


エルアートヌの都市責任者に選ばれたことが。

騎士隊の隊長になってしまったことが。

騎士隊に入ったことが。

騎士になったことが。


「えあ、あ…。」


養育施設で、初めて出会ったマルバノキに、その場で恋をしてしまったことが。


「何か聞こえるね。」

「カイミが起きたのかナ?」

「見に行くよ。」


マルバノキがベッドから立ち上がる気配がする。


「君か、もう帰って来ていたのかい?」

「ああ、だがもう仮眠は済んだ。愛しているよ。」


そう告げて、後にする。

私はこの都市エルアートヌの責任者である。そこに私情は必要無い。

雨は、ここ2週間降っている。この涙も、洗い流してくれるだろう


   ─────


それから更に、12の月が流れ、シィミーィヤが懐妊した。

血の繋がりはないものの、それでもシィミーィヤはカイミを、実の娘として愛している。

伝え聞く所によると、勇者と星姫も子を授かったという。

さらにエルアートヌを含めた数百万の都市においても、太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひとの夫婦の間に、母胎に子が発生した。


陳腐な言い方をすれば奇跡だが。

アルカルブには、それが意味する本当の理由に見当が付いていた。


   ─────


「「ったく、こちとらもうロートルだぞ、何で全騎士、騎士資格者臨戦待機なんだよ。」」

「「私はヨサルとまた、こうしてお話できて懐かしいよ。ヒラカワラにいた時以来だね。」」

「「はいはいそうですねオレも久しぶりにシリンに立てて嬉しいよ!だけどもう93日だぞ!アル姉は何考えてんだよ!」」

「「うーん、非常時の訓練かな?あ、ナラシンハが来るよ。入港予定に無い船だけど─。」


キュアアアアアア、ア。

カニィヤの拡張された視界に現れたナラシンハは、その下部ユニットから光の波をそ本体へ送信した。


「「何やってんだ?アレ。」」

「「わからない、けどアルお姉ちゃんが怒った時とおな─ザ、ザー─。」」

「「どうした?カニィヤ?カニィ─。ザー─。」」


クルルガンナ星人ほしひとは、当代の星姫アルマコリエンデが、太陽系第三惑星人の、滅す価値すらなかった遺伝子を受け入れ、ぜネロジオを汚損した、と合議にて、混血の子と、太陽系第三惑星人と交わった全ての個体、及び太陽系第三惑星人を命球から廃棄する事を決定した。


「これより、太陽系第三惑星人は、拡張した領土と人口の九割九分九厘を喪う。

ほんの少し残ったひとびと、騎士、女神、勇者と準勇者、そして再現が行われていたぜネロジオとポデアの技術、UltraSuperGigantic、ヒトの魂を光崩壊させて生み出した兵器により押し返して勝利しますが、皆さんは既にご存知でしょう。その戦いはここでは割愛します。」


   ─────


「「攻生命体障壁、次準備急げ!各員、凌げ!」」

「「ラプリマへの、女神への回線がパンクしてます!」」

「「くそ、第五都市区画の四騎士隊ほぼ壊滅!都市長!」」


エルアートヌの都市計画時に、クルルガンナ星人ほしひとから供与された技術をそのまま使用していれば、この場も既に焼かれていただろうな。他人事のような感想を抱き、混乱する通信部の席から立ち、アルカルブはサマタを展開するマルバノキの隣に立つ。


「まだ保ちそうか?」

「ああ。だが、まだシィミーィヤとカイミが退避できた連絡が無い。」

「まだそんな事を気にしているのか?私情を捨てて、ひとびとのために唄うのがダクトロだろう?」

「こんな状況で冗談を言うな。」

「たった今、私の所へ通知が届いた。見ろ。」


アルカルブの指先の立方体が映像を映し出す。


「「ごめ、んネ、ま─ル─。」」

「ミーヤ!」

「そんなに大声を出すな。」

「「おかあさん!おかあさん!」」

「「都市長、彼女は死亡しましたが、カイミ様は保護できました。」」

「よし、追加の騎士隊を送る。無事に連れ帰れ。」

「「了解。」」


その言葉を最後に、アルカルブは映像を終了させる。


「なぜだ。」

「何故とは何だ?」

「なぜ、この状況で予備の騎士隊を動かせる。」

「知っているだろう?月のふたつ巡る前、巨大生物群の移動を検知した。各騎士隊に臨戦待機を出していたのだ。それらを動かしたに過ぎない。カイミか?お前と私のかわいい子どもじゃないか?生かしたいと思う気持ちは当然だろう?」

「ならば。」

「うん?」

「ならばなぜ、お前は笑っている。アルカルブ・ヒラカワラ。」

「ふふ、だって♪」


アルカルブは、指揮所の中央に立ちサマタを展開するマルバノキに、恋する少女のように、背中へ抱きついた。


「だって、やっとだいすきなマルバノキを独り占めできたんだもん♡大好きだよ、マル♡」


振り向こうとしたマルバノキに、多重のサマタがかけられる。


「これ、は!アルカルブ!!!」

「そう大声を出すな、愛しい我が夫。よくやったサマタ隊、ダクトロマルバノキを第壱類秋都市主要声歌指揮者保存機へ格納しろ。」

「ミーヤを、見殺しにさせたのか。」

「シィミーィヤはクルルガンナ星人ほしひとだ。その兵器ナラシンハに、センザキもヨサルもカニィヤも殺されている。生かす必要があるのか?」

「アァルカルブゥ!!!」

「そう大声をあげるな。この格納機は、中にいるものの歌の力を増幅する。おかげでエルアートヌの残った部分は守られる。お前がどうあろうと、ずっとお前はそこで命が保たれる。私の愛しい、愛しいマルバノキ。どうか健やかに。」


格納が終わり、増幅されたマルバノキのサマタがエルアートヌを包む。


「「よし、サマタが展開した。食化騎士隊、出番だ。食化ウサギ格納庫封印解除、解放はじめ。薄汚いクルルガンナ星人ほしひとにルダン、カ、ファロを見せてやれ。」」

「「ゲヒャヒャヒャ!」」

「「都市長、生き残りはどうするんですかい?」」

「「動けば腹が減るだろう?生き残りはどうせ助けられん。食って良し。」」


   ─────


女性は、右耳上のコネクタを外し、煌めく箱から投影された映像が消える。


「こうして、エルアートヌはクルルガンナ解放戦を生き残った都市の中で唯一、勇者、準勇者に女神直属騎士隊も戦闘に参加せず、女神の庇護を受けなかったため、独立性を保っています。私のこの穴も、その中で作られた技術です。」

「うっ。アユー、ガっ。」

「リーナ、大丈夫ですの?背中をさすって差し上げますわ。」

「ああ、マルバノキ…。とても歯痒いです。このアウタナ・セリフラウは。」

「アルカルブさん、浮気されはじめた時は応援してたけど…最後すごかったねー。」

「はい、ですが全て、私の中にあるぜネロジオと、エルアートヌ自体の記録を繋ぎ合わせたものです。」

「食化?騎士とルダン、カ、ファロってなに?」

「それは、かつてのワイルドハントが、ワスレナ教官の中のアユーガのオリジナルが、邯鄲の柱になった理由ですわ。」

「我が君、それは─。」

「ずっと、秘密にしておくつもりでしたけど。」

「ご主人様…。」

「うう、えっぷ。アユーガ…。うぷっ。」

「リーナくんにも、アユーガとの繋がりがあるんだね。先のアルカルブの発言を聞くに、エルアートヌは食化騎士というものの制御が可能のようだけど。」

「はい、全ての食化騎士はエルアートヌのものです。試験用のものを簡単に再現する技術が、意図的にクルルガンナ全域へ拡散された記録があります。」

「当然ですけど、これから対応することになる食化騎士は、初期ワイルドハントの戦ったものよりも、強化されている事になりますわね。」

「はあっ、はーっ。えふっ。」

「それよりそれより!あなたのお名前もう一度教えて?これからどこに着くの?何しに行くの?」


場の雰囲気を変えようとしたモモが、食堂車のテーブルに、わざとらしく手を着いて尋ねる。


「はい、女神とラプリマ議会に申請し、あなたがたダンサンカ ブーケエウトリマ班の公式出動が認可された目的は、エルアートヌ第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機に収容されたマルバノキ・ヒラカワラの解放。及びエルアートヌ都市長アルカルブ・ヒラカワラの捕縛。そして私は─。」


女性は、頭を下げる。


「私の名前は、カイミ・ヒラカワラです。」


魔導列車追撃編 中編 降り頻る雨の中で 了


「さて、始めるかの。」


光そのものへと近付くそれへ、邯鄲の熱量を与える。


「暗く冷たい光の海に

いざや廻れよ彼方まで─♪」


歌うように、夢を見る子どものように。


魔導列車追撃編 


─数刻前─


後編 デ ラ プレア マルバナ フィナ


がたがた、ごとん。


「それでは皆さん、こちらにお着替えください。」


エルアートヌに向かう、連結したウサギに引かれる食堂車の中、カイミは一同に簡素ながらも高級感のある、白地に左側、細い黒の縦線がシャツにスラックススタイルのパンツ、スカーフを渡す。


「あーこれ、膳のヒトが着る服だー!」

「ふむ、かつて食卓の資格があ生まれる前のものだね。アウタナくんにエプリシアくん、それとぼくにはその資格は無いのだけれど。」

「はい、資格をお持ちのおふたりはこちらの赤いスカーフを。御三方は白いスカーフをお着けになってくっださい。それとあなたは…。」

「私は黄色でお願いします〜。」


わたくし達はお着替えを始めて。


きゅっ。

1人では衣服を着れないフラウに、いつものように着せてあげて、スカーフを結んであげて、できあがり。


「ふふ、とっても似合ってますわよフラウ。」

「ご主人様の装いも素敵です♡」

「むー!アウタナさんだけズールーいー!」

「こらモモくん、ぼくが先に並んでいるんだよ。」

「お嬢様は〜やく〜。」

「あなた達…。シアは1人でお着替えしていますのよ?」


エプリシアの方を見ると、紫色のゲル状の生き物が、少しずつ体を変化させていました。


「やはり私こそが…最も知的で美しい生き物…。」

「なんか負けた気がするー。」

「ぼく達も早く着替えようか。」

「前の2人が抜けましたので、私の番ですね〜!」

「もう、仕方ありませんわね。」


そうこうしていると、カイミ様はキッチンから何かを運ばれて来ました。


「次に、ランサーのホルスターの代わりにこちらを。」

「こちらは、包丁入れですわね。」

「わー、かっこいいー!お店でも使いたーい!」


わたくし達が腰に包丁入れを挿していると。


「それでは、もう一度お伝え致します。」


カイミ様はわたくし達にもう一度頭を下げて。


「現在ではエルアートヌは、長らく交流の途絶えていた他都市、特にラプリマと魔導列車を使用しての交流と交易を再開させようとしています。」

「うんうん、それでわたし達はお料理交流ってことで行くんだよね。」

「はい、皆さんにはただの膳資格者としてお入りいただき、母シィミーィヤを死に至らしめ、クルルガンナ解放戦の最中、クルルガンナ全域へ食化騎士とその技術を拡散させた容疑でのアルカルブの捕縛と、並行して第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機の中に格納されているマルバノキを解放していただきたいのです。」

「パラさんのように、最初から殴り込みはしませんのね。」

「それは相手が小集団の場合だね我が君。目標となる彼女アルカルブ・ヒラカワラは数十年の間都市責任者として、どういった形であれ、都市運営上での死傷者を出さずに職責を果たしてきた人物だ。小悪党のように扱っては彼女にも、エルアートヌの歴史と住人達にも失礼だよ。」

「そうでしたわね。わたくしの浅慮さを恥いるばかりですわ。」

「あの…。」


振り向くと、胸とお腹に包帯のようなものを巻いて、真っ白な長袖を着たフラウとエプリシアがいました。口元にはマスクのようなものをしています。


「フラウ、何ですのその…それ。」

「愛弟子であるマルバノキを助けに行くのですし、勇ましいアレンジをエプリシアにお願いしました。このアウタナ・セリフラウは。」

「はい、ルルメンタ ブリンダを開いた騎士隊アズマが、この手の衣装でしたので最適かと。」

「ふふ、ぼく達は表向き友好的に自体を進めたいからね、その衣装は少し不向きだと思うよ。」

「お嬢様脱がせるのはお待ちください〜。せっかくですし記念スケッチを〜。」

「カイミさんカイミさん、すごい断線しちゃってごめんなさい。」

「モモさんそれは脱線ですわよ。」

「ご主人様、少しお腹が空いて参りました…♡このアウタナ・セリフラウは♡」

「もう、仕方ないですわね。わたくしのドリルから何本か食べていいですわよ。」

「んん〜!リラちゃんのドリルおいしー!」

「それでは私も失礼します。おお、これが勇者と星姫のハーフ。ワサビ女様、ワサビいただけますか?」

「私は、私はヒトの身なのでお嬢様のドリルを食べられないのが残念です〜。」

「ぼくも一度食べようとしたけどアクが強すぎたね。」


ばんっ!

石焼板を叩いてカイミ様が声を上げます。


「私は!私はラプリマに着いて!ホテルの部屋の放送でダンサンカ ブーケの活躍を知って!あなた達なら父を助け出して母を止められる!そう思って女神やラプリマ議会に申請して、今あなた達とこうしてエルアートヌに向かっているというのに!どうしてあなた達はそんな真剣さがないのですか!」


左手をすっと挙げて。


「よろしいですか?」

「何?」

「まず、緊迫感のなさであなたのお気持ちを傷付けてしまい、申し訳ありません。」

「それがわかっているなら!」

「ですが。」

「何なのよ!」

「わたくしのドリルを食べることで、この方達のぜネロジオが強化されています。」

「何を言って…。」

「わたしはヒトじゃないんだー。木とヒトが混ざってるの。」

「え。」

「元々は女神の拡声器です。このアウタナ・セリフラウは。」

「どういう…。」

「失礼致しました。こちらの方々が異常なのです。」

「メイド…あなたよく見たら髪先に目玉が!?」


どろり。

エプリシアは右胸から腕を元の軟体生物の姿に戻す。


「そうです。私もヒトではありません。」

「うう、ん。」


ばたり。


「やはり、刺激が強すぎましたか。」

「放送ではそういう部分は、騎士の方以外のご視聴時にはモザイクをかけていますので〜。」

「どうしますの!?カイミ様が失神されましたわ!」

「落ち着いて我が君、まずは深呼吸を。」

「ひっひっ、ふー。」

「うーん、カイミさん的にはいろいろ計画があったんだよねー。」

「そうだね。そこは都市責任者であるお母様のように、しっかりと計画されて行動されているようだね。」

「ふふ、憎んでいても血は争えませんのね。」

「わたしは争ったよー!あばずれ撃ち殺したし!」

「モモくん、そういう意味での争うじゃないよ。」

「お嬢様がそういった事を言われるとしみじみしますね〜。」

「このボンクラども、そろそろエルアートヌに着きますよ。」

「どうしよどうしよ、カイミさん起きないよー!」

「どうやら、相当気が張り詰めていたようだね。」

「あっ!」

「どうしましたのフラウ?」

「太陽系第三惑星には、こういう時に行政者の執行機関が行う様式があるのを目にした事があります。このアウタナ・セリフラウは。」

「あ!そうですね!それでは皆さん少し目を閉じてくださ〜い!バンヴォル、レスパン ミ ポリ─。」


   ─────


「はい!ありがとうございましたー!また当店「イノカミフェスタ」をごひいきにー!」


路面に設置した複数のテーブルのひとつをお使いのお客さまがお帰りになられたので、台拭きを持ってそのテーブルへ。お食事の際に跳ねたソースなどが、まだ夏の気配が残る秋口の熱気で乾いてこびりついている。

こういう時は、腰に下げた霧吹きでしゅ、しゅっと水分を与えて。

がしっ。

片手でテーブルの端っこをしっかりと握って、台拭きを持った手で、テーブルの綺麗な方から、円を描くように汚れを拭き取ってゆく。


「んんっ!」


乾いてこびりついた部分が中心に来るように描いた台拭きの円を、手をすぼめて大まかにソースを掴み取り、台拭きを汚れを中心に畳み、残ったものを同じように拭き取る。


「ここから。」


見かけはきれいになったテーブルを、替えの乾いた台拭きでもう一度円を描くように拭き取る。


「よし!綺麗じゃあ!」


最後にテーブルと椅子の位置を合わせてできあがり。カウンターに戻って台拭きを洗い吊り下げて食器を洗う。スタンドにお皿を立てて作業手順おわり!


「んんー、アルタ カンパより日差しは弱いけどいー気分やあ。」


カウンターに肘をついて、アマザの従業員達、今も現世に縛り付けている亡霊のみんなからの手紙を見る。

この暑さなのもあって盛況とのこと。私の漬け込んだはちみつ梅干しも人気のようで嬉しい。


「そろそろお昼も終わりやけ、私もお店休憩にして食べよ。」


今日はフェイにスターも学校がお昼までじゃけえ、一緒に作っといちゃろう。

移動式リーチインその下、お野菜入れからキュウリを3本取り、軽く水洗い。


「暗く冷たい冷蔵庫の〜♪」


鼻歌を歌い、水ふきんで軽く拭いたまな板に並べ、とんとんとん、と輪切りにしてボウルに入れ、塩昆布を細めの千切りに、小さじ一杯のごま油を垂らして細切れの鷹の爪をふりかける。


「塩昆布と鷹の爪踊る〜♪」


軽く揉みながら具材を和えて、キュウリに油が馴染んだらフタをしてリーチインへ。


「おう、お客さまけ?すま…すみませんが立て看板の通り、お昼休憩じゃけぇ。」

「いやいや、私達はエルアートヌから来た者でして。」


   ─────


「おいダリ坊、オーダー追加。7.8番テーブルに昼デラックスのA、Cをそれぞれ5人前と、女の子がいるなら持って来て欲しいとよ。」

「えー!そんなに食べるのー!?」


よっつの寸胴鍋でそれぞれの麺を茹で、さらにやっつのフライパンでそれぞれのソースを作る。

太い麺、細い麺、穀類、麦素材のオーソドックスな麺からにんじん、ほうれん草を練り込んだお子様向けにも好評の色付き麺、製麺前の生地を寝かせる際に通常のものより水分を多めにした麺。それぞれ鍋に入れたタイミングと茹で時間が変わる、それを肌感覚のみでコントロールする。

フライパンは基本的に、ひとつのソースにつきひとつを使う。作業の合間に軽く流水での洗浄を行うとは言え、加熱調理を行う、一秒一瞬が惜しい鉄火場での本格的ではない洗い物では、食材の匂いなどは落としている余裕はない。よって、お客さまが大量に見込まれる昼食時や夕食時のかきいれどき、ピークタイムでは、ひとつのお料理にひとつのフライパンで対応する。ダリアの受け持ちはこの8枚。いつもの肩まで伸びた髪は毛先をまとめ、おでこから伝う汗の飛ばないように、「レジーナ」の店名ロゴが入ったハンチングキャップを被る。オーダーを受けた順に左から右へ吊り下げられたメモを横目で一瞬見て、先のオーダーのフライパンを3枚仕上げにかかる。ソース、具材と絡めた麺を木製のパスタレードルで巻き取り、同じく先が丸い木製のパスタフォークでお皿に優しく、美しく、そして何より手早く乗せる。溶かしたチーズを回しかけ、バジルをちぎって添える。同じ手順で角切りトマトをミートソースのパスタに添える。それをそれぞれ5皿。すべてのソースが冷えて固まる前に。お客さまのお腹と背中がくっついちゃう前に。


「何でもエルアートヌからの交流で、腹が減ってるって団体さんだ。オジンは嫌いらしい。」

「えー!ドンはしぶーいオジンなのにー!見る目ないー!」

「喋る前に手を動かせユーナ・ステラ!」

「もー上がってまーすよーだ!おーいレジーナー!そろそろわたし提供行くからキッチン入ってー!」

「洗う皿がどんどん増えてんだよー!」


   ─────


技術交流、交易を目的として、クルルガンナ解放戦から数十年交流の途絶えていたエルアートヌからラプリマに、大量のヒトが流入した。

そのラプリマ、流入者が放射状に集まって来ているラプリマ議事堂。

その中で、元、騎士隊サイクロンの隊長であったヨシオカ・ヤポニカナが口を開く。


「この周りには、およそ6千から8千といったところでしょうか。」

「「女神、こちらハウンド1。ラプリマ中央時計台に現着した。予定通り初等生、中等生の監督に務める。」」

「「んむ、お主も最近鈍っておったじゃろ。少々の運動ならしてもいぞ。」

「「了解、追加でボーナスくださいよ。」」

「女神、計測によればエルアートヌの民はエルベラノなどの他都市ではなく、全てラプリマに集まっています。」

「んむ、どうせ目的はワガハイの首じゃろ。」

「そういえば、勇者は今日は休みでしたな。」

「うむうむ、トモちゃんからは絶対に起こすなと言われておる。」

「正確な数値出ました。24万きっちり、ウサギ同数です。」

「舐められたものだ。クルルガンナですら初戦で300万の動員と対惑星文明兵器三百と言うのに。」

「他都市との交流を絶ってまで準備していたにしては、用意している駒が少ない。」

「今日までの仮想敵、つまりラプリマが当時のクルルガンナ未満と言うことでしょう。」

「そもそも、紛い物を揃えた所で現行の騎士を制圧できるなど。」

「お主ら、エルアートヌはタダで民間と騎士候補生への非常訓練をしてくれるんじゃぞ!もっと有り難がらんか!」

「アルカルブとは同期ですが、彼女が聞けば泣いて悔しがりますよ。」

「ユイと言いアルカルブといい、ヨシオカ同期のおなごは血の気の多いものばかりじゃの!」

「ユイは、ユイはそんな軽薄な女性では…うっ。」

「「医療班、ヨシオカが倒れた。過労だから適当に寝かせておけ。」」

「では、久しぶりに我々も運動するとしますかな。」

「女神はそのままおかけになって、おせんべいでも噛みながらご覧いただければよろしいですぞ。」


クルルガンナ解放戦の生き残り達は、ランサーホルスターに手を添える。


「逸るな逸るな、まずはヒヨッコどもの訓練じゃぞ!」


   ─────


「ンー!今日モ良イ天気ダナ!」

「なラ大きナ声ヲ上げるナ、読書ノ邪魔ダ。」


「レジーナ」の屋根の上、アセデリラとのビーチバレーで肩関節ごと変形していた腕をぐるぐると回し、カトラスは伸びをする。


「デ、調子モ戻ッタ。あレラは食っテモいいのカ?」

「いけませんよ〜。今日は初等生と中等生向けの訓練ですので、私達は監督役です〜。」


陽光を浴びて青黒く輝く、金のラインが入ったウサギを磨きながらヒペリカムは答える。


「病み上がリダ。遊びタイ!」

「面白イ会話なラ聞こえタ。我らクルルガンナ星人ほしひとノ戦力ガ時代遅れノ産物ト言ウ。都市中央の議事堂へ行ケ。血の気ノ多イ騎士ガ揃っテいル。」

「面白イ、ヒヨッコどモめ。揉んデやロウ。」


意気揚々と氷の通路を中空に作り、カトラスは歩いてゆく。


「あなたはいいんですか〜?」

「我ハ今、こノ連続殺人ノ謎解きニ忙しイ。名探偵ノ推理中ニ話しかけるナ。」


再び読書に戻ったアルマを見て肩をすくめたヒペリカムへ、通信が入る。


「「よぉハウンド2、アユーガだ。エルアートヌに行けなくてワスレナが不貞寝したから身体の主導権を奪った。これが終わったら、アタイと踊らないかいお嬢ちゃん?」」


軽く腕を組み、立てた左手でほっぺたを摘む。


「「わかりました教官。勝ちますのでパフェ奢ってくださいね〜。」」


   ─────


今日も朝が来て、学園へ行き、授業を受けて、実技で身体を動かして、お昼ご飯をを食べて、あれ、今日って授業はお昼までだっけ。私は身体能力はそこそこだけど、ぜネロジオにポデアを乗せるのがうまいから、騎士科へ進めるらしいけど、気分が乗らない。このまま誰かとエンゲージをして、赤ちゃんを女神から授かって、お母さんとして生きて、死ぬのも、気分が乗らない。「何をするにも情熱のないやつ」それが、周りの生徒たちの意見だった。私は思うままに生きて、生徒という義務を果たしているだけなのに。「おはよ!今日もいちにちがんばろうね!」ただ、初等生に上がる前のコルの時に知り合ったこの子だけは、ずっと私に話しかけてくれた。「気分が乗らない。」そう返事をしても、毎朝あいさつをしてくれた。そのうち、普通のおしゃべりもするようになった。今日はかわいく前髪セットできたよ。むむ、あなたのもしてあげるね。そう言われても私は、気分が乗らないと返事をしていた。彼女は身体能力がけっこう低めで、かと言ってポデアの扱いも下手で。「そんなこと言わないでよー!」けど、いつも私にくっついてきて、お話してくれた。もしエンゲージをするなら、この子としたい。ふわふわと、そう思うようになっていた。

授業が終わって、その同級生とふたり、校門を出て。

今日は見慣れない服装のヒトが多い。友達に聞いてみる。


「エルアートヌって都市から来てるんだってー。」


そう、わざわざ遠い所からラプリマまで来るの。お疲れ様。私は絶対に、気分が乗らない。こんな青い空も、消えてしまえばいいい。

目の前のヒト達が、エルアートヌから来たヒト達が、少し膨らんでいる。

理由はわからない。

友達は気付いていない、肩を掴んで引き寄せる。


「えっ何っ?」


目の前のヒト達の身体が、縦に、ななめに、手前と奥に裂けて、友達の立っていた場所に、盛り上がった腕を、手そのものが爪となったそれを、深々と突き立てる。


「アビャビヤー!肉ゥ!」

「喰わせろォ!」

「ゲッゲッカ!」


もう、顔から声が出ていない。顔が、顔じゃない。彼らは縦に避けた胸、横に広がったお腹、手前と奥に伸びた頭から声を出している。


「いや!いやあああ!」

「コルソ、歌え!」


頭を抱え叫ぶ友達に、授業の時の教官のように指示をする。


「いやあ!こわい!歌えない!」


友達の腰を抱いて、跳ねる。

ザシャア!

腹部の裂けた個体から、何らかの液体が飛び出して、私達のいた場所にかかり、ラプリマの石床を、溶かす。いつも私達が歩いてきた石つくりの道を。


「ゲッゲッ、よく避けれたなァ!」

「ギャギャ!活きがイイ!踊り食い!」

「やだあああ!」


続いて、同じ消化液が来る。同じように避ける。

遊ばれている。

わざと、避けやすいように、獲物として。その証拠に、他の2体は動いていない。


「よく聞いて。」


その消化液を避けながら、友達の耳元で優しく囁く。


「私達があいつらを殺すには、ランサーしかない。」

「でも、でも、食化体でも、殺したら邯鄲に!」

「構わない。あなたを守れるなら。」


私は、跳ね飛んだタイミングで、髪を一本引き抜く。


「ほら、私が守ってあげるから。」

「でも、あなたが光になっちゃうのも嫌だよ。」


消化液の量が増えた。飛び散ったそれが私の制服にかかり、ルリローの編み込まれた制服が反応して明るく輝く。頬に着いたそれが、少し焼く。


「あ、あ…。骨、が。」

「気にしないで、あなたがこうならなくて良かった。」

「私、私。」

「さあ、私のために歌って。ディスガス─。」

「─ニン。」


彼女の引き抜いた髪と、私のそれが口付けと共に混ざり、溶け合い、焼かれて引き延ばされ、黒い槍になる。

ふぁ、ん。

軽く振る。反応させなくても、空気を裂いた音がする。


「この子に手出しはさせない。」


バチィ!シィィィィ!

励起したランサーが、模倣太陽よりも明るく輝き、周囲の光を奪って、世界を青白く染め上げる。


「あなたの翼を─♪」


後ろから、大好きなあの子の歌が聞こえてくる。

ランサーを持つ左手左肩、左腰左膝に左足首を引き軽く両膝を曲げて、右手の人差し指と中指を揃えて他は握り込み、その腕を食化体に向ける。


「参る。」


半眼で視界に収めた三体は、別個に、左右へ、上へ飛んだ。


「ランサーやっと抜いたア!」

「ゲッゲッゲゲ!」

「ウマウマウマニク!」


下がれない、彼女のためにも、私のためにも。はじめに落ちて来る、胸の縦割れに構えて。


「そこの、ちょっと腰落とせ。」


声の通りにすると、


チャリィィ。


静かな、擦れる音。光の螺旋。


「アビャッ!?」


胸の縦割れが、天体の引力のまま、自由落下。


「ビャアッ!熱い!熱い!溶けるゥゥ!!!」


光の軌跡は、ランサーのはずだ、しかしそれが直撃したはずの食化体は、光へて変わっていない。

なおももがき続けるその個体の頭を踏みつけ、螺旋を描いた青の騎士は、私に告げる。


「説明しなくても、視えたみたいですね。まあ見せてあげたんですが。後は好きにしてください。」


その青い騎士は、特徴的なサイドテールを翻して視界から消えた。肩の腕章には、かわいい犬のエンブレムが付いていた。


「オレ達を教本代わりにしたのかア!?」


激昂した残り2体が、形状を変化させながらお互いに喰らい付き、中途半端に溶け合った醜い姿へ変わる。


「ユカ、もっと歌って、私のために。」

「うん、大好きなあなたの眼差し─♪」


やっとわかった。戦うって。


「楽しい!」


思わず口に出る。今までこんなに激しく声を出したことは無かった。

槌のような形状の、質量のある振り下ろした腕が来る。

大振りに避けるのではなく、重心を移動させながらの歩行だけで躱わす。風圧が焼けた頬を、横髪を裂こうとする。

この一瞬で、死んでいたかも知れない。

けれど、私は死んでいない。ただの一度も、この肉の塊は私に攻撃を当てられていない!

次の打撃を同じように躱わす。更に伸ばした腕から骨肉が突き出る。これも視えている。

躱しながら、あの騎士のようにランサーを白熱させ。


ぱしっ。


直撃の瞬間だけ発動を止めたランサーは、対象を光に変えること無く、直前まで加熱していた大気だけを当てる。


「ゲアキャアアアア!!!」


突き出た骨針から伝わる熱は、腕肉を通じて肩、肺、喉を焼く。

絶命させること無く、焼き続ける。


「クミ、ほっぺほっぺ!」


ユカに抱きつかれて、劫火に焼かれ続ける2体を見下ろす。


「この近くにこういうのまだいるよね?探して。」

「うん、クミどうしたの?」

「ユカの歌で戦うの、気分が乗ってきた。狩りに行く。」

「わぁ…うん!」


同様に、騎士候補生ですら無かったもの達も、エンゲージを結び、ぜネロジオとポデアの扱い方を学んでゆく。

   ─────


「それではご注文をお受けしますね!イノカミフェスタ大人気メニューの白玉めんたいこかき氷がおすすめですよ〜!」

「ニ、ニク。」

「お肉系のお料理ですね、ではこちらの─。」

「若い女の、ニクウゥゥ!」


エルアートヌからの団体様テーブルにオーダーを受けに行くと、彼らは首と肩が裂けて噛み付いてきた。左足を軸に、右脚で蹴り倒す。


「このガキぃイ!!」


他の個体も同様に変形しこちらに組みつこうとしたのを、ランサーへ変化させた右腕の五指を完全励起させ、脅す。

バチバチバチ!


「ううっ!」

「ワリゃあどこのどなたに向こて楯突いとんのかわかっちょんのかあ!」

「い、いえ…。」

「ほな早よ頭下げぇやボケナスゥ!いてまうど!」


   ─────


養育施設から子どもと、それを庇うように出てきたエサを取り囲む。


「ゲェアゲェア!」

「お願いです。私の命を捧げますので、どうか、どうか幼い子ども達は!」


代表に見える、肉付きのいい女が歩み出る。


「ギャギャ!生肉が何を言っても聞こえねー!」

「どうせテメーら仲良く肉団子だァ!」

「エビャビャビャ!」


指差す。一番脂の乗ってうまそうな大人の女を。


「まずはテメーからだ。」

「ヨダレが出そうな脂身だァ!」

「ぢゃぢゃ!ニーク!ニーク!」


仲間達が腹や胸を開き、喰らい付く。


ばしゅう!

血飛沫が上がる。


「ひゃ、ひゃひゃひゃ。ほへひょひゃひゃァ〜!」

「ひよひよ、ひふひゃよおお!」


仲間達が倒れ込む。よく見なくとも、牙や歯肉が粉砕している。


「私は、悲しいです。」


その女は、空を見上げて涙をこぼす。


「あのアルカルブ、私の先生クスノキの親友が送ってきた精鋭が、この程度とは。」


辺りを見回す。

施設のガキ共が、手を繋いで周りを囲んでいる。


「さあみなさん、お歌を歌ってあげましょう。らら、らー。」

「ひとみのおくのー♪」


全身が締め付けられる!


「ぐわあああ!」

   ─────


「はーい!こちら「レジーナ」とくせいのスペシャルデラックス大盛りセット10人前でーす!ご提供はこのわたし、看板娘のダリア・アジョアズレスでーす!」


制服の上からフリフリのエプロンをはためかせ、毎晩レジーナやアセデリラ達と研究しているかわいい笑顔とポーズでお皿をテーブルに乗せる。せっかくエルアートヌからお越しのお客さまに、最高にかわいいわたしを見て思い出にしてもらう。そうして。


タスッ。

濃い赤茶に焼き入れがされ、毎晩掃除の後ワックスがけを行って、店内の梁から吊るすオレンジのランタン照明で絶妙な色合いの、自慢の床に、爪が立てられる。

傷が、付けられた。


「グェッグェッ!」

「よく避けたナァ!」

「ギャガギャバ!もう死ぬけどよぉ!」


見てわかる。食化体だ。自意識を保っていて、それが七体。

他のお客さまは雰囲気に気付かれて、テーブルに着いたままわたしを、こいつらを見ている。


「お客さま、店内では─。」


ビシャア!

腹部の割れた個体が、わたしへ何かの液体を吐きつける。

タタタタタタタタタタ!

全てを、交互に拳を連続で突き出し、霧散させる。

そう。

そのつもり。

わかってたけど。

左手を突き上げる。


「なら一曲、踊ってあげる。」


パチィ!

指を鳴らす。

騒ぎに気付いたガスが、指の音に合わせて腰の弦楽器を弾き始める。


「舐めやがってえ!」


食化体の一体が、幾重にも分かれた鋸状の腕を振り下ろす。

たたっ。たっ。

曲のテンポに合わせて小刻みのステップで避け、それぞれの鋸に、拳を当てる。


「何だァ、そのパンチはぁ!」

「ゲェアゲ!ガキの身体で適うわきゃねーだろ!」


食化体のヤジが、心地いい。

もっと笑え、わたしを嘲笑しろ。

その声が、その逆風が、わたしの心を研ぎ澄ます。

いつものお客さま達は、心配そうにわたしを見ている。


「がんばれ。」


軽快な曲と、相手の腕の轟音と、わたしのステップの合間に、小さなお客さまの、小さな声が聞こえる。


「がんばれ!」


次第に、他のお客さまもわたしを応援してくれる。

よし。


「そろそろ終わりダァ!」


振りかぶったその腕へ。

トタタタタタタ。

背後へ、横へ回り込み、側面から、上から、下から拳を重ねる。


「なんだぁ!また、さっきの─。っ…!」


ヤジを飛ばしていた個体は言葉に詰まる、気付いたみたい。


「ギェバアアア!!!」


お客さま達は、まだ見えてないかな?

食化体の腕の筋繊維、靭帯、骨格全ての繋がりを、殴り割ったことに。

じゃあ、わかりやすいように。

曲の区切りが近い。速度を増す旋律に合わせて。

タンッ。

キュルア!

パカァ!

軽く飛び上がっての、回し蹴りで蹴り倒す。


「わ。」

「わああー!」

「いいぞー!」

「きゃーダリアさーん!」


声援に合わせてかわいく回って、びしっとポーズを決める。

さらに声援と拍手。


「えへへー!カッコいいでしょー!」

「うん!わたしも騎士になるー!」


最初に応援してくれたお友達と、ぎゅっとおててを握手して。


「準勇者ー!」


その言葉に、残った食化体は反応する。


「準勇者、だと!?」

「死んだはず!」

「こんなガキが!?」


もう、どこに顔があるかわからないくらい変形しちゃってるけど、驚いてるのはよくわかります!ふふふ!


「それじゃあ。」


左手の指をぱちっと鳴らして、そのまま人差し指の指先をわたしの方に手首ごとくいくい、と曲げて。


「何人でもいいよ。どっからでもかかってきなさい!」

「うおー!カッコいいー!」

「おねーちゃんやっつけてー!」


客席が騒がしく、演奏まで聞こえる。無人のキッチンからカウンターへ顔を出すと、ダリアが舞っていた。


「はぁ、相手は何だよ。…ザコじゃねぇか。」

「んなこたいい。歌えレジーナ。」

「聞かせてやれ聞かせてやれ。」


演奏を続けるドンとガスに促され、喉を整える。


「んん、ん、ん─遥か昔の語らいに、そなたも耳を傾けよ。その者纏うは紅き血よ、数多の命を奪いては、数多の命守りしは─その名はダリア・アジョアズレス♪」


   ─────


「議事堂を囲む食化個体、七割の無力化が完了しています。」

「んむ、ロートルとはいえ、お主らの相手には物足りなかったかの?」

「勘弁してください。おかげで本日の経済活動はおおよそが止まり、非戦闘員も観戦しています。」

「ほっほ、さてお主がアルカルブなら、次の一手はどう打つかの?」

「そうですね、伏兵など─。」


パキィィ。

女神とヨシオカが会話をしていた、議事堂2階の談話室の窓が凍り付き、ヒビが入る。

窓まで伸びた氷の柱を伝い、歌うようなカトラスの、初代星姫アルマコリエンデの美しい声が響いて来る。


「解放戦の生き残りと聞いたが、他愛のない。女神、精鋭を寄越せ。我は遊び足りない。」

「しょーがないやつじゃのー!ちょっと待っとれー!」


氷へ投げやりな返事をし、ガブリエルハウンドに連絡を取ろうとした女神へ、手を挙げる。


「それでは、私が。」

「おうおう、ついに出るかの!騎士隊サイクロン!」


廊下へ消えたヨシオカを笑顔で見送りながら、女神はひとつの事実に気付いた。


「あやつ、残りの事務処理を全てワガハイに投げおった!」


   ─────


エルアートヌよりの使者、技術交流を目的としたひとびと、観光目的の旅行者、その実態の食化騎士隊がラプリマ内で行動を開始してすぐ。


「こんにちはー。ご機嫌ようー。ご依頼いただいたラプリマの出張料理店でーす。」


リーナの用意した、青と黒を基調とした衣装のモモさんがにこやかに、車両基地の稼動門をノックします。


「「我々は、出張など依頼していない。」」


その返事のあと、

ガツゥン!

自律行動を取るシクローナが門を蹴り上げて、モモさんと一緒に叫ぶ。


「ラプリマだよー!」

「「よ開けんかい!」」


ガィン!ガィン!

繰り返しの蹴り上げで、次第に門がべこべこになって行きます。


「あの、エウトリマ?」

「うん、何だい?」

「彼らの誇りを傷付けないように、なるべく穏便に進めるのではありませんでしたっけ?」

「それはそうだね。ただ。」

「こうなっていますので〜。」


リーナが、ラプリマの様子を中継するカメラの映像を映し出します。

街の至る所で食化騎士隊の悲鳴と、明滅するようなランサーの光、カネクトゥスの輪が展開していました。


「ここまでされて、黙っているわけにいかないからね。」

「どう見ても、ここまでしているのはわたくし達の方ではありませんの?」

「食化騎士の方々が先に行動なさいましたので〜。」

「ふむ、カネクトゥスは正常に機能していますね。実戦での使用に問題が無くて安心しています。このアウタナ・セリフラウは。」

「ああ、あんなに沢山の悲鳴が、じゅるり。」


わたくし達が映像を見ている後ろで、ランサーの青白い輝きがありました。


「モモさん、何もランサーまで…。」

「「しもた!ラプリマ侵攻は撒き餌や…。」」


わたくしが振り向くと、ランサーで首を切断された、血を噴き出すモモさんの身体がありました。


   ─────


汚染されたエルベラノを奪還するため、マルバノキを使用すると聞いた時は驚いたが、彼に随行させた騎士隊の報告によれば、現在女神直属の騎士隊のひとつ、ダンサンカ ブーケのモモ・クルルテラはヒトではなく、クルルガンナ星人ほしひとの対惑星文明兵器を太陽系第三惑星人風にアレンジしたもの、それがエルベラノ居住者を全て喰らい産み出したもの、だそうだ。

つまり、ヒトではない。

つまり、女神の邯鄲が発動する条件、ヒトがヒトを殺害する、を満たさない。

そして、その個体が所有する、天下無敵のぜネロジオは。

ぶす、ぶす。

切断された、桃色の髪をした頭部に複数の口吻が突き刺さる。

じゅぶ、じゅぶ。

消化液を送り込んでいるのであろう。次第に頭部を覆う表皮の下に浮腫が発生する。


「貴様の好きに喰えばいいが、ぜネロジオは溶かすなよ。」


高温と蒸気で満たされた育房の中、その幼体は笑うように目を細めた。下等な龍如きが。


   ─────


「おげ、え。」


当然のように嘔吐したリーナを抱き止める。

ぴゅー。

血液の量が減少して、がくがく、と震えて失禁したモモさんの身体は落ち着き始めます。


「ご主人様。」

「我が君。」


その姿が視界に入らないよう、フラウがわたくしを抱きしめて、後ろからエウトリマが肩を抱いてくださいます。


「うふふっ。」


思わず笑みがこぼれてしまいます。


「アセデリラ!気をしっかりしろ!」


ぱち、ぱちん。

エウトリマがすごい剣幕で、わたくしの頬を平手打ちに。


「ふふ、痛いですわ。」

「うぷ、お嬢様…。」

「ご主人様…?」

「君は、正気で笑っているのか…?」

「もしかしたら、いつかのように取り乱して、泣き叫んだ方が良かったのかも知れませんわね。モモさんも迫真の演技ですけれど、身体を洗ってお着替えをしなければなりませんわね。」

「ああ、ああ、天下無敵のぜネロジオ。クルルガンナ。ぺちゃ、ぺちゃ。」


モモさんの身体と撒き散らした全ての体液に、身体を元の軟体に戻したエプリシアがまとわりついています。


「さあ、皆さん。モモさんをよくご覧ください。」


手のひらを向けた先、エプリシアの粘性のヒダをぽよぽよ、と叩き、首の無い身体が上体を起こします。


「「これ、は…。」」

「「どない、なっとんねん。」」


ウサギの姿とはいえ、お父様とシクローナの驚愕する声が聞こえます。他のウサギも喋ることが出来れば、同じように驚いた声を出しているのでしょう。


「ルルメンタ ブリンダでの、サヌレビアでの戦いの時、エプリシアはモモさんの身体を執拗に狙いました。」

「うう、甘い、甘い。ぴちゃぴちゃ。」

「今もですけれど、龍であれ、ヒトであれ、モモさんの持つぜネロジオは喉から手が出るほど欲しがりますわ。」


その言葉の通りに、エプリシアの口部から手のような平たい舌が、モモさんの体から体液を舐め取っています。


「そこでレジーナお義母様が、ランサーのイェキでバラバラに焼き刻まれたモモさんの身体を作り込むわたくしに、こう助言なさいましたの。」


首の無いモモさんの身体は、片足で器用にくるくるまわり、「えっへん!」とでも言いたげに、足を広げ両手を腰に据えて、胸を逸らします。


「ぜネロジオの集中する頭部及び脊椎、臓器及び体液が奪われても、意思を保って動けるように。」


モモさんの身体は、車両基地の天井、斜め上を指差します。


「また、ブランカ スタランダでの戦いから、ナラシンハの構成に着想を得まして、分割された部位をお互いに認識と行動も出来ますの。」

「お嬢、様…。それ、は。」

「そうでしたわ!リーナはこういうの苦手でしたわね!」


モモさんの身体が指先を木製の平たい、ヒトの顔ほどの四角い板にして根本から千切り。それを受け取って「l ヮ l」とペンで簡単な似顔絵を描いて。

たすっ。

首のある位置に突き刺します。


「これでばっちりですわ!」

「おげ、おごおおおおっ!」


リーナは、さらに激しく嘔吐しましたの。こんなにかわいくて、キスも出来ますのに。


   ─────


監視の報告によれば、この兵器の残りの部位は自律行動を行うらしい。驚くことも無い。相手はあのクルルガンナ星姫と太陽系第三惑星人初代勇者の娘だ。無自覚とはいえ、戦闘のみならず、生命工学に於いても既に我々の次元よりも上だろう。


「さらばだ。愛しいあなた。」


肩に触れる。たくましい筋肉に触れる。

愛しい唇へ口付けをする。

最期まであの女の影を追っていた瞳は閉じて。

ちゅ、う。

軽く口先を付けて、深く吸う。

もう一度、初めて交わしたときのような、恥ずかしさのある口付けを。


「大好きだよ、マル。」


首元へ刺した注射針から、必要分な体液の抽出が完了した。針を引き抜く。

センザキの作ってくれたお守りを、あなたは一度も身に付けた事が無かったけど、私はずっと、ずっと2人の分を一緒に持ってたよ。素直じゃないんだから。

彼と私の髪を一本ずつ引き抜き、二本の黒鉄の槍、鎖にする。

それをお守りに通して、あなたの首へかけてあげる。私の首にもかける。


「ディスガス、ニン。」


あなたのくれた愛は、私が持って行くから。


第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機に格納されたあなたは、毒を持ち込んでいた。

あなたを守るための保存機の中に、アンカラで包んだ毒を。


「必ず、目覚めさせてあげるから。」


センザキと、カニィヤと、ヨサルと、あなたと私が笑っていた、あの場所で。


「「これより、エルアートヌ都市長、私アルカルブ・ヒラカワラは育房を解放し脱出する。これは明確な女神への、太陽系第三惑星人全てへの反逆となる。今回の責任は全て私にあり、君たち、そしてクルルガンナ全域への賠償、当面の生活に必要な資産は全て、エルアートヌ下部第釤から第釟ユニットに保管してある。諸君らは一切の抵抗をせず、ラプリマ騎士へ投降しろ。」」


この放送は、ラプリマにいる食化騎士隊にも、ラプリマ騎士、女神にも、ダンサンカ ブーケにも繋がっている。悪いようにはされないだろう。


「「マルバノキと私の子供たちよ、どうか健やかであれ。」」


がクォン!ガココココ!

クルルガンナの技術供与を受けて完成したエルアートヌは、元々は飛行型の巨大生物のコロニーであり、その全ては女王を中心とする群れが、新たな仔を産み育むための保育器である。

捕獲した女王の産む新たな仔は、クルルガンナ星人ほしひとの、シィミーィヤのもたらした技術により当時のまま保存され、都市電力源となっていた。

それらの一部を、解き放つ。

すたっ。

飛び降りた先、ウサギのシリンにぜネロジオを繋ぐ。


「君達には、いつも迷惑をかけるな。」

「「コネージョ、ソルタンド。」」


カメラを激しく回転させて、ウサギ達は反応する。

主機に火が付く。

ドゥル、ドゥル…ド、ド、ド、ド。


「それでは、向かうとしよう。」


敷かれたレールの上を、連結したヒラカワラのウサギが、彼女の声に続き、進み始める。


「「私達の、家族の元へ。」」


   ─────


ぶうう、ん。

凄まじい振動と、羽音と共に、エルアートヌ内部へ突入したわたくし達に。


「ここからは、進ませない。」


食化体が、普通の騎士が、ひとびとが、立ち塞がります。


「なぜですの!彼女は、捕縛されて然るべきですわ!」


彼らは武器も持たず、襲って来るそぶりも見せず。


「君達のその身体も、彼女が行ったものだろう!?」


ただ、両腕を広げて、立ちます。


「私達は食化体ではありますが、騎士ではありません。」

「何を。」

「クルルガンナの技術でも、この都市の、このコロニーの持つ本当の毒を、浄化できなかったのです。」

「クルルガンナ解放戦により都市交流の断絶した後、私達入植者の一部の者の子のぜネロジオに、不可逆の変異が起こり始めました。外科的にも、内科的、供与され解析が始まったクルルガンナの技術でも、対処が出来ないほどの。」

「私達はその中で、獣性を抑える事に成功した個体です。」

「普段は、標準的な姿形のヒトとの摩擦を避けるため、別個の区画で過ごしています。」

「あなたに、我が子が食化体として産まれ、獣性の抑制が出来なかった時の絶望が、わかりますか?」

「シィミーィヤ様の胎子にもその兆候が認められましたが、真実を伝える前に解放戦が起きました。」

「また、これらの症例は未発症の夫婦がエルアートヌ外で子を成した場合でも、発生を認めました。」


何も言い返せなかったわたくし達の後ろから、声がかかりました。


「それが、本当の、エルアートヌが女神の加護を、受けなかった理由。」


カイミさんの声が。


「シィミーィヤを、見殺しにしたのも。」


「食化体を、エルアートヌの外に放った理由、も。」


「そうです。彼らをただの獣として、悲しみを産むとしても、それでも自由に生きて欲しかった。」

「ええ、獣性を抑制できない、かと言って鎖に繋いでおくことも出来ない。彼らも生きている、ただのヒトなのですから。そして、時々発生する不幸な事故から都市長は、食化体がヒトを害しても邯鄲の判定を受けない、逆に命が損なわれた時はヒトとして扱われる、太陽系第三惑星ではなく、恐らくは女神も感知し得ない、命球固有種としての扱いになっていると仮定し、特に抑制の効かない個体を外の世界へ放ったのです。」

「シィミーィヤ様は、マルバノキ様との数年の間、お子を授かれませんでした。その待ち望まれたお子が食化体として産まれる事実には、耐えられないでしょう。」

「みなさんも騎士であるからには如存知の通り、イ食対応にて食化体は食卓資格騎士より再生が行われ、捕縛された食化騎士は女神の手によりただのヒトに戻された上で、然るべき罰を受けます。」

「つまり、ラプリマへ送られた食化騎士隊は、女神に。」

「はい、抑制の難しい個体ちょうど24万。ラプリマの優秀な騎士であれば、全員を生かしたまま捕縛していただけ、さらにラプリマなら女神による治療と罰が期待出来ますので。」

「症例の発生原因の特定、根絶を行っていただくための予算、資材も揃えております。」


カイミさんが、もう一歩、前に出る。


「それじゃあ、母は!アルカルブ・ヒラカワラはどこへ!」


1人の食化体が、異形の腕をまっすぐ右へ。


「クルルガンナ解放戦の後、汚染の無い土地を探そうと、魔導列車のレールを延長し続けた計画があります。当時の騎士隊はそのみっつが全滅したため、計画を中断しましたが、アルカルブ様はその先で、女神の邯鄲の力の及ばない場所で、騎士隊ヒラカワラのウサギすべてと、自害なされるおつもりです。」

「女神の邯鄲は、自害を行えば発動します。女神の手の届かない所で、ヒラカワラの元へ。」

「そんな!父は、マルバノキはどうするの!」

「既に、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機の中で自害なされました。」


ぶぅぅ。

「らー!」

バグゥン。


羽音と共にフラウがルリローを展開して、エルアートヌ住人達を花びらで包み、わたくし達は、都市外壁を食い破った龍を切り裂きます。


「なぜ!彼女とウサギたちをヒラカワラの、家族の元へ行かせてやらないのだ!」

「アルカルブ様は、長い間苦しまれ続けた!愛する夫と、娘のあなたにも真実を話せないまま!」

「もう、休ませてあげてもいいでしょ!」


彼らは、ルリローの中で必死に声を上げ始めます。

わたくしは、花びらの牢獄の周りに、緑雷を走らせて。


「アルカルブを、カイミさんと同じ食卓に着かせて、親子の会話をしてもらうためですわ。」

「ごめんね、わたし達みんな、お母さんもういないから。」

「そうだね、もしそれでも、都市長が死を選ぶのなら、それは彼女の選択だ。けど、お別れの言葉は欲しかったと、幼い頃のぼくは覚えている。」

「そう、お互い生きて話が出来るのなら、その場所を提供させていただくのが、ラプリマ出張料理店の務めですわ。」


皆さんが静まり返った所に、すすり泣く声がします。


「ああ、あ。おかあさん、お父さん、お母さん。」


育ての母と、両親に置いていかれそうになっている、ひとりで泣く子どもの声が。


「ドリル様。」


わたくしの意図を察したエプリシアが小さな姿になったので、肩に乗せます。


「エウトリマ、モモさんとフラウ、エルアートヌ騎士隊の指揮、カイミさんとエルアートヌ民の保護、龍の完全駆除をお願いしますわ。」

「了解。」

「お嬢様〜!」

「ええ、リーナ。ゲンザンに極限加速装置v3を。」


     魔導列車追撃編 後編 デ ラ プレア マルバナ フィナ / 最善の結末 了


     第三部魔導列車追撃編 後編 最終節


     「Acceldahlia」 加速する不安定 /アストロブレム攻防戦03  へ続く


  魔導列車追撃編 後編 最終節


  「Acceldahlia」 加速する不安定/アストロブレム攻防戦03



ハンガーのランタンに火が灯る。


「すうぅぅぅ。」


深く息を吸う。ゆっくりと肺を膨らませる。

肺腑から心の臓を経由して、全身の細胞に酸素を行き渡らせる

シャリィィン。

ゲンザンのシリンダー型内燃機関に魂の動力が伝わり、励起し、各パーツがふわりと浮き上がる。


「はああぁぁ。」


息を吸うのと同じ時間をかけて、息を吐く。

全身の細胞に潜む微小生物が、燃料を要求する。

シャッシャッシャッシャッ。

筒状内燃機関の内部、光崩壊を起こした太陽系第三惑星999個分が圧縮された鉄の棒が、筒の中を上下に動き始める。


「すっはっすっはっすっはっ。」


短く息を吸い、短く息を吐く。

断続的な需要と供給により、脈拍と血圧が上昇し、意識も昂る。

シャシャシャシャシャ。

光崩壊の放出される全エネルギー、有限ではあるが、この瞬間だけは無限の熱量をコアから与えられ、筒の中で1秒の三千分の1秒につき一千万回の運動を始める。


ズダンッ!

ゲンザンのシリンを踏み抜く勢いで、右足で踏み付ける。

「っ、はああぁぁぁ!」

最高潮に達した全身の熱をUltraSuperGiganticに伝え逃し、呼吸を整える。

研ぎ澄まされて明瞭になった意思は、視覚、聴覚、嗅覚で感じられる、あらゆるものの再認識を始める。

シィィィィィィィィ!

筒状内燃機関の内部鉄芯は、見かけ上は上下の振動を止めた。

それは筒の中という空間に対してではなく、シリンダー内部に設定された座標軸に対して、動く。


きゃるるるるらららららら。

ハンガーの扉が開く音に合わせて、目を開く。

ぶぅ、うん。

ズガン!

ぶわああ。

黒い全身に黄色の横線が数本入った巨大生物が飛び回り、それを跳躍型のウサギが蹴り上げ、踏み抜き、舞い散る花びらの牢獄が包み隠す。


「ラアァス シア イクステーラ。」


準勇者ダリア・アジョアズレスが発見した「女神のお菓子の箱」、そのひとつ─他者、ヒト型知的生命体の命を奪ったものが、殺害した人数と自身の魂の個数分、太陽系第三惑星と同等の質量を与えられ加圧加熱圧縮される、邯鄲の柱─自我を保ったまま永劫の火に魂を焼かれ続け、ウサギの核となる人物の意思を呼び起こす。


「「全て、姫子くんから入力を受けた。」」


アセデリラ・アルマコリエンデの駆るウサギ、ゲンザンは天の川銀河中心天体に人類の生存領域を見出した女神ロータス・ペンディエンテに仕えた、かつての初代勇者であり、クルルガンナ星人ほしひとを文字通りその手で虐殺した、彼女アセデリラの父親である。


「お嬢様〜!極限加速装着v3、組み付け完了です〜!」


女神、かつて平凡な地球のとある国で、かなりの運動音痴ではあったものの、ある時点まではごく平凡な女子高生をしていた蓮坂舞の、単なる同級生であり、仲の良い友人であった宮門居 姫子は、蓮坂舞の取った、恒星を周回して熱量を回収し、次の恒星まで飛ぶ恒星熱量スイングバイ方式ではなく、恒星より熱量を受けて発生した知的生命体が、地球における核兵器相当の熱量産出兵器を開発した段階で、惑星がその時点で受けた総ての熱量を奪い、次の知的生命体が発生する惑星へ転移するという方法を取った。

その奪った熱量に含まれる知識と技術量は、文字通り地球から眺める星空ほどある。


「「我が君、いや、我らが君の準備が完了した。アウタナくん、モモくん。」」

「「らー!駆けよ翼、我が主─♪」」

「「それじゃあ行くよーシクローナ!ミ テナス サンダリガン パフィルテニラ─。」」


騎士隊ダンサンカ ブーケの長エウトリマ・ヤポニカナの指示により、ダクトロのアウタナ・セリフラウがハンガーに花の牢獄を展開。

モモ・クルルテラが、その駆るウサギ、ユイ イーバィエ リルスと共に構える。


「「よっしゃ!見ときユー!お母ちゃんやったるで!我は、白檀の銃把を握り─。」」


クルルガンナ解放戦のおり、女神と複数の一般市民を巻き込んだ暗殺を行ったエウトリマの母親、騎士隊サイクロンの筆頭ユイはウサギとなり、ただ今、モモと共に祝詞を詠み始める。


「「レヴ ラ マルテロン─。」」

「激鉄を起こせ─。」」


モモ・クルルテラが展開した黒鉄の塊が、炎熱の方陣により圧延と鍛造が行われ、銃身となる。


「「ミ エスタ─。」」

「「我は─。」」


ぶうう、うん。

巨大生物が、殺到する。


現在、都市長アルカルブ・ヒラカワラが解放した秋都市電力層─かつてクルルガンナ星人ほしひとより供与された生体工学の技術、その解析模倣により巨大生物を育成房ごと電力源として使用したもの─に格納されていた巨大生物群はこの、コロニーを改造した都市の周囲を飛び回り、強靭な三層の顎、消化液、産卵管を変化させた毒針により攻撃を行なっている。

彼らの縮尺で言えば、取るに足らない塵のようなウサギが、破滅的な熱量を圧縮している。

対象を排除するため、殺到する。


「「ラ マスタロ デ ミア─。」」

「「我は─。」」


ウサギは犠牲者と、殺人者の魂に太陽系第三惑星地球と同等の質量を与え、点に集約したもの、つまり超第質量の鉄の塊である。また、ウサギはその元の殺人者の魂の形を元に跳躍、脚走、指揮などさまざまな型が割り当てられ、それぞれの特性も変わる。

シクローナ ジア ユベライサは跳躍型のウサギであり、それはかつて太陽系第三惑星地球で、拳銃、ピストル、リボルバーと呼ばれ使用された、簡素ながらも殺人、破壊の道具であり、一級の美術品。その構造を、模している。


バシュウ!

無数の巨大生物の尾部から、数十トン相当の毒針が、たった一点、モモとシクローナを狙い、放たれる。


「「─ディスティノ!」」

「「運命の主人!」」


ぱん、あるいは、ズギュウゥン。

ここにいるダクトロ、アウタナ・セリフラウの展開したルリロー─空気、つまり大気を構成する原子、分子の振動を制御する歌の技術─があって初めてそう聞こえる銃撃音は、炎熱の方陣を圧縮し火薬に見立てたそれを、ウサギの両脚部を激鉄として叩き、黒鉄の銃身に装填されたウサギのコアを撃ち出す。

視界を埋め尽くす毒針と、文字通りエルアートヌを覆っていた巨大生物が薙ぎ払われた。

光が疾走る。


タタタタタタタタタタ。


視認出来る夜空の星より多くの命を奪ったゲンザンを駆り、アセデリラ・アルマコリエンデは疾走る。

育ての母、父と母の最後の一人が失われる直前の、ひとりぼっちで泣く子ども、カイミ・ヒラカワラのために。


タタタタタタタタタタ!


全ての悲劇の責任を引き受け背負い、娘を置き去りにして亡き家族の元へ向かおうとする、アルカルブ・ヒラカワラを止めるため。


キイイイイイィィィィン!!!


ふたりを食卓に着かせて、産み、生まれ十数年会話すら無かった母と娘の、繋がりを持てなかったカイミとアルカルブに、親子の語らいをしてもらうため。


「v3、点火しますわよ。」

「「お願いする。」」


ほんの一瞬、我が子を抱いた父と、変わり果てた父を磨いた娘が、疾走る。

親子の絆を守るため。


   ────


がたん、ごとん。


危険なため保守点検作業もしていなかったレールの上を、連結したウサギと、指揮索敵車、臨戦ハンガー、食堂車、寝台車に通常ハンガーを繋いだ、標準的な構成の魔導列車が走る。


「あの頃は、魔導列車なんておしゃれな呼び方じゃなかったよね。」


いつものように疑り深い、怪訝な眼差しに見つめられると、不思議と胸が高鳴る。


「どうでもいいなんて言わないでよー。名前をマルとアルのラブラブトレインにしちゃう?ふふ、冗談だって。」


食堂車のテーブルとに着いて、大好きなマルバノキに微笑みかける。声をかける。模倣された、溶けた岩石で形作られた花瓶の模倣植栽が揺れる。

かたん、かたかた。

厨房の、ウサギから熱を引いて火を起こすコンロの上に置かれた寸胴鍋が音を立てる。


「うんお父さん、ふたりを呼んでくるね。マルは座ってていいよ。だーいじょうぶだって、呼んで来るだけだもん。」


座ったままのあなたに軽くキスをして、食堂車を出る。

寝台車に着き、2人の名札がかかったドアをノックして、開く。


「まーだ寝てるのヨサルー?アルお姉ちゃん怒っちゃうぞー!」


毛布を剥ぎ取って、弟のような存在を抱きしめる。

癖っ毛を何度も何度も撫でて直そうとするけど、この子の毛はてごわい。


「じゃあ、カニィヤの所に行こっか。」


手を引いて、臨戦ハンガーを抜けて、指揮索敵車へ。


「カニィヤー、アルお姉ちゃんがあなたの大好きなヨサルを連れてきたよー。」


扉を開けて、腰かけるカニィヤに呼びかける。

カタカタカタカタカタ!

指揮索敵車両、つまりカニィヤのウサギと連結したそれは、1枚の長い観測結果を、巻いた紙に刻印し続けている。

紙を手に取る。

刻印された数値はすべて一つの事実を伝えている。

理論上不可能な速度で、ウサギが接近している。

あの噂に聞く、星姫と勇者の娘が、来る。


「マルバノキ、サマタ展開はじめ。ヨサルは車両加速、カニィヤはセンザキをロッカーに詰めておけ。私は臨戦にて迎撃に移る。」

「「コネージョ、ソルタンド。」」


騎士隊ヒラカワラの各ウサギが、命令の実行を始める。かつての主人、騎士達がそうしていたように。


「念のため、砲身の更新をしておいて正解だったな。」


臨戦ハンガーに入り、愛機のシリンに立つ。


「「コネージョ、ソルタンド。アルカルブ・ヒラカワラ。」」


クルルガンナ解放戦の最中、女神の邯鄲により私の身体にもぜネロジオが組み込まれ、ウサギに立つだけで操作が可能になった。

キュラカルカルカル。

臨戦ハンガーのハッチが開く。


「カニィヤ、視覚、索敵情報共有。」


カニィヤのウサギが探知した、魔導列車後方からの、高速で追いつこうとするウサギが網膜に投影され、捕捉する。赤い、ロータス総合学園の中等生を示す制服に軽薄なまでの、星姫を連想させる見事な金髪のドリルが舞っている。予想通り星姫アルマコリエンデと、初代勇者ゲンザンの娘。驚く必要も無い。


「「ラー、ララ。」」


マルバノキのウサギが、記録していた彼のサマタを再現、展開し、それが私の身体を覆う。彼は既にこの世のヒトではない。私との誤解の解けぬまま、解くつもりも無かったが、シィミーィヤの元へ旅立ってしまった。しかし、その力の残滓はこうして、私を守ってくれている。お守りを握る。義父センザキが遺した、愛するマルバノキと、私の名前が彫られたお守りを。

女神の力の、邯鄲の発動する範囲内の限界が近い。

追ってくるこの女には悪いが、道連れにしよう。


「ミ テナス サンダリガン─。」

「我ら握るは白檀の銃把─。」


祝詞に合わせ、騎士隊ヒラカワラのウサギ全てが力を乗機へ注ぐ。


「パフィルテニラ レヴ ラ マルテロン─。」

「「激鉄を起こせ─。」」


クルルガンナ解放戦の後、エルベラノの第9クルルガンナ研究室で、あの女より提供された、機械生命工学に基づいて製造された、片側484門、左右合わせ968門の生体指向性誘導砲が展開、励起する。


「ミ エスタ─。」

「「我らは─。我らヒラカワラは─。」


砲門の展開を認めたらしき対象が、光学、位相空間的に存在軸をずらしはじめる。これはヨサルのウサギも原型を知る、駆騎士キミタケの持つ、クルルガンナの対惑星文明兵器と戦うために編み出された技術。カニィヤのウサギが照準補正をかける。


「ラ  マスタロ─。」


砲身それぞれが大気を圧縮し光へ変え、その瞬間を待つ。

1秒にも満たない、その刹那の間隙を待ち侘びる。


「デ ミア ディスティノーマ!」

「「繋ぎ合う命のあるじ!」」


たん、たん、たたん、たたたん、タタタタタタタタタタ!

片側464、左右合わせて968門の鋼鉄が雄叫びをあげる。

加圧加熱圧縮され、平たく表記すればプラズマと呼称されるそれを、それぞれ百回、合わせて9万6千8百回の高密度プラズマ砲弾を、放つ。


「他愛のない─。」


光に飲み込まれるそれの姿を、最後まで見届けずに、愛する家族の元へ帰ろうと、振り返る。

その直前。

視界の端に、黒い渦が見えた。

向き直ると、渦の中の騎士は左腕を掲げ。

叫ぶ。

時間すらも飲み込む渦の中、それははっきりと聞こえた。


「ヤリラ ルーマ!」


それは愛機の核を、先頭のカニィヤ機以外の核を貫いた。


   ─────


「それでは、並走をお願いしますわ。」

「「わかった。くれぐれも気をつけて。」」


最後尾の車両に飛び移る。


「「騎士か、いい、走りだった。」」


補助加速動力として稼働していたでしょう脚走型のウサギは、シリン前方のレンズが輝きを失います。

そのウサギに氷の花を添え、車両へ。

ぷよ、ぷに。

胸元に、元の軟体生物の姿でしがみついていたエプリシアをつつきます。


「んん、あ。着きましたか、ドリル様。」


その車両はいくつかあるドアの前に、カイミさんのぜネロジオから再生した記憶にあった、ヒラカワラの騎士たちの名前が書かれた札がかかっていました。


「ヒトの生活の香りがしない割には、生きた痕跡がそのまま残されていますね。」


紫色のぽよっとした生き物を撫で、次の車両へ。

扉を開けると、かんたんな木製のテーブルに白い布がかけられ、その上には中央に花瓶と模倣植栽、5名分のお皿、フォーク、グラスが用意されていました。まるで今すぐにでも、奥のキッチンから誰かお料理を運んできて、楽しいお食事が始まるような。


「ルルメンタ ブリンダでの私のようなものですね。人形を椅子に座らせて家族ごっこなど。」


かたかた、かとん。

寸胴鍋の音に気を取られキッチンを覗くと、中央の大きな調理台には手回しの製麺機が、男性を模したぬいぐるみと一緒に置いてありました。 


「洗い物は定期的に行っていたようですが、まだ粗が目立ちますね。レジーナ直々に仕込まれたお作法をお見せしましょうか。」


胸元から浮き上がろうとしたエプリシアを抑えて、キッチンを出ます。


「次の車両に、ヒトの存在を感じます。」


扉に手をかけたわたくしへ、そうエプリシアは告げました。


「モモさんの頭もこちらに?」

「ええ、それと。」


軟体生物の姿をしていたエプリシアは、メイドの姿に変化を始めます。


「龍の匂いもします。恐らく天下無敵のぜネロジオは、それの養分にされたかと。」


腰のランサーホルスターに手を添え、モモさんとエウトリマと、2種類の黒い槍の残数を確認します。

扉に手をかけて。


「`そうだ!彼らも承知の上!食って構わん!」

「うじゅるる。うじゅ、うじゅ。」


女性の叫ぶ声と、それに反応する龍の声。

この車両内は温度が高く、蒸し暑い。


「アルカルブ・ヒラカワラですわね?カイミさんの元へ、あなたを連れて帰りますわ。」

「私は、マルバノキの、センザキとカニィヤにヨサルの元へ帰る。邪魔をするな。」


彼女は背後の、車両いっぱいに広がった、異臭を放つ、高温と湿度の元凶の前に立ち塞がりました。


「天下無敵のぜネロジオが手に入った!こいつが食ったウサギ達の動力で私は、ヒラカワラの所へ─。」


ばつん。

わたくしが剣幕に気押された瞬間、一対の顎肢が、彼女の首を捻じ切りました。

がくがくがく、ぴゅー。

切断された首から血を噴き、その顎肢へ、わたくし達にもかかります。


「あー、かったるー。」


軽い声が、顎肢の根本から聞こえます。


「あ、そこにいんの、モモママのママと、そのママママが作ったメイドじゃん。」


ばきばき、むしゃり。じゅる。

アルカルブの死体を、貪るそれは。


「簡単に言ったら、ばーちゃんとおばさんね。ちわーっす。フリギロアでーっす。」


キィ、ン。

わたくしは正面から左側へランサーを。

ぎゅわ、ん。

エプリシアは正面から右側へ剣状の触腕を。


「え、何?今のでキレんの?やっばー!事実っしよ。ヒスじゃーん!」


カパァン!

中央から左右に切り裂かれた車両の上半分が、移動する車両の受ける風圧に耐えられず吹き飛び、曇り空の中に車両の下半分は突入します。

ぐばぁ!

ヒラカワラのウサギ達を取り込んで飛び上がったそれは、形質を変化させ、頭部の3倍はある顎肢と、胸部に6本の脚、流線形の4枚羽を揃えた姿へとマブルを行います。


「で、どっちから先に食べられたいの?アタシは太るからそんなに食べたくないんだけどねー!」


拾ったアルカルブの首と、その手から落ちた注射器を、ヒトの大きさに戻ったエプリシアに埋め込み、ゲンザンに飛び移ります。


「わたくし、口と素行の悪い孫を持ったつもりはありませんの。」

「とりあえず、3回は殺します。」


珍しく意見のあったエプリシアと手の甲をぶつけ合い、緑雷のポデアを四肢に刺します。


ーじゃん!ババアども!」


かしぃ、

右足のかかとを上げて、つま先を左上にずらし、

タンッ!

中心に戻してから、右へ。

閃光で四機中三機のコアを撃ち抜かれ、減速していた魔導列車に合わせていたゲンザンの速度を、通常のものへ。

くわぁぁ。

曇り空の中、フリギロアの周囲に複数の紅い煌めきが。


「うんうん、いーねー!」


煌めきは連なり、ツタのようにしなって。


「オラッ!死ねッ!」


ヒュパッ!

ダリアさんの炎熱のポデアでモモさんの、太陽系第三惑星人式対惑星文明兵器の力を再現した炎のツタが、音の速さで向かって。


「よくもまあ、死ねなどと軽々しく。」


でゅぷぅん。

粘性を持った肉の、泡の触腕がエプリシアの、長くひらひらのメイド服スカートから伸びて受け止めます。


「はァ!?何で燃えないのよ!死ねッ!死ねッ!」


フリギロアはさらに幾重もの炎熱のポデアを展開し、

ヒュパン!パパパパ!

無数のツタを繰り出して。


「面白いお話を、してあげましょう。」


肉眼では捉えきれない、相当の質量がある炎のツタの連続を、日差しに対して手をかざすように。

どゅぷる、るん。

手と同じ動きをする触腕が、全てを受け止めます。


「ルルメンタ ブリンダにて。」

「このぉ!」


触腕の受け止められたタイミングに合わせた火球も。


「騎士隊アズマのニシキオリは。」

「燃えろぉ!」


エプリシアの歌う、湖水のポデアによるルリローにより霧散し。


「この!ババアがあ!」


がぁぱっ!

開いた触肢、大顎がわたくし達に迫り。


「死ねえ!」


ばくぅ!

あぎとを勢いよく閉じたフリギロアは。


「私の身体を引き裂くのに。」


頭部と胸部を繋ぐ、首関節を。


「一手しか使いませんでしたよ。」


じゅう、わああ。

火球を受け止め霧散していた湖水のポデアで覆われ、溶かされ切断されました。

ばく、ん。

その首から上を触腕で飲み込んだエプリシアは。


「けぷっ。雑味ですがまあそこそこてしょう。」

「味に変化が欲しいんですのね??岩塩とわさびならありますわよ。」

「ドリル様…一生お仕え致します♡」


まとわりつく軟体を撫でながら。


「お父様、アルカルブは、ただ自害をするつもりでは無かったみたいですわ。」

「「騎士隊の隊長とエルアートヌの都市長を務めていた人物だ、モモくんの首を奪い、あの龍を孵化させた根拠は、確かにあるだろうね。」


渦を展開して、ラプリマの方角へヤリラ ルーマを放ちます。


「「アセデリラ!?何を!」」


お父様の言葉のすぐ後に、同じくヤリラ ルーマが返って来ました。


「女神と勇者の理解では、アルカルブは。」


ゲンザンの極限加速装置v3を点火します。


「「君は、何をどこまで理解したんだ!?」」


限界の速度に近付くお父様、ゲンザンが音を置き去りにした辺りで、ぜネロジオを通してお父様とエプリシアに。


   ─────


「女神、ごきげんよう。」

「お主!ヤリラ ルーマに意識を乗せて通信を行うなど!」

「それはいいんですの。今起きたことを、前提としてご説明しますわ。かくかくしかじか。」

「ほにゃららほにゃら。なるほどの。つまり、お主の見立てでは。」

「ええ、アルカルブはフリギロアに天下無敵のぜネロジオを取り込ませ、光を超える際の防護壁にしようとしていましたの。」

「そんな事をして過去に戻っても、別の似た結果になるだけじゃろ。」

「女神、経験がおありですわね?」

「うーむ。うむ、そうじゃの。例えばお主の前に、みっつに分かれた道があるとするじゃろ?」

「どこにでもあるような道でいいんですのね?」

「そこにこだわらずともよいわ!とにかくお主は真ん中の道を選んで、後悔したとする。」

「世の中、そう言うことが多くありますわね。」

「まあそうじゃの。とにかくじゃ、時を戻してお主が分かれ道に戻った時、その時のお主はどう行動するかの?」

「間違いなく真ん中を選びますわ!」

「お主そこは、普通は他の道を選ぶじゃろ…。まあ、そう言うことになるのじゃ。色々な選択肢と可能性があったとは言え、一つを選んだ時点で残りの選択肢は消えるのじゃ。その結果を知るお主は、その結果の情報を持ったまま過去へ戻り、何が起きようとも同じ選択をするのう。結果を知らぬ場合には、また同じ選択をする。なぜなら一番初めの、何も知らぬお主は真ん中を選んだからの。」

「ええ、理解出来ましたわ。」

「よって、消えた選択肢というものは、もう無くなってしまったからの。戻しようがあるまい。」

「確か女神は、生命体の存在する余地がない、全てを彼方に追いやる命球を、生命の存在可能な領域にしましたわね?」

「んむ、どうしても計り知れぬものなら、好き放題じゃから…お主。」

「アルカルブと同じ方法で、先へも行けますの?」

「わざわざ聞かずとも、次にする質問も、答えの予測はしておるのじゃろ。」

「ええ、それではお願いする内容も、推測されましたわね?」

「んむ。そうじゃの。滅私奉公の末に首だけになったアルカルブには、全身全霊で報いてやらんとの。」


   ─────


通信が終わり、光の来た方向を向く。


「さて、始めるかの。」


力の範囲外へ出たとはいえ。


「「マイ、エルアートヌに着いた。起こされて怒りそうだけど、かわいい後輩のためだから。」」


トモから連絡が入る。


「「えへへ、トモさんよろしくおねがいします。」」

「「わーかわいくなったね。さすがわたし達のモモー!」」

「「あんまり抱きつくなダリア、さっき付けたばっかりだから首が取れちまうぞ。」」

「「準勇者、全くあなたは。」


ワイルドハントが、揃っている。


「「ヨシくんもこっち来たんか!?ラプリマはええんか!?」」

「「あくまでエウトリマの、エルアートヌのための増援だよ。ユイ。」」


袂を分かった夫婦が、言葉を交わしている。


「「女神、こちらハウンド1。エルベラノの龍駆除完了しました。」」

「「ハウンド2です〜。指示通りエルヴィエルナへ向かう群れは見逃しましたけど〜。フェイさんとスターさん、あのお二人は追いかけて行きましたよ〜」」


エルヴィエルナへの追加の増援は、あの2人くらいでいいじゃろ。

口を開く。


『ラプリマ、エルベラノのカネクトゥス、エルアートヌのもろびとよ、準備はよいかの?我ら太陽系第三惑星人がこれより紡ぐは、問答無用で、ほんものの奇跡じゃ。決して巷にありふれた安物では無いぞ。2人の母親と、1人の娘、まだ産まれておらぬ娘。気前の良い大父親、考え無しの兄とその兄を愛する妹を。』


そこまで言って女神は。


『あと、浮気者の夫じゃな。救うぞ。』


目を閉じて、開く。

視線のはるか先には、光の速度に近付く駆騎士が。


『暗く冷たい光の海に

いざや廻れよ彼方まで─♪』


女神に合わせ、これまでの経過を記憶に転送された、エルヴィエルナ以外の全太陽系第三惑星人達は、声を揃えて女神に続ける。


『駆けろ駆けろアセデリラ

命を繋げ、彼方まで─♪』


   ─────


「つまり、わたくし達は。」

「この世界が消えて無くなり、もう一度太陽系第三惑星と、クルルガンナ星が発生して。」

「「ただの女子高生が命球を見出し。」」

「太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひとが出会い。」

「ええ、もう一度決定的な破滅が起きて。」

「都合よく、ヒラカワラのそれぞれが死亡した瞬間に魂を回収する。」

「そして、この場この時に戻ってくる。」

「「死亡した魂は、時を戻して助ける事は出来ないが、遥か時の彼方で死亡した魂は、回収して新たな身体に入れる事はできる。」」

「ええ、遥か先の未来の可能性がひとつ、消えてしまうだけなら、何をしても誰も怒りませんわ。それに身体の再生は食卓資格のある騎士なら誰でも出来ますの。わたくしもモモさんの身体と魂でおこなった経験がありますわ!」

「そのためにこの頭と注射器ですか。」

「ええ、カイミさんの両親だけなら再生は可能ですけれど、家族は全員揃ってこそ家族ですわ!」

「私達と同じ経過を辿った彼らが、存在出来る根拠はおありですか?」

「ええ、だってその証人となるわたくし達が、ここにいますもの!」

「つまり、結果を持ち込んで、無限の可能性のある別の世界の過去と未来を確定させる、と。」

「「どうやってこの命球に戻るんだい?行きは良くても帰り道は?」」

「現勇者とダリアさん、モモさんが閃光を放ってくれますの。それに乗りますわ。」

「「そんな事を、不可能じゃないか!」」

「あらお父様、そんな気弱。」

「初代勇者の名折れですね。」

「返上されますの?肝心なところで尻込みした臆病者として。」

「「いいや!あの頃に戻ったようだ!オレはワクワクしてきたよ!」」


女神の、太陽系第三惑星人達の歌が流れ込んでくる。

「レジーナ」のお客さま、ロータス総合学園の同級生たち、街のひとびと、いつかの騎士隊長、いつかの探偵と助手、ルルメンタ ブリンダのケーナや運営者の皆様、ブランカ スタランダの、アマザの従業員たち、イノカミさん。ダンサンカ ブーケの隊員たち、、ガスとドン。カトラスとアルマ、フラウ、エウトリマ、モモさん。


そして


「おかあさん、お父さん、そして、お母さんをお願いします。」


カイミさんの。


そのグランディオサ ホーラの中で、ひとり違う歌が聞こえて来ます。


「スタニト、メイタゥナ、ローサ、ミアーネ、スペギュエラ、フィガ、ファロブランチェスドオア♪」

「ら、ら、ら、らんららら。」


よく知っているはずのリーナの、全く知らない声。

どこか、知らない世界の、いくつもの世界の、子どもたちの歌う声。


ゲンザンと、極限加速装置v3が、光を生み出す。

そこに加わる、赤や黄、緑に青、紫の光。


ふわあっ。


そして駆騎士達は、遥か先の時の彼方、再び回り始めた星の海の中、天の川銀河その中心天体、命球へ辿り着いた。


   ─────


大気が、知っているものより、薄い。


「清き光の輝きの─♪」


差異を感知したエプリシアがアンカラを展開して、ようやくわたくしは呼吸が出来ました。


「ぷはっ、ここまで、すぅー、違いますの?」

「私はずっとルルメンタ ブリンダの底にいましたので、何とも。」

「「オレは懐かしいよ。クルルガンナ解放戦が始まる前の空気だ。」」


転移したのは、少し前に通った、まだ舗装もレールも敷かれていない、太陽系第三惑星人がまだ発見していない、エルアートヌへ続く道。

ただの、女神が再現した、どこかの惑星の原生林。

その、むき出しの岩肌や、天に聳える大木の根本をかき分けるように進んでいきます。


「その、ドリル様はよろしいのですか??」


聞き返す事は致しません。エプリシアの気持ちはもう分かっています。


「今なら、あなたの両親に、双方の星人ほしひとも救えます。」

「ええ。」


進路上の岩をランサーで切り溶かして。


「あのヒト達を見捨てて、この世界の両親と暮らすことも可能です。」

「ええ。」


眼前の大河をグラシラピアで凍らせて。


「悲しみと苦しみを繰り返して、痛めつけられ。」

「「また、他者に苦しみを与えても。」」

「ええ。」


隆起している岩盤を、ゲンザンごと緑雷で包み表面を走り抜けて。


「「それでも君は、走り続ける。」」

「なぜですか?」

「それは。」


寄り添うように子を抱き眠るセンテルデを飛び越えて。


「わたくしが、駆騎士キミタケの三番弟子で。」


遠く、エルアートヌが見える。


「わたくしの父は、初代勇者ゲンザンで。」


輝きと共に、無数のナラシンハやその他の対惑星文明兵器が空を埋め尽くす。


「わたくしの母は、星姫アルマコリエンデ。」


それらの無数の黒が、大気を震わせて光を収束させてゆく。


「そしてわたくしが。」


ゲンザンの脚部、ヒトでいうところの大腿部と、その付け根に増設された、極限加速装置v3を起動する。


「アセデリラ・アルマコリエンデだからですわ。」


   ─────


「「アル姉もキツいぜ。こちとらロートルってのによー。」」


息子の保護ブロック行きが決まってからずっと、騎士を引退して、毎日お酒を飲んでいたヨサルにも臨戦待機の命令が出て、こうして私の指揮下にいる。アルお姉ちゃんが何を考えているのかわからないけど、目的の無くなったヨサルには、やるべき義務を無理矢理にでもしてもらうのは、お酒を飲んでるよりずっといいと思う。


「「けど、私はヨサルと一緒にいられて、シリンに立てて嬉しいよ。」」


じじ、じ。

ウサギの広範囲探知機に反応、これって。


「「クルルガンナの船がいっぱい来るみたい。うーん、エルアートヌへの入港予定には無いみたいだね〜。」」

「「あんだそりゃ、びっくりパーティでもやるつもりか?」」


ふぁ、ん。ふぉんふぉんふおん。

見たことはあるけど、こんな大量に空間を超えて出現されると、びっくりしちゃう。


「「何だよ、あれ。」」


ヨサルの声にナラシンハの方を向くと、何度も大気を震わせて、光を集めている、のかな?


「「わからない、けどアルお姉ちゃんが怒った時みた─。ザー、」」


そこで私の意識は、シィミーィヤさんの、勇者のお嫁さんのようなヒトに、抱きしめられた。


「どうした、カニィヤ?カニ─。ザー。」


カニィヤの声がしないと思ったら、ここにいたのか。けどこの暖かい腕は誰のだ?死んじまった母ちゃんなのか?なら、言ってみるか。


「なあ母ちゃん、子どもが産まれたんだけど、治らない病気でよ…。」


   ─────


「さあて、今日も腹を空かせたガキ共に昼飯を作ってやらねえとな。」


手の洗浄を行い、吊り下げたエプロンを身に付け、コンロに火を入れる。

かちちち、かちっ。

ぐわ、ん。

何だ今のは、空気が震えてコンロが止まっちまった。

まあいい、メシが先だ。

ふわぁっ。

何だ?急に誰かに抱きしめられた感じだ。


   ─────


「ふフ、もウ少シ、お母さんノお腹デいましょうネ。」


赤ちャんがお腹の中デもぞもぞしテいル。優しク撫でル。マルバノキとノ、だいジなだいじナ赤ちゃン。


「「マルキュウニィゴ、胎児反応有り。母体とも良好。」」


ワタシの身体ガ心配ダからっテ、アルカルブがオ医者サんと騎士ヲ付けテくれタ。ずっト見られルのハ恥ずかしいけド。

ぐぅ、おおん。

何カ、響いタ。ヴリトラの、反陽転エンジンみたイ。

お腹ノ赤チゃんガ暴れル。


「いイ子、いイ子。」


キュ、ン。

光ガ、ワタシの胸ヲ。


「かぽ、アっ。」


吐いタ血ガお腹にかカる、赤ちゃンに付いちゃウ。

拭かナきゃ、拭かなキゃ。

手ガ、思うヨうに動かなイ。

眠ク、なっテきた。


「「シィミーィヤ!」」


ま、ル─。


「ゴめん、ネ─。」


目を閉じる。


「ーし、もし。」


眠クて眠くテ動かなイまぶたガ、そノ声に少シだけ、開ク。


「わ、ァ─。ほしーひ、め。」


   ─────


ここは、いつか先の、わたくし達が来たことで過去と未来が確定した、可能性の無くなった世界。

加速したゲンザンが光の速度に近づくにつれ。確定してしまった世界から、確定させた要素が失われる矛盾によって、世界自体が崩れ始めます。


「それではシア、お預けしましたわ。」

「はい、ドリル様。」


頭を撫でて、緑雷のポデアを四肢に刺し、走行中のウサギから飛び降ります。


「「ドリル様!?」」

「「アセデリラ!?」」


慣性の付いたまま、ラプリマへ向かい、走り出します。


「「必ず戻りますわ。」」


   ─────


空が割れ、街並みが歪み、存在自体が崩れるラプリマ、そこを走り抜けて。


「やっぱり、こちらでしたわね。」


世界の情報を書き換えて、その構成要素を奪ったわたくしは。


「私がお前なのだから、当然だろう。」


この世界のわたくしに、その全ての矛盾を、押し付ける。


「よく逃げずに来た。褒めてやろう。」


雨が、降り始める。


「あなたがわたくしなのですから、当然でしょう。」


風が、嵐が吹き始める。


「お互い様だ。」

「お互い様ですわ。」


エルベラノの方向が、光に呑まれる。


「それでは、どちらが本物の。」


ラプリマを見渡せる丘の上、この集団墓地。


「アセデリラ・アルマコリエンデになるか。」


駆騎士キミタケの眠る。


「参ります。」


この、場所で。


「来い。」


ぶわああ!

原因と結果があやふやになったこの世界で。

紅い、ダリアと太陽系第三惑星人に呼ばれる、野花が花開き、咲き乱れる。


シィィィィ!

緑雷を四肢に刺したわたくし達は、お互いに回り込むように、螺旋を描いて走り、その中心、交わる瞬間。

ガチィ!

ギャリィ!

お互い、グラシラピアを纏った手刀で切り結び、鍔迫り合います。


「どうされました?刃が鈍っていましてよ?」

「奢るな、星姫ごときが。」


バギィ!

左からの膝、同じくわたくしも左膝で返し、ぶつかり合います。


「駆騎士と言う割には、腿の力が弱いようだなな?」

「星姫には、この繊細さがおわかりになられませんのね?」」


その言葉を合図にお互い飛び退いて、再び螺旋を描いて走り始めます。

バチィィィィィ!

お互い緑雷を纏って。

前方へ飛び込み、左右の手を交互に地に付けての回し蹴り。

カン!カカカカカキィン!

お互いの靴が、氷壊を纏った電撃の蹴りがぶつかり合い。

パンッ!

その衝撃で墓地の木々が凍てつき、爆ぜて。

たしっ。

その音を合図にふたり同時に飛び退いて、構えます。

ジィィィィィ!

叫び、泣く雨粒と風の中、それらすら触れた瞬間に光に変えて、お互いのランサーが交わります。

ジュパァァァ!


「大人しく、この世界を壊した自分の責任を受け入れて、私に過去を譲り渡せ!」

「そんなことで諦めるくらいなら、もともとこの世界には来ていませんわ!」


ジャリィィィ!

同じ原因と結果を持つもの同士、全ての戦闘行動は互角。

2人してランサーを捨て、構え。


「さて、このやりとりにも飽きて─。」

「─来ましたわね。決めましょうか。」


降り注ぐ、強まった風雨の中、わたくし達お互いの腕の中に、雨粒と風が吹き込んで来ます。


「廻れ、」

「廻れ、」


吹き込む雨と風は、腕の中で留まること無く、回り始めて。


「疾く」

「奪え。」


回転する雨と風は速度を増して。


「彼方の夢を─。」

「─此方に繋げ。」


青く、煌めく光となったそれが。


「ダル─。」

「─ハルカ。」


その輝きが、お互いに交わる瞬間。


   ─────


「ハッハッハッハ!ドーダ!カトラス天才!」

「うう、惨めだ。」

「惨めですわ。」


目が覚めたわたくし達は、「レジーナ」の床を雑巾で、拭き掃除をさせられていました。


「うんうん、さすが初代ほしひめー!」

「まさか、あの螺旋の槍の本質が、お互いを呼び寄せるものとはね。」

「ご主人様が2人に増えて、大変嬉しく思います。このアウタナ・セリフラウは。」

「もともト、祝詞トお前達ガ呼ぶそれにモあるだろウ。ダルハルカの本質ハそれダ。」

「そこのダクトロ、宝は分け合いましょう。私はノンドリル様に仕えます。」

「私はどちらのお嬢様にもお仕え致しますよ〜!」


2人して雑巾を持つ手を止めて。


「私達は。」

「ものではありませんわ〜!」


カトラスのダルハルカを、破滅的な螺旋の槍を生み出すもの、と誤解していたわたくし達は、お互いが同時にそれを使用した瞬間、元の世界のカトラスのダルハルカに引き寄せられ、双子の姉妹として、情報を書き換えられてしまいました。


からん。

お店のスイングドアを開けて、ダリアさん達が入ってきます。


「買い出し終わったよー。へびちゃんもがんばってくれました!」

「へーびーとーんーぼー!」


なぜかダリアさんに懐いたフリギロアは、四六時中くっついています。


「おうお帰り、チビにはオヤツを作ったからそれ食ってろ。」

「やったー!」

「あ〜んレジーナ〜。」


キッチンへ向かうフリギロア。ダリアさんは、そのままお義母様、レジーナさんの胸へ飛び込みました。

あら、四六時中なんてことを、いつわたくしは知ったのでしょう。


「それより皆さん見てください、お嬢様のドリルに仕込んだ隠し撮りカメラくん2号のこの動画、たくさんの評価を受けていますよ〜。」


   ─────


カンカンカン、寸胴鍋のフチをおたまで叩いて、声を出す。


「おーい、フリィカ、クナイラ、メシができたぞー!」


わあああ、と走って来た男の子と女の子に、センザキはパスタのお皿を渡す。


「お前らの父ちゃん母ちゃん達は、オレのパスタで大きくなったんだ。お前達もいっぱい食べて、いっぱい大きくなれよ。」

「はーい!」

「おじいちゃん大好き〜!」


   ─────


「「ほらヨサル、また作戦中によそ見してるー!フリィカならお父さんに預けてるんだから心配しすぎだよぉ〜。」」

「「んな事言ったって、アル姉とマルバノキの娘と一緒なんだぞ?心配しない方が無理だって!」

「「聞こえてるぞ騎士ヨサル、これは妻に、都市長に報告する。」」


   ─────


「ふぅ。」

「アルカルブ都市長、まタため息?」

「言うなシィミーィヤ生工科主任。こちらの第禄ブロックの浄化も、ついに完了したのだ。」


2人の見る、クルルガンナ由来の箱の前で。


   ─────


「よし、このブロックも浄化出来たら、あとは最後だね。兄さん。」

「ああ、このブロックが浄化出来れば、君はシィミーィヤと休むと良い、弟よ。」


エルアートヌの双子のダクトロは、手際良く浄化作業を行っている。

弟の妻が懐妊したと言う事で、近々ささやかな祝いの席が設けられると報道にはある。


   ─────


「さて、これで良かったのかの?」


ブランカ スタランダの、海へ沈む模倣太陽を見ながら、訊ねる。


「はい、結局、あのヒト達は、あの世界のヒト達です。この世界の父と母も含めて幸せになってもらえたのは嬉しいですが、会ってわかりました。私の両親と、その家族ヒラカワラとは違う、別の騎士隊ヒラカワラであり、共に身体を構成された両親もまた、私の知る両親とは別の人物なのだ、と。」

「ややこしいのう。それで、ここで暮らすのかの?」

「はい、私の名前。カイミは、もともと太陽系第三惑星人の言葉で、海を見る、と言うものを縮めたものだそうです。父と母が、海を見ることができる土地を見つけよう、と騎士隊を結成したことにちなんだ名前です。私が、海を見られるこの場所に住めば、かつての父と母の願いも、叶えられると思います。」

「んむ。」


目を閉じて、かつてのヒラカワラの面々を想い出す。


「そうじゃの。」


少し遠くから。


「おーい、カイミー!」


彼女のパートナーの呼び声を聞き、女神はその場を離れる。


「どうか、健やかであれ。」


暑い夏が過ぎ、涼やかな秋風の流れ始めるアルタ カンパを女神は後にした。


   ─────


25日後。

エルアートヌに生を受け、食化騎士として生きざるを得なかった者達の浄化作業も終わり、女神は街へ繰り出した。


「ふっふふ〜♪トモも居らぬし今日は豪遊じゃ〜♪」


浮かれて、弾む足でスキップを踏み、通りを行く。この近辺に最近、独特の接客と料理が話題のオープンキッチンがあるらしい。


角を曲がる。


「いらっしゃーせー!!!イノカミフェスタへよーこそ!!!!!」

「お越しになられましたー!!!!!」


数十名の、食化騎士に威勢よく声をかけられた。

おかしい、食化騎士は全て浄化したはず。

それに、抑えられぬはずの獣性を、コントロール出来ておる。


「オドレらぁ!声に誠意が感じられんわぁ!もっと腹と心の底から声出さんかい!!!」


彼らの後ろから聞こえるのは、どう聞いてもイノカミ リンの声。

つまり、この獣どもは、さらに強い獣に力で抑えつけられ、従わせられている。


「ようこそおいでくださいました!」

「本日お昼のウキウキメニューは!」

「私のような、活きの良いカニと!」

「私のように、舌の上で踊るエビの!」

「ウキウキワクワクランチとなっております!」


こやつらは、しばらくは浄化せんでも良いじゃろ。

女神は、むさ苦しく踊り舞うカニやエビ、タイにヒラメの食化騎士を見ながら、おすすめされたウキウキワクワクランチとみかんジュースを注文した。


魔導列車追撃編 後編 最終節


  「Acceldahlia」 加速する不安定/アストロブレム攻防戦03 了



このエピソードでは、女神直属騎士隊ダンサンカ ブーケの星姫アセデリラ・アルマコリエンデと妹アルセロラが帰還します。

が、

ご存知の通り、第十三次元人カヌメナーアの介入により、帰還した結果が上書きそれ、「あなた」が第九次元人ナイン・エルナとして作品世界に送られる事となります。

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