領都イデアの光と闇 2
リリアンナと別れ、部屋の風呂で旅の埃と垢を落として一休みしてから部屋の前に立ってくれていた守衛にひと声かけて本邸の中を探検していると、同じく風呂上がりっぽいルチアに出くわした。
俺がカサンドラさん来襲の話をすると、ルチアが「ああ、こっちにも来たよ」と笑った。
「私がリリアンナの友人だっていうことでめっちゃお礼と、これからも仲良くしてねって言われた」
「ああ、やっぱりか。どこの世界の母ちゃんもかわらないよな、こういうの」
「照れたリリアンナがカサンドラさんを連れ出そうとしてるのが普段と違って面白かった」
「親が友達にそういうことするのはなんか気恥ずかしいよな」
「私の家はそういう感じじゃなかったからなんとも言えないけど、悪くない気分だったよ」
冷めきった顔でそう言うルチア。
なんというか、ルチアとは同じ世界出身のはずなのに、時々ひどく常識というか、認識がズレていると感じる。それだけ俺には想像もつかないほど酷い環境で生きてきたのだろう。
「ところで他のやつには会ったか?」
「リズさんとパトリック?会ってないけど、なにか用があるの?」
「いや、二人を誘って城下町に行こうかなと思ってさ」
「え、なにそれ。私は誘わないってこと?」
「じゃなくて、この街の治安状況がわからないからパトリックかエリザベスがいたらなにかあっても安心だなって思って。俺もお前もそういうの得意じゃないだろ」
「……まあ、確かに。私達って非力だから強化魔法が得意な巨漢とかが相手だと取り押さえたりはできないもんね」
近衛に選ばれるかもしれないというエリザベスはもちろん、パトリックもあれで結構しっかり護身術を身に着けていたりするのだ。
異世界人、しかも平和な日本出身でちょっとしたチートをもらっただけの俺達とは全然違う。かと言って公爵に頼んで兵士然とした護衛を連れていっては気楽な城下町探索なんて望めない。
「じゃあ二人を探して城下町に行こうか。私も色々見てみたいし」
それから城の兵士に二人の居場所を聞いて迎えに行き、俺達は城下町に出た。
イデアの街は帝都同様に石と木材でできた建物の多い街だった。大きな違いは城の周りに入り組んだ細い坂が多いという点で、やや不便なのだがこれは多分戦闘になったときのことを考えてわざとやっているんだろうと思う。
俺がそんなことを考えながら町並みを見て回っていると、隣を歩いていたパトリックが話しかけてきた。
「さっきからずっと真剣に見てるけどなにかおもしろいものでもあった?」
「いや、俺も一応領主になるわけだから、まちづくりとかの参考にしようかなと思ってさ」
「ああ、なるほどね。でも確か君の領の領都の街は完全に平野にあるからここの情報はあまり役にたたないと思うよ」
「まあ、領都移すこともあるかもしれないし、城の周りに坂っていうのは面白そうだから坂を作るとか、そういうのも考えてる」
「面白そうだけど、領都を移すとか、坂を城の周りに作るとか、その人手はどうするのさ」
「いや、専門職とか、あとは暇な無職の人間くらいいるだろ。あとは農閑期とかさ」
カサンドラさんの話を信じるなら2領合わせると公爵領を超えるっていうんだから、公爵領の半分だとしてもこの半分くらいの規模の街ではあるんだろうし。
「君の領にそんな人間はいないと思うよ」
「でもリリアンナのおふくろさんの話だと俺とリリアンナの領を合わせれば公爵領より大きくなるって聞いたし、この半分の規模でもそれなりにひとはいるだろ」
「それはあくまで領面積の話だね。モロー公爵領と君たちの領で一番わかり易い力の違いは広さじゃなくて人口だよ。あと、農閑期でも農民には農民の仕事があるからね」
「マジか!」
「あとは多分、さっきちらっと横を通った貧民街のようなところから人手を引っ張るつもりもあるんだろうけど、あれもないよ。そもそもおこぼれに預からないと生きていけない人間は小さな街や集落では生きていけないからね。ほぼみんなが知り合いのような場所で貧民街の人間がやるようなことをやったら村八分だし、そんなことになったら絶対に生きていけない」
そりゃそうだ。小さな集落では助け合えるほど余裕のある人間はまずいないだろう。そしてそんな中で盗みなんてやられたら即追い出すなり殺すなりするだろうし、村全体で一人二人ならともかく十人二十人のニートを養う余裕はないだろう。
「貧民街を見てその土地の貴族の治世がどうのこうのと言う人間がいるけど、そもそも貧民街が存在できるっていうのはその街が貧民街をある程度許容できるくらいには発展しているってことだからね。そうじゃなきゃみんな貧民で、街全体が貧民街ほどではなくても貧しい人だらけになるんだから」
「……逆にここの貧民を連れて行くのはありなのかな」
「は?」
「いや、ここにいるよりはマシな暮らしができるかもしれないわけだろ?土地とかも広いだろうし」
「まあ、それはそうだけど……なんだっけな。昔いた異世界人の言葉で君たちの世界の地名でこういうのを言い表す言葉が伝わってるんだけど……地方に住むよりは……貧しくてもトーキョーがいい。だったかな」
まあその気持はわかる。人並みの暮らしができるとしても島根とかより東京、悪くても首都圏なり近畿圏に住みたい。
「まあ、それでも領都がここより発展するか、ここくらいの規模になれば移住者も集まるんじゃないかな」
「でも人を集めるために規模を大きくするには人が必要だよな」
「だね。だから小さな領が著しく発展することはほとんどないし、爵位で仕切られた貴族の力関係もあまり変わらない。発展すればその土地のまま爵位が変わることもあるけど、ほとんど例がないしね。たいてい爵位が上がる時は領地を変えて爵位にふさわしい所が割り当てられる」
個人的には自分の土地を育てていきたい感じなので、転封みたいなのは嫌なんだよなぁ。てか、そもそも侯爵とか公爵とかなりたくないし。
「とはいえ、自分の領を発展させるのは悪いことじゃないからね。勉強して色々と考えるのはとてもいいことだと思うよ。あと、どうしても人を集めたいなら奴隷という手もあるしね」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、お前って腐っても皇族なんだなって思ってさ」
めっちゃわかりやすかったし、できるかどうかはわからないけど、どうしたらいいかはなんとなくわかった気がする。
「褒めてるの?それ」
「褒めてる褒めてる。なんだったらうちの領の顧問みたいな感じでずっといてほしい感じ」
「僕は高いよ?」
まあ、メイド仮面の情報を黙ってるだけで金貨7枚請求してくる奴だからな。そりゃ高いよな。
「余裕ができたらぜひお願いしたい」
「……実は兄上にも傭兵部隊の指揮官にって勧誘されているから早めにね」
いや、どうやったってテオドール相手に引き合いしても勝てねえだろうがよ。
と、半ばあきらめつつ前を見た俺は年相応な女の子の顔でルチアと談笑しているエリザベスの姿を見てふと妙案が思い浮かんだ。
「なあ、パトリック」
「んー?」
「例えばよ?例えば俺がお前の縁談をうまいことまとめたりしたら、どうよ。テオドールより俺につくか」
「……そりゃまあ、やぶさかじゃないけど」
よし決まりだ。うまいことエリザベスを俺の手のひらの上で転がしてパトリックとくっつけよう。
「ただ、バレたら兄上に滅茶苦茶キレられると思うよ。僕が仕官の条件としてそれを出したら本気で怒ったから」
よしやめよう。普段温厚で俺達にめっちゃ甘いとはいえ、同じくらい甘いパトリックに対してもキレたのならエリザベスをトロフィーや報酬のように扱うことはテオドールの中で絶対的な地雷なんだろうからな。
「ちなみにそれって、対象があいつだからだよな?」
「も、あると思うよ。僕には『好きな女性くらい自分で口説け』って怒ってたけど、多分他の貴族令嬢との縁談とかだったらまとめてくれたんじゃないかな。それこそ、この間言っていた適当な爵位とかも用意してくれたと思う」
「うっわ、その話シモーヌが聞いたら怒りそう」
「隣で静かに怒ってたよ」
あいつバカだなあ。なんで自分の嫁さんの隣でそんな話するんだろ。俺ですらテオドールとエリザベスの間に主従以上の感情がありそうなのに気づいているというのに、シモーヌが気づかないわけがないだろ。
とはいえ
「お前が実力で口説く分には問題ないんだろうし、その手伝いはしてやるよ」
「じゃあ君の手伝いが役立ったかどうかでどうするか決めようかな」
「あいつと結ばれたかどうかじゃなくてか?」
「君の手伝いがなくても結ばれるさ、絶対」
うーん、この自信。やっぱりこいつテオドールの弟だな。
前の二人に聞こえないようにああでもないこうでもないと話しながら市場を歩いていると、身なりのあまり良くない、褐色の肌を持つ少年がエリザベスの財布をスるのが見えた。
エリザベスが子どものスリに財布を取られるようなことはない気もしたが、見てしまったものは仕方ないので俺の隣を通り過ぎようとした所で襟首を掴んで持ち上げると、少年はこの世の終わりのような顔で俺を見た。いや、そんな顔するくらいなら財布なんて盗るんじゃないよ。
「盗ったもん出しな」
「と、とったもんなんかないです。ごめんなさい、殺さないで」
盗ったもんがないなら殺さねえよ。てか、盗ったもんがあっても別に殺さないし。
「やめて、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
少年がそう言ってジタバタと暴れると、自然と周りの通行人の視線がこちらに集まってくる。中にはヒソヒソと俺のことを誹謗中傷する声も混じっているのが聞こえる。
まあ、人相悪いからね。俺が悪者に見えるよね。うん。
「たすけてーーーー!だれかー!」
そんな状況がわかっているのだろう、少年が声を上げ、その声に振り返ったエリザベスがツカツカと近寄ってくる。
「おい、何をしているランドール!」
「いや、ちょっとまてエリザベス。俺はお前の財布を――」
弁解するために手の力を緩めた途端、少年はするりと俺の手を抜け出して人混みに消えてしまった。
「バーカバーカ!間抜けー!」という悪口だけを残して。
「――取り返そうとしただけなんだけど」
「アレは喜捨みたいなものだから別にそんなことしなくていいんだぞ」
「喜捨?」
「ああ、大都市ならばああいう子はどこにでもいるからな。そういう子の生活の足しになればということだ。そのために取られても大丈夫な財布と取られてはいけない財布と分けている」
そう言ってエリザベスはエプロンドレスの懐から財布を取り出して見せる。
……言っていることはわかるんだけど、それじゃ何も解決しなくないか?
「貴族の義務、嗜みだ」
何を得意げに。そんなの自己満だろ、ただの。
「なんだ、なにか言いたげだな」
「いいや。どうりでいつもより胸が膨らんでると思ったよ」
「は!?ど、どういう意味だ!?」
「べっつにー。帝都ではそんなことしてるの見たことなかったから知らなかったんだよ」
「……帝都では割と顔を知られてしまっているせいでスリ目的の浮浪児が近づいてくることもないからな。むしろ喜捨しようとしても逆にメイド仮面を応援したいと小銭をポケットにねじ込まれる始末だ」
すげえな。いや、メイド仮面自体の人気がどうこうというより、俺のプロデュース力が。まさかこの中世じみた世界でスパチャみたいなのが発生するとか全然想像してなかったわ。
「ま、いいや。悪かったな。貴族様の嗜みを邪魔しようとして」
「いや、私も説明してなかったからな。責めるような物言いをして悪かった」
俺の感情はともかく、それで助かっている子供がいるんだからそれでいい。それ以上のことを俺が彼らに対してしているわけでもない以上、俺には何も言う権利はないだろう。
「さて、二人が仲直りしたところでそろそろお腹すかない?実は僕、さっき馬車から外を見ていて前々から気になった店を見つけたから行ってみたいんだけどさ」
「やだ!パトリックの行きたがるところって、絶対ロクなとこじゃないもん。絶対また貧民街とかに連れ込まれるもん」
まあ、ルチアの言いたいことはわかる。わかるけれども、馬車は貧民街の中は通らなかったから、今回ばかりはパトリックの行きたい店が貧民街のヤバそうな店ということはないだろう。
「一応聞くけど、ルチアが言っているような店じゃないよな?」
「違う違う。メイン通りの大きな建物だからそういうのじゃないって」
「じゃあそこでいいんじゃないか?エリザベスもいいよな?」
「ああ、構わないぞ」
ルチアはまだまだ渋々という感じではあったけれど、結局パトリックの気になっていた酒場に行くことに一応同意し、結局パトリックに連れて行かれたのは冒険者ギルドの会員制部分の酒場だった。
まあ、酒は飲めるから別に構わないし、小遣い稼ぎと、鍛冶屋のアイシャの素材採集護衛で外に出ることもあったので一応冒険者の登録もしてあるから入店資格は問題ない。もちろんメイド仮面ことエリザベスもだ。パトリックとルチアも一応登録はしてあるらしいので全員入店資格に関しては問題なかった。
「実はここ、冒険者ギルドであると同時に父上達の時代の異世界人が書いた異世界グルメ紀行って本で三ツ星の名店なんだよね」
え、なにそれ俺もほしい。この世界って飲食店の当たりハズレが大きすぎておいそれと新規開拓できないから、新規開拓の参考にしたい。
「てか、なんか帝都の冒険者ギルドより大きくない?」
「ああ、それはね、帝都よりも兵士の数が少ないから、帝都では兵士がやるような仕事も冒険者に依頼することが多くて、その分お金も回ってくるからなんだ」
「なるほどな。でもエリザベスが登録しているのは知ってたけど、パトリックやルチアもしているとは思わなかったわ」
「私はこっちに来たばっかりの頃に最初にいたマタイサでね。一緒に転移してきたお店がもともとは城壁の外にあったから頻繁に城門を出入りしなきゃいけなくて、身分証代わり」
「ああ、そういや真新しい城壁の端っこにあったな」
継承戦の後、グレイスの護衛を頼まれて一度だけ行ったマタイサにある喫茶店フェリシエは古い城壁から延びた真新しい城壁に囲まれていたので、あの真新しい部分が追加した城壁の中=もともと城外にあったということなんだろう。
「僕は追放後にどうやって食べていこうか悩んでいたときに、とりあえず日銭を稼ぐために」
「しょっちゅう城に戻ってきているくせに何を言っているんだか」
「最近は確かにそうだけど、自分で食べられるようになるまでは戻らなかったんだよ?」
「言われてみれば追放されて1月後には店の開店ビラ持ってきてたな……」
プレオープンの日には平民街の一角が皇族御用達の馬車で埋まってちょっとした騒ぎになったのを覚えている。
てか、追放されて一ヶ月で冒険者として働きながら酒場を立ち上げて食えるようになる皇族とかすげえな。やっぱこいつ天才なんじゃないか。
「リズさんはなんで冒険者登録したんですか?」
「ああ、それは」
「メイド仮面の活動に必要だったんだ」
「違う!賞金首討伐の依頼を受けるためだ!」
「似たようなものじゃないか」
「全然!違うだろう!」
そう言ってバンバンとテーブルを叩くエリザベス。
強化魔法を使っていないので、テーブルが壊れることもなく可愛いものだ。
「でもベっさんは別に賞金稼ぎなんかしなくてもちゃんと給金がでていたんじゃないの?」
「それはその、その時の私は私なりに帝都を良くしようと考えておりまして、継承戦の合間に――」
「敬語禁止だってば」
「私なりに帝都を良くしようとした結果です……だ」
「はい、よくできました」
そう言ってニコニコと笑いながら小さく拍手するパトリック。
本当によくできてたか?審判甘くないか?
「なあ、敬語禁止はいいんだけど、ついでにもっと喋り方柔らかくならないのか、お前は」
「柔らかくとはどういうことだ?」
「はぁ……そこからかよ。ルチア、メイドさんの見本やったげて」
「いや、どんな無茶振りだよ。てか見本っていったい何をすればいいのさ」
「お前もともと喫茶店の店員だったんだから、メイド喫茶っぽいセリフやしぐさの一つくらいできるだろ」
「できるかこの酔っぱらい!!っていうか、そんなこと言うなら自分でやりなよ、自分で」
「いや、俺メイド喫茶行ったことないもん」
「私だってないわ!でもそういうことを言い出すってことはランドールくんの中にはなんかあるんでしょ?自分でやってみなよ」
うーん……どうだろ。俺自身はたいして興味がないからよくわからないんだよな。
興味はないし、知識もない。でもそういうのをイヤイヤやらされて照れているエリザベスを眺めつつパトリックの点数を稼ぎたいというだけのことなんだけど。
「えっと、僕はそういうベっさんは見たくないかな。普段は男に媚びないみたいなのがベっさんのいいところなわけで」
「そういうって、お前まさかメイド喫茶を知っている側の人間か!?」
まさか帝都にあるのか、だとしたらちょっと行ってみたいような気がしないでもないぞ。ないならないで、特にほしいとは思わないけど、あるならちょっと見てみたい。
「いや、知っているって言っても異世界グルメ紀行のコラムに書いてあったから文字と挿絵でだけ知っている感じだけどね。とにかくベっさんにそういう辱めを受けさせるのはちょっと嫌かな」
「辱めっ!?おいランドール!お前一体私に何をさせる気だったんだ!?」
「そんな大したことじゃないって。オムライスにケチャップでハートを書かせたりとか、美味しくなるおまじないをさせたりとか」
「ああ、なんだ、あれのことか。そのくらいなら昔テオ様に頼まれてしたことがあるぞ。ケチャップでかわいい絵を書いて美味しくなぁれ萌え萌えキューンと唱えるんだよな」
「キューン……」
ああっ、テオドールとエリザベスのやり取りを想像して脳を焼き切られたパトリックが白目剥いてやがる。しっかりしろパトリック!今お前が死んだら俺の領の経営はどうなるんだ!ライフはまだ残ってるだろ、ここを耐えればきっとエリザベスはお前のものだぞ。
次回!パトリック死す!
「パ、パトリック様!?」
「リズさんって罪な女だよねぇ……」
「え!?私!?私が悪いのか!?」
「しっかりしろパトリック、傷は浅いぞ」
「ランドール……僕はもうだめだ……もう、無理だ。きっとカーラの魔法でも助からない。自分でわかるんだ、もう僕は長くない。心残りがあるとすれば、クソ兄上がしていた楽しそうなことを僕はすることができずに死ぬということだけだぁ……」
芝居がかった物言いでそんなことを言いながら俺の方にもたれかかってきたパトリックはそのままズルリと俺の体を滑り落ち、うつ伏せに俺の膝の上に倒れ込む。
って、おい。変な悲鳴上げてないで介抱するの手伝えやそこの腐女子。
でもまあわかった。お前もエリザベスに萌え萌えきゅんされたいんだな。ならば俺のするべき行動は一つだ。
「すみませーん、オムライス1個、ケチャップ別添えでくださーい」
「はーい、かしこまりましたー!」
ホール担当のお姉さんからの返事を聞いてから、俺は真剣な顔で、改めてエリザベスと向き合う。
「エリザベス、パトリックの死に水を取ると思って、ケチャップアートと萌え萌えきゅん、もしよければついでにあーんをしてやってくれ」
「いや、死に水とか流石に大げさ過ぎないか?というか、別にパトリック様のお世話ならそれくらいいつでもするが……パトリック様はそういうところ小さい頃から変わりませんね。テオドール様と同じじゃなきゃやだやだと、よく駄々をこねていらっしゃいました。懐かしいですねえ」
幼い頃のテオドールとパトリックを思い浮かべているのだろう。少しうっとりとしたような表情でエリザベスが目を閉じながらそう言った。
って、本気で言ってる?テオドールの真似がしたいだけだと本気で思ってる?だとしたらエリザベスの鈍感主人公力すごいんだけど。
「うーん、酔っぱらいだらけでもう収集つかないなこれ」
「あ、そうか。エリザベスもパトリックも酔っ払ってるのか」
「いや、ランドールくんもだよ。酔っ払うのはいいけど酔いつぶれるのだけはやめてよね。連れて帰るの面倒だから」
「まかせろ、俺は前に酔いつぶれた時も起きたらちゃんとテオドールの部屋のベッドで全裸で寝ていた男だ。こう見えて帰巣本能は強いんだ」
「いや、全然まかせられ……え!?なんだって!?」
おいおいエリザベスの鈍感系主人公の次はルチアの難聴系主人公か?忙しいな。
そんなことをやっているうちにオムライスが到着し、今まで俺の膝で寝ていたパトリックは何事もなかったかのように起き上がり、決め顔でエリザベスを見る。
「さあ、ベっさん。ケチャップアートを!呪文を!そしてあーんをしておくれっ!」
そう言ってワクワクした表情を隠そうともせずに目をランランと輝かせてエリザベスを見るパトリック。それに対するはいい感じに酔いが回ってきたのか、少し艶っぽい表情で見つめ返すエリザベス。これはもしかしたら今日中になんかこう、いい具合に既成事実とかまで行けそうじゃないか?
と、俺がそんなことを思っていたその時、一人の若い女性が裏から店内に入ってきて大声を上げた。
「緊急!緊急依頼です!貧民街で火事が発生、賊の可能性もあり、警備兵の出動準備が整うまで治安出動をしてくださる方を募集します!」
緊急依頼という言葉で一瞬だけシンと静まり返った店内だったが、依頼内容を聞いてすぐにまたざわざわと騒がしくなる。もちろん依頼を受けようというざわつきではなく「そんな依頼やらねーよ」とばかりにもとに戻っただけだ。
実際治安出動の依頼金はそんなに高くない。高くない割には調査がろくに済んでいない現場に出張って自分の身も守りつつ老人や子供を守ったりしなきゃいけない。
あと小一時間もすれば公爵家の警備兵が出てくるのでそこまで生き残れば、テロのようなものだったとしても巻き込まれた人はまあまあの確率で助かるだろうし、コツコツやればそれなりにいい暮らしのできる冒険者が自分に関係ない貧民街のために命をかけるかと言えばそんな奴はほぼいないだろう。これがこの店の周りとか、冒険者も多く住む地域での事件だったなら出動する人間もいただろうが。
まあメタ的な視点で言えば「いや冒険しろよ。危険を冒せよ」とは思うけども。
「あ……あれ?あの、依頼が……」
まだ入って日が浅いのだろう。最初は大きな声を張り上げていた若いギルドの受付嬢は依頼書を持ったまま弱々しい表情でキョロキョロとあたりを見回している。
とはいえ、「そんなのやらねーよ!」と怒鳴りつけたり「受けてやるから裸踊りでもしてみせろよ」とかそういうことを言い出すやつがいないだけこの街のギルドはまだ民度が良い方だ。帝都もそういうのはないが、継承戦の旅の途中で寄った小さい街のギルドなんかは割とそんな感じのところもあった。
しかしまあ、貧民街ね。さっきのスリといい、今日はなんだか貧民街の話に縁のある日だなあ。
「おねえさんちょっとこっちおいでー」
「お、ランドールくんやる気じゃん」
騒ぎに気づかずいい感じに酔っ払ってイチャイチャしているエリザベスとパトリックは相変わらずだが、ルチアだけは俺の意図に気づいてニヤニヤと笑いながら俺を見る。
「ほら、さっきのクソガキにエリザベスが恵んでやった金が無駄になっても嫌じゃん?」
「ほんと、素直じゃないよね。そういうとこだよ君は」
「……ちなみに、一緒に来るか?」
「私とか別にいらないでしょ。一応護身用に使い捨ての適当な武器を作ってあげるし、二人のことは面倒見とくから安心して行ってきなよ」
そう言ってルチアがテーブルの上を撫でると、撫でた後にはクナイのような形をした一対の短剣が置かれていた。
取り回しの良さそうないい武器ですこと。
「あ、あの、あの」
俺が抜き身の短剣を回収してどうやって持ち歩こうか考えていると、さっきのギルドの受付嬢が隣にやってきて声をかけてくる。
「も、もしかして依頼を受けていただけるんでしょうか」
「ああ。治安出動だろ。まあ、手が足りないしできる範囲でってことになっちゃうからそれでもよければだけど」
「はい!ありがとうございます!みなさんは4人パーティですよね、登録のパーティ名は――」
「いや、俺個人で受けるよ。だからほんとできることだけになっちゃうからそこは許してくれな」
「だ、だめですよ!治安出動を一人でなんて聞いたことないです」
まあ、人手が必要になる任務だからね。
「前例主義なんてろくなもんじゃないぞ。というか、前例は従うもんじゃなくて作ってくもんだ」
「は、はあ……」
「ということでこれでよろしく」
「え……ちょ、ランドールさん、Fランクじゃないですか!?」
俺が差し出したギルドの会員証を見た受付嬢が素っ頓狂な声を上げて信じられないものを見るような目で俺を見る。
少女のお使いに付き合い、おっさんのお使いに付き合い、時々小遣い稼ぎに弱い魔物を間引いていただけの俺の冒険者ランクなんぞ上がるわけもなく、俺は最低ランクのFランクのままだ。というか、そもそも本業でもないのにソロでブラックリストハンターやってBになってるエリザベスがおかしいだけだ。遊びで登録したテオドールだってFランクだし、カーラだってFランクなんだから。
「お兄さんは強いFランクだから大丈夫だぞ」
「えぇ……」
「居ないよりマシくらいでも居ないよりはマシなんだから問題ないだろ。避難誘導位はできるし、後詰めの兵士たちのために情報収集もできる」
「わ、わかりました、お願いします。ランドールさん」
「オーケー。じゃあちょっくら行ってくるわ」
「はい、お願いします」
「頑張ってね~」
受付嬢とルチアに見送られた俺は、受付嬢から聞いた貧民街の方向へ向かって走りだした。




