悪夢の始まり
***
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっはぁっはぁっ
ぜぇぜぇぜぇぜぇっぜぇっはあーーーーー!!
ちょ……もう…限界や…………」
「おいおいおい!!
まだ173回だぞ!?
早々にバテすぎだろ!」
一面に広がる平面の中,
僕は仰向けに倒れ込んでいるテリウムに喝を入れにいく
空には太陽が燦々と輝きながら僕らを照らしており,
テリウムは眩しそうにしながらも
すぐに起き上がり僕を見上げる
「はぁはぁ……
うっせ……はぁはあ
フウマはまだ最高,84回の癖に
偉そうにすんじゃ……はあはぁ
ねぇよ」
「あっ! お前,俺の痛いとこ突いてきやがったな!?
幾度となく言ってるけどこれは己との戦いなんだよ
他人と比較してんじゃねぇ!」
「ああもう分かった!分かったから!!
早よ水をくれ」
1分ほど寝転がり休憩したテリウムは
手をつきながらもやおら立ち上がり水分を要求する
それを聞き僕はすぐさま懐に携えていた
動物の皮で作られている水筒を取り出し,投げてパスをする
軽く受け取ったテリウムは蓋を慌ただしく開け
中に入っている水をガブガブと飲んでいく
「………ぷはぁ!
なんとか回復した
おし! 次はフウマの番だ!!
急いで準備しろ!」
瞬く間に水を飲み干してしまい
空となった水筒を地面に軽く投げ捨てる
「今回は絶対に100回の大台,突破しちゅうわ」
僕はそう意気込みを露わにし準備運動をする
そして芝生の上に引いた
白線の上に立ち膝を少し曲げ前傾姿勢をとった
所謂スタンディングスタートの体勢だ
「んじゃ行くぞ〜〜
よーーーーい………
ドン!!!」
テリウムの威勢の良い掛け声に合わせて
僕は草原を走り始めた
今僕らが何をしているのかと聞かれたのならこう答えるしかない
……『シャトルラン』、だ
***
僕は1ヶ月前からマヤの保護下の元,怪我の治療を始めた
それで順調に治療を進めていき
つい1週間前にマヤから傷の完治を告げられた
それを受けて衝動的に始めたのが
この『ハンドメイド,シャトルラン』だ
やり方はこう,
まず屋敷の隣にある原っぱの上に
目算で大体20メートルあたりのところを見定めて
白い布を薄く引く
次にシャトルランの回数を記録するための
白紙と羽ペンを1つずつ用意し,
最後に口で例の音源のリズムを刻めば出来上がりだ
「1、2、3、4、5、6、7、8、9!
1、2、3、4、5、6、7、8、9!!」
テリウムは白線の間を往復していく僕を見ながら
拍を取ってくれる
きちんと10回おきにちょっとずつテンポが速くなることも
伝えてあるので再現度は中々に高くなっている
僕は学生の頃,決して得意という訳ではなかったが
シャトルランが好きだった
なんていうか……あの終わりのないエンドレス感が
自分の心をがっしりと掴んでいたのだ
だから今こうして『友達』と一緒に
シャトルランが出来ているのがたまらなく嬉しいし,楽しいのだ
僕はこの1ヶ月の間に元の世界の色々な物を作ってきた
さっき言ったシャトルランもそうだし
あとはこの世界では庶民向けではないカレンダーとか……
夏の暑さを凌げる手作りうちわとか……
そんな感じだ
また2週間前からプラティさまとの魔法特訓も再開した
そのお陰で岩魔法の『ペイン』で生成できるのが
少量の砂利から無数の小石へとステップアップを遂げた
***
「はぁひぃはぁひぃはあひぃはぁひぃ
ぜはぁぜっはぁぜはぁ……
あかん……もう無理…………」
そう言い残し
僕は白線の上でばたりと倒れ込んだ
暑さのせいで身体中汗まみれでなんとも不快感が凄い
「すげぇぞフウマ!!
101回だよ!
しっかりと有言実行したじゃねぇか!!」
若干の興奮を見せたテリウムは
僕の下にまで駆け寄り
回数を記録していた紙を高らかに見せる
「はぁはぁ
……え まじで!?
まじでかよ!! ちょっと見せろ!」
僕はそれ以上の興奮を携えて
テリウムが掲げた紙を奪い取った
見てみると,確かに101の欄にまでチェックマークが
びっしりと付けられている
「笑 ……まじか
いよっしゃぁぁぁぁーーーーーー!!!」
芝生の上に寝転がったまま腕を思いっきり上げて
喜びを露わにする
「はいおめでとう
それじゃあ街に行くわよ」
「え?」
屋敷の玄関から悠々と出てきて,
僕に催促をしてきたのはマヤだ
あっという間に僕らのいる芝生の上に来て
仰向けになっている僕を覗き込む
「……あ,いやーー
ごめんだけど,里親探し……めんどくさいから
また明日でもいい??」
「無理」
「お願いしますって!!」
「無理」
そう言い放つと彼女は汗だくの僕の腕を強引に引っ張りながら
屋敷の大門のところに向かって歩き始めた
「やです 嫌です!!
待ってください! 面倒臭いですよ!!
ていうかテリウムも突っ立ってないでなんか言ってくれよ!」
彼女からの誘拐を阻止するため
引き摺られながらも四肢をバタバタさせ必死の抵抗を見せる
「……俺もマヤに逆らったら命を奪われるから
ごめんな〜 頑張って!! 行ってこい!」
テリウムは芝生に落ちた記録用の紙を拾い上げ
手を大きく振り,無情にも僕を見送った
「こんの薄情者がよーーーー!!」
***
「さ,行くわよ」
「……はい」
僕がこれほどまでに里親探し,もとい街に出向きたくない理由は
単純明快,その街までが遠すぎるのだ
公的に里親の登録手続きが出来るような大きな街にまでは
ここから山を越え谷を越える必要があり
その道程はざっと10数キロにも及ぶ
しかもこれまでの5回の訪問のうち
1度たりとも実際に里親が見つかったことはないので
帰ってくる頃には心身共にクタクタの状態での帰宅となってしまうのだ
「元気がないわね
今日こそ里親が見つかるかもしんないよ??」
彼女と僕はこの屋敷の敷地の玄関口,
巨大な門の前にいる
そして僕は目の前の広大な森や
奥に見えるこんもりとした山を見て
「ここを歩くのか……」と思い大きくため息をつく
「ため息はつかない!!
さぁ,日没までには戻るくらいで行きましょう」
そう発破をかけ
2人は隣町に向け歩みを進めた
***
「結局!! なんの成果も無かったじゃねぇかよ?!」
「知らないわよ
耳障りだから叫ぶのやめなさい
疲れた体に響いてしまうわ」
日が地平線に沈み切る直前,
無事にこの道のりを歩き切った
僕らは屋敷の大門の前で疲労のあまり
地面に座り込んでしまう
「歩きだからシャトルランほどキツくはないけど……
その分ジワジワと足への痛みが長時間来るんだよ!」
隣には同じくマヤも息を切らし項垂れている
ルナーシュ様のおさがりであろう
淡い青のワンピースには汗が染み付いており
びちゃびちゃになってしまっている
「もう僕,屋敷に戻ってるわ
十分に休憩したし
カルシュ曰く今日の夕食はシチューらしいからな
冷める前に来いよ〜」
そうマヤに言い残し
僕はよろよろになりながら
大門から屋敷までの石畳の一本道を歩いていく
***
1歩,2歩,3歩,4歩,5歩,6歩,7歩,8歩,
屋敷に向かって足を運んでいく
そして,9歩目を踏み出そうとした
その刹那……
「っくあぁぁ!!! っっっっっったぁ!!」
頭部に激しい痛みが迸る
僕は咄嗟に頭を両手で抱え込みその場に崩れ落ちる
ここから僕の『未来予知』という名の悪意による
長い、長い悪夢が始まった




