これまでのあらすじとこれからのあらすじ 4
ルチアを旅の仲間に加えた翌日、俺はパトリックへの支払いのために赤龍亭に来ていた。
「なるほどね、それでべっさんには了解もらえたのかい?」
「渋々な」
正直、エリザベスにはめっちゃ渋られた。渋られたどころか、最初は絶対に嫌だと言っていた。どのくらい嫌がっていたかと言うと、断りながらメイスを俺にちら見せするくらいだ。
まあそりゃそうだ。あいつが結婚まで秒読み段階となったテオドールのお世話をできる時間は残り少ないのだから。それにそもそもあいつ自身も叙爵が控えているし、多分リリアンナや俺同様結婚の話も出てきていてもおかしくないわけで、暇なわけはないんだから。
だが、ほかでもないテオドールが俺の身を案じてエリザベスにぜひにと頼んだものだからエリザベスは渋々折れてくれたのだ。
「じゃあ、あと一人は僕が行こう。この一年弱で身につけた情報収集の技術を試すのにいい機会だ」
開店前の赤龍亭で俺から約束の金貨を受け取ったパトリックはそう言って懐に金貨の入った革袋をしまい込んだ。
「は?いやいやいや、長旅だし、お前は皇族なんだから色々まずいだろ」
「なんでだい?継承戦の時にも旅はしているし、そもそも僕はもう皇族じゃないよ」
「そりゃ理屈ではそうだけどよ」
「……ああ、そうか。万が一僕が人質に取られて何か要求されたりすることを心配しているんだね。でも僕はそんなに弱くないし、万が一そんなことになったら迷わず切り捨ててくれて構わないよ。要求を無視するだけでなく、邪魔になるようなら文字通り君が殺してくれても構わない」
怖えよ。まだ17なのになんでそんなに覚悟完了しているんだお前は。
「いや、そんな状況になったら普通に俺が助け出すけれどさ。ってか、いいのか?言うほど楽しい旅じゃねえぞ?様子見で潜入とかもしなきゃならないから、少なくともモロー公爵領か、リリアンナのハイウインド領からは徒歩になるし」
「かまわないさ。実は僕は昔から自由気ままに旅をしてみたいと思っていてね」
「おいおい、言うほど気ままじゃないぞ、目的はあるんだから」
「だとしても皇族としてのしがらみはないだろう?それで十分さ」
継承戦の時にこいつの実力は見ているから別に戦力的に不安とかはない。今のテオドールがレベル10テオドールだとしたら、パトリックはあの時点でレベル3テオドールくらいの実力はあったので、今ならレベル5とか6テオドールくらいはあるだろう。正直そのへんのよく知らないやつを連れて行くよりはよっぽど安心だし、割と頭と口が回って、身分にかかわらず誰とでも別け隔てなく話せるので本人が自信満々に試してみたいなんて言う情報収集スキルも期待できるはずだ。
「おっさん的にはいいのか?あんた。こいつのおもり役だろ」
「なに、パト坊ももう独り立ちしていい時期だ。心配はしてねえよ」
そう言ってカウンターの中で皿を拭きながらアランがガッハッハと笑う。
まあ、保護者がいいって言うなら別にいいか。家族のほうは、テオドールあたりは『エリザベスだけじゃなくてパットも行ってくれるなら安心だ』とか言いそうだし、グレイスは『面倒くさいのが居なくなってせいせいするわ』とか言いそうな感じだしな。
まあ……皇帝陛下ぐらいかな、心配するのは。パトリックの母親の第三皇妃はどっちかというと細かいことは気にしない楽観主義だから大丈夫だろうし。
「それじゃ頼むわ」
「何か用意しておいたほうが良いものがあればついでに手配しておくけど」
「うーん、一応モロー領でも買い物はできると思うし、モロー領までは馬車だからすぐに必要なものはないかな。お前が必要だと思うものがあれば用意しておてくれ。代金は後で払うから」
「そうか、わかったよ」
「ちなみに、おっさんも一緒に行ったりとか……」
「いやあ、この歳で若い連中のところに入っていくのも気が引けるしな。それに店もあるし、俺が居なかったら寂しがる馴染の客もいるからよ」
あー……まあ、おしのびでやってきてアレンがいなかったらしょぼーんとしそうだよな、あの人。
「わかった。まだ譲位してないから常連さんごとってわけにもいかないだろうしな」
「はっはっは、なんのことかわからねえけど流石に素人の常連客連れて旅には出られねえよ。危なくてしょうがないからな」
まあ、そりゃそうだ。
というか、保護者と父親同伴はパトリックが嫌がりそうだしな。
パトリックに出発予定日を伝えて簡単な打ち合わせをしたあとで赤龍亭を出た俺は、今度は城下町にある馴染の武器屋へやってきた。
ひょんなことから始まった付き合いだが、店主の腕がいいのと世話焼きの店主と奥さん、なついてくれた娘との時間が楽しくてなんだかんだとこの三年間で家族のよう関係になっていて、城にいるのが息苦しいときなんかには泊めてもらったりもしていた。
「おう、今日はどうしたランドール」
俺が店に入ってきた気配を感じ取った店主がそう言って帳簿から顔を上げてこっちを見る。
「投げナイフをあるったけくれ」
「在庫は5本しかないが追加で作ったほうがいいか?」
「いや、それで十分だよ。投げた後なるべく拾って使うし」
そもそも投げナイフなんて同時に何本も服の下に隠しておけるものでもないので、常に携帯するのは一番最初に不意打ちする用の一本だけだ。
あるったけと言ったのは俺やリリアンナの領にどれだけの不埒者と魔物と猛獣がいるかわからないので念の為多めに持っていきたいというだけの話でしかない。
あとは餞別ではないが、この街を出る前に、これまで世話になったこの店に少しでも金を落とそうと考えたからというのもある。
「そうかい」
そう言って店主は店の奥に引っ込み、投げナイフの入った木箱を持ってくると一本一本状態を確認し、鞘に納めていく。
「お前が何本もナイフを欲しがるなんてめずらしいな。いつもはボロボロになった後に一本買ってくだけのしけた常連なのによ」
「ついに領地がもらえることになってな。しばらくはこの店にも来られなくなるから予備を持っておこうと思ってさ」
「おお、そりゃ寂しくなるねえ……」
「そう思ってくれるなら落ち着いたころにウチの領に移ってきてくれてもいいんだぜ」
「ここより稼げるならな」
「そりゃ領主の責任じゃねえだろ」
「まあな」
こんな事を言っているが、出会ってからこのかた、店主からは儲けたいという感じを受けたことがなかったりする。
使い込んでボロボロになったナイフも無料で打ち直してくれて一回り小ぶりのナイフになったのが手元にあったりするし。
「だがまあ、あのランドールが本当にお貴族様になっちまうとはな。お前は見どころがあったから、ゆくゆくはうちのアイシャを嫁にやるか、うちに婿に来てもらおうと思っていたんだが……」
「いや、アイシャはまだ14歳とかじゃねえか」
「いや、もうすぐ15だしほぼ大人だぞ。それに今すぐじゃなくてゆくゆくな、ゆくゆく」
「だとしてもさ」
適齢期を考えればまだ6年もある。そして俺とは5歳も離れている。まあ、平民は15歳で成人即結婚、出産なんてのも珍しくない世界であるとはいえ、今よりちっちゃいころから知っている、妹のように思っているアイシャには俺みたいにつまらないやつの嫁になるのではなく、もっといい相手と人生を歩んでほしい。
「あ、そうか。アイシャを行かせりゃ良いのか」
「は?」
「いや、あいつ最近『将来ランドール兄ちゃんの武器は私がつくるんだ』とか言って張り切って修行していてな……と、そうだ。それがあったな」
そう言って再び裏に引っ込んだ店主が別の箱に入った武器を持ってくる。
「試作品だが、お前が言ってた刀ってやつだ。仕上げは俺がやったが、柔らかい鉄と硬い鉄をあわせる技術を試行錯誤して形にしたのはアイシャだ」
「マジか!!」
歴代何人も日本人がいたにもかかわらず、誰もよくわかってなかった(もちろん俺も例外ではない)せいで形にならなかった刀を完成させたとか、うちの妹は天才か!?
素人の俺には槍とかメイスのほうが使いやすいのはもちろんわかっているけど、それでもやはり刀は日本男児にとっては武士の魂、ロマンの塊だ、それを完成させてくれるなんてもうお兄ちゃんは感謝感激雨あられですよ。
お礼にお小遣いいっぱい置いていくからな、アイシャ。
「いくらだ?」
「半人前の職人が作った試作品だからな。金はいらねえよ」
そう言って箱から取り出した布づつみの中には、鞘に収められたまごうことなき刀が包まれていた。
まあ、本物の刀なんてみたことないから、本職の刀鍛冶とかコレクターが見たらこんなの刀じゃないとか言われるのかもしれないが。
それでも俺にとってはまごうことなき刀だ。
「いや、そういうわけにはいかないだろ。時間だってかかってるだろうし、失敗した分の材料だってあるだろ」
「じゃあアレだ、お前が見事領主になった暁にはうちの支店をお前の街に出させてくれ。で、その費用はお前持ちってことで」
刀一本で店一軒。普通の武器に対する対価として考えたらとても見合わないだろうが、今まで世話になった、この世界での家族のように思っていた親子が俺のために打ってくれた刀だ。その価値はある。
「わかった。だがそれはそれとして、アイシャが俺の領に来るときの旅費くらいは置いて行かせてくれ。あと、あんたの酒代な」
「本当にいいのか!?というか、アイシャを行かせていいのか?」
「ああ、この刀を打った名工には是非ともそばに居てほしいからな。とりあえず金貨が10枚あるけど……城に戻ってあとで追加でもってくるな」
「いやいやいや、そんなにもらうわけにいかねえよ」
「でも投げナイフの代金もあるだろ」
「ナイフ代の金貨5枚だけでいいって。こっちだってお前には色々世話になってるし、店まで出してもらうんだから。……でも、そうだな、どうしてももっと払いたいと思ってくれるなら……」
「おう、なんだ?何でも言ってくれ」
「アイシャが成人したらよ、お貴族様のお情けってやつを頼めねえかなってな」
「おう、なんだそんなことか、任せと……け……なんだって?」
なんか不穏なこと言われなかったか今。お貴族様のお情けって、そういうことだよな、多分。
「あいつはお前のことを兄ちゃん兄ちゃんって言っていたけど、多分お前のことをちゃんと一人の男として見てる。だからよ、たのむわ」
「いや……その……アイシャの父親としてはそれ、ありなのか?」
「男だったら好きな女を抱きたいと思うもんだろ?それと同じで女だって好きな男に抱かれたいって思うもんだし子供を作りたいと思うもんだろ」
「そ、そうか……」
前から思っていたけど結構性にアグレッシブだよな、この世界。いや、本来そういうものなのかもしれないな。
人間なんて小賢しいだけのただの動物なんだし、多分前にいた現代日本みたいな価値観の方が歴史は浅いんだろう。
「成人した時にアイシャが本当にその気だったらな。それまでに好きな男ができたら俺のことは気にせずそいつと添い遂げるよう言っておいてくれよ。もちろん、うちの領にもその男同伴で来てくれて構わないからな。ちゃんと二人とも、なんだったらあんたの孫までちゃんと面倒見るからさ。あんたにも、アイシャにも、奥さんにもそのくらい感謝しているんだ、俺は」
「はっはっは、やっぱり変なやつだなおめえは」
まあ、その自覚はある。
「まあ、あれだ。なんかやらかして爵位を剥奪されたりしたら遠慮なく帝都に戻ってこい。生活の面倒くらい見てやるからよ」
そう言ってもらえると安心感半端ないな。
「そんな事にならないように頑張るけど、万が一そんなことになったら頼むわ」
「おう、そんときゃアイシャのやつを貰ってやってくれよな」
そう言って笑うと、親父さんはガハハと笑いながら俺の背中をバシバシと叩いた。




