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銀河次元回廊

天の川銀河の中心天体、命球に再現された惑星としての領域、その一本の木に、元とある星系のいち惑星、いち島国のいち地域の女子高生の蓮坂舞が、女神として興した樹上文明クルルガンナ。その存在する、木の枝の一本、その根本。ごく僅かな領域にある夏都市エルベラノ、その都市民総勢一千三百九十一万と、千九百人の市民を食い尽くした、秘密裏にエルベラノで製造された対惑星文明兵器と、喰われて再現された転写模倣体、カゲと呼ぶ、それらの掃討、また取り込まれ始めたダクトロ、ハイェルルラ・エル・ベラーナの奪還作戦。その戦いの最中、準勇者ダリア・アジョアズレスのカゲを自身の限界以上の能力を引き出し、「あなた」は撃破した。何の特別な力も与えられず、己が血と意志で戦った第九次元人の「あなた」。過ぎた力の代償に両腕が指先から肩まで紫電に焼かれ、上肢、腰まで食い込んだそれの治療のため、「あなた」は早い話、入院している。

ちちちち、ちゅん、ちゅん。

ロータス綜合学園の医療棟、その2階。窓の外には少し背の高い模倣植栽の枝枝と青々とした葉が模倣太陽の柔らかな日差しを浴びて煌めき、己の身体を小鳥に変換した何名かが会話をしている。

きゅ、ぎゅ。

ゆっくりと右腕を上げて、軽く指先を曲げ、握り込む。手首を曲げて、反らす。疼く痛みは残るものの、担当の看護学生の献身的なケアと毎日のリハビリで、少しずつ滑らかに動かせるようになった。

かちゃかちゃ。

ベッドのサイドテーブルに置かれたコップ、その中の液体を、細い枝を削ったマドラーでかき混ぜる。

かちゃ、こく、こく。

マドラーを置き、コップに指を添え、持ち上げ、中の液体を飲む。ミントなどの香草とレモンの皮、少量の砂糖を練り合わせ、水に溶かしたもの。その強烈な酸味と鼻腔を通り頭へと抜ける酸味、爽やかな香りに「あなた」は目を強く閉じて悶絶する。必要最低限の行動しか認められていない今は、これくらいしか刺激がない。

日中は、時々派手な爆発音を立てて喧嘩をする学園生の叫び声くらいしか、ろくな楽しみがない。

みんなはエルベラノの復興手伝いに駆り出されている。日の暮れる頃、学園医療棟のこの部屋に入って、帰って来て、おしゃべりをして、お土産のお料理を食べて、1人用のベッドに4人で、抱きしめ合って、重なるように寝る。

枕元の元スマートフォン、手のひらサイズの妖精となったアロエを触れば会話も出来るけど、今は寝かせておいてあげよう。

すっかり馴染みとなったこの病室を見回すと、サイドテーブルに置いた手紙が目に止まる。

親切ではない描写とラフな挿し絵でインターネットに投稿されていたweb小説、「ダリア─太陽系第三惑星人戦記─」。「あなた」はそのお話が、画面上に点と線の連なりで表現される、二次元作品だと捉えていた。じっさい、このお話は単なる二次元の作品。「あなた」はそれを読む四次元人。そして、あるエピソード、星姫アセデリラ・アルマコリエンデが時の彼方へ向かい、ひとりの母親と娘の運命を上書きした。残されたものたちは過去となった作品世界から時の彼方へ光を放つ。それは彼女アセデリラのとる航路を示す北極星、帰るべき港を知らせる灯台となるはずだった。しかし、目にした、作中時間軸で光の放たれた瞬間、別の場面で、読者である四次元人の「あなた」よりも上位、高次元の存在、第十三次元人カヌメナーアによって、「ダリア」という物語の存在自体が、赤いインクに漬けられ、登場人物たちだけではなく、作品のページそのものが、太陽に焼かれるのを見た。

作品ではなく、物語の存在が、破綻した。

「あの縦に表記された文字が読めて、理解できたわね?」識っていた展開とは違う、突然焼かれ始める世界に困惑していた「あなた」は、作者おおとろべふこにより、第四次元の読者と認識されて、第九次元人として、書き直された作品世界へ、新たな主人公として送られた。

「わたしはここで、この焼かれた世界に残って「あなた」の戦いを書き続ける!あいつをやっつけて!がんばって!」そう「あなた」を送り出した。

作者おおとろべふこ。

彼女は少し前「あなた」へ「手紙」というかたちで近況の報告を行った。まず女神を同一の女神その2号、という形で表記新生し、焼かれて失われた登場人物たちを、街を、青い情報体として表記再生した。

そして、ほんの少し前、「あなた」が準勇者のカゲを撃破したあと、

「病院のベッドの上ってひまひまでしょ?こっちの記録を送るから、暇つぶしに読んでみて。」という内容の手紙を「あなた」へ送った。

そして今、開け放たれて、あたたかで爽やかな春の風が流れ込むこの病室に、新たな手紙が運ばれてきた。

情報配達員、レタ ラ リベ所属の小鳥は、差出人のことは、所在も含めわからない、と言う。ただ消印の無い手紙が鞄に入っていたので、とりあえず送り先の「あなた」へ届けに来た、と。

その手紙を取り、開く。

独特の丸みを帯びた、走り書きの文字。


   ─────


と、と。

た、た。


ふたりで、あまりの熱量を長時間かけて溶け落ちた街の、かつてはたくさんのヒトが、ものが行き来していた道を歩く。

てっ、

跳び、突き出た岩を足がかりにつま先をかけ、

たっ。

軽く跳ねて、結晶化した、ヒトの背丈ほどの段差を登る。


「手、出して。」

「うん。」


この場所だけは、あらゆるぜネロジオなどの力は制限される。わたしは身をかがめて、つま先を荒れた地面に引っ掛け、上半身を段差の下に乗り出し、彼女の手を取って、


「さん、に、」

「い、ちっ!」


彼女のテンポに合わせ、左手を引き、わたし自身の膝を立て、右手を掴んで上半身を起こすように彼女の身体を空に放り投げる。


ぎゅっ、ごろごろ。

つかまえて、一緒に転がる。


この世界は、天の川銀河の中心天体、構成する天体、ガス、ちり、全ての熱量移動を記録するいて座Aスター。

そこに再現したどこか、地球によくにた組成の惑星。


「んっふっふ。」

「こんな時に笑わないで。」


ふたりで抱きしめ合って、空のようで、その実際は何も無い、ただ記録された熱量に濃い青を塗って、塗り重ねて、そこにガスを浮かべて、水を浮かべて、この模倣した大地を包むように高速で周囲を回転させて、模倣した太陽、永遠に燃やし続ける第0号ウサギ、ヨウヤで照らして、そのガスと水や氷、ちりで乱反射されて水色に見えているだけの、書き割りの青空を睨む。


「わたしたちは、」

「できることを。」


作者のわたし、おおとろべふこは、半生の一部を、同じ子ども時代を、そして定められていた死に繋がる病とその結果を、この登場人物、蓮坂舞ちゃんに与えた。全てを失って、その代償に手に入れた全てを。


「あいつへの対処は。」

「ナインにおまかせ。」


ひとしきり抱きしめ合って、どちらともなく、立ち上がる。わたしはこの子で、この子はわたし。


「けどわたしは、女神にはなれなかったよ。」

「理由が恥ずかしいからっていうのが最悪。」


わたしは歩けていた時と同じ、飲食店の従業員として、ただこの世界で暮らしているだけでよかった。この世界でなら、わたしは歩くことができて、両手もつかえるし、急に身体の力が抜けて動けなくなることもない。ただ、左目だけはこの世界でも見えないようにした。


と、と。

て、て。


舞ちゃんもそう。歩けていた頃のように自由に移動ができて、地球じゃない命球でなら、知らないお料理も知ってるお料理も、お腹いっぱい食べられて、飲めなかったお酒もたくさん飲める。一応立場のある女神だから、ひとの上に立つ身として、やらなきゃいけないこととか制限はあるけど、可能な限り、好きなところにお出かけして、生きている間に見れなかったきれいな景色や、おいしいものを見ることができる。


「それじゃなんで星間絶滅戦争なんて描いたのよ。たくさんのひとたちがいなくなったよ。」

「この世界で、わたしたちの描いたひとたちが先に進むには、他の命を奪う必要があった。」


生きることは、命を奪うこと。

それは罪で、それを受け入れて、罰を背負いながら、歯を食いしばって前へ進むみんなを、わたしは描いた。

この宇宙の仕組みが、そうなっているのなら、それに抗うのも、順ずるのも自由。

わたしは、従うふりをして抗うことにした。


「わかってるなら、もっとふわふわしたかわいいお話でよかったじゃない。」

「それはそれ。かっこいい主人公とかっこいいロボットが、泣きながら相手の命を奪うの、好きでしょ?あ、着いた!」


燃え尽きたそこ、いくつもの琥珀を掘り起こす。

嘆きの灰が全てを覆い隠す湖。

エルヴィエルナ。


「ラプリマを掘って、エルベラノを通って南のエルアートヌと来て、もう一度ラプリマを通ってエルヴィエルナ。この2ヶ月歩きっぱなし。」

「文句言わない、おいしーもの作ってあげてるんだから。そろそろかな、姫子ちゃん!」


琥珀を掘り起こしながら、蓮坂舞ちゃんの地球での同級生。この命球まで追いかけて来たお友達、宮門居 姫子ちゃんに声をかける。


しゅいいいいい。

青く細い無数の線が、この土地ではなく、空間の座標に対して平行に走り出す。


「はい〜、お待たせいたしました〜。」


青い線は眼鏡をかけた、長髪でロングの女の子の姿をかたち作る。


「カトラス、アルマ。」


次に2人分の名前を呼ぶ。同じように青い線が空間に走り。


「ようヤク、出番ダナ。」

「もう少シ読みた、イ。」


青い線はボブカットの女の子と、手のひらサイズの長髪の女の子の姿を取る。


「まさか、お主。」

「いいのいいの。せっかくなんだから。」

「うム。話ハ聞いテいル。」

「夢ト謡エヤ─♪」


さん!

ひゅううううああああああ!


青い線のボブカットの女の子は、背負っていた身の丈ほどの偃月刀を空間に突き立て、それを軸に舞い始める。


しゃん!しゃ、しゃ、しゃ、しゃ!

青い線の手のひらサイズの少女は、その舞いに合わせて、ゆるやかな氷の軌跡を描いて飛びながら舞う。


「あ、あ、この想いや空へ届けー♪」

「…?」

「ほどけた靴のひもを、むすぶよにー♪」

「むすぶよにー♪」


わたしの歌についてこない、ノリわるわるこを置いて歌い続けると、舞ちゃん2も遅れて歌い出す。


しゃん、しゃ、しゃん。

たらら、たーららら、らー。

歌声に合わせて、舞は緩やかな時の流れを表すように、氷の軌跡は戻らない時間を可視化するように拡がって。


「あなたの歩いたみちをー♪」

「わたしも歩くからー♪」


かつて、太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひととの間に勃発した、星間絶滅戦争クルルガンナ解放戦。太陽系第三惑星人側の死者は、その魂は同じ地球人の蓮坂舞、つまり女神ロータスの持ち込み定義した輪廻転生、山川草木森羅万象、ヒト、大型生物種の総称である龍、さらに無機物や当然UltraSuperGiganticへと生まれ変わる。しかし、クルルガンナ側はその数百万年単一の文明を保持し、魂すら数値化、兵器転用を行なっており、先の大戦でもその数千億という命は、ほぼ半数が対惑星文明兵器へと加工された。地球人蓮坂舞の解釈にないその魂は生まれ変わらせる事が出来ず、殺し切ることも出来ず、ただランサーで焼き尽くし、ここエルヴィエルナに灰として埋葬し、鎮めることしか出来なかった。


しゃりい、い!

舞が白熱する!

きぃ、ん!

テンポの上がる舞の熱量に合わせ、生み出される氷の軌跡は、この灰の湖に降り注いで。

かつて、妹を辱められたうえ殺害された姉は、戦乱の最中にあったその惑星、全ての生命体と交合を行い、妹の因子を植え付けた。

星に愛された姫と呼ばれたその系譜を継ぐ第1184代星姫は、本能のまま生きた初代星姫アルマコリエンデへの反省から、自身の肉体を徹底的に軽量化と効率化を行なった。


「ゆけ!」

「ゆけ!」


青い線で形作られるのは、既に視界に収まりきらないほどのヒトの、太陽系第三惑星人の姿。

氷の軌跡と舞が整えるのは、消えない憎悪の感情に固定され兵器となり、灰となったクルルガンナ星人ほしひとの姿。


「刹那トラッカー!」


幾度も繰り返した舞と歌の中、最後のフレーズを、その場に再現された太陽系第三惑星人、クルルガンナ星人ほしひとのそれぞれが、めいめいの意志で声を揃えた。


ぱち、ぱち、ぱち。

らー、らー、ららー。

同じ歌詞を舞ちゃん2とわたしが歌い、カトラスとアルマのふたりが舞う。

地球人の歌に合わせてクルルガンナ星人ほしひとが手拍子を行い、星姫ふたりの演舞に太陽系第三惑星人がコーラスをつける。


「ゆけ、」

「ゆけ、」


ふたりの掛け声のような叫びに、星姫ふたりも重ねる。


「刹那トラッカー!」


クルルガンナ星人ほしひとと、太陽系第三惑星人の双方が唱和する。

命を奪い、奪われ、奪い返したそのふたつの惑星文明、かつて第2291代星姫アルマコリエンデが太陽系第三惑星人の女神直属騎士、勇者ゲンザンと視線を交わし、言葉を交わし、殺意を交わし、手を握り、口付けを、愛を交わし紡いだ生命の螺旋が、切れてしまったリボンが、繋ぎ合わされた。


「けどね。」

「マダ足りナイ。」

「取り返す必要があるのじゃ。」

「我らガ娘、アセデリラ・アルマコリエンデ。」


数百万年、他の惑星文明を同族化という名前の虐殺を行なってきたクルルガンナ星人ほしひとは、混血を行った双方の星人ほしひとから浄化を行い、それは当代星姫と太陽系第三惑星人の勇者も例外では無かった。

その2人のいのちを、繋いで駆ける、軽薄なまでのクルルガンナの金髪と、太陽系第三惑星人式の見事なドリル縦ロール─────。


   ─────


「ナインさーん?ナイン・エルナさーん?」


耳元で吐息をかけられて顔を上げる。しまった看護学生の巡回だ!慌てて手紙を畳む。


「ふふ、いつもは入室前から私がわかるくらいなのに、ここまでしないと気付かないのはすごいですね。ラブレターですか?」


白に、前と後ろに一本赤の縦線が入った学園制服の看護学生は、「あなた」に柔らかく微笑む。


A、「そんなところだよ。」

B、「昔の知り合いからだよ。」


A、─「ナインはまたそうやって女の子に手を出すんですね!」刺すようなトーンの声に振り向くと、カランコエのじとーっとした視線があった。「カコ、こっち来て。」怪訝な顔で近寄ってきた彼女を、元気な方の腕で捕まえて、抱きしめる。「ちょっと、ナイン!見られて!」

B、「ふーむふむ、内容からして送り主はべふこですなー。」頭の上から声がする。対惑星文明兵器としての機能、焼かれた世界の記憶への制限が解除された、際限なく首が伸びるようになったガルデニアの顎に手を添え、抱き寄せる。「むむむ、さみしんぼですなー。」


その間にも看護学生は「あなた」の、過ぎた力の反動として、紫電が焼いた腕を触診する。


「痛みはまだ残っているようですが、上半身の傷も目立たなくなってきましたね。」


そう、準勇者の転写模倣体との戦闘で編み出した新たなる剣、その反動である紫電の龍は「あなた」の手や腕だけでなく、腰骨にも喰らい付いたが、そちらは浅いものだった。激しい運動はまだ許可されていないものの、リハビリとしての、病室内の軽い歩行なら認められている。


「それでは次の巡回まで、快適な日々をお過ごしください♡」


どこかで聞いたような言い回しで看護学生は退出する。


「そうそう、エルベラノにラプリマでもナインの事で持ちきりですよ。ヤリラ ルーマを超えた、新たな剣の使い手が現れたって。」


カランコエが話しながら、赤い球体の果実、三等素材で再現されたものに、窓から差し込む光を反射する石英のナイフを当てる。


A、「それ、やらせて。」

A、─「良いですけど、また飛鷹のぜネロジオを使ったら取り上げますから。」頷いて果実と刃物を手に取る。七万と五千三百回の死から見出した、自身と対象を取り巻く全ての要素、変数から、対象を確実に破壊する結果を計算する飛鷹のぜネロジオ。前回りんごに使用した時は、りんごを微塵切りにしてしまった。

さ、しゃ、り、しゃり。

寝かせるように刃を当てて、肩の動きでりんごを上下と左右に動かし、肘から手首を捻って向きを変える。手のひら全体を回すように動かして、5本の指先それぞれを小刻みに動かして回転させる。

最初の動きが平面の二次元なら、肘を捻る動きは三次元かな?ではりんごを握る指それぞれを別に動かせば?例えば切り方が気に入らないから、再度同じ箇所を削るのはどうだろう?指先は?爪を軽く食い込ませるのは?そうして変化をつけた先に第九次元があり、その先に第十三次元があるのなら?

しいいいい!

りんごを剥きながら思考と手の動きは止まない。


「んんんあむあむあむあむあむあむあむあむ。」

「ちょっと!やめなさい!私のです!」


カランコエの声にはっとして、手が止まる。

非常に薄く、病室の扉が透けて見えるほどに薄く、切れ目のなく桂剥きにされたりんごは、その全てがガルデニアの口の中へ吸い込まれてゆく。


「んむんむ、ん。お姉ちゃんの剥いたりんごに比べたらまだまだですなー。」

「なら口から出しなさい!私が食べます!」


そうだ、春の4月ならまだ、カヌメナーアのもたらす破綻も起きない。


A、「エルヴィエルナへ、お姉さんたちに会いに行ってみる?」

A、─「んむむ、そうしたいのはやまやまですな。しかし、この世界のお姉ちゃんたちは、この世界のわたしのものなんですなー。」ガルデニアは、絵本のお日様のように微笑む。「それに、わたしのお姉ちゃんたちは、わたしの中にいますからなー。」羽衣と泡、赤黒の剣を抱いて、ガルデニアは笑う。


「そこは、それなら、ガルデニアちゃんから今のガルデニアちゃんへ、お手紙を書いたらどうでしょうか。」


ナナカマドがゆっくりと身体を実体にする。お見舞いに渡された梨を受け取る。石英ナイフを当て、皮を剥き始める。


A、「ガルデニアがいることで、この世界のガルデニアの未来は…。」

かつて、前の世界でガルデニアの姉たちはクエーサーズとの戦闘で、ブラックバッカラとアルストロメリアが機能停止、命が失われた。さらに星姫アセデリラ・アルマコリエンデが定義したように、確定した未来の因果を持つこのガルデニアがいることで、この世界のガルデニアたちの運命は決まったと言っても、過言ではない。悪い想像ばかりが始まる。以前衛星都市ピニ イラで見た、対惑星文明兵器リピニィエーラによる悪夢のような、そして悪夢と言えば、雷鳴の轟く深い森を、大粒の雨に打たれて、泥に足を取られて、同族たちの断末魔を聞きながら逃げるあの夢が、脳裏にこびり付いて離れない。あのやけに生々しい夢は─。


「かーらーんーこーえー!そろそろ食べさせてほしいですなー!」

「シャリシャリシャリシャリ。」


ガルデニアの大きな声に意識が引き上げられる。今度はカランコエが梨の桂剥きを口に吸い込んでいた。

ぽす。

次の果物、手のひら2つ分ほどの長さの、黄色いものを取る。房から切り離されたその切り口に指先を当てて、剥く。こちらは簡単に剥き終わるので、期待した眼差しのナナカマドに食べさせる。


「んむ。ふふ、ナインに食べさせてもらうくだものは美味しいです。」

「マドカさんずるいですよ!」

「そーだそーだ!」


わいわいと、穏やかだった病室が賑やかになる。「あなた」は、枕元で待機中になっている元スマートフォン、アロエのほっぺをつつき、隠していたりんごと梨とバナナの切れ端を食べさせる。そうしてみんなでわいわいとおしゃべりをして、浴室で洗ってもらい、夜になり、ささやかながら幸せな夕食を取り、歯を磨き、ひとつのベッドを4人と一台、5人で抱きしめあって眠る。

ざああああ。

昼間に想像したから、だろうか?

びだびだびだ。

夢の中は

ごろごろごろ。

あの悪夢の世界だった。

びしゃあああ!

稲光。

A、手で顔を覆う。

A、─前回と違い、この身体は「あなた」の意思で動く!

走る!

びだ、びだびだだだ!

滝のような雨が、地面を、泥を跳ね回らせ、「あなた」の足にまとわりつく!

ぱきゅ、も、きゅ、きゅ。

「うぐるぅおおおお!」

生きながら貪られる、同胞の断末魔!

びだびだびだ!

深い青と緑の森の中、ただひたすら、葉を掻き分け、足指に石が食い込むのも構わず、前へ!

太い木の根元の、背の高い草の中へ飛び込む!

息を殺して震える身体を抱きしめ、腕に噛みつき、鳴る歯骨を噛む!

びだだだだだ!

濁流のような雨が「あなた」の頭上から、泥の波が膝を覆う!

腕の肉に食い込んだ歯は、それでも止まらない!体温が奪われているこの状況よりも、少し遠くで生きたまま喰らわれている同胞の状況が恐ろしい!

生きたまま!

喰らわれている!

溢れる雨と泥水の中で、喰われる同胞の声だけが響く!

い、いたいよ、たすけておかあさん。そんなにかまないで、たすけておとうさん。

以前の「あなた」なら、この夢に圧倒されて、ただ目が覚めるのを待っていた。

だが、これは2回目だ。

身体の震えは止まらない。

同胞の死に声も止まない。

飛鷹のぜネロジオを編み出した、無数の死を繰り返した時のように!

観測する!

この悪夢を、解析する!

この雨と水は、喰らわれている同胞の意識を伝えている!

ごろごろごろ。

遠雷が、近付いている!

びだびだびだ!

滝の雨の中、ひとつでも情報を手に入れようと目の前の植物に触れる!

草の形状は、触覚ではシダ類のようで、表面は一部の菌類の特徴、鱗のように捲れた指触りと、糸を編んだ網目のような形状が混在している!

ぴしゃあああ!

雷が落ちる!

木の根元に背中を擦り付け、擬態するように!

目を凝らす!

あの捕食者を観測するため!

稲光の中、その捕食者の頭部が─。

A、「うぉぉ、ぼぉー!」

「あなた」の魂と「あなた」の肉体が恐怖に声を上げた!

A、─「やれ。」


がばっ!

跳ね起きる!

ぽむ。

眠りながら身体がベッドの上に浮いている、ガルデニアのお腹に顔が埋まる。


A、「はァーッ!はーっ!」

A、─「あんん、ナインは積極的ですなー。」寝ぼけたガルデニアの両脚が、過呼吸を起こす「あなた」の脇下に絡み付く。


「えっち。」

「ナインさんも、お昼は1人で寂しいでしょうから。」


カランコエとナナカマドは、「あなた」の激しい息遣いで完全に覚醒した─。


ちゅん、ちゅん。ちちちち、ち。


「あの方達にはもう少し、優しくしてもらわないといけませんね。」


窓の外、まだ肌寒い春の4月、初旬の空気の中、「あなた」は紫電に焼かれた傷痕の残る左腕にすら、容赦なく口吸いの跡を付けられて、看護学生の処置を受けていた。


A、「それだけ、愛してもらっているということですから。」

A、─「愛─。」看護学生は左手を口元に当てて、考える。「その、私も負けないくらい、ナインさんに愛情を注いでいますよ?」


ひゅ、うう。

爽やかな春の風が、木々の芽吹きの香りが、部屋に入り込む。


B、「ええ、それはもうよくわかります!あなたの献身的な姿勢はすべての看護学生、いえ、ラプリマ全都市民の規範となるべきであります!」さまざまな戦いで「あなた」の活躍に心打たれた無数の学園生、騎士、都市民から、男女問わずエンゲージの誘いはあった。しかし、その想いは戦う理由にはなるが、身体はひとつなのだ。ガルデニアやカランコエ、ナナカマドと3人、アロエも含めれば4人のパートナーが居る時点で、もうこれ以上の愛には応えきれない。丁重にお断りするようにしていた。

B、─「ピニ イラでの戦いのあと、「あなた」に興味が湧いて。」看護学生は静かにベッドに腰掛けて、胸元のネクタイを外す。「「あなた」の事を調べて、お近づきになるには学園に入るのが手っ取り早くて。」彼女は看護用の帽子を外し、膝に置く。「そこで看護の適性を見出され、看護学生となりました。」彼女は、片眼鏡をかける。


C、「サミ ラ セクの、次元人!」対惑星文明兵器となったリピニィエーラの脳を摘出した、位階は不明なものの、「あなた」には認識が出来る、いずれかの次元人!気付いた時には、両手足が医療措置用のポデアで拘束されている!

C、─「私から…ぼくから「あなた」の位階を正しく認識することは出来ませんので、恐らく「あなた」の方がぼくより上層に位置するのでしょう。」彼女は、「あなた」の紫電の左腕を優しく、両手で抱えてから胸に抱く。「ぼくは、誰かの傷と病に寄り添う痛みの共有を、誰かを癒やす事の喜びを、このロータス綜合学園の看護科で学びました。ピニ イラの都市民に軽はずみに知識を与えた事は、とても悔やんでいます。が、女神はぼくの告白も、慈護のぜネロジオを編み出したぼくの信念と共に、受け入れてくださいました。」サミ ラ セクのその女は、「あなた」の手に頬擦りをする。「そして、邯鄲の時間圧縮の中で「あなた」の治療とリハビリに向き合ったこの5年間。」サミ ラ セクの女は、「あなた」の手のひらを自身の胸に押し当てる。ふわ、とした感触が指に、ゆっくりとした、それでいて高鳴る鼓動が、手のひら越しに「あなた」に伝わる。


A、B、C、─「「あなた」は、ぼくの心を奪ってしまいました♡この怪盗ストンリバー フィンネルの心を♡ね、すてきな騎士さま♡ナインさん♡ディスガス─。」彼女フィンネルは、両目を閉じて、「あなた」に全身を預けるように唇を突き出してくる!

A、B、C、「─ニン。」「あなた」は宿命を受け入れる!そう言えばこの看護学生は出会った頃からやけに過剰にボディタッチを繰り返してきた!あれほどの戦いをした騎士に対する物珍しさから来るものだと思っていたが、こう言われれば妙に納得する所がありすぎる!手指の爪を手入れする際は、「これは私のおすすめなんです♡」と彼女愛用の爪やすりで時間をかけて丹念に磨かれた!「おはようございます♡朝の洗顔ですよ♡」みんながエルベラノへ出た後、見計らったようなタイミングで現れて顔を撫でられた!洗顔にたっぷり1時間もかけた!身体を撫で回された!「はい、お口を開けてください♡」食事の際は口移しだった!「もっと、強く握ってもらっても大丈夫です♡」リハビリで立って歩く時は、歩行器や杖を用意するのではなく、常に抱き支えられた!「これでお肌がすべすべになるんです♡」入浴など身体の清潔を保つ介助の時は、何故か一緒に入浴した!当然疑問をぶつけると「これも必要なことです♡」と言われたため、「そういうものなんだなあ。」と納得してしまっていた!相手は「あなた」担当の看護学生だったから!「ここ、風が優しく吹くので大好きなんです♡」屋上で沢山のベッドシーツが干される中、一緒に空を見上げていた!模倣太陽が眩しかった!

…ちゅっ。

覚悟を決めて、フィンネルの唇を受け入れる。

恐らくはじめてなのだろう、風に震えた薄い花びらのような、その繊細なくちびるを─。


かちゃり。


「な、な、な、な、な、ナ、ナ、ナ…!」

「おー、この女はいつかはやると思っていましたなー。」

「もうちょっと、ナインさんの体力を減らしておいた方が良かったですね。」

「泥棒猫ー!」


エルベラノおみやげの袋を落とすカランコエ、あごに指を添えて目を細めるガルデニア、諦めたように微笑むナナカマド、そして。


「ふふ、ぼくだって女の子だ、恋くらいするさ。」


「あなた」の胸にフィンネルは顔を埋める。


「わたしもやるー!」

「は!?私が先ですが!」

「私は最後で構いませんので♡」


もみくちゃにされる中、「あなた」の目は天井のシミを数え、次第に思考は冷える。


A、「リピニィエーラは。」

A、─「あの子ですね…彼女の脳器官と魂は、既に保全措置が進んでいます。ぼくも持てる知識は渡してあります。あの子を生かす事がピニ イラ都市民の願いであり、そうして産まれた、祈りの子なのですから。」


B、腕を広げる。「ウバタニも、おかみさん達も、愛しいヒトを、そして子どもを守り切れなかった。」

B、─争うようにして「あなた」のお腹に頭を擦り付けていたみんなが動きを止め、「あなた」の広げた腕に、それぞれの頭を乗せる。


C、「ぼく/私は、君たちを守り続けたい。」ガルデニア、カランコエ、ナナカマド、フィンネルの肩を、そっと、抱きしめる。もちろん、首を動かして待機中のアロエにも口付けをする。

C、─みんなが、手を、頭を、それぞれ「あなた」の腕や手に擦り付ける。


そうして、眠る。


「今日はお天気もいいですし、屋上で過ごしませんか?」

「おやすみだし、おひるねできるならどこでもいーですなー。」

「寮から色々持ってきますね。」

「私もついて行きます〜。」


フィンネルの提案にガルデニアが賛成して、寮へ戻るカランコエにナナカマドが張り付き荷物を取りにゆく。


「ナインさまの悪夢に、予想がつきます。」


フィンネルがそう切り出した。

以前「残された日々をどうぞ快適にお過ごしください。」と告げて去ったように、フィンネルの本来の言語体系は少々、公用語を日本語とする太陽系第三惑星人の解釈では誤解を生むきらいがあります。実際ガルデニアもこれからの説明を理解するのに手間取りました。

作者が簡単にまとめさせていただきますと、もともと第四次元人であり、作者の手で第九次元人となった「あなた」は、さまざまな戦いを通しての成長で「上位の階層」、つまり本来の第四次元より上の第五、六、七、八、九層のいずれかの層に、夢を通じてアクセスしてしまったのではないか、と。


「ややこしーですけど、似たような扉を通ってこの世界に入った記憶がありますので、そう理解するしかありませんなー。」


そう。

ガルデニアは「あなた」に抱かれ、この世界に連れられた。


とてとてとて。

カランコエのかわいい足音が聞こえる。

彼女は脚走型の騎士であり、学園医療棟から学園裏の選抜騎士寮の往復程度なら、数分もかからない。

かちゃり、ドアが開く。


「ただいまですー、マドカさんが朝ごはん買って帰ろうって聞かなくって。」

「焼いておいたパンがいい感じに乾燥していたので、朝市で買ったお野菜とチーズに合わせていただきましょう。」


つまみ食いしたのだろう、口元からチーズを垂らしてナナカマドが言う。


「そう言えばぼく達は朝ごはんがまだだったね。」

「たいへんお腹がぺこぺこですなー。」

A、「うん、お日様の下でご飯にしよう。」

A、─「さんせーですなー。」顔を洗って、歯を磨いて「あなた」たちは、医療棟の屋上でピクニックすることになった。


そこからまた、圧縮された時間の中で星月が流れ、「あなた」の治療とリハビリは継続された。


た、ん。

膝を上げて、下ろす。

腰に軽く、疼きがある。

手すりに手を添えて、次の段を登る。

た、ん、たん、たん。

少しずつテンポを上げる。

重心を胴体に置くのではなく、頭の上に乗せるように。

た、たん、た、た、た、た、

重力に逆らい、階段を登る。

たっ、たっ、たっ!

リズムに乗せて、跳ねるように駆け上がる!

たんっ!

踊り場に足を着くことなく、蹴り上がった身体を、その重心と慣性を、手すりに添えた指先を支点にして回転するように飛び越える!

たたたたた!

その勢いを殺さず、爪先立ちで駆け上がり!

たんっ!

開け放たれた屋上への扉へ、青空の下へ跳ね飛ぶ!

く、る!

頚椎と脊椎を、頭と首に肩を腹側へ丸め込むように、回転する!

たっ!

紫電に喰われた手、肘、肩から接地して、屈曲させた踵を付け、跳ねる!

ぽふっ。


「ほほー、だいぶ回復してきましたなー。」


跳ね飛んだ「あなた」の身体を抱き止めて、ガルデニアが感心するように笑う。


「今までは踏み込みの時に、無意識的な躊躇がありましたが、消えましたね。」


その下でカランコエが「あなた」の挙動についての冷静な評価を行う。


「もう少しで私に掴まれますよ、ナインさん。」


ナナカマドが「あなた」とガルデニアの上から降りて来る。屋上に立つカランコエ、その上に浮くガルデニア、さらにその上を漂う、幽霊であるナナカマド。


「うん、もう戦闘にも支障は無さそうだね。」


ランチョンマットを敷いて、フィンネルが言う。

た、す。

ゆっくりと、つま先からガルデニアに降ろしてもらう。


A、「春が過ぎれば夏が来る。夏が過ぎれば秋、秋が過ぎれば…。」


そう、「ダリア」の世界は冬に、第十三次元人により物語自体が破綻してしまった。


B、「それまでに、ぼく/私は更に強くならなければいけない。」


ガルデニアが、みんながいるこの世界を、焼かせるわけにはいかない。


C、「たとえ、差し違えてでも。」


カヌメナーアを、殺す。


A、B、C、─「ナイン!」ガルデニアが「あなた」を強く抱きしめる!「いいの!ひとりでがんばらなくて!」「そうですよナイン。」カランコエが「あなた」の紫電の左腕を、手を取って抱く。「「あなた」はひとりじゃありません。」「私をまたひとりぼっちにするつもりですか?」ナナカマドが後ろから「あなた」の首元に息をかける。「私はナインさんの背後霊なんですよ?」「私はナインのスマートフォンなので。」肩に乗せている妖精、アロエが待機状態から復帰する。「安全を守ります。」「ぼくだって、きみをに心を捧げたんだ。」フィンネルが「あなた」の前で片眼鏡をかけ直す。「ぜったいに逃さないよ、ぼくのナイン。」


みんなが「あなた」の手や顔に触れる。

ひゅう、う。

ラプリマを見渡せる丘の方から、あたたかな風が吹く。


「るる、る、るーる、らー♪」


その風に合わせて、ガルデニアが口ずさむ。


「ゆめの、はーての、ほしそらに─♪」


ガルデニアが、歌い出す。

こんな歌は、「あなた」も、カランコエも、ナナカマドも、フィンネルも、アロエも知らないと思います。


「わたしの、こーころを、おきーざりに♪」


今のガルデニアには、焼かれた世界の記憶と、「あなた」が第九次元人として、この世界に送られた真実が刻まれています。


「あなたは、そらーへ、かけーてゆく♪」


「あなた」だけが感知できる、第十三次元人カヌメナーアの来訪と、その対決で「あなた」が取る行動を、ガルデニアは予見しているのかもしれません。


「すべーてのかなーしみだーきしめて♪」


この作品世界自体を焼いたカヌメナーアとの対決を。


「あなたは、そらーへ、かけてゆく♪」


「あなた」の決意は─。


「い、や、だ!」


「あなた」の周りを囲んで全員が叫ぶ!


「わたしのこころをまもった「あなた」を!」


ガルデニアが、普段の歌声とは違う力強さで叫ぶ!


「私に夢を与えた「あなた」を!」


騎士になる、その夢を諦め切れず、「あなた」の存在によって叶えることが出来たカランコエが!


「私の瞳に映った「あなた」を!」


情報として焼き付き、数え切れないほどの死を見送ってきた幽霊を、「あなた」が女の子として目覚めさせたナナカマドが!


「ぼくの心を掴んだ「あなた」を!」


凄惨な場面での出会いから、時間圧縮された5年の歳月をかけて「あなた」の痛みに寄り添い、共に歩き、傷を癒したフィンネルが!


「離さない!」


第四次元の、「あなた」の認識ではただのスマートフォン、手元にあって、数年かそれよりも早い間隔で買い換える消耗品。だったそれに、命が与えられて、今、「あなた」の肩の上で歌っている!

アロエ、寄り添う花。

彼女たちの叫ぶような歌声、唱和は屋上の干された純白のベッドシーツをはためかせる風の、この模倣された書き割りの青空の中で、拡がって散らばることなく、「あなた」を包む!

ロータス綜合学園、生徒は女神の邯鄲により時間圧縮された数十年を学生として過ごす!その初め、初等生として学ぶ、歌というかたちで願いと想いを込める技術、ルリロー!

折り重なる声が、準ダクトロである対惑星文明兵器、ガルデニア・ヴィナヴァルテの生み出す半球状の力場により「あなた」の身体を包む!彼女の姉達の因子、アネモネ、ブラックバッカラ、アルストロメリアの願いが「あなた」の左腕に喰らい付き続けている紫電の龍を、結び止めるリボンのように包む!


A、「ちょっと待って!紫電の龍って光の剣の反動っていうか力の逆流の表現でただの傷じゃなかったの!?」

A、─「クククク、クカカカカ!まだこの世界の命の流れへの理解が不足しているようだな!」願いのリボンに拘束される紫電の龍が、「あなた」の腕に巻き付いたまま笑う!


B、「ウワーカッコいー!」

B、─「あ、名前は付いていませんので、どうぞお好きにお呼びください。」紫電の龍は急に改まったような口調になる。


C、「…それで、どちら様ですか?」

C、─「それが私にもさっぱりで。」「話が違う!」「いえ、この世界では太陽系第三惑星人の命は、万物に循環するじゃないですか?」「それは女神の敷いたルールだから理解できる。」「「あなた」が光の剣をエルベラノで使った際、同時刻に死んだ魂が「あなた」の力に引き寄せられて、この姿になったんです。クカカカカナイン・エルナよ!我を見事御して見せよ!」「今更無理があるって!」「いえ、こちらが本来の私の役目、生き方となっていますので。」「それならしょうがないか。」「はい。」「よろしくね。」「ククククク!認めよう!」


元の魂の人格、話し方と声からしてガルデニアくらいの少女は、そう笑う。


「なんかまた、ナインに女が出来ましたね。」

「まったくです。スマホの私より距離が近いじゃないですか。」

「みさかいなしに女の子を増やす、こーいうのはよくないと思いますなー。」

「ナインさんに引き寄せられた幽霊としては、同族のよしみがありますね。」

「これでぼくもナイン古参になるわけだね。新入りくん、ナインの下着はぼくが替えよう。」

「は!?ナインの下着は私のものですが!?」

「ナインのぱんつはいいお出汁が出ますなー。」


わいわい、ランチョンマットの上に座っておしゃべりを始めるみんな。不穏な話題が始まってガルデニアとカランコエが笑顔で牽制をはじめる、が下手に口を挟めば脱がされるのは目に見えている。「あなた」はそう判断して彼女たちの輪に入らず、もう一度手紙を手に取る。ナナカマドの淹れてくれた温かいお茶を、マグカップに口をつけて飲む。

ご、く。

ペースト状に底に溜まったお茶の粉末が、舌の奥に残り、渋みを残す。

ぺら。

手紙には埋め尽くすような量の書き文字が上から下に流れている。白地に黒の文字しかないはずのその手紙には、赤い楔のようなスタンプが押されていた。どうやらそこから読んでね、という事らしい。


第九次元人の「あなたへ。⑨星姫奪還作戦


ここまでの焼かれた世界でのできごと。

まず、作者のおおとろべふこは、この焼かれた世界で喪われた女神ロータス、蓮坂舞ちゃんをその2号、舞ちゃん2として表記、新生させた。

そして、この2ヶ月太陽系第三惑星人の支配区域だった場所を巡って、焼かれたひとびとの魂が残した琥珀を掘り起こした。

予測はつくが結局何なのじゃ?

ここから説明するの!とにかく、エルヴィエルナの湖に埋葬というかたちで留めていたクルルガンナ星人ほしひとの魂を、刹那トラッカーで再生した星姫カトラスとアルマのふたりに鎮めてもらって、焼かれた太陽系第三惑星人の魂とユニゾン組んでもらったの。

これでお互いの間で起きた絶滅戦争はおしまい!

無理がある気がするよ。

作者のわたしが言ってるからいいの!

ふむ…冬都市エルヴィエルナだけ太陽系第三惑星人がほぼ0じゃったのは、クルルガンナ星人ほしひとの魂を都市民として扱っていたからじゃな?

そう。それで彼らの中の主戦派、クルルガンナ解放戦の引き金を引いた一団は、星姫ふたりにシメられたから、そこで正座してるよ。

第九次元人の「あなた」にはお見せできない内容でしたのじゃ。

…そうだね。とにかく、そこからお話を始めるよー!

ゆけ!

ゆけ!

刹那トラッカー!

   ─────

ぱり、ぽり。

「あなた」は、乾いたままのパスタを果実油で揚げて胡椒を振ったおつまみを齧る。相変わらずめちゃくちゃな論理で話を進めているけど、読者の「あなた」を作品世界の主人公にしためちゃくちゃさよりはマシかな?というわけで次の文を読み始める。

   ─────

「うム、反省しタナ!」

「元よりこやつらも何度も殺されておるのじゃ、反省するしない以前に目が死んでおる。」

その女神の言葉に、許可を取らず顔を上げた者の頭上に、追加の氷壊を落として初代星姫は嗤う。

「頭が高イ。」

「ひいいワガハイより魔王してるのじゃ。」

きゅいい、チュイイィ!

作業の方を見ると、プロペラシャフトの加工が進んでいる。

「ふっふっふ。」

「まさか、このために再現度の高いお船の模型をいくつも組み立てていたとはの。」

舞ちゃん2のきれいな銀髪をわしゃわしゃ撫でていると、肩に乗せていた、元スマートフォンの人形が声を上げる。

「ぴぴぴぴ、メリージェーン隊の座標特定が完了しました、女神、勇者の光剣許可を。」

「さすがクルルガンナ星人ほしひとの探索技術じゃの。」

「そもそも命球の中の太陽系第三惑星人を識別出来たんだから、命球の外に出ちゃったあの子達を見つけるくらい朝飯前よ。」

「んむ。許可しよう、トモ、ダリア、モモ!ヤリラ ルーマの発動を承認!」

しゅううう。

刹那トラッカーで構成された、青い情報体だった3人が、三等素材を形代に実体を伴い再生される。

「久しぶりに受肉したかと思ったら、三等素材じゃんこれ。」

「もしかしてヤリラ ルーマ撃ったらこの身体崩れるんじゃない?」

「あーん久しぶりにおいしーものを生の身体で食べたかったのにー。」

くちぐちにぶーぶー言う3人へ、お盆へ載せたお団子とお茶を渡す。

「はいはい5分あげるから、食べたら撃ってね。」

「せっかくなら洋菓子も出しなさいよ。」

「わたしシュークリームがいいー。」

「なんでも頼んでいいの?エクレアたべたーい!」

技術者の太陽系第三惑星人、作業を行うクルルガンナ星人ほしひとの、恨めしそうな視線の中、3人は山盛りになったスイーツを胃袋に詰め込んでゆく。

「はいはいあんた達もおいしいご飯出るんだから寄るな寄るな。」

「もーたまんない!カロリーの暴力!何回だって撃てちゃうよぉ〜!」

「あ、べふこ、新しいお手紙、リぺさんと書いたから。」

モモちゃんからお手紙を受け取って、腰のポケットから小箱を取り出す。

たっ。

小箱の側面を左手の親指と人差し指で挟み、右手首に当てて、中箱をスライドさせる。

そ。かしゃかしゃ。

右手で小箱全体を持ち、左手親指人差し指で中の無数の木軸の一本を摘む。

か、か、しゅぼ。

小箱の側面に木軸の先端をぶつけ、擦り付け、火を起こす。

「届け!」

しゅ、ぼおおお。

手紙の端に火を当てて、燃焼させる。

「時の彼方のリラちゃんに!」

モモ・クルルテラが時の彼方へ旅立ったパートナーの名前を叫ぶ!

()の半身、ゲンザンと娘アセデリラ・アルマコリエンデへ!」

   ─────

ぱりぱりぽりぽり!

おつまみパスタを口へ運ぶ手が止まらない!

「あなた」はこの手紙の文面に載っている人物たちは「ダリア─太陽系第三惑星人戦記─」の登場人物である事はわかっていた!口調や一人称からも判別できた!

だが!

一人称が「()」である登場人物は恐らくいない!

ぽりぽりぽり、ごくん!

もう一本のおつまみパスタを飲み込んで、「あなた」は空を仰ぐ。

整理をする。

焼かれた世界で作者おおとろべふこ、女神ロータス2は、以下登場人物たちと何かを作っている。

プロペラシャフトという言葉に、お船の模型という言葉から、何らかの船を造っているのだろう。

そして、時の彼方へ旅立って、第十三次元人により作品自体が焼かれ、この時間軸の命球に帰って来ることが不可能となった星姫アセデリラ・アルマコリエンデへ、彼女のパートナー、モモ・クルルテラが手紙を書いた。

受け取った作者おおとろべふこは手紙を燃やした。

「届け!」そうべふこは言った。

モモはそれに続けた。

問題は次。

()の半身、娘」と3人目の人物は言った。

彼女はどう考えても、勇者ゲンザンの妻であり、星姫アセデリラ・アルマコリエンデの母親、先代星姫だ。

しかし

彼女はクルルガンナ解放戦の開戦時、主戦派の手による奇襲、対惑星文明兵器ナラシンハの生体指向性誘導弾で絶命している。

謎が多過ぎる。


A、ページをめくる。


第九次元人の「あなた」へ。⑨星姫奪還作戦 了


次回予告!

焼かれた世界といずれ焼かれる世界、それぞれの時間が進行する中、「あなた」は退院し、パートナーたちと共に旅行へ向かう!

第九次元人の「あなた」へ。⑩命球帰還は、満天星空ツーリング!へ続く!

己は、ゲンザンにも会いたい。


「みんなごきげんよー。早速だけどいい?リラ、ロラ。あなたたちのいる世界は、失われた可能性であり、あなたたちが戦っていた時点でもう崩壊していたの。」


手紙の一行目を読み上げて、ため息をつく。


「はぁ、これくらい理解していましたわ。」

「それ故お前と私は殺し合ったのだ。」

妹となったかつての自分に向かって両肩をすくめ、続きを読む。

「どーせ、いちいちゆわれらんでもわかっとるわーい!って思ってんでしょ。ぷふっ!」

「こら、笑うな。続きを読め。」

そう言うものの、妹も笑いを堪えている。

「いい?今この世界はさらに上の存在から、破綻を与えられたの。かつて命球へ帰還したあなたたちを描写した後で、破綻が起きた。それでもう一度、あなたたちはその崩れたラプリマに足止めされてるの。」

かちゃかちゃ。

うにょうにょとした、半透明の紫色をした無数の触腕がお皿の上にフォークとナイフを乗せて這いずってくる。

アルセロラがそれを受け取るのを見てから、視線を手紙へ戻す。

「前の手紙に伝えた通り、ゲンザンさんの電磁崩壊式分離は成功してると思う。」

「うむ、父上は並列した駆動試験にも対応した。」

「わたくしが手紙を読んでいますが、お返事されても向こうには伝わっていませんわよ。」

「こういうものは気分だ。お茶が入ったぞ姉上。」

ず、ず。

一礼してカップを受け取り、一口啜る。

ぱ、き。

触腕の持ち上げたお皿に乗っている穀類固め焼きをつまみ、齧る。

さまざまな穀類の種子を軽く炙り、砕いたものが大地の恵みを文字通り、折り重なった香りと脂の協奏曲を口の中で奏でる。

ん、く。

飲み込み、続きを読む。

「わたしが連れて来たヒーローは、ぜネロジオも編み出して、ヤリラ ルーマを超えた光の剣すら扱った。エルベラノの戦いではダリアの転写模倣体を打ち破ったの。あなたたちも修行とか新しい技に戦術作らないと、追い越されちゃうわよ。」

「ふん、ただ強いだけでは足りるまい。」

「それはそうですけど、ダリアさんのカゲを倒されたくらいで、そんなに大きい顔をされますと、先輩としては─。

「─シメたくなるな。」

がっ。

姉が妹と拳の裏をぶつけ合い、頷き合う。

ロータス綜合学園生は、クルルガンナ星人ほしひとの姫と太陽系第三惑星人勇者の娘は、基本的に血の気が多い。

「あとは、先の第十三次元人とは別の次元人も現れた。こっちは新しいヒーロー、つまり第九次元人のナイン・エルナにヤラれちゃったから、今は青春真っ盛り、恋する女の子よ。それで、恋愛って聞いたらさみしーでしょアセデリラ。ぐ、ぐぬぬ。」

「くくく。」

「はああ!?目の前で妹がイチャイチャしててもわたくしは寂しくありませんわよ!」

バリバリバリ!

思わずお皿の上の穀類固め焼きを複数枚掴み、奥歯で噛み砕く。

「なら代わりに読んでやろう。リラちゃんへ、モモ・クルルテラと、まだ己の名前は明かせぬ。がいっしょにかいたんだよー。手紙に心を込めて、たましいとかんじょうをこめるやりかた、リペさんに教えてもらったの。これモモ、()の名前を出してしまっておる。これではゲンザンのびっくりする顔を見れぬではないか。あ、よくないよくない、どーやってけすのこれ?」

くぉぉぉぉぉん。

お酒の飲めるお料理のお店、「レジーナ」の地下ウサギハンガー、その加工作業台に吊り下げる形で設置していたふたつのウサギコアは、それぞれが震えて、地下空間自体を振動させる。

「「リコ─。」」

「「─ペルシカ。」」

2つに分けられて整備されている父が、声を震わせてその名前を喚ぶ。つまり。

「わたくしたちの。」

「母上。」

かつてクルルガンナ解放戦で、その初期に死亡した、母親。

さらに、声を出してふたりで読む。

「あーあー、んふんふ。書き直す余裕が無いからこのまま送るけど、とーぜんゲンザンさんにはわかっちゃうよね。じゃあアセデリラ、アルセロラ、ゲンザン、エプリシア、フリギロア。」


一呼吸置く。

「よく聞いて。」


作業台に座って足をぶらぶらさせていたフリギロアと、触腕の下半身に上半身メイド服のエプリシアが、名前を呼ばれ、星姫ふたりを注視する。

「元々は銀河恐竜ベヌ ナ ラ ベンターと対峙するためだった、ゲンザンの改造を行うよ!」


ばさささっ!


読み上げた声を合図に、作業台に無数の紙束が落ちてくる。

しいいい。

まだ端に燃えた跡がある。


「因果の書き換え実績のあるあなたたちだけが、この焼かれた世界で起きるこれからの戦いで、計算不可変数になるの!」

しゅるり。

紙束の一つに巻かれた紐が解け、独特の丸みを帯びた手書き文字が、荒々しく速記した注釈と共に図面を描き出す。

それを手に取り、見ながら口を開く。

「つまり、我らは父上の新しい機体を組み上げると。」

「はあ、確かにわたくしはモモさんの身体組織を構成した時に、対惑星文明兵器の機構を組み込みましたけど。」

ぱさ。

設計図の上に新たな紙束が被さり、同一の機構ふたつに、それぞれ別の意匠が添えられている。

「いい?今わたしもゲンザンのコア、動力ラインのデザインを勉強してるけど、せっかくだから外装はあなた達がデザインしたらいいわ。」

「それはつまりだな。」

「ええ、丸投げされたという事ですわ。」

2人でため息をつくと、フリギロアが手紙の続きを読む。

「別に、立方体の箱を被せてもいいんだよ?お父さんの魂にただの箱を被せてその上に座るの。勇者と星姫のふたご娘、銀河を駆けるふたつの流星が、実はただの箱に座ってました!一周回ってかっこいいかもね!わたしは爆笑してあげる。」

「何だと。」

「はぁァア!?」

「痛い痛い痛い読んだだけじゃんかー!」

2人でフリギロアのほっぺをつねっていると。

「このボンクラども、カレーが出来ましたよ。」

下半身が無数の触腕で構成されたメイドが、触腕の先がのたうち回るカレーを運んで来る。

「またタコー!」

「タコと言うより、そのままエプリシアの脚ですわね。」

「今日も妻の脚を踊り食いか…。」

「文句を言うならお預けですよ。」

びしっ!

アセデリラ以下全員が姿勢を正して軍礼を行う。

「わたくし達は今日も!」

「エプリシア・ルルメンタ・ブリンダの生命をいただいて!

「生きながらえます!」

ふぅ、とエプリシアはため息をついて。

「おあがんなさい。」

かちゃかちゃ。

3人それぞれがスプーンとフォークを持ち、うねる触腕と格闘を始める。

ざざ、ざ。

作業台に置かれたラジオがノイズを拾う。

ね、え、ゆ、めの─。

ここは、星姫アセデリラ・アルマコリエンデが、果てしない時の果て、選ばれず消えた可能性の世界。元々は存在しなかった、数十年後に生まれるはずだった彼女が辿り着いたことで過去と未来が確定し、そこで生きた複数の魂を持ち帰ったことで矛盾が生まれ、崩れた世界。

しかし、崩れたとはいえ、そこに存在していた知性体の残した息遣いは、消えてはいない。

太陽系第三惑星人の春都市ラプリマのダクトロ、アウタナ・セリフラウは元来都市に据え付けられた女神の拡声器である。その一部は崩れた世界において、「世界の構成要素を奪い時の此方へ戻った」アセデリラ達が第十三次元人の手により「帰還出来なかった」と修正され、再び戻ってきたという更なる矛盾により、再びその枝葉がラジオとして、再生したものである。

「みなさまみなさまごきげんよう♪今日もお昼のお時間です♪らら、らーらー♪」

軽快にラジオが歌い出し、過去にラプリマで流行った愛の歌を歌う。

「ふふ。」

「どうした姉上。」

「いえ、この世界のアウタナ2はわたくしのフラウとは別の存在ですが、この歌声を聞くと安心しますの。」

「お褒めいただいてー♪光栄ですー♪このアウタナ・セリフラウ2はー♪」

「浮気者め。」

「そう言えばドリル様は─。」

主人であるアルセロラの口を拭きつつエプリシアが口を開く。

「天下無敵のぜネロジオをあの苗木に組み込んで、モモ様を造られたのでしょう?」

エプリシアは紙束の一つを広げる。

「そこのラジオを、モモ様のように。」

クルルガンナ星人ほしひとの技術を太陽系第三惑星人のそれと組み合わせた、魂の加工工学の結晶、対惑星文明兵器モモ・クルルテラ。

「ええ。確かにわたくしは、あ、あー!」

思考が経絡したアセデリラはラジオに向かって身を乗り出す!

「アウタナ2、あなたもっと広い世界でその歌声を響かせてみませんこと?」

「らら、らー…はい?」

「ふふ、そのままのお姿も可愛らしいのですけど、わたくし少し、工作に自信がありますの。」

「はあ…まあ、好きに移動して歌えるのは興味がありますが。」

「ええ、ええ!広い世界を共に!」

「それでは、ご提案をお受け致します。このアウタナ・セリフラウ2は。」

「行きますわよ。」

ちゅいいいい!

言うが早いかラジオの外装を外し鉱石を研磨し始めた姉を見て、アルセロラが呟く。

「やはり姉上は浮気者ではないか?」

「それが浮気とは、多少違うようです。」

エプリシアの目線の先、アセデリラは手紙に挟まれていた琥珀を、ラジオ自体に込められていた魂と共振させる。

じ、じじ、じ。

「ご主人様♡」

ラジオのアウタナ・セリフラウ2のスピーカーを通じて、焼かれた世界の、喪われたアウタナ・セリフラウの声がする。

「ええ、フラウ。聞こえていますわよ。」

「誰ですかこのうわついた声は。」

ラジオ本来の声が、同じ本体から出力される音声に不快感を露わにする。

「ふふ、お気付きなのでしょう?」

「作者からの手紙にはこうあったのだ。「あなた達登場人物の名前に花、草木、地名を当てたのは─。」

「焼かれても、枯れても、それが例え、破綻させられても。」

「ええ、花は種を残し、己自身があまりの熱に燃やされても、」

「そうだな、樹脂により、琥珀として魂を。」

そう、保存する。

焼かれ手折られ切り刻まれても。

その情報は、時を超えて残り続ける。

作者おおとろべふこは、二次元作品世界で女神に「魂は不滅」と定義させた。

命球。天の川銀河その中心天体は、そのあまりにもの質量で歪ませた空間で繋ぎ止めた、無数の星達を飲み込み、熱と光に変えて圧縮し、記録する。

あらゆる熱を、魂を。

「あなた」、ナイン・エルナの戦いで描かれたように、ラプリマの、クルルガンナ地域の模倣植栽は、全てが針葉樹林の特性を持たされている。

不滅の魂を、同じく記録された熱で再現した樹脂で覆い、願いのルリローで包み、琥珀とする。

しゅいいい。

琥珀から青い線が無数に走り、星姫の手元に作りおかれた二体の人形のうち、片方を包む。

「刹那トラッカーか、ふざけた名前だ。」

「ふふ、そうですわね。そして─。」

ラジオの鉱石振動を与えられた方の人形は、手足をぱたぱたと動かし。

「そうか、アウタナ2は拡声器の姿しか持たないから、身体という概念を持たないのか。」

「個体の肉体情報を伝えます。このアウタナ・セリフラウが。らー♪」

刹那トラッカーを受けた方の人形が軽やかに立ち上がり、一礼をしてからルリローを編む。

「まさか、同型機として共通の規格を与えられたとは。」

鉱石の方が、口を開く。

「本日もごきげんうるわしゅう、私。」

刹那の方が、声をかける。

「はい、本日もお日柄が良く、私。そして私は私ですので、名前を変えましょう私。」

刹那の手を取り立ち上がった鉱石の方がそう返事をして。

「そうですね私、ではご主人様。」

刹那の方が、アセデリラの方を見て微笑む。

「そうですわね…では。」

「君には、私と共に駆けて欲しい。」

アルセロラが鉱石の方へ声をかけて、手を差し伸べる。

「あら、エプリシアがいますのに。浮気者ですわね?」

「私がお前なのだから、当然だろう。」

そして、手のひらに乗った方の人形を目線の高さまで抱き上げて。

「君はこの世界に残された、私の半身であり、この世界のひとびとの残した心だ。」

「はい。」

「君の名前を、ラ カルダ スタナ デ ラ カラ、ラ アーラと名付けたい、ディスガス─。」

「わかりました。お受けいたします。このラ アーラ セリフラウは─ニン。」

手のひらの自律人形と口付けを交わす。

「ご主人様、私も新しい名前を付けてもらいたく思います。このアウタナ・セリフラウは。」

「ふふ、仕方ありませんわね。」

手のひらに、かつての愛しいパートナーの記憶と魂を宿した自律人形を乗せる。

「光の速さに追い付いたわたくしを追って、ここまで辿り着いたフラウには─。」

「はい、がんばりました、」

「セ ラ ルムラピデカ、ラ ルーコと。さあフラウ。」

「ふふ、新しい名前をお付け頂いても、その名前で呼んで頂けるのですね。ディスガス─。」

「─ニン。」

手のひらほどの人形と、口付けを交わす。

元々はただの拡声器だったそれ、セリフラウはヒトの姿となり、恋を知り、破綻を受けて琥珀となり、そして人形の姿へと作り替えられた。

2人の星姫に、2人の人形。

そして

「「ああ、」

「「わかっているよ。」」

かつて、作者により女神として天の川銀河中心天体に送られた女子高生、蓮坂舞。彼女の両親は既に彼女と同じ病により死去し、その魂はそこへ引き寄せられていた。その2人分の魂を回収し、天体内に再現した領域の中で合一、勇者ゲンザンとして生まれさせた。

その彼はクルルガンナ解放戦にて120億993万42人の命を奪い、同数の地球質量を与えられ光崩壊を起こし鉄と、UltraSuperGiganticとなった。その彼を、再びふたつに分割し、新たなマシーンの核とする。

「お父様のお名前はどうしますの?」

「父上の名前はゲンザンなのだから、ゲンとザンで良いのではないか?」

「そうですわね…左と右に分けましたしヒダリとミギでよろしくありません?」

「「君たち…。」」

「「もう少しかっこいいのをだね。」」

「お父様は確かに地球人としての意識があられますので、地球人としてのセンスでそうお思いになられるかも知れませんが。」

「ああ、太陽系第三惑星人にとっては、来歴を表すとても誇らしい名前だ。」

「「そういう。」」

「「ものなのかな…。」」

「ええ!ではヒダリゲンと。」

「ミギザンだな。」

「「ちょっと。」」

「「待って。」」

「あらご不満がおありですの?」

「左の剣で右を斬る。いい名前だと思うのだが。」

「「そういう意味だったのか。」」

「「なら話は変わるね。少し時間が欲しい。」」

「お父様の新しいお名前ですので、どうぞ。」

「そうだな。待っている間、少しお茶にしよう。」

うにゅうにゅ。

その言葉を待っていたかのように、下半身が無数の触腕で構成されるメイドがティーポットとカップを運んで来る。

「アルセロラ様はけっきょく、デコドリル様の記憶と経験は、どの辺りまで同期されているのですか?」

「あなたね…。」

眉間に皺を寄せたアセデリラの口へおつまみ触腕を放り込み、エプリシアはお茶を注ぐ。

「姉上がこの世界の過去と未来を確定した際に、ほぼ完全に同期された。」

「つまり、光を越えられるのですね。」

「もぐもぐ、そういう事になりますわね。」

「元々は同じ存在だったものが、同一空間内に存在する矛盾を解消するため、双子の姉妹という扱いになったのだ。髪型以外は同じだ。」

「するめちょーだーい。」

フリギロアが、渡されたおつまみ触腕にかぶり付く。

「それでは、お父上を分割して作る新しいウサギは、同一という事になるのですか?」

「外装はともかく、コアの出力などは同等になりますわね。」

「そこでこの手紙だ。」

「あぐあぐ、どういうこと?」

ばさ。

アルセロラが図面を広げる。

「気密性を保った機構、つまり父上の魂に外郭を取り付け、または生やし、魂が永遠に光崩壊と圧縮を続ける力を出力する。」

「よくわかんないよー。」

「ふふ、こちらは電磁発振駆動装置と名付けて仮組と駆動試験を行いましたの。」

「ながーい!」

「そこで、縮めてデンパツと呼ぶことを決めました。このラ アーラ─。」「ラ ルーコ─」

「「─セリフラウは。」」

「でんぱつ…2人ともおんなじ名前なの?」

「まさか!わたくしの方は電磁発振駆動装置・螺旋式と。」

「私は電磁発振駆動装置・断絶貫通槍だ。」

「名前長いって!なんでこんな長いの!」

「それはだな…。」

「カッコいいからですわ!」

「うむ。カッコいいのは気分が上がる。」

「そんな理由なの!?」

「ちなみにわたくしの方のお父様は、スピラ ペルマネンタとしましたわ。」

「父上の事は、トレ ラ ルロレピアとした。」

「やっぱり長いよ!」

「まあ普通は。」

「父上だ。」

「お父様ですわね。」

きゅいいいい!

作業台に設置されたふたつのコアが回転する。

「わあ、びっくりした!」

「「君たち…。」」

「「その名前でよくないか?」」

「それはそうですわね、ただ戦闘の最中に。」

「ペルマネンタやルロレピアと呼ぶと舌を噛むでしょう。」

「ですからヒダリゲンと。」

「ミギザンだ。」

「「くうううう!」」

「「んんーん!!!」」

唸りを上げてただ回転するふたつのコアをよそに、アセデリラとアルセロラは「あなた」の方を向く。


「それでは第九次元人のナイン・エルナさま。」

「我らが帰還を果たせば、ぜひ手合わせをしよう。」

   ─────

「あなた」は手紙の中から向けられた2人の視線に対し、思わず目を閉じる。

手紙として綴られた文字の中だけの、焼かれた世界に存在するはずの星姫ふたりが、新たに書かれた世界の、読者であり主人公でもある「あなた」を認識した。

彼女らは、主人公ナインとしてではなく、読者の「あなた」を認識した。

めちゃくちゃだ。

そもそも読者の「あなた」を作品の新主人公にするのもめちゃくちゃだ。

「すう。むにゃむにゅ。」

病室の「あなた」のベッドには、焼かれた世界から預けられた女の子、ガルデニアが寝息を立てている。思えば彼女を預けられて新しい世界に来たこともめちゃくちゃだ。

「たべものじゃ、ないです…てば。」

「あなた」に寄りかかるように、ふわふわした巻き髪の女の子が寝ぼけた目を擦っている。カランコエは「あなた」に恋をして、騎士と認められた。彼女はそこまでめちゃくちゃでは無いかも知れないが、食事のカロリー摂取の厳格さとその食べる量はまた、めちゃくちゃだ。

A、「んん。んー。」

背筋と首を反らして、肺に溜まった空気を吐く。病室はいつの間にか照明が落とされ、枕元に吊り下げられたカンテラの灯りが揺らめいている。

A、─「やっとこっちの世界へ帰ってきたね。」フィンネルが「あなた」の頬を撫でる。

B、「けど、まだこの手紙は読み終わってないんだ。」

そう、焼かれた世界の星姫ふたりと、彼女たち、特に妹に従う龍と気ままな方の龍、元ラプリマのダクトロアウタナ・セリフラウが別れたラ アーラとラ ルーコ。そして魂を2つに分けた父親、勇者ゲンザン。彼女たちのその先を知りたい。

B、─「軽いお夜食はいかがでしょう?」ナナカマドが、焼き固めた穀類のビスケットを袋ごと差し出す。ありがとうと言って何枚かもらい、ぱりぽりと齧る。煮詰めて焦がした、カラメル状の砂糖が塗られていて、少しの罪悪感と背徳的な幸福を口腔と鼻腔、味覚と嗅覚、そして空腹を訴え始めた胃袋を満たす。

C、「それじゃあ、続きを読むね。」

C、─手紙の既読箇所を示す赤いポインターに目を通す。

   ─────

「お父様には、クルルガンナ解放戦で奪った無数の命、」

「その数だけの太陽系第三惑星の質量を与えられ、光崩壊させられた。」

「そして現れた鉄の塊に、その熱量と全ての矛盾を封じ込め、」

「有限ではあるだろうが、私たちの生きる間くらいは無限の熱量。」

「電磁発振駆動装置・螺旋式。」

「電磁発振駆動装置断絶貫通槍。」


かつーん。

か、かつーん。

かつて、女神の見ている前で勇者となる前のゲンザンが、師である駆騎士キミタケに歩法から呼吸法を教わっていたそこで。

かつて、クルルガンナの当代星姫リコペルシカが、胸に生まれた小さなさざめきを聞きながら、勇者ゲンザンの横顔を見つめたそこで。

かつて、クルルガンナ星人ほしひとの仕掛けた絶滅戦争、その嚆矢(こうし)となった虐殺を生き延びた者たちが息を潜め、刃を研いだそこで。

かつて、絶滅戦争のあと、希望を持った騎士隊ワイルドハントのめいめいが、夢と恋を語り合い、青春の輝きを灯したそこで。

かつて、準勇者ダリア・アジョアズレスが友だったユイ イーバィエ リルスの変化した鉄の塊を磨き続けたそこで。

かつて、レジーナ・レッドジーンがパートナーであるダリア・アジョアズレスを喪ったあと、その遺伝、魂の情報を転写模倣された赤子を抱きしめ、子守唄を歌ったそこで。

かつて、世界が焼かれて破綻がもたらされる前、騎士隊ダンサンカ ブーケが響き合ったそこで。

しゅいいいい。

魂の鉄化が行われ、さらにふたつに分けられた鉄の塊、電磁発振駆動装置と名付けられたふたつの鉄塊が、振動する。

地球の寸法で64インチ相当だったそれらは、さらに爆縮されてわずか14インチまで絞り込まれ、

きゅああああ。


浮遊していた。


しゃりいいいい。

そのうちの片方が振動し、音声を出力する。

「「ぼくはアセデリラを背負おう。」」

そのもう片方が、返事をするように振動する。

「「ならオレはアルセロラだ。」」

かしゅ、ちゅいい、

アセデリラとアルセロラはそれぞれのコアに車体のシルエットとなるフレームを取り付ける。

クルルガンナの星姫として、いちから対惑星文明兵器モモ・クルルテラを組み上げた経験を持つアセデリラと、その経歴を過去から確定されたアルセロラは、父親の魂が変質したそのコアへ、同じく分割した魂、鉄の塊を練り、剛性を持たせたそれを、はめ合わせる。

「お父さんの魂を加工するだけなら、最初からそのまま形にしたらいいんじゃないの?」

フリギロアが作業台に座り、足をぶらぶらとさせて聞く。

「それは、確かにそのご指摘の通りですわ。」

「ただな、これは─。」

姉からラチェットハンドルを受け取り、延長芯を取り付けたT字型のボックスレンチを渡し、アルセロラが続ける。

「ロマンだ。」

「ロマンですわね。」

「わざわざ機械油まで再現して、作業服と手と顔を真っ黒にするのがロマンなの?」

棒付きの丸いキャンディを舐めながら、興味のない顔でフリギロアは質問をする。ふたりがただカウルやパーツのデザインをしたり、手紙に文字のみで表記された、デザインのヒントとなる太陽系第三惑星地球の原生動物を再現した模型くらいしか、この作業スペースでの娯楽は無かったからだ。

「ええ。」

「ロマンだ。」

きゅ、きゅ。

次にアルセロラが、アセデリラから受け取ったレンチで、ウイング型の排気管を取り付ける。

「その管も、ゲンザンさんの動力で考えたら必要ないんでしょ?それもロマンなの?」

「そうだ。」

「ロマンですわ。」

自分の背中から生えた翅の一枚にキャンディの棒を突き刺し、別に刺していたエプリシアの触腕酢締めにかぶりつく。

「ふーん。ヒト種ってそんなことを、あの青い星に生まれた頃から、この命球に来てまでやるんだね。」

「ええ、わたくし達は、これまでも。」

「これからも、こうやって生きてゆく。」

命球に再現された、地球の大気と似通った大気組成の岩石惑星環境、そこで地球生命種の因子を組み込まれ生まれた広翅目の龍、へびとんぼのフリギロアは、再度固定と締め付けの確認を行う姉妹を見ながら、炭酸飲料を口にする。

すす、きゅ、きっ、こ、きっ。

油をよく吸うように織り重ねた布でおおまかに拭い、次に先のものより細かなもので大部分を拭き取り、細かな目のもので丁寧に磨いてゆく。

「そこまでやるの?これからの道のりで、どうせ汚れるでしょ?」

「それは、そうですわね。ただ─。」

「せっかく乗るのだから、納得行くまで、最高に気持ちのいい状態に仕上げたい。」

父の魂が変化した鉄、合金、軽金属を磨く。

鍛造したホイールへシリコーンペーストを塗布し、いわゆるタイヤ部分を2人で分担して嵌め込む。

「うーん、このおもちゃとやってること似てるの?」

「そこ、行きますわよ。ふう、まあその通りですわね。」

「よし、裏もだ。そうだ、基本的にそのおもちゃと同じだ。」

かちゃかちゃ。

フリギロアは知恵の輪と総称される、木製の2つの立体的なパズルを両手で触る。アセデリラとアルセロラは両腕でタイヤ部とホイール部を抱えて、パズルのように組み合わせ、そしてズレが無いか確認をし、はみ出たペーストを拭き取る。

「さあ、行きますわよ。」

「来い。」

ぴしっ。しいいい、しゅこおおおお。

年代物と思われる、相当使い込まれたであろうコンプレッサーの動力が音を立て、しなやかで細長い管から詰まった埃を吐き出す。

一度止めて、つまりトリガーから指を離してバルブ部に差し込む。

きゅ、しゅこおおお。

たわんだ管をしならせて空気が通り、タイヤが膨らんでゆく。

「ロマンってのはわかったけどさー、ゲンザンさんの推力だけで飛ばすのに。早くおうちへ帰りたくないの?」

「わたくし達が帰還と合流を果たすと言うことは、この焼かれた世界(バーントアンバー)にて、クエーサーズもまた、活動を再開すると言うことですわ。」

「つまりだ。この機体は命球の大地を駆ける必要がある。」

前工程で型抜きし、旋盤で磨いていたブレーキのディスクを本体側と噛ませ、軸、アスクルシャフトを通す。

「すご、かっこいいね!」

「「そうだろう?これが。」」

「「ロマンってやつだ。」」

大人しくしていた父が、それぞれ声を上げる。

「ふふ、これでフリギロアにも。」

「ロマンが理解出来たようだな。」

きゅるる、きゅ、きゅ。

手回しでタイヤを回し、左右に分割したハンドルそれぞれの効き具合を確認する。

「ゲンザンさんだけだとしょーじき何かわからなかったけど、ここまで来たらかっこいいね!」

「ふふふ、これからがカッコいいのですわ。」

「お前は姉上の機体に乗るのだ。相応しい見た目を考えておけ。」

かち、ぐ、ぐ。

ちゃきき、かちちちち。

軽く締めて、ハンドル付きのレンチを回し、本締めをする。

ぱし、ぱし、く、ぐ。

タイヤを駆動させる鎖部を指で弾いて適切な張り具合かを確認し、もう一度ブレーキの握り具合を確認する。

「けっこー長くなるんでしょ?休憩とかどうするの?」

「ええ、しゃーぬれー?の動きから…どう計算するんでしたっけ。あれをこうして…。」

「姉上…我らには、誘引者(グレートアトラクター)やその上位構造体、その被誘引体の持つ重力と影響を計算して走るだけの余裕が無い。」

「じゃーどーするの?」

「これなら言えますわ!─かつて、数多の惑星文明を根絶してきたクルルガンナが、取るに足らない太陽系第三惑星人に敗北した理由。」

「詰まるところ、UltraSuperGiganticの存在だ。準勇者ダリア・アジョアズレスの駆ったシクローナ、つまり騎士隊サイクロン筆頭騎士のユイ イーバィエ リルスはかつて女神に叛乱を行った際、6名の命を奪い、邯鄲の柱となった。」

「耳にエプリシアが生えるくらい聞いたよー。シクローナの惑星質量は本人含めて7なんでしょー。」

しゅいいい。

中空に静止して配管を取り付けられていた、左右ふたつの電磁発振駆動装置、つまり勇者ゲンザンの分割した魂が、静かに回転する。

「泣いてる、の?。」

「お父様は勇者として、クルルガンナ星人ほしひと120億と数千万人、」

「そして開戦当初、死の淵にあった母と、未だ見ぬ、胎の中の姉上を殺害し」

「「そう、その罪を罪として。」」

「「ウサギとなった。」」

その言葉の間にも、車体へシート、ライトや外装が組み付けられてゆく。

かちゃ、きゅいい、きゅっ。

操作に合わせてライトが点灯し、前後のタイヤが回転し、そしてブレーキパッドが一軸を回転体の動きを止める。

うにゅうにゅ。

暗い物陰から、下半身が無数の触腕で構成されたメイド、エプリシアが這い寄って来る。

「自切食も仕上がりましたよボンクラ共。」

「うむ。では姉上。」

「ええ。エプリシアの口が悪い事だけは気になりますけど。」

ひと呼吸置いて、

「はあっ!」

「しゅっ!」

アセデリラ・アルマコリエンデは物語序盤で既に、瞬間的な着替えを既に体得している。

その経験を確定されたアルセロラもまた、瞬間的な着替えを体得した事になる。

ロータス綜合学園、制服のカラーリングを基調とする、ぴっちりとしたスーツ。首元のシールドに、それぞれラ アーラとラ ルーコが収まる。

「ヘルメットも被るんだよねー?」

「ええ、装着しますわ。」

「そのふわふわドリルはどうするのー?」

フリギロアの頭を撫で、アセデリラは答える。

「見てのお楽しみですわ。」

「答えになってないよー!」

「姉上も私のようにカットするのはどうだ?」

「それも魅力的ではありますけれど。」

軽薄なまでのクルルガンナ星人ほしひと由来の金髪ドリルを、ふわっとかきあげて。

「とにかく出発しますわ!主人公の座をかけて!」

「よし待っていろナイン・エルナ。当然だが、シメてやる。」

   ─────

一度、「あなた」は手紙から顔を離す。

やはり、このふたりの星姫に「あなた」は認識されている。目が合って、指を鼻先に突き付けられた感じがする。


「んん、すう。」


膝の上でガルデニアが寝息を立てる。

見回すと、フィンネルとナナカマドもカランコエの隣で寝ている。

そろそろ寝なければ。

A、寝る。睡眠は大事だ。

B、続きを読む。これ以上先延ばしにはできない。


A、─「あなた」は、両目を閉じてパートナーたちに覆い被さるように寝る。

「んん、ナイン。」フィンネルが、寝ぼけながら「あなた」の肩に手を置いて、柔らかな唇を押し付ける。

思考を止めて、フィンネルの甘えるような身体を抱きしめる。「んい、んん。」ガルデニアが身じろぎをする。彼女たちの寝息に合わせて、ゆっくりと呼吸をする。「すうう、ふうう。」首を、背中を反らして深く息を吸って、吐く。意識が、落ちる─。

ばくううん。

心臓の音が聞こえる。

どぐん、どぐん。

深い、押し潰されそうなほどの鼓動が聞こえる。

ざあああ。

びだ、びだ。

滝のような、まとわりつく粘液のような、雨。

ここは、あの場所だ。

そして、流れる雨の隙間から、「それ」に絡め取られ、食い殺される姿が見える。

膝を落とし、濁流のような雨水と、溶けるような土を掬い、顔面や腕、肩に塗り込む。

声を上げず、這いつくばり、土を流れる雨水に逆らい移動する。

3度目。この世界に「接続」した瞬間に理解出来た。先程喰われたのは、前回「あなた」の意識が乗り移っていた個体だ。

つまり、ダリア作品世界で経過した時間は、この世界での一瞬にも満たない。

ずず、ずる。

鼻らしき感覚器官に雨水と泥の混合液が入り、「あなた」は呼吸器と腹部に当たる器官に力を込め、呼吸を止めて流入を防ぐ。

余りにも惨めで、苦しい。

それでも、この粘液性の雨と泥の中を這い、生きる目的がある。

この世界に繰り返し「接続」する理由を、突き止める必要がある。

捕食者は、「それ」だ。

しかし、指示を出す個体が存在する。

前回の「接続」で「やれ。」と告げたもの。

流水に対して、片目を閉じる。

しかし

片目を閉じる感触が、重なっている。

ゆっくりと、手のような器官で瞼のある箇所を触る。

瞼がひとつ、ふたつ、

みっつ、ある。

片目、つまり第四次元人、地球に生息するヒト型の直立二足歩行生命体は、主に左右ひとつずつ、一対の目を頭部の前面に持つ。


「少し違うよ、ナイン。」


「あなた」の心に、フィンネルの意識が語りかける。驚く必要は無い。「あなた」は既に、いずれかの上位の次元人であるその存在、作中の二次元世界では少女のかたちを取った存在と、唇を、魂の情報を交わした。「あなた」が無意識の夢という形でこの上位次元へ「接続」し、意識を持って夢の中の肉体を自在に操作しているのなら─。


「きみが以前話していた夢の世界に興味が湧いてね。君とその、おやすみのキスをした時に心の繋がりを強くしていたんだ。」


ろおおおん、めしゃめり、ずるる。

びだびだと降る粘着性の雨の中、また「それ」に生きながら喰われる同族の悲鳴が水を伝わる。

ぶぐるうう。

「あなた」は流れる雨水と泥の濁流の中を、もがくように動く。


「そんなに驚くことは無いさ。ぼくはもともと、急にデータの一つが赤くなって、少しして同じ階層に隠された新たな、先のものと同じデータが新しく書き込まれ始めたから、興味が湧いてその世界に介入し、きみと出会って、恋をしたんだ。」


フィンネルは濁った雨水を掻き分けて這う「あなた」の耳元で、囁くように詠う。


「きみの目と感触、きみの感じたものでのみ、きみが今いる世界を、ぼくは感じ取れる。」


A2、「どこへ、進めばいいと思う?」フィンネルに、「あなた」はそう意識で問いかける。

A2、─「そうだね。」目に見える全ては、雷により照らされる青黒い森。感じられるのは、粘液性の雨と、それが地表と混ざり合った濁流。

ぬぉろもおおお。

そして、今動かしている個体の、同族たちの生きながら喰らわれる、断末魔。


「ただ止まっていれば、助かる約束があるわけでもなく。」


両肩を泥の流れに逆らわせて、這う。


「そして、動き続ければ。」


濁流の流れが変わる。

目の前に、「それ」が立っているのが理解できる。

うもおろろるるる。

両肩とこめかみに、それの牙が喰らい付く。

肉と骨に神経を裂かれる激痛と共に、「あなた」の意識は途絶、え─。


B、「ぐう、っ!はぁっ、はーっ!」

夢の中の激痛が残る感覚に、息を荒らげる!酸素を求めて口を開く!

B、─「んん、ちゅう。」

フィンネルの柔らかな唇と抱擁が、「あなた」を包み。甘えるようにしがみつく「あなた」を受け入れる。


「ほーほーほー。抜け駆けですなー。」

ガルデニアの、面白がるような声。

「ナインと抱きしめあって寝るのは、交代制のはずですが!」

カランコエが「あなた」の手を引き寄せ、胸に抱く。

「よっぽど怖い夢をご覧になられたんですね。」

ナナカマドが「あなた」の頭を撫でる。

「脈拍と血圧が落ち着いて来ました。悪夢による一時的なものですね。」

アロエが「あなた」の手首に頭を付けて測定をしている。

A3、あたたかな声たちと感触に、ゆっくりと目を開く。


「まだだよ。」


フィンネルが、「あなた」の頭をもう一度捕まえる。

柔らかな胸の感触がある。


「あらあらあら?」

「な、ななななな、ナインを抱きしめるのも交代のはずです!」

「私にヒトサイズの肉体があれば!」

「ふー、むー?」


ナナカマドとカランコエ、アロエがフィンネルに敵意を見せる中、ガルデニアだけが違う反応をしている。


「フィンネルは、ナインの身に何かある事を、隠そうとしていますな?」

「さすが準ダクトロ、ご明察だね。」


A4、「いったい、何が─。」

A4、─「ぼくがもっと早く、きみの夢に於ける上位次元との「接続」を、切っていた方が良かったかも知れない。」

A5、「だから、いったい何が起こって─。」

A5、─「ガルデニア、カランコエ、ナナカマド。アロエ、そしてナイン─。」フィンネルは、子どもをあやす母親のように、「あなた」の背中を撫でながら、他の3人と妖精の名前を、ゆっくりと呼ぶ。


「君たちも、ナインとエンゲージをしているから、何が起きても、耐えて欲しい。このヒトとの、愛のために。」


沈黙の後、「あなた」は全員の頷く様子を感じ取る。


「うん。」


ゆっくりと、フィンネルが離れる。

「あなた」の視界が開ける。

何も、異常は感じない。


「ナイ、ン。」


ガルデニアの声が、震えている。


「あ、あ…。」


カランコエが、両膝を床に打ち付けて、ゆっくりと、「あなた」の方へ手を突いて、動く。


「こんな、こんな…。」


ナナカマドが、両手で顔を覆う。


「血圧、脈拍、心音、全て正常、です!けど、けど!」


アロエが、必死に「あなた」の胸に全身を当てて声を上げる!


「ナイン、きみはぼくと同じく、この作品世界を俯瞰し、介入する上位次元人だ。」


フィンネルが、「あなた」に─。


「つまり、きみの本体はこの世界で、ほんとうの傷、病、痛みで死ぬことは無い、痛みも本当にはフィードバックされない。あくまで、文章での描写になるよ。」


ポケットから手鏡を取り出し、


「恐らく、「接続」」した上位次元の世界で、あの獣に、」


見せる。


A6、「これ、は─!」

A6、─左目のあるべき、顔面の位置には。

「ナインー!」

「ナイン!」

「ナインさん!」

「ナイ、ユーザー!」

ガルデニア、カランコエ、ナナカマド、アロエが「あなた」の名前を叫び、抱き着く!


食い込んだ牙の傷痕だけが、付いていた。


A6、「ぐ、ぅ…あっ!」

A6、─「がまんしなくていいの!わたしが!「「私たちが!うけとめるから!」」

らー、らららら、らー、ららー♪

傷を認識した瞬間、眼球から脳髄にまで、錐で貫いて鑿で押し広げた痛みが襲って来た!

まるでこれは、女神の邯鄲の中で味わったいずれの、無数の死を重ねた痛み!ヒビ割れた頭骨と頬骨から、眼球から何らかの液体が溢れ出る!ガルデニアが、みんなが歌声とルリローで「あなた」の肉体組織への痛みを緩和させるものの、この痛みは、ナイン・エルナの魂を通じて読者である「あなた」の左目に疼きをもたらす!

「ナイン、ナインー!」

ガルデニアたちの泣き叫ぶ歌声が、「あなた」を包み─。

ぱ、さ。

その歌声の重なる、「あなた」の頭上から、一通の手紙が落ちて来た。

絶え間無い激痛と、いつこの世界との接点が途絶えるかわからない、この状態で─。


B1、手紙を読む。「あなた」は、極限の状況にあって、思考は清涼な感覚に包まれていた。


第九次元人の「あなた」へ。⑩命球帰還は、満天星空ツーリング!


B1、─それは、「あなた」がこのロータス綜合学園の医療棟に、この病室に入ってから繰り返していた行為。

この手紙は、焼かれた世界にひとり残り、世界の記述から登場人物に至るまでの全てを、新たに書くことを選択した作者、おおとろべふこが「あなた」に送った、時間圧縮を行う女神の邯鄲より上位の、時間さらに空間の操作を伴うものであることを、「あなた」は身を持って体験していた。

みんなが喉から、全身から、魂から歌声を絞り出すその中にあって、「あなた」はその手紙を読まなければならないという使命感を、確信として抱いていた。


   ─────

「やっほーナイン、ご機嫌いかが?」

作者おおとろべふこは、刹那トラッカーから再現したすべての太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひとの集い、協働して作業を行うエルヴィエルナの湖の、その湖面に浮かぶように立ち、「あなた」を見上げる。

「のうのうお主、はよう仕事の続きをせぬか。」

この焼かれた作品世界で、唯一「新しく作られた登場人物」ロータス ペンディエンテ2が彼女へ声を掛ける。

「いーとこ来たわね。」

「わわ、何をするのじゃ。」

ロータス2を捕まえて引き寄せ、べふこは再び「あなた」の目線に腕を、指先を向ける。

「あのあたり、そー、あのあたり、地球なら北極星のあるあたり、そーそーそこ、そこ見ててね。」

「む、むう。」

ロータス2を抱きしめたまま、べふこは「あなた」を見上げる。

「それじゃーナイン、今「あなた」に起きていることは、ある程度フィンネルが説明してくれた。夢の中で上位次元に接続して、そこで受けた傷が、二次元世界であるこのダリア─太陽系第三惑星人戦記─の文面上にフィードバックされてしまったこと、そしてその傷と目の疼きは─。」

作者おおとろべふこは、左目、向かって右側だけ首元まで伸ばした前髪をかきあげる。


B2、「どういう、こ、と─。」「あなた」は、声を上げる。

作者おおとろべふこの左目は、第九次元人ナイン・エルナ、読者である「あなた」のアバターとなる肉体、そこに穿たれた左目の穴と、同じものがあった。

B2、─「詳しくは省くけど、わたしも第十三次元人カヌメナーア、そのいち個体から数回目の接触を受けてから、左の目って存在じゃなく、ありかたじたいに穴が開いちゃってね。ちょっと話しすぎたかも、じかんない!いくよ。ヤ─、ガョイェヲン。」

バチ、ジイイイイ!

べふこは、もう一度瞼を開き、左腕でランサーを励起させ、目の、眼球のあるべき箇所へ差し込む。

B3、「ヤ─、ガョイェヲン。」バ、チチ、バチチチチ!!!「あなた」も、彼女の動きを模倣して、左腕でランサーを励起させ、

B3、─「ナインー!?」みんなが、先ほどまでとは別種の絶叫を挙げる中、

「うん、そう。どうせそこの穴は、何でも吸い込むから─。」べふこは、「あなた」の行動を予測して話を続ける。「いいよ。やっちゃって。」

B4、その言葉の通り、ランサーを差し込む。まばゆい光の煌めき、プラズマ化したはずの大気すら、目の穴は吸い込む。

B4、─「うん、ランサー入れたね。一度だけだから、見たらすぐに模倣して、だいじょうぶ、「あなた」ならできるよ。」

B5、「わかった。」手紙の中から「あなた」を見上げるべふこへ、言葉を返す。返事は届かなくとも、こういうのは気分が大事だ。

B5、─「廻れ廻れ、疾く奪え─。」

べふこの左腕を中心として、風、大気を構成するさまざまな分子、粒子が吹き込む!ロータス2はべふこにしがみつく!螺旋が腕を中心として廻り始める!

B6、「廻れ廻れ、疾く奪え─。」

しゅかぁ、しゅこおおおおお!

ガルデニアたちの歌声、ルリローの祝詞、輝きすら、「あなた」の左腕を軸に吹き込み、渦を巻く!

B6─、「彼方の夢を、此方に繋げ─。」べふこの左腕を中心とする渦が、青白く脈打つ光の粒を生み出し始める!

B7、「彼方の夢を、此方に繋げ─。」「あなた」の左腕に吹き込む万物の流れ、渦は赤に燃え輝く光の粒を生み出し始める!

B7、B7、─「ダルハルカ!」「あなた」とべふこは声を揃え、祝詞の結びを叫ぶ!

キュイイイ!

「あなた」の意識と肉体は、光の奔流に飲み込まれた!

びだびだびだ。

粘液性の雨が、降っている。

ばちばち、ばち!

左目に、疼きと共に静電気のような刺激がある。

「「ナイン・エルナ。声を出さず、返事をせず、目に見えるものにする以外の思考をせず、眼球とまぶた以外は何も動かさずに聞け。」」

知らない女性の声が心の中に響く。びだびだと降りしきる雨は、足元の土を舐め取るように流れる。

「「この雨は、以前「おまえ」が体験して来たように、意識の流れを伝播させる。と私達は結論付けた。」」

おろろろうううるるる。

「あなた」の目の前では、何体かの、かつて「あなた」が夢として意識を移した生き物たちが、逃げ、惑い、生きながら喰われてゆく。

「「今、「おまえ」はダルハルカにより、意識だけでなく肉体も、上位次元へ移動させている。つまり、」」

びだびだびだ。

重く粘性の雨が「あなた」の頭頂部から首筋、鎖骨、肩甲骨、胸骨をじわりと伝い、全身へまとわりつく。

「「今「おまえ」の肉体が損傷すれば、帰って来られない。」」

まばたきをする。

喰われてゆく生き物たちの意識と思考が、「あなた」にも、捕食者のものも伝わる。

いたいよ、たすけて、おとうさん、おかあさん、こいつはうまい。いい髄液が染み出している。

「「次の雷で「おまえ」は二次元世界へ、ダリアの作品世界へ帰還せよ。それまでこの状況を、飛鷹のぜネロジオで記録しろ。」」

おろうるるる、しよくおおお。

無数に続く絶叫をただ、「あなた」は思考せずに、理解をせずに、ただ知識、経験として蓄積する。

ばきりぱき、しゃくしょく。

頭部の無い捕食者の、摂食行動を。

「良い餌場だ。やれ。」

そして、それに指示を出す、外套を纏った存在を。

ごろろろろ。

雷鳴が、近付いて来る。

ああ、もっと、楽しく、生きられる世界があったら、な、痛い。

被捕食者となる生き物の、最期の願いが伝わる。

この雨粒の中に、幸せな世界があったなら。苦しい、胸が裂けて、心臓が見えちゃった。おお、美味い。本能を刺激する。

ばしゃああん!

雷が直撃して発生する衝撃と熱量をダルハルカの螺旋で受け、「あなた」の意識と肉体は、ダリアの作品世界に帰還した。

しゅいああああ。

ロータス綜合学園の医療棟、「あなた」のいたはずの病室は、

てぃぃぃ、とぅーん。

ちいいいい、しりぃぃぃぃ。

「「第九次元人ナイン・エルナの本艦帰還を確認。」」

「「女神直属騎士隊フラマ セラタ各員は第釟区画第鋙医務室へ向かえ。」」


C1、「これ、は─。」

見渡す限り、病室の中は複数のベッドが置かれ、壮年の医師らしき、白衣の人物の背中とデスク、様々な書類がバインダーに挟まれ、棚に納まっている。

室内の天井と壁には筒状の管が突き出ていて、先程の指示を出す声はそこから響いていた。

そして

普段なら小鳥の姿に身を変えた生徒達がおしゃべりをしていた、背の高い模倣植栽のある、中庭には─。

窓の外は、暗いから夜なのだ、と考えていた。

その夜空に瞬く光は、邯鄲の柱となった、罪人達の魂が光崩壊を起こしたものだ、と考えていた。

すす、す。

今、視界の端にあった中庭を、見るために全身を、窓のあった方へ向ける。

しゅいいいいい。

いつも見ていた病室の窓、ガラスを木枠で挟んだものは、

しゅぴー、ちー。

薄いようで厚みのある、ルリローでは無い、歌声の重なった膜のようで、触れてみる。

「だめですよ。」

優しい祈りの言葉が、その膜のような歌声が圧縮して変換されて、「あなた」に語りかけた。

窓の外には、無数の輝き。濃紺と漆黒の溶け合う背景。これは、まるで─。

C1、─コンコンコンコン!勢いよくドアがノックされる。「はーいはーい!フラマ セラタ所属のノーカラーズマークシックス、準ダクトロ、対惑星文明兵器ガルデニア・ヴィナヴァルテだーよー!」医師が返事をする、「お好きにどうぞ。」

C2、「ルニア…!」

C2─、「ナーイーンー!」学園制服のアレンジされたような、そんな衣服のガルデニアが、「あなた」のベッドに飛び込んで、抱きついて来る!あの雨がまとわりつく世界に、あれほど願った、お日様のような笑顔!

「ふふー、すっごく久しぶりですなー!」

ガルデニアは、「あなた」の胸や首、顔にほっぺをひたすら擦り付ける。

とてとてとて、いつもの可愛らしい足音が響く。

とん、とん。軽くノックを2回。「女神直属騎士隊フラマ セラタ所属、準駆騎士カランコエ・ラ・プリマ、推参しました。」同じように医師が答える。「開いてますよ。」

C3、「カランコエ!」

C3、─とてとて、と美味しそうなクロワッサンに見える巻き髪を揺らしてベッドまで歩いて来たカランコエは、ガルデニアを「あなた」から引き剥がす。

「ナインと感動の抱擁をするのは、交替と約束しましたが!」「もーちょっとナインを吸いたかったですなー。」ぶーぶー言うガルデニアをベッドから蹴り出し、カランコエは「あなた」に唇を重ねる。「この感じ、まだルニアと口付けはしていませんね。」「ずーるーいーでーすーぞー!」ベッドへ上がろうとするガルデニアともつれあい、カランコエはベッドから落ちる。

C4、「もう、ふたりとも─。」

C4、─ほっぺたを引っ張り合う2人を止めようとした「あなた」の手を、半透明の手が抱きしめる。「お帰りなさい、ナインさん。」ナナカマドの身体が実体化して、「あなた」の手はナナカマドの胸に埋もれる。慌てた「あなた」の目には両手で顔を押さえて泣く医師、どう見てもウラニシ教官の姿が映る。

C5、「マドカ、教官が見てる。」

C5、─「あなた」が引き抜こうとした手を離さないナナカマドの手にリボンが絡み付き、「あなた」の身体は中空へぽん、と跳ね上がり、華奢な腕が「あなた」を抱き抱える。

C5.─「きみは最後はぼくのものさ。」フィンネルの片眼鏡が輝き、「あなた」の穿たれた左目を映す。

スコン。

「ほげっ。」

空き缶がフィンネルの頭に当たり、バランスを崩したフィンネルの腕から「あなた」は落ちる!

「いただきですなー!」

ガルデニアの首が無段階に伸びて、「あなた」の全身に巻き付く!

「ナインは私のものですが!」

ガルデニアの首が「あなた」を締め付ける寸前、カランコエが颯の動きで「あなた」を奪う!

C6、「みんな、ちょっ─。」

C6、─スココココ!無数の光の弾丸がガルデニアカランコエナナカマドフィンネルを撃ち落とす。

「騒ぐなこのボンクラども。」

「あなた」はその声の主を見る。その顔には見覚えがある。かつて、ダリアの作品世界にて第三部魔導列車追撃編、その主役であり、全ての悲劇を、その責任を背負い死ぬ事を選んだ─、

C7、「アルカルブ・ヒラカワラ!」

C7、─スコココココココココココ!無数の光球が、「あなた」の額に連続で直撃し、「あなた」は瞬間的に意識を失い、床へ倒れた。

「まったく。「おまえ」は第九次元人であり、私の経歴全てを識っているのは事実だ。」

溜め息の後腕を組み、

「だが─。」

彼女は「あなた」を見下ろす。

「この潜次元戦艦リコペルシカに於いては、艦長と呼べ。」

C8、「それ、は─。」

げし。

「あなた」は彼女アルカルブに、すねを蹴られる。

C8、─「私の前でその汚い口を開く時はマムを付けろ。」

即座に起き上がり、太陽系第三惑星人式の軍礼をした「あなた」は「イエス マム!」と答えた。

「ほうれ見ぃ、アルカルブのやつめ、さっそく新人いびりをしておるぞ。」

「しょーがないよー新人いびりって楽しいもんー。」

がやがやと、良く見聞きした声が開いた扉の向こうから聞こえる。

C9、「女神、べふこ!」

「あなた」のその声に合わせて、2人の顔が扉からひょっこり出る。

C9、「ワガハイは2なのじゃ。」「ナイン、久しぶりー。」

相変わらず、白と黒で構成されたべふこは、胸元にⅡと書かれた女神を伴って入室する。

「のうのう、こやつワガハイの胸元見てたのじゃ。」

「舞ちゃん2は胸おっきーもんねー。」

C10、「ちが、Ⅱって書いてるから!」

C10、─「ふむ、あれほどの経験をしても、まだ魂には余裕があるの。」

女神の含み笑いに、ただからかわれていただけと「あなた」は気付く。

「さっそくだけどナイン。」

べふこが切り出した。

「夢で「あなた」が3回、上位次元、あの雨の世界に接続したように、わたしも第四次元、つまり「あなた」本人のいる現実世界で、あの同じ世界に3回接続した。」

あの、びだびだと降る、粘性の雨の世界。

「だから今度は、えーと、この前フィンネルくんにナビゲートしてもらった後の、ダルハルカで送った4回目ね、その時にあの外套を着た生き物、頭部の無い捕食者、あの粘液の雨の解析を行ったの。」

そう、「あなた」がまばたきと眼球の動きしか認められず、思考や感情すら禁止された、夢で見た世界。

「それでじゃ。あの雨はの─。」

話し始めた女神は、手に持っていたらおせんべいを齧る。

「思考を伝達させる、と言うのは過去のべふこの夢、「おまえ」の体験した夢で推測と検証は行えた。」

アルカルブ、艦長が続ける。

「外套の生き物、捕食者は、端的に言えば出力装置だ。」

さすがに、話が飛躍しすぎている。

C11、「マム、もう少し解説を、マム。」

「ほれ言うたではないか、こう言う新しい物事はきちんといちからじゅうをじゃのむぐぐ─。」

「ふっかつしたルルちゃんのせっかくの見せ場なんだから邪魔しないの。」

べふこが女神の口を塞ぐ。

「ディスティノーマ。」

艦長が呟き、無数の光弾が2人を黙らせた。

「くほん、きちんと説明はしてやる。」

視線で促される。

C12、「マム、お願いします、マム。」

C12─、「よし、心しろよ。」

アルカルブはひと呼吸置いて、口を開く。

「あの生命種、暫定第十三次元人だが、あれらは既に意識と知性を雨に、液体に変えていた。我ら太陽系第三惑星人が声に、音に、歌に願いと想いを託すように、だ。彼らは水、液体に全てを移行させた、もしくは液体自体が知性を獲得した存在だ。」

あの、思考をせずに、雨に打たれながらただ殺戮、または捕食の観測をしている間、前回目に喰らい付かれた時のような、肉体自体に雨が染み込む感覚は無かった。

「あなた」の表情から、発言を理解出来たもの、と読み取りアルカルブは続ける。

「液体自体が知性を得た、と言うことに疑問は無いのか?」

C13、「ぼく/私たちだって、ただ生きている。そういう存在がいたとしても、おかし─。」

しゅうう。

窓の外が、急に白く、繊維質のような、粗い画用紙の表面のようなものになる。

C13-2、「これ、は─。」

瞬時に星空が映り、今度は輝く絹のような、繊細な流れが映る。

C13-2、─「のうのうのうアルカルブよ、」ロータス2が艦長へ声をかける。「そろそろ種明かしをしてやるのはどうじゃ?」その言葉を受けた艦長は、軽く鼻で笑い、「あなた」の方を向く。

「説明する必要があるか?「おまえ」の飛鷹のぜネロジオは周囲の環境、変化の因子を常に解析し続けている。言ってみろ。」


A、頷く。「一度、現状の確認と把握を行う。

まず、夢として接続した上位次元の世界、粘液性の雨と雷が降り注ぐ森で「あなた」が意識を移した生物は、捕食者に生きながら喰らわれた。

次にもう一度接続した際、意識を移した生き物の身体を使い、森の植生を手を使用した触覚のみで解析した。その思考が伝播して捕食者、その使役者に発見された。その頭部は、認識出来なかった。

もう一度接続した際、別次元人フィンネルが「あなた」の認識を共有し、上位次元世界の解析を行なった。そして「あなた」は同じように捕食者に喰らわれ、肉体としての左目では無く、二次元の作品世界としてでは無く、読者としての第四次元を通して、第九次元人の「あなた」と言う存在の、左目に穴を開けられた。

すう。

呼吸を整える。

次に苦痛の中手紙を読んだ。

同じ四次元人である作者おおとろべふこの、焼かれた世界から送られてきた手紙。

そこで、彼女の手順を模倣し、ダルハルカを発動した。

ダルハルカで、夢としてその世界の生き物の意識に潜り込むのでは無く、「あなた」自身の存在、第九次元人としてその世界に入り、粘液性の雨を、喰らわれる生き物の思考を記録した。

そして雷の生み出すエネルギーを利用したダルハルカで、この二次元作品世界に戻って来た。

もうひと呼吸置く。

かつてのロータス綜合学園医療棟のいち病室は、第釟区画第鋙医務室と呼ばれていた。

フラマ セラタのみんなも、ウラニシ教官もいた。

窓の外に煌めきが無数にあり、それらは邯鄲の柱の輝きではなく、ほんものの星空だった。

以前の作品世界、この新しく書かれた世界に於いても、既に星姫アセデリラ・アルマコリエンデとの戦闘後、フリギロアの原体に捕食され死亡しているはずの、秋都市エルアートヌ、その都市長、そして騎士隊ヒラカワラの隊長アルカルブ・ヒラカワラを艦長とする、潜次元戦艦リコペルシカ。

そして、リコペルシカとは勇者ゲンザンの妻であり、既に死亡したクルルガンナの先代星姫の名前のはずだ、彼女が刹那トラッカーで再生されたのは手紙で確認した。そしてクルルガンナ星人ほしひとには、魂を対惑星文明兵器へ転用する技術がある、まさか彼女を、潜次元戦艦リコペルシカへ転用したのか!?」

両手を戦慄かせ、「あなた」は震える。

A、─「見よ、余りの情報を飛鷹のぜネロジオが解析し続けているものの、肝心の情報が不足しておる故、混乱しておる。」

また、新たな女性の声がする。

A2、「あなた、は!」

その声をかけた相手は、見事なまでに軽薄な金髪をたなびかせた少女だった。

A2.─「うむ。」彼女は上下させた視線だけで礼をし、軽く微笑む。「己は先代星姫、リコペルシカである。苦しゅうない。」女神のような子どもっぽさも、アルカルブ艦長のような威厳でも無く、穏やかで気品のある佇まい。

「のうのうナインよ。」

ロータス2が「あなた」の視線に割り込む。

「こやつは見た目の割に人妻であり子持ちじゃぞ、そう眺めるのは失礼ではないかの。」

「ナインはお年頃ですからなー。」

「そんな、ナインさんは私で満足されないのですか。」

「まったく、ナインには私がいるのに!」

「ふふ、最後にぼくの隣にいてくれれば良いさ。」

フラマ セラタの皆がわいわいし出した中、「あなた」は気付く。

A3、「アロエは─。」

そう、「あなた」が現実の四次元世界で使用していたスマートフォン、携行機器に意識が宿った手のひらサイズの人形。彼女の姿が見えない。まさか、あの上位次元世界に残してしまったのでは、あの世界で、1人で泣いているのでは!

A3、─ 「ナイン。」

呼びかけられる。「今はいい、アロエの方が大事なんだ。」そう答える「あなた」。

「ナイン。」

再び呼びかけられる。「あなた」は振り向く。

緑色のふわりとしたショートカットの少女が、そこにいた。

A4、「なんか違う!」

目の前の少女がアロエだと即座に理解した「あなた」は声を上げる!

そう、あくまで手のひらサイズ、肩に乗せるのがアロエの良かった点のはず!

A4、─「ですが、人形の姿の時、ナインは私にキスしてくれませんでした!」アロエは「あなた」の眼前に詰め寄る!「だってスマホたまし…。」そう目を泳がせた「あなた」の手を取りアロエは胸に押し当てる!「私にはもう心臓があって鼓動をして、カメラではなく目で「あなた」を見つめています!マイクではなく耳で「あなた」の声を聞いています!スピーカーではなく口で「あなた」に愛を囁きます!肩に乗れるサイズがお好きならその姿に戻れます!けどスマートフォンとして「あなた」をユーザーとして登録して!「あなた」に、「あなた」の指に扱われていた時から、私は「あなた」のためだけに生きてきました!今も私の心と身体は「あなた」のためだけにあります!口付けを!エンゲージを!恋人キスをしたいです!」

A5、覚悟を決めた。スマートフォンに恋愛感情を抱いてキスをするなんて、四次元の現実世界だと異常者だ。けれど、ここは何でもありの二次元世界だ。「ぼく/私には、君が必要だ。ディスガス─。」

A5、─「─ニン。」柔らかな、元スマートフォンの少女の唇と、キスをする。

「ほーほーやっと責任を取ったわけですなー。」

「ナインに責任を持ってもらったのは、私が先ですが!」

「ふふ、私もナインさんの背後霊ですし。」

「そうだね、ぼくもナインに心を奪われた。」

きゃいきゃいとし始めたフラマ セラタの皆を見ていると、艦長が口を開いた。

「何より「おまえ」は上位次元から生還出来たのだ、じゅうぶんな量の情報も収集できた。そこは私も感謝しよう。よくやった。」

A6、「そうだった!今の世界の状況が全然理解出来ていません!」そう、アロエが胸の中に擦り寄って、ガルデニアとカランコエが引き剥がそうとしていること、それとは別に死者であるはずのアルカルブ艦長、リコペルシカ、そして焼かれた世界に残ったはずの、作者おおとろべふこと再生されたロータス2もいる。そして潜次元戦艦リコペルシカ。第十三次元人と粘液性の雨の関係。刻々と変化する窓の外の景色。「全てが、謎すぎる。」

A6.─「そーいうのはおいおいでいーのよ、ナイン。」べふこが、「あなた」の肩をとんとんと叩く。

A7、「それじゃあ、ひとつだけ。」これだけは、聞いておきたい。「このフネは、何のために、どこへ向かっているの。」

A7、─「ふっふっふ。聞いて驚くでないぞ。」ロータス2が自慢げに胸を反らす。「()の名を冠するこのフネ、リコペルシカは─。」先代星姫リコペルシカが続ける。「作品世界を定義する二次元、その作品世界人である太陽系第三惑星人、クルルガンナ星人ほしひとが関与可能な一次元、二次元、三次元を潜り、浮上し認識と感知を回避し─。」アルカルブ艦長が、ゆっくりと続けて。「ふたごの星姫、アセデリラとアルセロラ・アルマコリエンデ、ゲンザンと合流して─。」べふこが続ける。

A8、「彼女たちと、合流をして、それで、何を。」

A8、─「特定できた、世界を焼いた第十三次元人とその母星、支配区域の乙女座銀河団相当宇宙域を、叩き壊す!あいつら皆殺し!絶滅させる!」みんなが、声を揃える!

A9、「そんな、めちゃくちゃだ!!!!!」

太陽系第三惑星人とクルルガンナ星人ほしひとは絶滅戦争をするほど、血の気が多い。


次回予告!

潜次元戦艦リコペルシカと作品世界人は、転移次元での戦闘を開始する。

次回、第九次元人の「あなた」へ⑩-③

「次元騎士ナイン」

読まねば、()が鉄槌を下そう。

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