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ハイェルルラ・エル・ベラーナ奪還作戦 裏

からら、ん。

タライを水路に置く。

水路と言っても、寮からの、いくつかの濾過装置を通して出る排水口に繋がる、手彫りの水路。「わたしもやりたーい。」シャベルを持ち出したガルデニアを制止した「あなた」は、目測で大まかに軽く掘り、少しずつ深く掘った。その進めるたびに、削り出した木で側面を固定する。春都市ラプリマの中にあって、雪の降り積もる選抜騎士寮、かつてのクルルガンナ解放戦で焼き付いた情報をそのままに。深い森の中、「あなた」は上着を脱いで木の枝にかけ、更に胸元のシャツボタンも外し、朝から力仕事をする。シャベルを垂直に立て、ブーツで踏み付けて、掬った土を近くの木の根本に乗せ置いて、均す。「はい、お食事とお飲み物です。」模倣太陽が中天を指すころ、ナナカマドが蒸した穀類を両手で包み固めたライスケーキ、いわゆるおにぎりと、糠に漬け込んだ紫の丸みを帯びた野菜、細長い緑の野菜の輪切りを持って来た。倒木で作った椅子に2人で腰掛ける。

A、「いただきます。」

A、─「はい、よくお噛みくださいね。」

いつも肩に乗せている元スマートフォン、緑の髪の妖精、アロエをつつこうとして思い出す。ガルデニアの相手をしてあげられなかったので、代わりに持って行かれてしまったのだ。

A、「あの子、変なもの食べてないといいけど。」

A、─「もう、ガルデニアはそこまで子どもじゃありませんよ。」

口元に手を当て、ナナカマドが笑う。

おにぎりを持つ手が、むるむる、と強張る。

その手を握る。「私は、私達は、あの子を生かすためなら、どんな罪も背負うと、誓っていた。」ラプリマで女神を含む議会での公聴会で、ピニ イラの都市長ウバタニはそう口を開いた。サミ ラ セク、「ダリア」の登場人物たちには正しく認識が出来ないため、サミークと表記された彼女らに、ウバタニ以下ピ生存したピニ イラ都市民250万はそう証言した。全ては私達の責任である、と。

現勇者から休暇として案内された街で、引き金を引いてしまった破滅。いつ引火するかわからない導火線ではあったものの、その破滅を未然に防ぎ、収束させるのが、女神直属騎士隊の役割だったのでは。結果的に対惑星文明兵器リピニィエーラの排除は完了したものの、都市民400万全員が死罪を免れなかったとはいえ、死を望んで喰われたとはいえ、この手で助けられる命もあったのでは。震えるその手に、そっとナナカマドの手が重なる。

A、「ナナカマド…。」

A、─「マドカって、呼んでください。」

しぃ、んと静まり返った雪の林の中、唇が重なる。

幽霊でありながら、任意に己の情報を再構築して接触を行えるナナカマドには、いつも助けられて来た。普段はひやりとした彼女の手が、唇が、あつい。

「また、またマドカさんが抜け駆けしてる!」

「わあー、ふたりっきりにできませんなー。」

ふよふよと浮いているガルデニアの羽衣を掴んだカランコエが、枝葉に積もった雪が落ちるほどの声を上げた。

A、「3人とも、おかえり。」

A、─「それはそうですけど、また水路を掘ってたんですか?」「女神さまに言われたとーり、おとなしくしてていーのにー。わたしが言っても聞かないんですなー。」「は、はい!ガルデニアの買ってくれた揚げパンがおいしかったです!」

B、「何かをしていないと、落ち着かなくて。」呆れたようなカランコエの手を掴んで立ち上がり、ガルデニアのポケットから出て来たアロエを肩に乗せる。

B、─「ひとびとを護るため騎士になったお主が、護れなかった命が多過ぎたとはいえ、以前のような自暴自棄は起こしておらぬの。」わざとらしい、もったいぶったその声に軍礼を返す。


「よいよい、まずは寮に入らぬか?ここは寒くての。」


ぎゅ。

浮いたままのガルデニアが「あなた」の首元に腕を回す。


「カランコエがいちばんふわふわしてるけど、ナインの髪がいちばんしっくりきますなー。」

「ふむ、確かにふわふわしておるの。」

「ちょっと!食べ物じゃないんですよ!」


枝葉に雪が積もる林の下、「あなた」の鼓動と吐息、シャベルの音だけが響いていたそこに、愛しいパートナーたち、命の息遣い、輝きがある。ウバタニの瞳を思い出す。もしこの幸せを奪われたのなら、「あなた」は何を思い、どう行動するのか。


「むー、またナインが遠い目になってますなー。」


ふよふよと浮いたままのガルデニアが、「あなた」の瞳を覗き込む。

美しく、儚げでいて、愛しいガルデニアの瞳。あの対惑星文明兵器、リピニィエーラには、瞳が無かった。あの何も無い場所には─。


「ナインの心は、まだピニ イラに。」

「あれだけの犠牲がありましたから。」


「あなた」の手を握るカランコエとナナカマド。


「ここは寒いからの。悪い事ばかり思い出すんじゃろ。ほれほれゆくぞ。」


「あなた」は手を引かれて我が家のような、選抜騎士寮の扉を通る。

先に扉を開けて入ったガルデニアが、ロビーの暖炉に火を入れる。


「わ、おかえり、ナイン!」


振り向いたガルデニアは、お日さまのような笑顔で「あなた」に微笑みかける。


A、「今さっきまで一緒だったよ…。」


A、─「お帰りナイン、外寒かったでしょ。」


カランコエは、身に付けていたハーフケープを手に、「あなた」を抱きしめる。


B、「カランコエまで、何を─。」


B─、「ナインさん、おうちに帰ったら、最初に何て言うんですか?」


ナナカマドは、いつの間にか淹れた、湯気を立てるお茶を人数分、おぼんに乗せて運んできた。

カランコエの手が「あなた」の頬を撫で、目元に指を添えて、揉むように撫でる。

アロエも同じように、「あなた」の頬を撫でる。


C、「ただいま。」

C、─「おかえりなさい!」みんなが、ガルデニアが、カランコエが、ナナカマドが、アロエが、「あなた」に優しく声をかける。

「おうちの中だからー、ナインは力を抜けばいーんですなー。」「キリッとしてるナインもカッコいいですけど、家の中でくらいは、油断してくれてもいいんですよ。」「ここだけは、女神にだってどうしようもできない幽霊屋敷なんですから。」「少し、ナインの脈拍が落ち着いたみたいです。」みんなが、「あなた」を暖かく見守ってくれている。


A、「けど、女神は─。」


そう、「あなた」たちに次の命令、戦場に赴くように伝えに来たはずだ。


A、─「よいよい。」女神は腰のポシェットから小瓶を取り出す。


「休める時に休むのは、生きておる者の努めじゃからの。」


女神は小瓶の蓋を開けて、上を向き、瞳を大きく開けて、小瓶の液を瞳に垂らす。


「かんたん。」


ぱち、ぱちぱちぱちぱち…!

両方の瞳に液を垂らした女神は、激しくまばたきを始めて…そして、「あなた」たちは軽い眠気に包まれた。


「ナイン、ナーイーンー。」


ふわふわで、お日さまのような笑顔の女の子が「あなた」の首元に頭を擦り付けている。細くしなやかな指が、「あなた」の肩、鎖骨の辺りを少し強めに押さえている。


「ふーむふむ、お客さんだーいぶ凝ってますなー?」


鎖骨の周りをじっくりと指で押さえて、そのまま指を胸の上、胸部中央、胸骨の下に指を這わせ、腰骨の周りを指圧してゆく。


「もう、ナインが困っているじゃないですか。」


調理場の方、カランコエが香草と香辛料、果実の種子油で香ばしく焼き上げた丸鶏を大オーブンからトレーごと取り出し、ミトンで掴んで持ってくる。野生味溢れる香りの中に、塩漬けにされた黒胡椒が粒のまま添えられて、皮を剥かずに半分に切られた酸味の強い柑橘類、レモンが添えられている。かわいい恐竜の顔のミトンは、ラプリマの中央市場でガルデニアが選んだものだ。


「はい、こちらもしっかりと焼き上がりました。テーブルについてくださいね。」


ナナカマドはがこ、と音を立てて温風式オーブンの扉を開けて、同じようにミトンで手のひらサイズの焼けた穀類生地、サクサクとした食感のパンを持ってきて、木のトングで掴み、テーブルのバスケットへ乗せてゆく。

このバスケットは、打ち払った木の枝を縛り上げてカランコエが編み上げたもの。


「さあさあナインー、どーぞおかけになってー。」


ガルデニアが「あなた」のために椅子を引く。

選抜されて女神直属となった騎士は、もう帰らない。死んで新しい選抜騎士が現れるまで。その間、ナナカマドが毎朝磨き続けた椅子。


A、「今日の食事当番は、ぼく/私だったはずじゃ─。」

A、─「こまかいことはいーんですなー、さめてしまいますぞー。」ガルデニアが、その上半身くらいの寸胴鍋をかかえ、テーブルに乗せる。


かちゃ、すす、とぅるる。

ガルデニアがお鍋に木製のおたまを入れて軽くかき回し、「あなた」のお皿に丸ごとの穀類と緑の豆、よく溶けた橙色の根菜、これまた丸ごと煮込まれた玉ねぎ、鶏のモモ肉が赤く甘酸っぱい果実、野菜と呼ぶ地域もある、それを潰して煮詰めたスープを盛る。テーブルの上には黒胡椒、岩塩、香辛料それぞれが入ったミルが置かれる。


「お好きなものを使って欲しいんですなー。」


お箸、スプーン、フォークが並べられる、そのどれもが、選抜騎士寮の裏の模倣植栽、その木の枝、特に太いものを払い、削り出したものだ。

ある程度乾燥させてから煮出し、さらに乾燥させて食器に不適な油や成分を除く。

「あなた」が大まかに削り出したそれを、カランコエが更に精密な刃で細かな点を整えて、ガルデニアが目の荒い、細かなもので磨き、木の幹を切り付け染み出した液を煮詰め、「あなた」が薄く塗り、ガルデニアも、カランコエとナナカマドもみんなで塗って、乾燥させて、その工程の繰り返しで、好みの風合いにしたもの。一口に食器と言ってしまえばそれまでだが、この、女神の力により時間が圧縮された選抜騎士寮での生活において、おおよそ地球時間で三年以上をかけて作り上げた、「あなた」を含めてそれぞれのエピソードが詰まった、世界でひとつだけの食器。例えば、枝を払うためにはある程度の高さまで登る必要があり、そのためのはしごから作る必要があった。「あなた」に地球でのはしご作りの経験があるならお話は別物となりますが、

まずはお聞きください。

「よし、食器を作りたいがせっかくならいいものを、というわけだな。」ガルデニアが持ち前の明るさで「この中に木からスプーンを作れるヒトはいらっしゃいますかなー?」とラプリマ中央市場で声を上げた時、複数の「よし、任せておけ。」と立候補者が現れて、彼ら彼女らはそれぞれが食器の製作で身を立てるひとかどの技能者。どうにも絞り込めなかったので、選抜騎士寮の独特の地形、春都市ラプリマにおいて、ただ雪の降る特殊環境と豪雪地の植物加工に知識のある人物と言うことになった。彼ハレマツリは、まず加工済みの木材を購入し、それを手始めに削る事も提案したが、「せっかくなので生えてる子で作ってあげたいです。」とナナカマドが彼女なりのこだわりを見せたため、ほんとうにいちから作ることになりました。「枝を落とすためのはしごを作るのに木を切るなら、その切り倒した木の枝で食器を作ればいいじゃないですか。」確かにカランコエの指摘は合理的で妥当性があった。「いいえ、はしごを作るならこの子、食器を作るならこの子と決めていたんです。」そう力説するナナカマドはクルルガンナ解放戦から現在に至るまでの長年、地縛霊としてこの空間に固定されていた、その彼女がこだわるのだから、相当な思い入れがあるのだろう。「あなた」たちとハレマツリは心から同意して、彼女の気持ちに応える事に決めました。まずハレマツリは、選抜騎士寮の裏、雪の積もる林に来ると「今から、君たちの中からはしごに適したもの、そして食器に適したものの命をいただく!そのふたりには木としてのいのちは失われるが、これからは、はしごとして、食器としてりっぱに、見事に生きてもらう!構わないかー!」と叫んだ。当然模倣植栽には口が無く、もし彼ら同士に意思を交換する手段があったとしても、ヒトには直接の理解が難しい。だが、彼ら模倣植栽は、ハレマツリの大きな、積もる雪と冷たい空気の中を通る振動、声に対して、その枝々、幹、雪に反射させて、こう返した。「いいぞー!大事に使ってくれー!」ナナカマドの見立てた見事なその模倣植栽は、幹の太い部位が直径1メートルほど、背丈がゆうに4メートルを超え、「あなた」とカランコエが交代で手斧を腰の高さほどに入れ、倒れる角度を調整したハレマツリの指示で、事故を防ぐために、「あなた」が七万と五千三百と一回の死と血の訓練で身に付けた、瞬時に適切な箇所を見抜く洞察力で木に登り、縄をかけ、また降りて、そうして張った縄で倒れる方向を定め、そして「あなた」が楔へ最後の一振りを行い、切り倒した。そこから枝を切り落とし、皮を剥き、細長く、厚さ50ミリ幅100ミリにする。さらにそれを乾燥させて、水平な場所で固定し、薄く表面を削る。薄い刃を出した固定する金具、鉋と呼ばれた工具を軽く当て、力を抜くように手前に引く。「お前は調理を行う資格があるのだろう?」ハレマツリの指導を受け鉋をかける「あなた」に声がかけられる。「果物や野菜の皮剥きと同じだ、どこまで薄く、繋がった状態で手早く終わらせるかでそいつの熟練度がわかる。」「へー、わたしもやってみたーい。」つまりは、桂剥きと同じ。手首で細かく調整を加えるのは後、まずは腰と肩の動きで流れを作る、刃の重心と己の重心を同調させて、無理に力を入れず、まるで風が吹くように、水の流れ落ちるように。「一芸は万の芸に通じるとは言うが、見事なもんだ。」そうハレマツリに声をかけられ、「あなた」は手を止めた。そして厚さ38ミリから幅89ミリまで削った、長さを合わせた木材を組み合わせ、楔を打ち、はしごを作った。そうして、比較的軽量で、しなやかさのあるはしごを立てかけ、太い枝を切り落とす。物珍しさに見物に訪れた一般、騎士科の学園生にも枝を切り分けて、食器づくりが始まった。「この切り分けた、木の棒の中にお前の相棒が眠っている。」そう口を開いたハレマツリは、「あなた」を含めて複数の学園生は指先から肘までの長さに切り出された、厚みも腕ほどの木の枝を渡された。望めば湾曲している部位でも、樹皮が取り除かれていない、ふしくれだったものも。「まずはこの素材を片手で持って、普段の食事のように動かしてみろ。」当然そのまま動かしたところで食事の際に利用する食器のようには扱えない。「何度も振って、持ち上げているうち、欲しい形が見えてくるだろう。」言われた通り、「あなた」や他の生徒たちも、だんだんと、手に持つ無骨な木の中に欲しい食器の形が見えてくる。それはお箸であり、スプーンであり、フォークであり、ナイフ、またそれ以外かも知れない。「まずは鉛筆で、欲しいものの形を書き込んでみろ。」木の繊維の向きに沿って加工された枝材は、多少のクセがあるものの、何度も繰り返し擦り付けるうち、鉛筆で形が書き込まれる。「あとはそいつを取り出すだけだ。掘り込んでもいいし、外枠から削ってもいい。」彫刻刀で掘り起こそうとするもの、外側を削ってゆくもの。みんなが思い思いに並べられた工具で進める中、「あなた」も気に入った方法でそれを行う。そのまま日が暮れ、散会し、翌日になってもう一度手に取ると、もっとこうすれば良いのでは、この形状も美しい、とひらめきが生まれ、話を聞きつけた他の生徒も参加しはじめる。「あなた」も気に入った食器を削り出して、表面の仕上がりを滑らか、荒々しく、など好みのままに磨き上げて、サインを掘り込んだ。それは「あなた」の名前であったり、信条であったり。

そんな食器、ガルデニアがお箸を、カランコエがスプーンを、ナナカマドがフォーク、アロエが箸置きを「あなた」のために作った。それぞれに「あなた」のこの世界での名前、ナイン・エルナと、自身の名前も彫り込んで。


同じように作られたお皿に丸鶏のローストと葉物野菜のサラダ、器にごろごろスープ、サクサクのバゲットが盛り付けられる。


「さあさみなさま女神さま、これより直属騎士隊フラマ セラタのささやかな食祭を始めまするぞー、よろしいですかなー?」


椅子から降りてテーブルから少し離れたガルデニアが、うやうやしく腰を降り、「あなた」たちに頭を下げて、上目遣いで問いかける。


「んむ、認めよう。」

A、「うん、よろしくお願いするね。」

「お願いします。」

「はい。ガルデニアちゃん。」


A、─「あなた」を含めためいめいが、この場での立場の順に、女神から返事を返す。ルリローでありアンカラの資格を持つガルデニアは、既に太陽系第三惑星人式の対惑星文明兵器ヴィナヴァルテとして正式な登録が行われ、その実績からダクトロに次ぐ資格も特別に与えられた。先の衛星都市ピニ イラでのヴリトラ攻囲戦、リピニィエーラの単独撃破のあと、少し話し方に変化も起きたが、それでもガルデニアはガルデニアだ、おどけていたり、いたずらっ子だったり、甘えん坊で、「あなた」だけのパートナー。そのガルデニアが、今正式に食祭の手続きを踏んでいる。


「この龍一匹の命を以って、女神以下、われらフラマ セラタは今日一日を生き存えます。彼または彼女の尊い命、また調理を行ったもの、それら手順、器具を産み出したものたち全てにに感謝を。」


その声に合わせて「あなた」たちの両腕のコントロールはガルデニアに預けられ、彼女の行うように両手が顔の前で合わされる。


「それでは、ありがたくいただきましょう。」

「いただきます。」

A、「いただきます。」

A、─「あなた」が実際に肉体と意識を保持する舞台、地球では、地域、宗教、風俗によりさまざまな思想、信念、信仰により差異が発生し、争いを産む。女神はここ命球、天の川銀河中心天体の領域内に再現した惑星環境において、太陽系第三惑星人の持つ信仰は食事に、対象を食事による摂食行為、調理、器材、調理者に限定した。龍の魂を加工して作られる食材は動物であれ植物であれ、もとは生命である。生きているもののいのちを奪い、自身と生命の螺旋を繋いでゆく。身分や立場に関わらず何ものも逃げることはできない、利己的で、最も罪深く、最も神聖な行為。少なくとも天の川銀河では、そうやって生命は循環する。


「ナーイーンー、みかんドレッシング取ってー。」


ガルデニアの声に応え、甘酸っぱい柑橘類を刻み、酢と少量の塩、コショウと合わせたものを詰めた瓶を渡す。ふたを抑えて勢いよく上下に振り始めたガルデニアの隣でカランコエが、焼き上げた丸鶏に追加ではちみつをかける。


「ただでさえ甘く仕上げたチキンにはちみつと粒のマスタードをかけるのかの?カロリーが心配なのじゃ。」

「私はこのあとも走り込みをしますので、なるべくカロリーを摂りたいんです。」

「あわ、あわ…。」


食べた分以上のカロリーを、文字通り運動で消費する。騎士になることを諦めきれずに、ストイックに自分の限界を拡張し続けていた、そして騎士になってからも継続し続けているカランコエ。美しい体型としなやかな筋肉を両立させるその生き方に、思うまま食べて呑む、欲望に忠実な女神は戦慄をする。


「大丈夫ですよ女神、カランコエは自分に厳しいんです。」

「お主はお主でもうちぃっとばかし、体型に気をつけた方がよいぞ…。」


その言葉にナナカマドは笑顔で、女神のトングが掴もうとしていた、骨付きの鶏もも肉を奪う。


「お客さまがいると、いつもよりにぎやかですーなー。」


ガルデニアがトマトを主体に煮込んだスープその具材、よく溶けた玉ねぎと豆をスプーンに乗せて「あなた」に差し出す。


「はいナイン、あーん。」


A、「ちょっと、恥ずかしいね。」照れくさそうに「あなた」は口を開ける。

B、「あー、ん。」いつものことなのでもう慣れている。女神の見ている前でそのスプーンを口にする。


A、B、─「ほうほう、なかなかお熱いのー。」「はあ!?私なんて口移ししたことありますけどー!?」「その、私も食べさせ合いっこしたことあります。」「いいんです。ナインは私の作った箸置きでご飯を食べます。つまりナインの食事は全て私の愛がこもっています。」


「ええい、やめんか!収集がつかぬわ!全て食べよナイン!」


A、「そんな無茶な!」

A、─「おおー、いーねー。わたしのとりにくおやさいごろごろトマトスープでおなかいっぱいにしちゃうからねー。」「いいえ、ぜったいに私のハニーローストチキンも食べてもらいます!」「私の焼いたパンも、ナインのお口に入りたいって言っていますので…。」


次々に「あなた」の口へ運ばれる、パートナーたちの愛情たっぷりのお料理。


A、覚悟を決めた。

B、ここまで来たら、食べ切るしかない。

C、それが、彼女たちと「あなた」が幸せになる方法なのだから。


A、B、C、─「あなた」はひと呼吸置いて


A'、「我は、白檀の銃把を握り─。」「あなた」は腰に巻いたランサーホルスターを外す。

B'、「激鉄を起こせ─。」さらに「あなた」は、制服上着を脱ぎ、シャツの首元ボタンを外す。

C'、「─我は、運命の主人!」目の前に差し出されるトマトスープ、ハニーチキンロースト、胡桃入りバゲットにかぶりつく!


しばらくして


A、「動けない。」

B、「苦しい。」

C、「たすけて。」


A、─「あんなに食べたら、動けなくなっちゃってとーぜんですなー。」ガルデニアが面白そうに「あなた」の膨らんだお腹をつつく。口からトマトスープが溢れそうになる。純粋な瞳をきらきらと輝かせて「あなた」の反応を楽しむガルデニアは、お日さまのような笑顔をしていた。

B、─「まだ半分も食べてないじゃないですかナイン。カロリー的に800キロほどですよ。しっかり食べて運動しないと。」 普段から「あなた」たちの数倍の量の食事をして、それ以上の走り込みを行い美しい体型を維持しているカランコエが、「あなた」の前に追加の丸鶏を置く。こちらはトウガラシのものらしき、油まみれのフレークが乗っており、香りだけで胃袋が刺激されるものの、手が動かない。

C、─「はいナインさん、お茶ですょ。」手渡されたコップの中身を飲み干す、すっきりとした、渋みのあるのどごしが、一息ついた「あなた」に、「まだ食べられるんじゃないか?」という錯覚を引き起こす、手がテーブルの上のお皿に伸びる。ふわふわのしっとりもちもちとした生地に細かく砕かれたくるみの食感が心地いい。葉物野菜のサラダを中央から開いたバゲットに乗せ、ローストチキンを挟む。かぶりつく「あなた」をナナカマドは笑顔で見守る。そして「あなた」は気付く。ナナカマドの少々油断した体型は、この食生活にあったのではないか、と。


「お待たせしましたナイン!」


テーブルから声がかかる。


「こちら、消化を助けるキャベツのピンクグレープフルーツサラダです!」


現実の、「あなた」の世界での相棒、元スマートフォンのアロエが、乱雑に刻んだキャベツへ軽くごま油と塩を振り揉み込んで、黒胡椒とピンクグレープフルーツの果肉であしらっている。


A、「いただきます。」

A、─「はい、どうぞ!」食器を手に、その薄赤い果肉を乗せたキャベツの葉を口に運ぶ。先ほどまでの、鶏の脂と油で塗れていた口の中に強い酸味の刺激が走った!煮込まれた野菜と鶏肉が口の中で溶けていたトマトスープとは違い、このキャベツはセルロースなどの食物繊維がそのままに、「あなた」の舌、歯、口腔内に細胞壁の反発力を返す!ピンクグレープフルーツの果肉が柑橘類特有の清涼感と酸味を伴って、鶏の脂を洗い流す!添えられた黒胡椒が「あなた」の鼻腔を満たす!

しゃくしゃく。

「あなた」は、加熱という地球人の知恵と経験が生み出した恩恵を受けた、さまざまな料理を食べてきました。

しかし今。

もっともプリミティブな風味。原始的と言うにはいささか語弊がありますが、生らしく見えるそれ。一度完全に素材の魂を完全に屈服させた素材を、水分に浸すことで地球本来の生食用野菜、果物として再生させたそれが、ただ切って千切った野菜の葉と果物の果肉が、脂と油、たんぱく質と炭水化物の祭典から、「あなた」を救い出した。シャキシャキと姿勢よく口に突入するキャベツと、噛み締めるたび強烈な酸味の果肉が「あなた」の齒、歯茎、舌とその味蕾を揺り動かす。


A、全てを飲み込み、深呼吸をした「あなた」は「ごちそうさまでした。」こと、と食器を置き、手を合わせ、調理者のみんな、調理法、器具の考案者、そしてこの料理の素材となった命へ感謝の言葉を述べる。


A、─「もう、良いのかの?」女神が「あなた」とパートナーたちの言葉に頷いて、異常な速度と頻度のたまばたきを止める。


B、「女神が邯鄲を使ってまで、ぼく/私たちを休ませる必要があるほどの事態が起きているということですから。」「えへへーナインやふたりと楽しい時間でしたなー。」「そうですね、私も早くカロリーを消費したいです。」「もう少し食べていたかったのですけど。」


B、─「ふむ、まあ良い、これより現在の状況と─。」


女神は、もう一度小瓶から液体を目に落とし、異常な速度と頻度のまばたき─邯鄲の時間圧縮を開始する。


「お主らが万全の状態で戦わねばならん理由を、説明する。」


女神が腰に付けていたポーチから、ごく小型のアーメフォーニが顔を出す。「あなた」達は身構えるが、女神はその個体を手のひらに乗せて、口を開いた。


「フラマ セラタがヴリトラ攻囲戦に参加しておった頃、エルベラノではドゥモナ・ディエナ以下センテルデ群の駆除が行われておった。」


女神の掲げた左腕の動き、ジェスチャーによる指示で「あなた」たちは食器を片付け、着衣を整えてランサーホルスターを装着する。


「その際出現したアーメフォーニ群は、エルベラノのダクトロ、ハイェルルラ・エル・ベラーナが死亡した都市民一千三百九十一万と千九百の魂を捉え、ポデアにより生み出した花へ埋め込み、この姿へと移したものじゃ。」


ガルデニアが女神を抱え、そのガルデニアを「あなた」が抱え、その肩にはアロエが捕まり、もう片方には幽霊化したナナカマドの手が添えられ、そしてカランコエが「あなた」ごと、全員を抱える。


「ハイェルルラはエルベラノ陥落の原因が、そこで製造された対惑星文明兵器の暴走によることを知っておった。準勇者がその半身と引き換えに機能停止させたそれにセンテルデを埋め込み、ドゥモナ・ディエナとした。」


ぱたん、たたたたたたたた!

女神直属騎士、その選抜騎士寮の扉を閉め、カランコエが「あなた」たちを担ぎ、走る!


「そしてドゥモナ・ディエナが駆除されたことにより目覚めたそれを、アーメフォーニとして再生させたエルベラノ都市民からなるカネクトゥスで抑えておる、ガルデニアよ、これがアウタナの記したカネクトゥスの手引きじゃ。ダクトロハイェルルラが組み上げ、その師アウタナがまとめたものじゃからの、アウタナ直弟子のお主なら読めるじゃろ。」


既にロータス綜合学園内の敷地、校舎からはカネクトゥスのものらしきコーラスが聞こえ、運動場では学園生たちが騎士科ならランサー展開を、砲兵科ならウサギの照準器調整を行なっている。


「エルベラノの実験体、対惑星文明兵器は取り込んだ騎士の肉体経験などを模倣し、自律行動を行う個体、カゲと称する、を生み出す能力のあることが判明しておる。」


とたたたた、てて、たっ!たたたた!

カランコエは学園を抜け、ラプリマの都市全体を賽の目に区切る幹線道路を駆ける!目まぐるしく変わる風景の中、大気や周囲の状況を瞬時に解析する「あなた」の飛鷹のぜネロジオが、そこに暮らすひとびとが、小さな子どもと母親の歌が、荷物を積み下ろしする作業者の動きが、都市電力を生産するUltraSuperGiganticが、太陽系第三惑星人の都市ラプリマ全体が、たったひとつの目的のために力を繋げている事を確認する!


「太陽系第三惑星人の支配区域であるクルルガンナに、その周囲に存在が確認された対惑星文明兵器群、特にヴリトラじゃな、こやつは周囲の龍を変化させるからの。まあこやつらは既に排除が完了しておる。」


ちゅいいいいん!

ちぃぃぃん!


ラプリマ所属騎士隊に割り当てられたウサギハンガー、「あなた」たちフラマ セラタのウサギであるカタギリとタニガワも格納されているそこは、既に鉄火場、戦場の様相を呈していた。搭乗する騎士はもちろん、ウサギの調整を行う工員、追加兵装の取り付けで照準器を覗き込むもの、それぞれが作業に没頭し、女神にも気付かない、気付いても軍礼を行う余裕が無い!


「前回のような、隙を狙った横槍の心配は無いのじゃが、相手は当時のエルベラノの全都市民を、騎士隊とウサギまでをも、準勇者の半身までをも喰らった、正真正銘制限なしの太陽系第三惑星人式対惑星文明兵器、その1号じゃからの。」


きゅわんきゅわんきゅわん、第三、二次隔壁が開き、カタギリとタニガワが、ハンガーの2階窓から差し込む、模倣太陽の陽光を対流圏に存在するガス、塵などが反射した青白い光となる。それを浴びて、ウサギは青みがかった灰色と黒、鋼鉄の輝きを纏う。


「娘が、ハイェルルラがエルベラノの実験体に取り込まれ、いくらか時間が経過しています。」


「あなた」たちの目の前で、女神の肩のアーメフォーニは口を開いた。


「んむ、不滅のぜネロジオを持つハイェルルラが完全に取り込まれれ、カゲとして無限に複製されれば、文字通りお手上げじゃからの。対惑星文明兵器となったガルデニアと同じく、星姫の製作した対惑星文明兵器モモ・クルルテラと星姫アセデリラ・アルマコリエンデ以下ダンサンカ ブーケを実験体にぶつけ、再生した準勇者ダリア・アジョアズレス以下ワイルドハントとガブリエルハウンド、こちら側の星姫、そしてお主らフラマ セラタには─。」


A、「取り込まれた準勇者、ダリア・アジョアズレスのカゲを排除する。」

A、─「そうじゃ、何せ不滅のぜネロジオはある程度模倣されたものとして、その性質を付与された準勇者が複数体じゃからの。」

B、「準勇者のぜネロジオは、どのような能力ですか?」

B、─「そこは本来なら、ワガハイにも手に負えぬ代物じゃが、カゲとして指揮するとなればほれ、カランコエならどう考えるかの?」指差されたカランコエは、きっぱりと答える。「カロリーが足りません。」「まあ、そういう事になるのじゃ、準勇者のぜネロジオ、その本質を動かすには、エルベラノ都市民を喰ろうた程度では足りぬじゃろ。」


そこまでの出力を持つぜネロジオを発揮出来る、準勇者ダリア・アジョアズレスはどのように種類の力を扱うのか。そう考えたものの、「あなた」は先に必要な質問をする。


C、「つまり、ぜネロジオの本質を使用出来ない、単なる兵器としてのカゲを排除することが、任務となるわけですね。」

C、─「そうじゃ、ただし、通常のカゲと戦闘を行うこちらの騎士を守りながら、という条件も付くんじゃがの。」


きゅうわわん。

駆動系とコアを接続し、脚部を折り畳んでいたカタギリのカメラが回転する。


「かつて、」


シリンに立ち接続をしたアロエの、エメラルドグリーンの髪に、陽光の橙色がグラデーションを伴い染め上げて、その口をカタギリが借りる。


「女神の邯鄲で時間圧縮されたクルルガンナ解放戦には、そのうち数度の、節目となる戦いがあった。」


ぱしゅううう。

アロエ(カタギリ)の立つ、ウサギとしてのカタギリ本体が、油圧系を模した脚部関節を伸長させる。


「まず、奇襲による虐殺を生き延びた者達の、生きるための撤退戦。」


これらは「あなた」がロータス綜合学園で学んだ基礎的な知識。つまり太陽系第三惑星人のルーツのひとつ。

逃げた先の原住生物、龍を殺し、土地を拓いた。


「次にクルルガンナのぜネロジオ技術再現と模倣、邯鄲により圧縮された時間の中でこれが行われ、反転攻勢に出た。」


「あなた」の知る「ダリア」の本文中では、アイクルミエェタやウバタニ、準勇者ダリア・アジョアズレスと彼女の騎士隊ワイルドハント、ダクトロハイェルルラ・エル・ベラーナ、レジーナ・レッドジーン、ワスレナ、アユーガが吠え、ユイ イーバィエ リルスとヨシオカ・ヤポニカナの率いた騎士隊サイクロンがクルルガンナ星人ほしひとの対惑星文明兵器を破壊していった時期に当たる。


「そして再結合を行なった、星系破壊兵器サン サー ラとの決戦だ。」

「この戦いで、女神の邯鄲で常に移動を繰り返していたラプリマと、私と選抜騎士寮は、反陽転斥力砲を受けて、情報ごと空間に焼き付いたのです。」


ナナカマドは、再教育騎士の制服に身を包み、襷をかけていた。


「お主ら、ワガハイが話したいことを全て言いよって。」


カタギリのシリンから女神は飛び降り、「あなた」の肩につま先で立つ。


「加えて説明するならは、その時ウラニシは都市民数万と、ナナカマドひとりの命を、天秤にかけざるを得なかったのじゃ。」


A、「教官は、今もその時の後悔と戦っているんですね。」

A、─「…そうだね。…じゃな!あやつは既に、学園教導騎士隊と協調作戦にかかっておる。」女神は「あなた」の肩の上、つま先で「あなた」の肩をとんとん、たん、と踏む。

それは小さな子どもが、新品の靴の履き心地を確かめるかのように。

それは野うさぎが、草原をゆくように。

UltraSuperGiganticのシリンで、動作指示を入力するように。

前に進むため、

生きるため。


A、「フラマ セラタ各員ウサギ搭乗、主機回せ。」

A、─「ティオ。」カランコエとナナカマドがタニガワへ、「あなた」はガルデニアの手を引いてカタギリのシリンへ、脚部のハードポイント、多目的兵装取付用穿孔に足をかけ、シリンへ上がる。ぐらぐら、と「あなた」の肩の上で女神は両腕を広げ、バランスを取っているようだ。


B、「我ら女神直属騎士隊フラマ セラタ─。」

B、─きゅおおおお、きいいいいい!「あなた」たちの立つカタギリ、カランコエのタニガワも魂の炉心を脚部関節、駆動系と接続する。


かたかたかたかた、きゃるきゃるきゃるきゃる。

ラプリマ都市中央、緊急時の即応性を考慮し、賽の目に区切られた都市区画の中心に設置された女神直属騎士隊ウサギハンガーの最終隔壁が、ウインチで巻き取られ上がる。

晴れ渡る青空、模倣太陽の光を浴びて、「あなた」たち、そのウサギは煌めく輝きとなる。


C、「跳躍を開始する。」


第九次元人の「あなた」へ。⑧ハイェルルラ・エル・ベラーナ奪還作戦 裏


C、─ぎゅ、ガルデニアが「あなた」の横から、腰に腕を回す。

た、た、とん。女神が「あなた」の肩の上で、つま先でステップを踏む。

「あなた」の鼓動と合わせるように。

ラプリマの都市全体の息遣いのように。

地球人にルーツを持つ、太陽系第三惑星人の心臓のように。

キュイイ、タ、タ、

カランコエのタニガワがゆっくりと歩行を開始して、「あなた」はリズムを合わせてカタギリの駆動系に飛鷹のぜネロジオを直結する。

タタタ、

ガィン!

重心を脚部からシリンへ移した脚走型ウサギ、タニガワへ跳躍型ウサギ、カタギリを跳ねさせる。

タタタタタ、

ギャシィ!

タニガワのシリン後方をカタギリのシリンと接続、その運動エネルギーのままにカタギリは脚部から、二騎のシリンを中心として進行方向へ縦回転、

ぶぅお、ガィン、

カタギリの脚部、先端の爪装甲が跳躍路を掴み、

ダァン!

模倣太陽から右を向いた方角、地球の言葉なら西へ跳ねる!

ギュルギュルギュル!

跳ねた勢いそのままに縦回転し、大気を纏うようにつむじ風を巻き起こす!

ぶわああ、ッタ、タタタタタタタタタタ!!!

跳躍、回転、単騎56トン相当のウサギ二騎の質量、運動エネルギーをそのままに、タニガワが脚走を開始する!


「補助バランサー、カタギリタニガワ両騎各種駆動系正常。」


元スマートフォン、同サイズ同重量のアロエが「あなた」の肩上で報告する。


「戦術通信帯域正常、太陽系第三惑星人各騎士隊との接続良好です。」


カランコエと女神、ガルデニアと「あなた」の肩それぞれに、幽霊として同時に半透明となった手を置き、ナナカマドが報告する。


タタタタタタタタタタ!

タニガワはラプリマ都市区画を抜け、都市全体を包むルリローの境界を抜ける!


「みーなさま、あーのーはあれたひにー♪」


ウサギの連結部、魂の炉心の内部へ位相的に存在の根拠、ありかを移したガルデニアの歌声が、アンカラとなる!


「「さて、春都市ラプリマ、秋都市エルアートヌ、冬都市エルヴィエルナ、各都市ダクトロ、アウタナ・セリフラウ、マルバノキ、ユキヤナギ!以下ルリロー、アンカラ、コル、コルソ!シルヴィトーよ!太陽系第三惑星人よ!カネクトゥスのグランディオサ ホーラよ!」」


女神が、「あなた」の肩の上、つま先立ちで、ウサギ炉心内部ガルデニアの、UltraSuperGigantic、惑星質量複数個分を光崩壊させ圧縮し鉄とした、無尽蔵の熱量を使用し、既にかつての太陽系ほどその版図を拡げた、太陽系第三惑星人それぞれに、呼びかける!


「「気ぃ張れや!星を墜とすぞ!」」


しぃぃぃん。

カタギリの、タニガワの駆動音はもとより、加速による風切り音、展開する各騎士隊のウサギのうねりすら、静まり返る。

タタタ、タタタタ、タタタ。

タニガワや他騎士隊の脚走型ウサギの駆ける音が響く!

それは生命の鼓動のような、力強さと繊細さを伴った!


かつて平凡な女子高生、いち星系のいち惑星、いち島国のいち地域で生まれた、ただの女の子。文字と挿し絵で表現される2次元世界のいち文字列、蓮坂舞。彼女は幼少期、第十三次元人のある個体に、ラジオのノイズから脳に映像というかたちで処理をされたメッセージを送られた。

病による死の淵に於いて、彼女はそのメッセージの通りに、暴風雨を伴った巨大台風に合わせ、己を自宅兼小規模の冶金工場に電気火災を起こし、自身の意識と記憶、人格を保持したまま、魂を地球の持つ重力、質量により捻じ曲がった空間を離れた。


「「暗く冷たい光の海に─♪」」


女神ロータスは、命を奪われるはずだった高熱と意識の混濁の中、自然と口から出た、祝詞を口ずさむ。

乙女座銀河団を巡る、天の川銀河を─。


タタタタタタタタタタ。

カランコエのタニガワ、他騎士隊の脚走型ウサギが扇型の陣形を組み、それは何層にも重なる。

そして天の川銀河中心天体、いて座Aスターに辿り着いた意識保持熱量、蓮坂舞はその、銀河の熱量移動全てを収集、記録、全ての事象の彼方へ運び去るその一点を、星系複数個分の空間、惑星に近似した領域、命球として再現した。

いのちが、もう一度生きられる。ブラックホールという観測された事象。その内部に記録された熱量の再生。仮定の中にあって、観測が不能のため何が起きても、地球人の見出したあらゆる宗教、哲学、科学なにものも反論と反証が行えない、もうひとつの地球、命球。


「「青く輝く宝石ひとつ─♪」」


存在を認めるわけにはいかない、超大質量ブラックホールの中に再現された惑星と文明、知的生命体とその資源となる原住生物。

それを観測した存在。

銀河間を航行し、さまざまな生命種を同族化してきた、数百万年同一文明を保持してきたクルルガンナ。彼女らは太陽系第三惑星人という、ルール破りの惑星文明と接触し、そして、双方合わせ数千億となる犠牲の絶滅戦争、その引き金を引いた。

誰だって、暗闇の中で輝く宝石を見つければ、手を伸ばしてしまうもの。


「「その輝きのひとかけら♪」」


命球の、ブラックホールの、熱量移動記録という特性を利用し、彼らとの出会いの瞬間からのやり直しを選択した女神は、自身の意識が保有する「絶滅戦争が起きた記憶」のため、やり直した回数分の虐殺と、殺戮を目にした。

そして事実を受け入れた彼女は、クルルガンナ星人ほしひとと同様、可絶文明を瞬時に焼却、または溶融させる結論に辿り着いた。

ブラックホールは、その質量で歪めた時間と空間により、あらゆるものを捕らえて、引き摺り込む。そうして、引き摺り込まれる速度とその摩擦でプラズマ化するその熱量を。


「「さんさん、さんと、輝いて♪」」


まばたきの間だけ、任意の範囲へ顕現させる。

かつての交通要衝として春都市ラプリマ、秋都市エルアートヌ、冬都市エルヴィエルナの中心にあった夏都市エルベラノ、そこは先端技術、特にクルルガンナ星人ほしひとの運用していたものを研究する大型施設でもあった。流通拠点としての都市構造、さまざまなビルヂング、交通路が、邯鄲の熱量を受けて光と、プラズマと化し、都市自体が光となる。


「「おしまいっ♪」」


構成物質と空間そのものがプラズマ化していたエルベラノは、その一言で粒子レベルで、先ほどまでの振る舞いを止め、元の都市構造を再現する。

都市全体を飲み込んでいた対惑星文明兵器その実験体は、地表に張り出していた茎や葉、花などは邯鄲の熱量により融解した。

地中深くに張り巡らした地下茎、根を急速に成長させてゆく。


「「者ども、かかれい!」」


再生途中の実験体は、既にダクトロハイェルルラの不滅のぜネロジオをある程度模倣していた。大元となる茎が伸び、都市を攻囲して、そこへ突撃する騎士隊へ、無数の鱗茎から、取り込んだエルベラノ所属騎士の転写模倣体、カゲを展開する。このエルベラノ式対惑星文明兵器は、太陽系第三惑星人のかつての祖先、人類の故郷、地球の植物特性を組み込まれている。鱗茎とは、「あなた」へかんたんな言葉で表せば、玉ねぎやユリ、彼岸花が身近な植物となる。玉ねぎを一枚ずつ剥けば、それはたくさんの、薄い皮のような鱗茎が続く。その一枚一枚に、この対惑星文明兵器が吸い尽くした、エルベラノ都市民いち千さん百きゅうじゅういち万千きゅう百命、ひとりひとりが、記録されている。

それを、吸い上げた情報を、転写、模倣して再生し、自律兵器として運用する。

ひとつの惑星と、そこに息吹いた知的生命体の作った文明を、効率的に破壊と殺戮を行うには、原住生物を対惑星文明兵器と変化させるクルルガンナ星人ほしひとの手段とはまた別の思想を持った、かんたんに表現すれば模倣と改良、最適化により発展した太陽系第三惑星の地球人ならでは、と評価せざるを得ない。


「「各員陣形、鱗!次の波を凌ぐぞ!」」


しゅぱああああ!

みっつの騎士隊が、都市区画の遺骸の上で展開し、ランサーを一斉に完全励起する。

「あなた」は彼らを一瞥し次の区画へ。


「「女神、ご照覧あれ!ゆくぞおおお!」」


ばすう、しゃかかかか!

砲撃型のウサギが放つ、青い煌めきが転写模倣体の群れに刺さり、脚走型のウサギが質量兵器として突撃してゆく。


彼女ら、彼らの咆哮の絶えない中を、カランコエのタニガワは駆ける。「あなた」の肩の上に立つ女神は、美しい銀髪を、特徴的な青と黒の、袖だけで羽織るコートを百数十メートルほどに展開し、翼の生えたウサギのように、女神ここにあり、と騎士ならば誰しもが理解できる姿で戦場を駆ける。


「よせーては、かーえす♪」

「波のー泡のよにー♪」


ガルデニアと女神が、ダクトロ達のリーディングに合わせ、コーラスを歌う。

かつて、地球にあった数多の戦場において、旗を持つ兵士が戦意の高揚となったように、女神の特徴的なシルエットは、その歌声を聞いた、女神のルリローに直接守られたという事実、実感自体が苦境にある騎士隊、騎士それぞれの力となる。


「「主目標、準勇者転写模倣体の発生を確認。左翼が削り取られます。」」


戦場を駆けるタニガワの上にあり、接触した各騎士隊に分霊と言う形で、右手肘を無数に残していた幽霊、ナナカマドが淡々と報告する。


「「そちらはこっちでやる!フラマは次のを!」」

「「ティオ!」」


ガブリエルハウンドのパンパスグラスの通信、ナナカマドが返答し、

そして

タニガワの進行方向、遠くで特徴的な、暗く紅い煌めきが起こる。


「さて、ワガハイはこのまま、戦域の掌握を続ける。」


女神が「あなた」へ告げる。

つまりガルデニアとカランコエ、ナナカマドとアロエ、カタギリとタニガワの力を借りず、「あなた」ひとりの力だけで、準勇者のカゲと対峙する。

タニガワがカゲに接近した!

ダンッ!

「あなた」はシリンから跳躍し、滞空したまま名乗りをあげる!


A、「女神直属騎士隊フラマ セラタ!」

しゅいいい!

A、─収束する煌めきは、暗く紅い髪の女性の姿、準勇者へと変わる!


B、「騎士隊長ナイン・エルナ!」

にたああ。

B、─顔の無いその転写模倣体は、「あなた」の方へ首の軸を曲げ、口の端を広げ、嗤う。


C、「参る!」

ヂイイイイイ!

C、─「あなた」は流れるような動きでランサーホルスターから黒鉄の槍を引き抜き、完全励起させ、その勢いで斬りかかる!


ギィィィ!キィン!

カゲも同じく、暗く紅い、ランサーの模倣を行い、完全励起し白熱化した「あなた」のランサーと切り結ぶ!

カカカカカ、キィ、ン!

A、剣戟の応酬の後、「あなた」は袈裟斬りを刃で受け、相手の斬撃の流れそのままに腰を落とし、膝を狙う!

ガシィ!

A、─重心を移動させた「あなた」を狙いカゲの蹴りが放たれる!

ザザッ!

B、カランコエ、ウラニシ教官との組手で身に付けた通り、その蹴りの威力を最大限に殺すため、カゲの足が蹴った力の流れの方向へ転がり、右腕をバネにして跳ね飛ぶ!

B、─転がる「あなた」の胴体を貫くようにカゲはランサーを突き刺し、跳ね飛び回避した「あなた」を蹴り上げる!

予測していた!飛び上がりざまに捻りを加え、蹴り上げを受けて向き直る!

C、C、─「ディスティノ!」

ダキュウウ!

「あなた」とカゲはほぼ同時に祝詞を短縮した必殺の銃撃を、銃身を握る手指の形から放つ!

ジイイイイイイイイイ!

お互いの銃撃、黒鉄のポデアの弾丸が拮抗し、お互いの左腕で練り上げる力の奔流、殺意そのものが本来ならば正面衝突し分散する運動、質量エネルギーを維持したまま周囲の大気を焦がし閃光を生み出し続ける!

A、A、─「暗く冷たい光の海に─。」

きゅうううう!

黒い渦が「あなた」とカゲの周囲で渦を巻く!

お互いの弾丸が生み出す熱量を、大気の振動を、光を、黒い渦が巻き取ってゆく!

「あなた」には、本来この祝詞を唱えるだけの力量と経験、資格が足りない!

しかし今!

唱えなければ!

「あなた」の肉体は破壊され!

その次にこのカゲは誰かを殺す!

力を持たない「あなた」がこれを唱えることで発生する矛盾が、「あなた」の腕と頬へ紫電のバックラッシュとして絡み付き「あなた」の身体を焼く!

理性が!

本能が!

戦う事を!

拒絶する!

しかし!

「あなた」の魂は!

諦めない!

B、B、─「我ぞ花よと舞い踊る─。」

ジイイイイイイイイイ!!!!!

常にお互いを殺そうとする弾丸に運動エネルギーを与え、常にぶつかることで歪み続ける軌道を矯正し続け、さらに祝詞の反動で手指、腕、肩まで紫電が食い込み「あなた」を焼く!

それは上半身に留まらず腰骨を焼き!

ついに「あなた」の姿勢が崩れる!

「食ぁべ、ほーだい♡光のつるぎ♡」

勝利を確信したカゲがさらに嗤う!

「あなた」からの出力が減少したことで押し戻された弾丸が「あなた」の眼前に迫る!

「ヤリラ ルーマ♡」

カゲの展開した黒い渦から、閃光が放たれ、それは、その光景は「あなた」の飛鷹のぜネロジオで1ナノ秒単位で認識されて「あなた」に迫り─!


「ナーイーンー!」


時間の振動すら飲み込む黒い渦の中で、その声が聞こえた。


A、「光の海の─。」

「あなた」はかつて、飛鷹のぜネロジオを編み出すため、時間圧縮する邯鄲の中で、七万と五千三百回の死を経験した。

B、「いのちのつるぎ─」

「あなた」はかつて、現勇者トモによる、その力の発動を瞳に焼き付けた。

C、「ヤ リラ ─。」

己の放った弾丸と、それを押し返すカゲの力。己の腕を喰らう紫電の龍、それらを貫き「あなた」に迫る、準勇者の転写模倣体が放った閃光すら─

しゅ、

飲み込んで。


A、B、C、「ルァーマ、エンデ!」


ぱああああ!


A、B、C、─「あなた」がさらに展開した新たな光の渦は、先の黒い渦とカゲの放った閃光すら飲み込み、巻き取り、青、紫、赤、橙、黄、緑の淡く白い輝きを放ち、準勇者の転写模倣体を、その痕跡すら残さず光へ還元した。


A、「ふぅぅぅ─はぁぁぁ。」ゆっくりと、全身に力の流れを通すイメージで残心を行い、深呼吸をする。都市中央に咲いていた異形の花、実験体もまた、恐らくは準勇者ダリア・アジョアズレスと対惑星文明兵器モモ・クルルテラの放ったであろうヤリラ ルーマを受けて、光へと還ってゆく。


タタタタタ、キキィーッ!

駆けてきたタニガワが急制動をかけ、その勢いのままガルデニアたちが「あなた」へ飛び込んでくる。


ごろごろごろ!

ガルデニアとカランコエの、ナナカマドとアロエすら「あなた」に抱きつき、加速のまま転がる!


もみくちゃにされて、焼け爛れた腕と上半身を撫でられる。


A、「あは、は、いた、痛い!痛い痛い!」

A、─「ナーイーンー!」「ナイン!」「ナインさん!」「ナイン!」

それでも「あなた」のパートナーたちの手は止まず、そして「あなた」はいまさらの激痛に意識を手放した。


ち、ちゅん、ちゅんちゅん。

懐かしくも、命球では聞くことのないはずの、不思議な声が聞こえる。

A、目を開く。「あ痛!」

A、─何のつもりも無く動かした上半身が痛む。

よく見なくとも、利き腕の指先から肩まで包帯が巻き付けられている。

窓の外にはよく見る街並み、ラプリマのものが見え、ここは学園の医療棟だとわかる。

「あなた」も在学時にケンカをして、運ばれた経験があるからだ。


「むにゃ…。」


「あなた」のお腹の上にはガルデニアが上半身を乗せ、寝息を立てている。


ち、ち、ち。

その茶色で腹側が白の小鳥、スズメは、咥えた手紙を「あなた」へ渡し、飛び立った。

さああ。

爽やかで少し暖かな春の風が、スズメが飛び立った窓から流れ込み、「あなた」の髪と頬を撫でる。


A、手紙を開く。丸みを帯びた独特の走り書き文字で、誰が書いたか予想がつく。


A、─「次回予告!ついに準勇者とほぼ同等の戦闘力を持つ転写模倣体すら撃破した、第九次元人の「あなた」!しかし勇者、準勇者の閃光すら凌駕する出力の新必殺技は「あなた」に強制的な休息をもたらした。ぶっちゃけ病院のベッドで寝てたらひまひまでしょ?こっちの世界の記録を送るからそれ読んで暇つぶししてて!ってゆーわけで次回、第六部 第九次元人の「あなた」へ。⑨、星姫奪還作戦!「未来が焼かれた世界でも、やれることはいっぱいあんねやー!」読んでくれないと、ディスティノしちゃうぞ!」


「お見舞いにはおまんじゅうだと思います〜。」

「元気の出るチキンです!」

とたとたとた。

ナナカマドの話し声とカランコエのかわいい足音がする。

もうじきここも騒がしく、賑やかになる。

「あなた」は手紙を折り畳み、眠りこけるガルデニアの頭を撫でた。


第九次元人の「あなた」へ。⑧ハイェルルラ・エル・ベラーナ奪還作戦 裏 了



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