刹那トラッカー発動編⑤星空ロマンティカ
ふぉ、ん。
「あなた」が瞬きをすると、そこは白を基調とした、潜次元戦艦リコペルシカの内部だった。
「む、ナインか。」
目の前には、機械の管で構成された腕と何らかのボードゲームを行うウラニシ教官がいる。
ぱち。
機械の管腕が一手指す。
「待て!今のは!」
慌てたウラニシ教官が声を上げるが、管腕は返事を返さない。
「ああ、そうだ。」
年老いた老兵は、眼鏡を人差し指で動かし、位置を調整する。
ぱち。
一手指し、「あなた」へ向き直る。
「私は、いつも決断が遅れる。そしていつも、大事な物を、喪って来た。」
「あなた」は頷く。
娘を、妻を喪った彼の言葉を。
「次の刹那トラッカーでは、先輩がカランコエと「おまえ」の旅程に割り込んだそうだ。」
「あなた」は苦笑いする。
ウラニシ教官の、ロータス綜合学園での先輩だったナナカマド。彼女はクルルガンナ解放戦の決戦に於いて、対星系兵器サン サー ラによる極大熱量の照射を受け、選抜騎士寮ごと空間に焼き付いてしまった、地縛霊。
「もう、行ったほうがいい、ここで油を売っていると彼女らに引き摺り込まれるぞ。」
頷く「あなた」へ恩師は、軽く手を振る。
「先輩によろしく。」
その言葉に「あなた」は「わかりました。」と返事をする。上官と部下でも、教師と生徒でもなく、ただの、顔見知りのヒト同士として。
ざっ。
踵を返し、「あなた」は再び白い闇に落ちてゆく。
しゅ、しゅんしゅ。
青い走査線が視界を埋め尽くす。
「あなた」は軽く、目を閉じて。
ぶるるる。
音がする。
太陽系第三惑星地球ではよく聞いた、化石燃料を使用した駆動機関を持つ四輪車両のエンジン音。
ひゅううう。
風が「あなた」のおでこと鼻、まぶた、頬とあご、喉元と耳、髪を撫でる。
「ナインさんが乗って来ましたよ。」
ナナカマドの声。
目を開こうとした「あなた」のまぶたが、両手で覆われる。
「ふふ、私は誰でしょう?」
そんな事を聞かれても、ひんやりとした半透明の指は─、
A、「マドカ。」
B「ナナカマド。」
たた、す、かか、たん。
車体後方の排気筒、管が妙な音を立てる。
A、B、─「はい、「あなた」のマドカです♪」夏の模倣太陽からの日差しの中、ひんやりとした両腕と胸が、「あなた」を包み込むように抱きしめる。
キュイイアアアアア!
それなりの速度を出していたオープンカーが、急ブレーキと共に車体を捻り運転席を軸にして半回転する!
ダンッ!
ハンドルを両腕で叩く音!
ビィイィィイー!!!
耳をつんざくようなクラクションが青い空に響き渡る!
「はあ、はあ!」
運転席の少女は、「あなた」とナナカマドに上半身を向けて!
「今日のナインは、私が独り占めするはずですが!!!!!」
本当は、もっと相応しい形容と態度があったとは思うけど、「あなた」はカランコエに見惚れてしまった。
両手を戦慄かせる金髪の少女は、この旅行を楽しみにしていたのだろう。普段の騎士制服に赤いケープではなく、胸元を見せつけるような真っ青の水着、極端に短くしたパンツからは、水着の紐が覗いている。
何より、特徴的なふわふわのクロワッサンのような縛り巻き髪は、模倣太陽の光を受けてきらきら、輝いている。軽く「あなた」ごしにナナカマドを睨む瞳も、ご機嫌がよろしくない、しかし、へにゃっと曲がった唇も愛おしい。
と、ん。
「あなた」の両肩を、ナナカマドの細い指が軽く押す。
A、言葉はいらない。カランコエを肩から抱きしめて口付ける。
B、「カコ、笑って。」戦慄く手を取って、膨らむほっぺに指を添えて、くすぐる。
A、─「んん、ナイ、んっ。」戸惑った表情のカランコエは「あなた」の口付けに抵抗するそぶりを見せたものの、大人しく目を閉じる。
B、─「も、もー、ふふ、ナイン♡」ふわふわのほっぺたを指先でなぞり、緩み始めた唇を摘むと、「んっ♡」カランコエの方からキスをした。
さああ。
波の音と、潮の香りがする。
騎士になるという夢を諦め切れず、情報配達人となってからも、普段から負荷をかけて鍛錬を続けてきたカランコエ。彼女の手を取って再び歩もう、と声をかけた「あなた」。
それからの戦いの記録の中で、今は初めて心穏やかに過ごせる1日。
見つめ合い、微笑み合う「あなた」達の隣で─。
「んーっ!んーっ!」
両手を握り、唇を突き出してナナカマドがぎゅーっと目を閉じている。
「はあ、私はキス出来たので良しとします。もう少し走りますので、ナナカマドを捕まえていてください。」
カランコエはハンドルに手をかけて、左足でクラッチを踏みながら、右足でアクセルを…黒塗りの車内にあって薄い黄色の混じった白いふとももは、健康的で─。
ぱっ。
細く、白い指、むしろ透けて半透明の指が「あなた」の視線を覆う。
「今は私を見てください〜。」
ぎゅるる、るー。
加速を始め、木や岩を、過ぎ去った時間を置き去りにして、車は走る。
幽霊のため下半身が雲や霧のようになっているナナカマドは、助手席に座る「あなた」の膝の上に腰掛けるようにして抱きつき、顔を近づけている。
A、「マドカ、その…。」
B、「今も、リコペルシカに中継されているんだよね?」
彼女は普段の着物ではなく、ガルデニアの着けていたような、シースルーの半透明の、水着ではなく、
A、B、─「ふふ、大事なところはナインさんにしか見えないようにしていますので〜。」
シースルーの、半透明の布だけを着けていた。
A、「話が違う!水着は必要なの!」
B、「いいから下に何か着て!」
ナナカマドは幽霊となってから、永い間選抜騎士寮の管理人として沢山の騎士が生きて、死ぬところを見葬ってきた。「あなた」を主人として取り憑いたことで、再び生きる喜びを得たのは理解できる。
しかし─。
この様子が中継されているのなら、ウラニシ教官も見ているはずだ。憧れの先輩を救えなかった苦しみを戦う理由としてきた彼は、今目の前ではっちゃけている彼女を見て、何を思うのだろう。
しゅうう。
カランコエが右足のアクセルを弱め、次第に減速した駆動体は路面との摩擦抵抗により、緩やかに停止した。
かちゃ。
「この辺りですね。」
ドアを開け、カランコエが降りる。「あなた」も同じように車を降りた。明るい赤を基調とした、天井を取り払った車。
A、「レタ ラ リベの?」
B、「かわいいね。」
A、─「はい、ウサギの脚甲を加工して車両としました。」
命球に再現された太陽系第三惑星人が持つ金属は、罪人の魂を光崩壊させて産み出した鉄しか無い。つまりこの車体は軽量に見えて、地球型の岩石惑星ほどの重量がある。よく見ると、地味に浮いているように見える。
B、─「ふふ、配達人のカラーは赤ですから。」
赤、青、緑、そして「あなた」たち再教育騎士の黄色、ロータス総合学園の制服にもあるように、鮮明な色は見つけやすい。その鮮やかな赤を纏ったこの車も可愛らしい。
「んーっ!」
足を肩幅に広げたカランコエは、背筋と組んだ両手と両腕をまっすぐ伸ばし、腰の上から左右に曲げ伸ばす。
「それでは荷物を下ろしますよ。」
がこ。
そのまま車体後方のトランクを開け、腰を曲げて大きめの保冷容器を取り出した。必要以上に短くしたパンツから太ももが眩しく見える。
一緒にお風呂に入ったりそれ以上の事をする間柄、パートナーとは言えその後ろ姿は─。
「何をぼさっと見てるんですか。」
A、「うん、手伝うよ。」そう「あなた」は言ってカランコエの取り出した荷物を持とうと─。
B、「ごめん、見惚れてた。」こういうのは正直に告白しよう。赤い車体に上半身を沈み込ませる黄色の縛り巻き髪、白い身体に目の覚める青の水着、目を離す方が失礼だ。
A、─「ありがと、あっ。」指が触れ合った。カランコエの指は騎士であるものの、細くしなやかで。それ以上の事をしているのに、「あなた」とカランコエは出会った頃のように、お互いの指を恐る恐る触れる。傷付けないように、怖がらせないように。つん、つん。指先で触り合い、そして絡める。繊細でいて、けれど力強い。「あなた」が騎士として立ち上がらせた、ふわふわの巻き髪の女の子。
B、─「は、い…。」がしゃぁーん!カランコエの手から滑り落ちたリストバンドが、荒々しくあり得ない音を立てて砂浜へ沈み込んでゆく。先祖代々の自己鍛錬とそこから練り上げたぜネロジオを持ち、本人もまた行住坐臥において徹底的にトレーニングを欠かさない。赤面して俯いたカランコエの足元では、ずぶずぶとリストバンドが砂浜に沈み込み、周囲を赤熱させてゆく。
「ヒューヒュー!おアツいふたりが青春してるー!」
ナナカマドの言葉に我に返った「あなた」とカランコエは、慌てて荷物を受け渡す。
「そ、そもそもナナカマドだってナインといちゃいちゃしてたじゃないですか!」
ひょい、と何事も無いかのようにリストバンドを拾い上げカランコエは口を開く。
「だって告白する前の、付き合う前の友達同士みたいな感じだったじゃないですか。あー私もナインさんとドキドキした青春しちゃおっかなー!」
ぼ、ん。
ぽぽぽぽぽん。
何処からか、丸く短い鼓を平手で叩く音がする。
音に合わせて真夏の砂浜に、深い山で採れるような木で組まれた台と、空から黒と緑色のストライプが繋がったような布が降りてくる。
カン!
軽く丈夫な木の棒をぶつけ合う音。
和装のナナカマドが「あなた」の左手、台の後ろに立つ。
「時はいつだかわかりませんが!」
和装のナナカマドが声を上げた。
「とある夏の日、渚にて!」
ざあああ。
黒い頭巾と黒いぴっちりした衣装のナナカマドが現れ、筒を振ると、浜辺の、潮騒のような音がする。
「うら若き乙女とその恋人になる若者ふたり!」
いよぉ〜っ!
何処からか、ナナカマドの声が上がる。
ぽんっ。
鼓の音。
さああああ。
幕が上がる。
「あなた」の目の前には、紺色のセーラー服に赤いネクタイリボンを着けたナナカマドが立っている。
そうだ、今日は先輩の卒業式。
「急に呼び出して、どうしたんですか?ナインさん。」
ひゅうう。
爽やかな春の風が吹く。
はらはら、と桜の花が舞い散る中、「あなた」とナナカマドは学校の中庭で向かい合う。
A、「今日は、ナナカマド先輩に伝えたいことがあって─。」「あなた」は照れくさそうにナナカマドの瞳を見つめる。
B、「…っ。」笑顔のナナカマドを前に、言葉に詰まる。いつもより素敵で、輝いて見える。
それでも、片想いをしていた先輩に、想いを伝えないと─、「先輩のことが─。」
A、B、─「2度とその手は通用しませんからー!」どっぱァァーん!「あなた」とナナカマドに大量の海水がかけられる!真夏の模倣太陽に照らされ、ちりちりと肌を焼く紫外線に生ぬるい海水が頭から降り注ぎ、「あなた」の意識を浜辺に引きずり戻す!
A、「こ、これが!」
B、「活動弁士のぜネロジオ!」
完全に、空気に呑まれていた─。
A、B、─「あら、ウサギごと駆け出したので、ナインさんは諦めてくれたと思っていたのですが〜。」
「意識が塗り替えられる前にぜネロジオの範囲外へ退避したんです。おかげでナインの心を取り戻せました。」
ふぉ、ふぁ、ん。
ナナカマドが複数の分霊を出現させる!
シュキィィィ!
カランコエの周囲につむじ風が起こる!
けああ、けええ。
白い海鳥を模倣したオブジェクトが、鳴き声を再生する。
「ナインさんは、私のセーラー服に見惚れていましたよ?」
「(ナインが見惚れたのは)私だあああ!!!」
キュイイン!
カランコエがつむじ風と共に駆ける!砂浜の上とは思えない音!まるで金属同士が擦れ、奏でる不協和音!砂浜とは言えその粒は元は貝殻、岩石、鉱物であり、つまりは金属である!ぜネロジオを完全に励起させて駆けるカランコエの足を上げて、下げる速度は細かな金属の電子の方向、流れを揃え、更に加速させ、空気中の粒子、原子、分子を身体で切り裂いて生み出すつむじ風は「あなた」の頬をも切り裂く勢いだ!両手で耳を押さえ歯を食い縛り、口の端を開くことで「あなた」はその風圧と衝撃を逃す!
準駆騎士!
かつて勇者ゲンザンの師であり、星姫アセデリラ・アルマコリエンデの育ての父でもあった駆騎士キミタケ!その系譜に準う称号を、カランコエはその父たち、母たちたと彼女の弛まぬ鍛錬の結実として勝ち取った!
これが、準駆騎士!
A、「ふたりともー!」
B、「ぼく/私のために争うのはやめてー!」
スタァン!
A、B、─「あなた」の叫びを皮切りに、カランコエが疾風となり駆ける!「─ャ、」「─ガヨイェヲン!」どちらともなくランサーを起動し、カランコエがナナカマドの分霊を切り裂き、ナナカマドがカランコエの行手を光化させる!
もうめちゃくちゃだ!
2人ともガルデニアには甘いが、お互いは常に牽制しあっていた!「あなた」とお風呂に入るスケジュールやお布団で眠る順番、洗面台に置く歯ブラシとコップの位置、向きですら!
カランコエはナナカマドより速く、ナナカマドは幽霊のためカランコエの攻撃を無効化できるものの、決定力が無い。つまり彼女らはそれを承知の上で駆け回って、飛び跳ねている!本気でお互いの存在を光化させようとしつつも、じゃれあっている!
A、「リコペルシカの中は狭いもんね。」
B、「ストレス溜まってたのかな。」
「あなた」は何とは無しに、そう呟いた。まだその全容を把握していないとは言え、あの白を基調とした戦艦の中では思う存分走り回って、飛んだり跳ねたりは出来ないはずだ。
A、─「元はと言えばナインさんが─。」
B、─「私と遊んでくれないからですがー!」
ナナカマドに抱き着かれ、カランコエに持ち上げられた!
A、「ちょっと─。」
B、「待って─!」
A、─「言いたいことは─。」
ナナカマドが「あなた」の顔を胸に抱く!息ができない!
B、─「それだけですかー!」
カランコエが海へ向かって走り出す!逃げられない!
タタタタ…ダンッ!
一瞬だった。
「あなた」はナナカマドの胸に埋まり、カランコエに抱えられ、空を飛んだ。
ふわ、り。
重力から解き放たれた感触。
そして─。
ざ、ば!
ぼこここぷ、ぷぐるるる…。
ナナカマドに抱きしめられながらでも、着水の衝撃と水圧により身体に負荷がかかったのがわかる。
ぷるぐぐぐ。
ゆっくりと目を開ける。
ぽこぽこぽこ。
ナナカマドの身体が水流に流されるようで、それでいて動かずにその場で揺蕩っている。
天の川銀河中心天体いて座Aスターにおいて、太陽系第三惑星地球の海を模倣して再現されたブランカ スタランダ、アマザの海。
言わば、幽霊の海。
その再現された空間に、情報として焼き付いた幽霊。
現実の肉体では無い。
当然、ドットと文字だけで構成された世界で泳ぐという行為は、その描写の中に留まり、実際の「あなた」の肉体のある世界で起きる事実ではない。
だから、ナナカマドは知らない。
だから、泳ぐという行為も知らない。
実際に肉体を持たないナナカマドは、水中で泳ぐ事、自分の肺活量と全身の筋肉の動きを制御して、水の抵抗を受けて動く楽しさを、実際には理解できない。
ナナカマドはただ、海の中で微笑んでいる。
カランコエに視線を送り、ナナカマドに近付く。
ぎゅ。
手を握る。
カランコエが「あなた」たちの前で、両腕を対側に準わせ、ゆっくりと上半身、腰と両脚を動かして海面へ向かう。
「あなた」もナナカマドの手を引き、ゆっくりと海面へ向かい、目を閉じて。
ざ、ぱぁ!
きぃー、つぅー、ん。
気圧の差で耳鳴りがする。
目を開く、「ぷ、はぁーっ!」大きく息をする。水中で呼吸を止め、水上で呼吸をする。酸素を取り込む。
「ん、はぁーっ。」
ナナカマドも「あなた」とカランコエの真似をして、呼吸の真似事をする。
海を知らずに死んでしまった彼女へ、海の中では呼吸を止め、大気中でのみ呼吸が出来るということ、陸上生物はそうやって生きると言うことを、感じさせる。
A、「マドカ、もう一度行こうか。」
B、「まだ、泳ぎ足りないでしょ。」
「こーやって、息を大きく吸って、目を閉じて潜ります。はああーっ。」
ざ、ぷ。
カランコエがナナカマドへ、大きめの声を出して説明して、潜る。
A、B、─「はい!」
ナナカマドと「あなた」は「すううぅー!」大きく息を吸い、さぷぅ!潜った。
ぷくぷくぷくぅ。
緩やかな潮の流れに沿うように、カランコエは身体をくねらせて、脚を動かす。
「あなた」は手を繋いだままゆっくりとナナカマドの方を振り返り、脚を動かして泳ぐ。
ナナカマドは同じように身体を動かし、生きていた頃の自分では体験できなかった、水中での、水の抵抗を受けての泳ぎを真似る。
ざ、ぱぁ。
それから何回もナナカマドと潜り、カランコエと泳ぎ、「あなた」たちは水面へ顔を出した。
「もう慣れたみたいですね。」
「それはそうなのですが〜。」
「どうしたの?」と「あなた」が尋ねると。
「お恥ずかしながら、お腹が空いて来ました〜。」
「ふふっ、ナナカマドったら。」
カランコエが笑い、「あなた」も「それじゃあ、ご飯にしよう。」と返した。
模倣太陽は澄んだ青空の、「あなた」たちの頭上中天にあり、その電磁波は砂浜を焼いている。
がしゃ、がしゃ。
カランコエが持ち込んだ荷物から必要なものを取り出し、「あなた」にずしりとした金属の棒を手渡す。軽々と手渡されるものの、両手で腰に力を込めなければ持てなかった。「軟弱ですよナイン。」カランコエは笑いながらそれの両端に紐を括り付けた。
ざ、ざ。
カランコエは手で砂浜に軽く穴を掘る。
「はい、その辺りですね、行きますよ。」
「あなた」は「うん。」と答え、「そー、れっ。」カランコエの掛け声で一緒に杭を立てる。ぴん、と括り付けた紐が張る。同じようにもうひと組の杭を立て、軽い石を薄い布で結び、杭の内側から紐に投げ、屋根を張る。
「火が通りましたよー。」
四脚の調理器具でナナカマドが火を起こし、持ち込んだ食材を焼いている。
「いつもはガルデニアがしてましたけど、代わりに私が行います。ナイン、よろしいか?」
食祭の儀式としての手順。
カランコエに「認証します。よろしくお願いします。」と「あなた」は返し、場の空気が静まる。
カランコエは厳かに口を開く。
「ここにいる食材の元になった命たちを以て、ナイン・エルナを主人とする我らフラマ セラタは今日一日を生き存えます。彼ら彼女らの、尊い犠牲に感謝を。」
カランコエの祝詞により「あなた」とナナカマドの腕は顔の前で手を合わせる形になる。
「それでは、有り難くいただきましょう。」
その言葉に「あなた」と2人は「いただきます。」と宣誓した。
「泳ぐのは楽しいですけど、お腹が減りますね〜。」
実際に身体を動かしたわけではないが、ナナカマドはそれでも「あなた」たちと泳いだ。「あなた」が息継ぎを教えて、カランコエが実演した。おっとりしているナナカマドはそれでも、息継ぎをして、海の中で目を開き、泳いだ。ただ暗く冷たい選抜騎士寮の中で降り積もる悲しみを見て来たナナカマドには、それだけで生きていると言う実感が得られたのだ。
「そうですね。ナナカマドもですがナインもしっかり食べないといけませんよ。」
かんたんな折りたたみ皿の上に、炭火で焼かれた何らかの肉が乗せられた。
A、「美味しいけど、お肉ばっかりは─。」
B、「甘いものが食べたい…。」
とうもろこし、ピーマン、玉ねぎ。そしてそれらを上回る量の肉、肉、肉。前回ガルデニアと海に来た時はさまざまな魚を焼いて食べたものの、それぞれ岩塩やハーブ、オイル漬けなどの、わ旅館プリナ ィ アマザの趣向を凝らした調理がされていた。
しかし、今回はスタミナの付く肉料理が主体だ!舌の上でとろける赤身肉もはちきれんばかりの腸詰肉も燻しに燻されたカリッカリの塩漬け肉も、そのどれもが山盛りだ!既に「あなた」はそれらを2kg以上口に突っ込まれている!
A、─「有り難く命を頂くのです。文句言うとおやつ抜きにしますが。」口に揚げたドーナツを頬張りながらカランコエは言う。常に鍛錬を続ける彼女は運動能力維持のために、現代地球で言うところの毎回の食事で、1万5千キロカロリー以上を摂取する必要がある。
B、─「それでしたらぁ、私のクリームソーダはいかがでしょう。」ナナカマドが炭火串焼き肉を胸に挟み、クリームソーダを手渡して来る。顎からの汗と串焼き肉脂の滴り落ちる胸元は模倣太陽の光を受け、てらてらと輝く。普段なら気にすることはないその光景は、胸焼けを意識せざるを得なかった。
カランコエとナナカマド、どちらの提案も受けるにはお腹が満腹すぎる。「あなた」は「ちょっと休憩させて。」と砂浜に寝転んだ。
ざぁ、ざぁぁ。
フラマ セラタ貸切の砂浜と海には他に目に見えるものはなく、ただ青い海が波音を立てる。
かちゃかちゃ。
片付けを始めたのだろうか?身を起こして2人を手伝おうとすると「ゆっくり寝ていていいですよ。」とナナカマドに声をかけられた。
何かを考える前に、過剰に摂取したカロリーが「あなた」を眠りに引き摺り込む。
「ナイン。」
「そろそろ起きてくださーい。」
深い眠りから、意識が呼び戻される。
あたたかで、弾力のある何かの上に頭がある。恐らくはカランコエの太ももだろう。指先で触る。「んん、こら。」予想通りカランコエの声が聞こえて頭を撫でられる。
「いたずらっ子さんですね〜、んっ。」
むにゅう。
柔らかな、唇。
ナナカマドのものが「あなた」の唇を吸い、そして離れる。
「ちゅ、ん。お肉の味がしますね。」
「ナインにお目覚めのキスをするのは私ですが!」
カランコエもナナカマドに負けじと、「あなた」の頭を膝に乗せたまま、上体を曲げて口付けをした。
「それじゃあ少し遅れましたけど。」
ナナカマドが日焼け止めの入っているであろう筒を取り出す。
「ガルデニアに塗ったように、私たちにも。」
「してくださいね、ナイン♡」
─────
「放送の途中ですが、恋人同士の時間が始まったため、スクランブル放送に切り替わります。」「のうのうべふこ。」「何よ。」「ガルデニアの時もじゃが、これはその、あれなんじゃろ?」「はっきり言いなさいよ。」「そのー、ほら、お子さまにはお見せできない…。」「そうね、恋人同士の時間よ。」「のうのう。」「はあ。」「ワガハイらもナインとエンゲージしたのじゃ。」「あのねえ舞ちゃん2。」「まてまて、最後まで言わせるのじゃ。近いうちに水着イラストをお主が描いて、本文で恋人同士の時間になるわけじゃろ?」「えロータス。」「な、何じゃと!」「アネモネはわたしたちのお友達がベースで、カヌメナーアのせいで焼かれたから、さらにお友達の要素を追加で足してアネモネオにしたの。」「んむ。」「ほかにも、焼かれた世界からの意識連続体は2とかネオを付けてるの。」「そうじゃな。ワガハイもロータス2じゃし。」「いい名前だと思わない?えろに興味津々な、ちちでかエロータス。」「ええい!お主がわざわざ記述しなければワガハイも反応しなかったのじゃ!」「まあそれはそうね。」「じゃろ。」「ちょっと思ったんだけどね。」「何じゃ。」「ナインはリピニィエーラの頭の上で、ガルデニアと恋人同士の時間を過ごしたのよね。」「そうじゃな。」「ウバタニくんから引き取った幼い養女の頭の上で!」「やめやめ!やめい!」「お義父さんとお義母さんが恋人オイルぬるぬむぐぐがが!」「この歩く妄想女の口は縛ってカメラを少し後のナインたちに返すのじゃ!邯鄲!」
─────
ざざ、あ。
模倣太陽が空を赤紫に染めて、海の果てへ沈んでゆく。波打ち際に座る「あなた」の両脇に、ナナカマドとカランコエがそれぞれ抱き着くように座っている。
「もう私たちの番が終わっちゃいますね。」
「もう少しナインとこうしていたいですが。」
彼女たちの頭を撫でて、それぞれ片腕で抱きしめる。「あなた」のお陰で再び立ち上がれた女の子と、もう一度生きる喜びを見つめ直した女の子。
ざああ、ざあ。
赤紫の空は次第に群青の、濃紺に代わり、邯鄲の柱となり光崩壊を起こす罪人、無数の星が瞬き出す。
「もう離れるのは名残惜しいですが、ナイン。」
ナナカマドと口付けをする。
「この夏が過ぎれば、秋になります。次はどこに行きたいですか?」
そう聞くものの、どこにも行きたくなさそうなカランコエとも口付けをする。
「あなた」は、瞳を閉じる。
刹那トラッカー発動編⑤星空ロマンティカ 了




