領都イデアの光と闇 1
狭い馬車で公爵と一日中二人きりというのは公爵と付き合いが長く親戚でもあるリリアンナでも毎日だとしんどいということで、俺、リリアンナ、ルチア、エリザベス、パトリックの五人で順番に公爵の相手をすることになり、その馬車での公爵の相手という名のおじさんとの恋バナ(二周目)もそろそろ終わろうかという9日目。俺達はモロー公爵領の領都、イデアのすぐ側までたどり着いた。
帝都やここまでに通ってきた大き目の都市同様、このイデアも城や街はもちろん、農地まで内包する新し目の大きな城壁に囲まれた都市で、少し離れた丘の上から見た印象での大きさだけなら帝都よりも大きいように見えた。
「でっか……」
「農地や、安全に狩りを行える森も城壁内にあるからそう見えるだけだ。街の規模自体はお前の見慣れた帝都より少し小さいくらいだぞ」
馬の休憩を兼ねたティータイム。簡易テーブルで紅茶を飲みながら公爵はそう言って笑うが、この国の顔である帝都と同じくらいの大きさというだけで十分大きいし、領民が農地や狩猟用の森でゴブリンやオークと出くわさないというのはかなり安心だろう。
自分では兄に媚びて継承権を放棄した無能な腰抜けみたいなことを言っていたが、この人は無能ではないし、そもそも前回の継承権の放棄だって別にこの人だけがしていたわけでもないのに、公爵位を与えられているのはこの人だけだ。
そう考えると、隣領の領主がこの人だというのはこれから新たに領地を治めていかなければいけない俺や、領地を復興していかなければいけないリリアンナにとってはかなりありがたい。
「ちなみに、こういう街の構造って真似てもいいものなんですか?何かアイデアに対する権利みたいなものとかってあったりするんですかね」
俺がそう尋ねると、公爵は一瞬きょとんとした表情をしたあとで破顔して首を横に振った。
「いやいや、遠慮なく真似をしてくれてかまわんぞ。民の安寧が第一だからな」
今回一緒に旅をしてみた印象と、シモーヌの親父さんということを考えればまあ納得の答えではあるのだけど、正直公爵くらいの年代の貴族にはこの三年間散々嫌な思いをさせられ続けてきたのでちょっと意外だった。
うん、近隣にこの人がいるのは本当に恵まれていることだし、この人が俺に合っていると思う相手なら縁談も受けよう。というか、受けてしっかり縁を繋いで庇護してもらおう。
寄騎とか、寄り子とか言うんだったか。この人にならそういうものになってついていって大丈夫そうだと思える、器みたいなものを感じる。
「ありがとうございます。あと多分この先も色々と話を聞かせてもらったりとかすることがあると思うんですけど、よろしくお願いします」
「はっはっは。わかった、いつでも遠慮なく相談に来てくれ。きちんと領の運営をする気のある若者は大歓迎だ。今回一緒に旅をしてみて思ったが、真面目な話、もう一人娘がおったら君に嫁がせたいくらいだよ」
なんか高評価だが、俺は自分が楽をするためにはどうしたらいいか考えているだけだったりするので、あまり評価を高くされてしまうとなんだか申し訳ない気分になる。
「というか、そっちのほうもよろしくお願いします。自分ではとても相手を見つけられそうにないので」
「ふむ……そうか?その気になれば自分でも見つけられるだろうが……まあよい。私が責任を持ってランドールにとってもリリアンナとっても良い縁談にするから安心せよ」
にっこりと笑いながらそう言われて少し胸がきゅっとするのを感じる。
そうだよな、リリアンナも相手探ししなきゃいけないんだもんな。継承戦の時に独身の女子爵が一緒だったけど、彼女の場合、独身でいられるのは正当な後継者である甥っ子が成人するまでの貴族位だからだと言っていたし、正式に継ぐのであればどうしても相手が必要になるよな。別にリリアンナと俺はそういう仲ではないのだけど、二人で飲みに行ったりとかしていたしそういうのができなくなると考えるとちょっとさみしい。
……ハッ!これが噂に聞くNTR、いやBSSとかいうやつか?
「なんだか楽しそうですけど、何の話をされていたんですか?」
休憩が始まってすぐ、同行している女性兵士やメイドの半数を伴って森の中に入っていたリリアンナが戻ってきて俺達の方にやってくる。
ちなみに、彼女たちが集団でどこに行っていたのかと言えばトイレである。
「ん?ああ、リリアンナとランドールの縁談の話だ」
公爵の答えにリリアンナの顔が曇る。
「あまり変な相手を紹介されても困るのですが」
「なに、心配せんでもお前たちが嫌がるような縁談にはせんよ。私は男女のことには詳しいんだ。安心して任せておけ」
それ、詳しくなくて失敗するやつですよ、公爵。
休憩を終えてから一時間ほど。休憩の後、こっちの馬車に移ってきたリリアンナとルチアもあわせた俺達4人を乗せた馬車はイデアの街の外門をくぐり、護衛の兵士たちを変えてから農地、街中を抜けてイデア城へ向かう。
大通りは馬車道と歩道が別れており、歩道では城へ向かう俺達の馬車を横目に領民たちが忙しなく歩道を行き交っていて俺達が想像するような貴族……というか、大名行列のような、通り過ぎるまで顔を上げてはいけないみたいな風習はないように見える。
この辺は帝都でもなかったので、この世界全般的にないものなのだろうかと思い公爵に聞いてみたところ、そういうことをさせている貴族もいるらしい。
だから領民が他の領に行って困らないように教育もしなければいけなくて大変だと笑っていたが、変な貴族がいる世界でちゃんと平民の教育を考えているあたりやっぱりこの人はすごい人なんだなと思い知る。
そして街中に入ってから30分。イデア城の城門をくぐり、広場のようになっているところに馬車が止まると、金髪の少年が俺達の乗る馬車に駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、父上、姉上!」
まだドアの開いていない馬車の扉の前で恭しく礼をしながら少年が言う。窓のブラインド越しにうっすらと見えるその表情や雰囲気から公爵のことを尊敬しているのが伝わってくる。しかし残念、少年が立っている側寄りに座っているのは俺とリリアンナだ。
そんなことを思っていると御者が降りてきてドアを開け、顔を上げた少年と目が合う。
「ひぇっ、リリアンナ……それに……し、死神!?」
失礼な。黒装束を着てるし、ぱっと見はあながち間違ってないけどそこまで人相悪くねえよ。
「誰が死神ですか」
「い、いやリリアンナのことを言っているのではなくて」
「では客人に対してそんな失礼なことを言ったのですか?」
「客……あ!し、失礼しました!私は、アンドラーシュ・モロー。 父の留守を任されております」
うーん、初々しいね。それにシモーヌの弟だけあって美形だし――
「うわ、めっちゃタイプ……」
――ルチアが思わずこぼすのもわかる。
「まあ、非公式の場ですし、よしとしましょう」
そう言っていつもより少しお姉さんな顔をしたリリアンナが最初に馬車を降り、順に俺、ルチア、そして公爵が降りる。
「あれっ!?姉さまは!?」
俺達が降りて空になった馬車を見たアンドラーシュ少年がそう言ってキョロキョロとあたりを見回す。
「シモーヌは婚礼の支度がありますから今回は戻っていませんよ」
「そ、そうか……」
父親の公爵同様姉のシモーヌのことも大好きなのだろう、シモーヌが戻らないと聞いたアンドラーシュの表情は露骨にがっかりとしたものに変わり、肩が落ち、堂々と張っていた胸も背中と一緒に丸まってしまった。
「はぁ、シモーヌに会えないくらいでなんですか。あなたももう成人した一人前の人間なのだからもう少ししっかりしなさい」
「うぅ……」
「ランドール、ルチア。あらためて紹介しますね。こちら、シモーヌの弟のアンドラーシュです。歳はグレイス様と同じで今年15になりました」
「アンドラーシュです。よろしくお願いします、異世界の方々……でよろしいんですよね?」
「ああ、俺がランドール、こっちがルチアだ。よろしく頼むぜアンドラーシュ」
「よろしくね、アンドラーシュくん」
「はい。ランドールさんとルチアですね」
ん?
「ちょっとまってちょっとまって」
「どうかしたのか、ルチア」
「いやいやいや、あのさ、私、君より年上なんだよ。シモーヌとリリアンナと同い年」
「え……?」
ああ、本気で年下か同い年だと思ってたんだな。でもまあわかるわ、ルチアって胸もないし、シモーヌとかリリアンナに比べるとちょっと身長低いし。
「ねえ。今何か、なんともいえない不快な気配をランドールくんから感じたんだけど」
「き、気のせいだろ。俺はただアンドラーシュってリリアンナを呼び捨てにしているわけだし、同じ年のルチアもその延長で呼び捨てにしちゃっただけなんじゃないかなって。なあ、アンドラーシュ?」
「え!?あ、は、はい。そうですね、うっかり慣れ親しんだリリアンナと同じように呼んでしまいました。申し訳ありません、ルチアさん」
「あ、いや。別に本気で怒っているわけじゃないからね。大丈夫だから、私の方こそごめんね」
俺の助け舟に全力で飛び乗ってきたアンドラーシュが謝りつつしょぼんと肩を落として見せると、ルチアが途端に慌てだしてそんな事を言う。
……こいつ、この場で誰よりも年下である自分の武器がよくわかってやがるな。でも、お兄さんはそういうの、嫌いじゃないぞ。
何度か来たことがあるらしいパトリックがエリザベスを、アンドラーシュがルチアのたっての希望ということでルチアをエスコートし、そしてアンドラーシュと同じくらい住み慣れたリリアンナが俺を、それぞれ使うゲストルームに案内してくれる運びになった……のだが。
「なんか落ち着かないな」
「そうですか?今の時期は風も気持ちいいですし、のんびりするにはいい時期ですよ」
窓を開け放ちながらリリアンナが言った通り、気持ちの良い風が室内を通り抜けてベッドに大の字になった俺の身体を撫でていく。うん、確かにこれは昼寝とかしてまどろむにはいい時期って感じだ。
だが。
「おちつかないっていうのは部屋の広さな。てか、なんだこれ。部屋っていうか一軒家じゃん」
「そうですね。貴族用のゲストハウスですから」
「こんなに広いならむしろ俺達4人まとめて1棟でいいくらいなんだけど」
「あら、私は仲間はずれですか?」
「身柄が公爵預かりだったってことは、リリアンナはここに自分の部屋とかあるんだろ?」
「そうですけど、ここまで一緒に旅をしてきたのに、私だけ仲間はずれはなんだかさみしいです。それに年頃の男女四人を一つ屋根の下だなんて、間違いが起こったら大変です」
「むしろありなんだよなぁ……」
「え!?」
「あ、なんでもないなんでもない。今のなし」
パトリックとエリザベスはなんかそういう外的要因がないと全然進まなさそうだなって、そう思っただけだ。
というか、一つ屋根の下で万が一パトリックとエリザベスがうまくいったとして、その空気に当てられてなりゆきとかでルチアと一線超えるかもって考えると、やっぱり無しだ。
なんというか、あいつと一線超えるのは無しだと思う。
「……ああ、でもパトリックはリズさんと一緒のほうがいいのか……」
「え!?お前それ、パトリックから聞いたの?まさかエリザベスから相談があったとか?」
「いえ、パトリックはこの旅の最中ずっとリズさんを目で追っていましたし、前から怪しいところもありましたしね。というか態度を見ていれば普通に気づきませんか?」
「お……おう、そうだな」
少なくとも俺とルチアは言われるまで一切気づいてなかったし、エリザベスにそれとなくカマをかけてみても全く気づいてなさそうだったぞ。
「ただ、多分リズさんのほうはなんとも思っていないと思いますね。というか、普通に考えてテオドール様似のパトリックを選ぶことはないと思いますよ。リズさんの性格的に」
「それは俺も思うけどさ」
パトリックから相談されたときも思ったことだが、たとえパトリックが自分にテオドールの影を重ねられていることを気にしていなかったとしても、エリザベスの性格的に絶対に変な罪悪感を抱くことになると思うので、エリザベスはパトリックを意識的に避けるだろうから、パトリックはよっぽど劇的な何かを起こさない限りエリザベスと結ばれることはないと思う。
まあ、とはいえ、パトリックがエリザベスにこだわるのはパトリック自身の性癖の問題だと思うので奴の性癖を満たす何者かが現れればパトリックの恋愛問題は解決なんだろうけど。
そんなことを考えていると、にわかに離れの外が人の気配で騒がしくなる。俺同様その気配を感じたらしいリリアンナが、額に手を当て、大きなため息をつく。
「すみません。多分母が来ました。ちょっと頭がおかしな人なのであまりまともに取り合わないことをおすすめします」
「お、おう。でもだめだぞ、自分の母ちゃんをそういうふうに言っちゃ」
「ランドールも会えばわかりますよ」
もう一度リリアンナがため息を付くのと同時に部屋のドアがバーンと大きな音を立てて開く。
「リリアンナ!母が来ましたよ!」
そう言って登場した女性は、リリアンナよりも、どちらかと言えばシモーヌに似たプラチナブロンドの髪をした20代後半くらいの女性だった。
……いやまあ、結婚適齢期が早いこの世界のことだからリリアンナの母ちゃんも行ってて30ちょっとくらいだろうとは思っていたけどここまで若いのは予想外だった。
「ああ、はいはい。お久しぶりですねお母様。あとで部屋に伺いますのでどうぞお帰りください」
「あ!そちらが婿殿ね!私の名はカサンドラ。リリアンナの母よ」
「あ……えーと……」
今、婿殿って言った?俺の結婚相手ってリリアンナなの?
「お母様。こちらの方は私のその……婚約者ではありません。隣領の領主となる予定のランドール殿です」
「ランドール・アンリです。よろしくお願いします、カサンドラ様」
「え!?婿殿ではないのですか!?」
「違います。こちらは継承戦でテオドール殿下に助力し、勝利に貢献された功績で隣領の領主に任命された異世界出身の英雄です。あまり失礼なことを仰らないでください」
英雄ってほどのことはないんだけども。
「そう……婿殿ではないのね……でもどうかしらランドール殿、うちの娘は割と好条件だと思うのだけれど。娘と結婚すればあなたは伯爵と同等になれるし、ハイウィンド家とあなたの領地を合わせればモロー家にも負けないほどの領地が―――」
「お母様っ! 実家とはいえ、お世話になっているモロー家で話すことではありませんよ!」
「う……それはそうだけれど、お姉様に負けているのは悔し——」
「お母様っ!」
「はい……。でもね、リリアンナ。私の見立てでは二人はとてもお似合いだと思うの」
「っ…………」
あ、リリアンナが限界っぽい。
「もうしわけありませんカサンドラ様。私もリリアンナ嬢も長旅で疲れておりまして。後日改めてご挨拶に伺いますので、その時に少しお時間をいただいてもよろしいですか?今はご覧の通り旅装のままですし、旅の埃でカサンドラ様がご不快な思いをされるのではないかと落ち着きません」
「あ……そ、そうね。私ったら気が回らないで。わかりました。お待ちしておりますわね」
そう言ってカサンドラさんが退室した後、リリアンナは一度深呼吸してから深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。母が失礼なことを言いました」
「いや、どこの世界も母ちゃんなんてあんな感じだろ。リリアンナのことが心配だから出た言葉なんだろうし、どこの馬の骨ともしれない俺がリリアンナの旦那になるかもなんて、噂にでも聞けば様子を見に来るのも普通だろうし。あと、俺としては普段しっかりしているリリアンナの、普通の女の子としての顔が見られてちょっと楽しかったまであるからあんまり気にしないでいいぞ」
「そ、そんなこと言わないでください」
そう言って照れくさそうに顔を赤らめるリリアンナはとても可愛らしかった。




