メイド仮面と恋の炎 1
モロー公爵領への旅立ちの日がやってきた。
テオドールとシモーヌだけではなく、皇帝陛下と第一、第三王妃まで見送りに出てきてくれ、グレイスはパトリックと顔を合わせたくないとかで少し離れた城の窓から顔だけ出して見送ってくれた。
城門を出て街を囲む大門まで向かう道すがらには、手を振ってくれる武器屋の一家はもちろん、今日の旅立ちを伝えておいた顔なじみの兵士や冒険者の姿も見えた。そんな光景を見てしまうと、なんだかんだ、この世界に来てから一番長い時間を過ごしたこの街でできた縁と思い出を噛み締めてちょっとホロリときそうになる。
「あれ?泣いてる?」
「いや、さすがに泣いてはいねえよ」
俺達は公爵と、モロー領へ持ち帰る荷物の護衛も兼ねていて、1台の荷馬車につき二人づつ乗っている。
一番前の荷馬車にはパトリックとエリザベスが。二台目の荷馬車には俺とルチアが。その間に挟まれているちょっと豪華な貴族御用達の乗用馬車の中にはモロー公とリリアンナが乗っていて、さらに何台かある馬車の周りも含めて公爵家の私兵が固めている。
「まあ、私らは最初に転移してきたのが別の土地だったし、グレイスのところからシモーヌのところに派遣されてからすぐに旅に出ちゃったからあんまり思い入れはないけど、ランドールくんは帝都が長かったんだろうし、センチな気分になっちゃうのはわかるよ」
「まあな。知り合いが結構見送りに来てくれていてちょっとセンチな気分にはなってる」
「あはは。見た目に反して結構コミュ強だよね、ランドールくんって」
「見た目に反しては余計だ。そもそも俺の目の隈のことを言ってるならこれはお前も知っての通りこっちに来てからの後天的なものだからな?日本に居た頃は割と友達もいたし」
「最初に見たときは絶対こっち側だと思ってたんだけどな」
「逆にこっちからしたらお前が陰キャだったってほうが意外だっつーの」
最初の頃の俺のルチアに対する認識は割と気さくで、男女ともに友達が多そうというイメージだったので、仲良くなって初めて二人で話したときに『転移前は友達いなくてさー』と言われたときは本当にびっくりしたものだ。
「陰キャっていうか、前も言ったけど親が毒親だったせいで同級生から避けられていてね。友達っていうのがよくわからないまま中学まできちゃったんだよね。で、こっちに来ちゃった」
「……あれ?いままで気づかなかったけど、お前バイト先の二人と一緒に来たのに年齢おかしくないか?中学生はバイトできないだろ」
「あはは、実はバイトじゃないというか、勝手に手伝って個人的に知り合いのお姉さんからお小遣い貰ってたというか……ほら、人情飲食店みたいなのを特集したバラエティ番組とかで、お客さんが配膳手伝ってくれたりみたいなのあるじゃん?ああいう感じ」
「なるほど、喫茶フェリシエは労使契約を結ばないことで中学生を働かせる非合法組織だったわけだ。やっぱり一見平和そうに見えるところこそ裏があるんだな」
「間違ってないけど言い方悪すぎない?ってか、緊急避難だよ、緊急避難。フェリシエに拾われたときは親が蒸発していてマジでお金なかったんだから」
そういう時は福祉とか国を頼れよとかなんとか言ったところで今更意味のないことだし、困っているこいつを助けてあげたのは店長なんだから当事者でもない俺がいまさらとやかくいうことではない。
今、ルチアはこうしてちゃんと生きて友達もいて、お金にも困ってない。これが一番大事だと思う。
「……でもまあ、色々あったけどその色々があったおかげでこうして楽しく生きてるから問題なし」
「だな。生きてるだけで丸儲けだ」
そんな話をしているうちに帝都の街全体を守っている城壁の大門が見えてくる。
帝都の外にでて旅をするのは10ヶ月ぶりだ。帝都の周りは兵士の訓練なんかである程度魔物が間引かれているからしばらくは大丈夫だろうけど、各領間の道や森はそうはいかない。
護衛の兵士たちもいるが、もしもなにかあれば俺達も出張ることになるだろう。
俺はもちろん、リリアンナもエリザベスも割とチートなので、そうそう危険はないはずだが、ちょっとでも油断していると事故は起こる。極力油断せずしっかりやらなければ。
そう思って横に置いておいた刀に手をやると、ルチアが『あれ?』と声を上げた。
「それ、ショートソードかと思ったらちょっと短いけど刀?」
「ああ、馴染の武器屋が作ってくれてな」
「ふーん、なんかこう、鍔が独特のセンスしているけどいいね」
正直俺も、なんで花弁をかたどってるんだよ、使うの俺だぞ?って思わなくはないけど。
「意匠的に作ったのは女鍛冶師かな。にくいね色男」
「おっさんみたいな絡み方すんな」
「で、その刀に名前とか付けたの?」
「え?名前とか必要か……?」
「必要じゃない?名前があると刀の真の力を開放して必殺技を使ったりとかできそうだし」
「漫画の読みすぎじゃね?」
「あはは、もう長い事読んでないねぇ」
一応俺達異世界人の持ち物として持ち込まれることはあるけど、帝国図書館の秘蔵書扱いで、読むのには何人もの法衣貴族の承認が必要になる割に、飛び飛びの巻だったりとか、前後の号のない雑誌だったりするのでこっちにいるとあまり読む機会はない。
まあ、なんにしてもルチアが漫画脳なのは間違いないだろうと思う。
「でもさ、必殺技はともかく、刀に愛着を持つにはいいんじゃない?」
そう言われると一理ある気がする。元々日本刀には銘があるものも多いわけだし。
「ちなみにルチア、この鍔にあしらわれている花ってなんだかわかるか?」
「うーん、桜ともちょっと違うし、なんだろね」
「どうせならこの鍔にちなんだ名前にしたいし、あとでリリアンナに聞いてみるか」
「それがいいかもね」
そんなこんなで1日めが終わり、わりと余裕を持ってたどり着いた宿泊地の街の名前はシュバルツェン。何を隠そうエリザベスの実家、シュバルツ家が治める、ダンジョンのある街だ。
公爵とリリアンナ、それにエリザベスはシュバルツ男爵家に宿泊し、俺はまだ貴族じゃないことと、シュバルツ家の当主があまり異世界人に好感をもっていないらしいということもあってルチアといっしょに街の宿に宿泊だ。
まあ、街の規模もそれなりだし、帝都に近くダンジョン産業で財をなしている街なので、宿屋のグレードも悪くないしそれは別にいいんだけど……。
「なんでお前がこっちにいるんだ?普通に男爵家行きだろお前は」
「だって僕もう皇族じゃないもん」
しれっとパトリックがこっちにいるんだが。
「と、いうわけで何かうまいものを食べにいこうよ。ルチアも誘ってさ」
「いや、やっぱりお前は男爵家に行ったほうが良いんじゃないか?多分うまいものも出てくるんだろうし」
「……貴族のもてなしってね、いつもほぼ同じメニューなんだよ。それしか知らない頃はよかったけど、僕は継承戦と、自由になったこの10ヶ月で世の中にはおいしいものが山程あるってことを知っちゃったからね」
まあ、主にこいつの食事を作っているアランの料理は並以上に美味いし、帝都は広くて栄えているから旨い店がごまんとあるのは俺も知っている。城でいつも同じような食事(しかも毒見のせいで冷めている)をしてきただろうパトリックからしてみれば好きなものを好きな時に食べられるようになった結果、美食に目覚めたというのもうなづける。
ああ、そういう意味じゃ武器屋だけじゃなくて街の酒場とか食堂にも、うちの領にこないかと声をかけておくべきだったかもしれない。荒れていると噂の土地に美味い飯屋なんてないかもしれないんだから。まあ、今度帝都に帰ったときにでも馴染みの店にひと声かけてみるか。
「それに、シュバルツ男爵は継承戦敗者の僕に今更用事なんてないだろうからね」
そういえば、継承戦の最中にエリザベスがテオドールに、シュバルツ男爵家がパトリックについたから自分をクビにしろみたいなことを言っていたっけな。
うん?じゃあ今のエリザベスは結構針の筵か?実家に楯突いてテオドールについた挙げ句、家の面子を潰したみたいな。
「どうしたの?」
「いや、継承戦の件でテオドールについた挙げ句、パトリックを打ち負かして家の面子に泥を塗ったエリザベスは大丈夫なのかなって」
「ああ、大丈夫、大丈夫。男爵は面の皮の厚い人でね。多分ベっさんのことはテオドール皇太子殿下との大切なパイプとして扱うだろうから、そうそう下に置くようなことはないよ」
「パイプか……帰省してきた娘とかじゃないんだな」
「子は当主が成り上がるための道具、なんてのは貴族には珍しくないさ」
「嫌な話だな」
「ふふふ、君等異世界人のそういうところ、僕としては結構好ましく思っているよ。まあ、それはそうと、ちょっと相談もあるから早めに食事にでかけないか?」
「相談?」
「ああ、できればベっさんやリリアンナには聞かれたくない話でさ。今日のうちに、二人に相談したいんだ」
エリザベスやリリアンナには聞かれたくない相談、ね。
わざわざ危険な旅についてきて、初日に元々テオドール派ではないシュバルツ男爵の街で、現地人のテオドール派である公爵、リリアンナ、それにエリザベスが居なくなった途端に言い出す。まさかこいつ、クーデターでも企てていて、俺やルチアなら抱き込めるとでも思っているのか?
「どうしたの、怖い顔して」
「いや、なんでもない。とりあえずルチアを連れて街に繰り出すか」
「騙された……美味しいご飯を食べさせてくれるっていうからついてきたのになんか女子が入っちゃいけないような路地に連れ込まれた……」
まあ、正直俺も騙された感はひしひしと感じているのでルチアが帰るなら帰ろうかなくらいの気分になっているんだが、がっくりと肩を落としてブツブツ文句を言いながらもルチアは俺達に並んで歩いている。
ルチアが言うように、現在俺達が歩いているのはいわゆるスラムみたいなところだ。いや、スラムってほどでもないか。なんかこう、下町というか、古い家が建ち並ぶ地区だ。
「こんなとこ絶対美味しいご飯とかないじゃん」
「いやいや、そんなことないって。意外とこういうところにこそ穴場の店ってあるもんなんだって」
「シモーヌもだけど、この国の皇族って全体的にそういうとこあるよね、変なところで冒険したがりっていうかさ」
シモーヌは正確には皇族ではないけどな。一応皇位継承権はあったけれど。
「僕はもう皇族ではないけれどね」
「生まれの話をしてるんだから今の立場は関係ないでしょ」
「あれ?そういえばルチアとパトリックって仲良いのか?いままであんまり絡んでいるのを見たことがなかったけど、結構仲良さげな感じだよな」
「仲悪いよ」
「仲良いよ」
どっちだよ。
ちなみに仲が悪いと言ったのがルチアで仲がいいと言ったのがパトリックだ。
「そもそもルチアが僕を嫌っているのはシモーヌにつきあってみたいなところあるだろう?だから本質的にはルチアは僕のことを嫌ってないし、僕も嫌ってない。つまり仲が良い」
それは無関心な関係が証明されただけで仲が良い証明にはなってないだろ。
「いや、無理無理。仲良いってはならないって。あんたのあの酷いシモーヌへのプロポーズを見ていて仲良くしようと思う女子とかいないから」
「え?お前シモーヌのこと好きなの?」
「いいや?」
じゃあなんでプロポーズしてるんだよ……。
「僕はただ兄さん達やグレイス相手に共闘しようという話をしにいっていただけで、その流れで協力してくれるなら妻にしてやってもいいよって話をしてただけだ。そもそも僕には心に決めた人がいるからたとえ継承戦に勝利してシモーヌと結婚しても、その人を第二王妃に迎えて、シモーヌとは良くて仮面夫婦だったんじゃないかな」
「ね、仲良くできる要素ないでしょ?」
「わからんではないけどさ」
パトリックの言い草にちょっと引っかかるところはあるが、日本人とは別世界の人間、それも相手は貴族どころか皇族なわけで、俺達の感覚を押し付けるのは違うだろう。そんなことをしたら多様性がどうのこうのとか、サステナブルがどうこうとか、SDGsがどうこうとか言っている胡散臭いやつらに絡まれてしまう。まあ、そういうやつらはなんだかんだパトリックみたいな価値観を叩いてきそうだけど。そういう価値観があってこそ、皇家の持続性も担保されるというのに。
それに、いまでこそプライベートでは見ている人間が砂糖をはくほどシモーヌと仲の良いテオドールだが、最初からシモーヌと仲が良かったわけじゃない。パトリックとは逆の話になるが、あいつは最初貴族の妻を娶ることを考えていなかった。それはあいつの幼い正義感からくる貴族嫌いが由来だ。で、テオドールは『平民から』妻を娶ることを考えていたが、そもそも自由恋愛至上主義の俺達現代日本人の感覚からすると『身分を問わず』ならともかく『平民から』というフィルターをかけてるのもどうなんだ?って話になる。
「けど何よ?」
「ぶっちゃけシモーヌに聞いたことあるけど、あいつがそもそもテオドールに近づいたのってパトリックとか、最初に脱落したパトリックのすぐ上の……ええと、パトリック、なんだっけ?あいつの名前」
「ああ、リストン?」
そうそう、リストンな。継承戦開始直後にルール違反して即失格っていう、デスゲーム最初の被害者みたいな退場の仕方をしたので、有象無象の泡沫候補達の中でも俺の中で顔と肩書は覚えてるけど名前が出てこないヤツの筆頭だ。
「そう、リストン。パトリックやリストンに弟のアンドラーシュが仕えるのが嫌だし自分も嫁ぎたくなかったから、一番マシだと思ったテオドールに協力したのが始まりだって聞いたぞ」
「それはまあ。それを見透かされてたからグレイスはテオドールくんをシモーヌから護るために私を監視にって送り込んだんだけどさ」
「じゃあパトリックだけが悪いわけじゃねえよな、シモーヌも似たようなもんだろ」
てか、そう考えるとグレイスって怖いな。あのころまだ12とかのはずなのにシモーヌの思惑を見抜いてたってことだろ?なのになんでルチアがシモーヌに寝返ってるのに気づかないんだろ……。
「……前にリリアンナも言ってたけど、そういうことじゃないんだよね。だからモテないんだよ君」
うるせえわ。




