番外 モロー公は世話を焼きたい
子育てもほぼほぼ終わり、この先新たに子供を設けるようなこともないだろうことがわかっている自分にとって今後の人生にどういった楽しみを見出したら良いか。
もちろん、子供を設けるだけが人生ではないのだから、領主、公爵としての執務に精を出すのもいいだろうし、早めに倅のアンドラーシュに伴侶を見つけて代替わりをし、気ままに妻と旅に出るのも良いかもしれない。他にも絵や陶芸といった芸術分野に精を出すのもいいだろう。
だが、私はまだそこまで老いては居ないのだ。若い頃に比べて身体はついてこなくなったが、まだまだ心は若者に負けないくらいに燃えている。そんな私がやりたいこと、そしてまだまだ導くべき相手である子どもたちの世代に対してしてやれること。それが――
「それで、ルチアは誰か気になる男はおるのか?」
――恋バ……若者たちの縁談の世話だ。
昨日一日馬車でリリアンナと同行して思い出したこと。それは自分の娘の縁談がほぼまとまったものの、まだまだ世話を焼ける若い世代が周りにいるということだ。今一緒に旅をしているのは娘と同じ歳かそれより少し上の若者たち。絶賛恋するお年頃なのだ。
この状況をつつかない大人がいるだろうか?いや、いまい。その証拠に昨日の夜など、シュバルツ卿と二人で酒をくゆらせながら、パトリックが失脚したことで婚約者のいなくなってしまったシュバルツ家の末娘の縁談についてああでもないこうでもないと盛り上がったのだから。
政局が完全に決まった今現在もまだテオドールを皇太子から降ろせると思っている輩もいるようだが、まあそんなことになることはほぼない。
そもそもテオドールの対抗馬として担ぎ上げられた候補者が嫌がるだろうし、候補として立って上手くテオドールを引き摺り下ろせたとして、今度は自分がその狙われる立場になって耐えられるかといったら無理だろう。
とにかく、今は政情も安定しテオドールの退位が近づく次回継承戦までは国内が安定することが約束されていると言って良い。
つまり、世はまさに大恋愛時代。妻や娘に眉をひそめられながら集めて読んでいた恋愛物語のような甘酸っぱい話を身近で観察するチャンスなのだ。
そういうわけで、昨日あらかた聞き取り調査が終わったリリアンナは交代で、今日の馬車にはルチアに同乗してもらっている。
この娘はもともとマタイサ辺境伯のところに転移してきた異世界人だが、マタイサ辺境伯が婚約者兼後ろ盾として王位継承戦に参加したグレイス皇女に献上され、そこからさらに私の娘のシモーヌのところに派遣されてきたという娘だ。
もし彼女がいなかったのならシモーヌは王位継承戦に関わることができず、テオドールが負けていた可能性もわずかながらにあっただろう。
グレイスからしてみれば、シモーヌはテオドールを巡る恋のライバルだっただろうに、我が姪っ子ながら思い切った決断をしたものだと思う。若さゆえの勢い。叔父さんはそういうの嫌いじゃないぞ。婚約者がいなかったらうちの倅の嫁に来てほしいくらいだ。
「えっと……それって恋バナとか結婚的な話ですか……?」
「そう取ってもらってかまわんよ。娘が世話になっているし、もしも気になる男がいないのであれば相応の家格の人間を用意しようと思っているが」
「あー……どうなんでしょうね。確かにシモーヌとかリリアンナが結婚とかそういう話を聞くと焦る部分はあるんですけれど、私やランドールくんが居た世界……って言うとちょっと語弊があるんですけど、私の周りって20そこそこで結婚するのってあまり一般的じゃなかったんですよ。だからまだあまりピンとこないというか」
知っておるぞ。私は異世界人が書いた物語もしっかり読んでいるからな。 むしろ大人になってからの恋愛話は大好物まである。
「好みの男の特徴だけでもかまわんぞ?今すぐでなくてもゆくゆくは結婚することになるのだろうし、継承戦でテオドール派として活躍し、次期皇妃の側近であるそなたの立場を考えればこれから有象無象の貴族から申し込みがあるに違いない。そうなる前に、候補だけでも立てておくことで虫除けにもなる」
「いやいやいや、私は自由恋愛主義者なんでそんな見知らぬ人が押しかけてきたら面倒事にならないうちに、どこかに逃げて隠居でもしますよ」
「無理じゃな。おそらくリリアンナとお前はシモーヌが手放さん。少なくとも居場所がわかっていなければ追っ手がかかる」
なんだったらシモーヌはもう既にルチアを囲い込むためにセロトニアの割譲と叙爵まで言い出してるからな。しかも領地をルチアに割譲することで損失が発生するリリアンナに対する補償金も自分が出すとか言っている。
「おたくの娘さん、怖すぎるんですけど」
「本当になんであんな娘に育ってしまったのか……」
妻に似て妙に迫力があり、金を稼ぐのが得意で頭と口が回る……ああ、妻に似ただけか。
「あとですね……実は縁談を公爵家にお願いしたくない理由もあるんです」
「シモーヌのせいか」
あいつなんか怖いものな。わかるぞ。縁談の世話をうけたなんてことになれば一生物の縁だ。私も家のことがなかったらもう少し疎遠にしたいくらいだし、変な恩を着せられるのは嫌だろう。だが安心してほしい。怖いのはシモーヌだけだ。いや、シモーヌと妻だけだ。私も倅のアンドラーシュもすごくいい人だぞ。
「ある意味そうなんですけど、前に三人で話していた時に、シモーヌが私やリリアンナに公爵家で紹介出来そうな人間で、ろくなのがいないと言っていまして」
「…………」
まあ、それはそうだ。
そもそも見込みのある人間がいるのであればテオドールかシモーヌの配下に配置している。
候補者を入れて4名でのチームという制限があるにもかかわらずテオドールが自分で連れてきた2名の異世界人と旧知のエリザベス。シモーヌが幼馴染のリリアンナとグレイスから派遣されたルチアを入れて、さらに最後の一人にはうちの寄り子である20代の女性子爵を選んだことからもわかるようにシモーヌと同年代の男子は不作だ。
というか、リリアンナにも「あいつらは嫌だ」と昨日一緒に馬車に乗っていた時に言われているしな。
「ちなみに少し歳が離れても良ければシモーヌとリリアンナが嫌がる男以外にもいるのだが」
「え!?性格の良いイケメン居ます?」
今までまったく乗り気ではなさそうだったルチアがそう言って身を乗り出してきた。
「うむ……年齢は気にせんか?」
「……まさか公爵とかじゃないですよね?」
「私がいいのか?」
公爵家はシモーヌの下のアンドラーシュが継ぐことが決まってしまっているし、そもそも私は公爵家の婿養子なので妻として娶ることはできない。妾として外におくのがせいぜいで、たとえ私とルチアの間に子ができても領地を割譲して分家として騎士領主、良くて一代男爵くらいにしかしてやれないだろう。
「いやそれは……公爵が個人的にどうこうじゃなくて、友達のお父さんは厳しいです」
「まあ、それはそうだろうな。今思いついたのは年下の男子なのだが、2つほど年下なのでそれが嫌でなければという感じだな」
「年下ですか。正直アリですね。私、あんまり年上の男性にいい思い出がないので」
そう言って笑った後、視線をそらしたルチアは少し不機嫌そうな顔をしていた。




