これまでのあらすじとこれからのあらすじ 3
どこから聞きつけたのか飛び入り参加してきたテオドールの末の妹がシモーヌに突っかかっていって軽くあしらわれたり、酔っ払ったカーラが教会に帰りたくないと駄々をこねたり、身内ばかりだからと人目もはばからずテオドールとシモーヌがいちゃつき、それを見て落ち込んだエリザベスをパトリックと一緒に慰めたりした食事会から一週間後。
皇帝陛下に呼び出された俺が指定された部屋に入ると、皇帝陛下と陛下にどことなく雰囲気の似た壮年の男性、その二人に挟まれるようにシモーヌとテオドールが横並びで座っていた。
俺が向かいの席を勧められて座ると、軽いノックの後でリリアンナが入ってきて同じく向かいの席を勧められて俺の隣に座った。
「久しぶりだな、リリアンナ」
「はい、ご無沙汰しておりますモロー公」
壮年の男性に声をかけられたリリアンナがそう言って座ったままの略礼をする。
ああ、なるほど。この人は皇帝陛下の弟、つまりシモーヌの親父さんか。だからその並びなわけだ。
「さて、貴公とこうして話をするのははじめてだな。ランドール・アンリよ。私はアゼート・モロー。公爵である」
「お、お初にお目にかかります……モロー公爵閣下、その……なんと言いますか……本日は、あー……お日柄も、その」
「ああ、そういうの気にしなくて大丈夫よ。お父様もあまりふざけないでください。さっき言ったでしょう?ランドールはそういうの苦手だって」
「はっはっは、すまんすまん。肩書を名乗って威圧的に出た時の異世界人のこういう反応が面白くてついな」
そう言って破顔したモロー公は先程までの厳しそうな顔とは別の、プライベートで俺に愚痴を言う時の皇帝陛下やアランのような顔つきに変わっていた。
貴族同士の口上が上手くできないと延々嫌味を言ってくるような貴族もいたりするが、どうやらモロー公はそういう人間ではなさそうで一安心だ。
ちなみに、俺は最初に失敗してから貴族に会う予定が入ったときは、あらかじめ台本を用意してもらって暗記してから臨むようになった。まあそのせいでこの世界に来てから三年も経とうというのに未だにアドリブだと今みたいにボロボロになってしまうのだけど。
「そういうわけだ、すまなかったなランドール。ここからはざっくばらんにいこう」
「あ、はい」
どうやらシモーヌの父親である公爵閣下はアランと同じ豪快タイプっぽい。ちなみに公爵の兄である皇帝陛下は結構繊細でちょっと気が弱め。戦場に出ているときは豪胆で強気らしいのだが、城にいると弱々になってしまうという謎の人だ。
「改めて、アゼート・モローだ。娘達がいつも世話になっている」
そう言って公爵が笑うが、『達』の部分に心当たりがない。
シモーヌについてはまあ確かにいつも世話をしているが、『達』って言われても他にシモーヌの妹とかいたっけ?弟がいるのは聞いてるけど会ったことないしな。
俺が心の中で首を傾げていると、隣りに座っていたリリアンナがふふふと笑いながら口を開いた。
「アゼート様、そう言っていただけるのは嬉しいですが私は娘ではありませんよ」
「何を言うリリアンナ、お前は我が盟友と義妹の娘なのだから我が娘も同じよ」
「え、リリアンナってもしかして貴族なのか!?しかもシモーヌの従姉妹!?」
俺にとっては衝撃の事実だった。 シモーヌはちょっとクセはあるものの気安くていい奴なのだが、ほとんどの貴族は居丈高でいけ好かないやつらばかり。なのに、シモーヌ以上に気安くて気の利く子であるリリアンナが貴族だったなんて。
「いや、そりゃそうでしょ。こう見えて私は一応公爵令嬢なのよ?異世界人のルチアはともかく、さすがにその辺の平民の娘を側近としてあてがうなんてことできるわけないじゃない」
「父が亡くなった時に成人している後継者が居なかった我が家を取り潰すべきだという貴族たちに反対してくれたのが隣領の領主だったアゼート様なんです。そういった事情もあって今は私の身柄と領地はモロー公爵家預かりという形になっています。シモーヌの付き人のようなことをしているのも従姉妹だからというのもありますが、その縁でというのも大きいですね」
「なるほど。そういうことか」
「それでその、今日ランドールとリリアンナに来てもらった理由なのだけど」
「テオ、その先は私が言うわ」
俺がリリアンナの事情に納得しているとテオドールが口を開きかけ、それをシモーヌが制止した。
「…………大丈夫?」
「まかせて」
「本当に」
「大丈夫よ」
「……じゃあ、おまかせしようかな」
少し考えた後で今のシモーヌは引き下がりそうにないと見たらしいテオドールがそう言って椅子の背もたれに身を預けて目を閉じる。
「まずランドール、あなたに叙爵の話があるわ」
「おお、やっとか」
これで19にして貴族。憧れの不労所得ゲット。あとはあまり親しくない城の連中からの『こいつ貴族でもねえし特に役職もなく仕事もしてないのにいつまで城にいるんだろ』という視線からの開放。
仕事をせず城にいることに不満があるわけじゃないがあの視線はマジできついのだ。
爵位はなんだろな。普通に考えて騎士爵か。それだと若いうちは騎士団入団の義務と一年のうち決まった期間に兵役があるのが面倒だな。テオドールもシモーヌもそんな俺の性格を知っているからもしや男爵か、でも割とポンポン与えられると噂の一代限りの男爵だと領地なしでこれまた城で役職につかなきゃいけないんだよな。それだと不労所得じゃないのでできれば世襲できる領地付きの男爵がいいんだけど、いきなりそれは流石に難しいよなあ。
「爵位は子爵。領地は少し前に後継者不在で皇家直轄領になってリリアンナの領同様うちが預かっていたところが与えられる予定よ。位置的にはリリアンナの隣になるわ」
「え、いや、え?子爵なの?俺はてっきり騎士爵とか、良くても男爵かなって思ってたんだけど」
「継承戦におけるあなたのテオドールに対する貢献はそのくらい大きいということよ。とはいえ叙爵には条件があるわ」
「条件?」
「ええ、あなたに与えられる予定の領を代理で任せた人間があまり優秀ではなくてね。領内が荒れてしまっているのよ。あなたにはリリアンナと協力してそれを平定してもらいたいの」
そのくらいお安い御用だと言いかけたが、ちょっと荒れているくらいの土地に対して平定って使わなくないか?再建くらいがいいところじゃないか?という疑問が頭をよぎった。
「テオ、荒れてるってどのくらいだ?視察に出てたお前が帰ってきたこのタイミングで話が出るってことは見てきてるだろ?俺等が継承戦のときに旅したとこだとどのくらい?」
「……領内を全部見て回れたわけじゃないけど、少なく見積もって多分コーマン海峡の半分くらい……かな」
「って、橋が作れるくらい海賊船だらけだったとこじゃねえか」
俺の質問を聞いて気まずそうにツイっと視線をそらしながらテオドールが答えた。
コーマン海峡は、今は元海賊船の残骸を再利用して作ったアーチ橋が名所になっている皇家直轄領にある海峡だ。
継承戦初期に海賊の討伐ミッションの舞台になった地で、我らがご主人様テオドールと僕らのヒーローメイド仮面、さらにさらに他の候補者に協力してもらっても調査から海賊掃討までに半月かかった。
つまり最低でも山賊海賊の類はそれなりにいるってことか。
その辺の賊にやられるほど俺は弱くないが、賊がいて荒れているということは害獣駆除や魔物の間引きもできていない可能性が高い。
救いがあるとすれば継承戦初期の頃よりは俺自身強くなっているというところだろうか。
「ヒューマンだけか?」
「ゴブリンとオークもそれなりに、あとは治安が悪いせいできちんと間引きできていないボアやベアが増えている印象かな」
やっぱりか。
「ちなみになんで俺やリリアンナがやらなきゃならないんだ?軍隊なんかを動かしたほうが早くないか?」
「あなたの叙爵とリリアンナの爵位継承に必要なのよ。特にあなたね、わたしたちはあなたの実績をちゃんとわかっているし、評価もしているのだけど、あなたの能力の性質上あまり目立った活躍にはなっていないでしょう?そのせいで反対する貴族もそれなりにいてね。納得させる実績が必要なの」
まあ、確かに俺は欠損した手足をにょきにょき生やしたり、オークやゴブリンの頭を弾けさせたり、炎の魔法でモンスターを焼き尽くしたりといった活躍はしてないな。というか、うちのメンバーイカれすぎだろ。そりゃ継承戦も圧勝するよ。だってそんなイカれた3人の他にも味方陣営には配下にリリアンナやルチアがいて、そもそも普通に強くて公爵家の力を自在に使えるシモーヌや、異世界人を二人も配下に持っていて、許嫁である辺境伯の兵力を借りることができるテオドールの末の妹の二人がついたんだから。
正直こんなやつらと戦って追放されたパトリック陣営、その他の泡沫候補の奴らには同情しかない。数も質も本当にチート級だ。
「それに、前にあなた自身もこういうのを望んでいたじゃない」
「俺、そんなこと言ったか?」
俺が望んでいたのは晴耕雨読、なんだったら晴耕すら抜きで、ダラダラ不労所得で過ごすスローライフという名の社会の寄生虫生活のはずなんだが。
「言ってたでしょ。セイコウウドクだっけ?晴れた日は自分で土地を耕し、雨の日は勉強して過ごすみたいなの。復興には荒れ果てた土地の開拓も必要だしそのために勉強もしなきゃいけない。ほら、理想通り」
「そんな理想があってたまるか。そんなんならまだ一代男爵で城勤めのほうがマシだ」
「あら、いいの?あなたゆくゆくは結婚したいと言っていたけど、男が少ない世界とはいえ一代貴族は令嬢方に不人気よ?まあ、平民でも自分で相手を見つけてくれば一旦うちの養女にして結婚させるという手もあるけど」
この世界では男女ともに結婚適齢期とされるのは20前後。そしてそこから夫婦仲良くして5年位で子どもを生んでね、くらいのスタンスが一般的だ。
つまり俺も、結婚しようと思ったら婚約者の一人でもいないとまずい年齢なわけだ。にもかかわらず女と縁のない俺が不人気職というか爵についたら仕事覚えたりなんなりしているうちに確実に婚期を逃す。
というか、わかっているんだ。ここでゴネたってそもそもシモーヌには口でも権力でも勝てないってことくらい。
「それはちょっと面倒だし困るな」
「あなたならそう言うでしょうね。せっかく復興したのに後継ぎがいませんじゃ締まらないから、お嫁さんの世話も公爵家でさせてもらうわよ」
まあ、このへんが落としどころだろうな。 俺の性格をよくわかっているシモーヌならいけ好かない高慢ちきな貴族の娘をあてがうようなことはないだろう。きっと胸と尻が大きくてちょっと小柄で性格の良い娘を世話してくれるに違いない。
「よし、やろう。かわいい子を頼むぜ」
「ええ、あなたにピッタリの、あなたと気の合うかわいい子をお世話するわ。それとリリアンナ……リリアンナ?」
「……あ、はい。なんでしょう」
「あなたの相手もこっちで世話するからランドールに協力してあげて。わかったわね」
「はい……」
「そんな顔しないの。ちゃんとあなたにピッタリの人を考えてあるから」
それからしばらく、どのくらいの人員が必要か、帝国や公爵家から物資はどのくらい提供してもらえるかなどを話し合ってその日は解散ということになった。
その後の食事にも誘われたのだが、テオドールとシモーヌだけならともかくお付の人に見張られながら皇帝陛下や公爵と一緒に肩肘張った食事会なんて面倒極まりないので『早速領の復興計画を立てたいから』と言って辞退した。失礼かなとは思ったがあらかじめシモーヌとテオドールが俺の性質を話しておいてくれたおかげか、特に咎められるようなこともなかった。
まあ、そもそも婚約者同士、兄弟同士、親子同士、言ってしまえば親戚の寄り合いみたいなところに俺みたいなのが入っても浮くだけだしな。
そう思って部屋を出てしばらく歩いていると後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。
「ランドール、飲みに行きますよ」
追いついてきた不機嫌そうな表情のリリアンナはそう言って俺の手を取って早足で歩き出す。
「え、お前は親戚サイドの人間だろ」
「は?なんの話です?」
「いや……まあ、お前がいいならいいんだけどさ」
俺たちのいる城は城壁内だけで東京ドーム4個分くらいの大きさがあるので、いちいち城外に出ないでも済むように城内の人間向けの施設や店なんていうのもそれなりにある。その中には酒場や飲食店なんかも数軒あって、城壁にくっつくように並んでいる。
この国、というかこの世界での成人は15なので俺もリリアンナも問題なく飲めるのではあるが、俺の酒癖はともかく、リリアンナは酒量が増えてくると絡み酒になる。
で、
「ひどいとおもいませぇん?私だって結婚相手くらい自分でちゃんと選びたいですよぉっ」
開始1時間、最初こそ不機嫌そうに無言で飲んでいたリリアンナはすっかり出来上がってしまいこの体たらくだ。
「いやほら、でも一応選べたりするんじゃないのか?こいつと結婚しろじゃなくて、何人か候補を出して、その中から選ぶ的なさ」
「あなたはそうでしょうねぇ、近隣の領地を治める新しい領主とは良い関係を作っておきたいでしょうからぁ、公爵家の親戚筋や家臣の娘なんかからいっぱい集めるでしょう。同じくらいの歳から、なんだったらグレイス様より年下の子なんかも用意するでしょうねぇ」
そう言ってジョッキを煽った後で酒臭い息をプハーッと吐き出すリリアンナの目は完全に据わっている。
ちなみにグレイスというのは先日の身内飲みに乱入してきたテオドールの末の妹の名前で年齢は15(婚約者あり)だ。
てか、グレイスでも相手するの面倒くさいのにそれより年下の子とか絶対嫌なんだけど。俺の嫁は話のわかる上下2歳差位……上はもうちょっと上でもOKだけど、下はあんまり広くしたくない。
「いやでも、隣の領主と良い関係をっていうのならお前もそうだろ?」
「公爵家の親類縁者で相手が決まってない適齢期の男は二人しかいないんですよ。しかもどっちも性格最悪。一緒にいても絶対楽しくない相手です」
適齢期近くで相手が決まってないんだから絶対何か難があるんだろうなとは思うけどさ……まあ、婚約者がいないのは俺もなので人のことは言えないが。
「あー、だったらほら、シモーヌの弟いただろ、たしかアンドラーシュだっけ。そっちの線はないのか?」
「アンと結婚したら私の領地なくなっちゃうじゃないですかぁ」
まあ、シモーヌは二人姉弟だからアンドラーシュと結婚する=公爵家に嫁入りする=ハイウインド家消滅ってことになるか……なるのか?二人の子供が何人かできたら下の子がハイウインド家を継ぐとかそういう話になるんじゃないのか?知らんけど。
「そんなのご先祖様に顔向けできないし、そもそも私、アンがおねしょしてる時から見てるんですからね?お互いそんな相手嫌ですよ」
「まあ、そりゃそうだ」
婚約者もいるのに未だに実兄のテオドールに対してガチ恋勢なグレイスがおかしいのであって家族や家族同然に育ったような近しすぎる相手にはあんまりそういう気持ちにはならないだろう。
現に俺だって……俺だって、なんだっけ?
「ほんと……なんでこうなっちゃったんだろう」
少し俯きながらリリアンナが呟く。
まあ、なんでこうなったかといえば、だいたいシモーヌのせいだと思うぞ。
継承戦の男性候補者の中で自分が嫁ぐならテオドールがいいというだけの理由で妙齢の女子であるリリアンナを巻き込んで青春を継承戦(しかも自分が勝つためではない)なんかで棒に振らせたあいつの罪は重い。
「シモーヌは好きな人と結ばれたくせにさー、なんで私ばっかりさー」
顔を上げたリリアンナはジョッキを煽ってからそう言って頬を膨らませる。
普段は理知的で冷静なイメージの強いリリアンナがこうしてぶーたれてるのはなんかちょっと可愛らしく見えるな。
「ルチアだってさー、好きにやってるのにさー、私ばっかりさー」
「なんつーかさ、リリアンナも好きにしていいんじゃないか?先祖代々の土地が大事なのはわかるけど、亡くなった親父さんだって、その上の祖父さんだってさらにご先祖様だってお前が不幸になってまで領と伯爵位を継げとは思わないんじゃないか?」
まあ多分、こんなのは現代日本の価値観でしかなく、この世界や貴族の世界には全然当てはまらない、気休めにもならないような言葉なんだろうけど。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、欲しかった言葉と違う〜、今欲しいのはそういうんじゃない〜」
リリアンナがそう言いながらテーブルに突っ伏して、手のひらでパタパタとテーブルを叩く。
ああ、そういえば前にカーラとかエリザベスに言われたことがあったな。『女子は意見やアドバイスじゃなくてただ同意してほしいだけの時がある』って。
どうやら今のリリアンナはそっちだったっぽい。
「でもね」
「ん?」
「ランドールのそういうとこ、結構好きですよ」
そう言って少しだけ顔を上げて、俺を見て微笑むリリアンナに少しドキッとしたのは、酒に酔って上気したリリアンナの顔が色っぽく見えたせいか、それとも怒ったときにだけ開く目がうっすら開いていたせいか。
……まあ、多分後者だな。
店の喧騒から離れ、酔いつぶれたリリアンナを背負って俺やリリアンナが住んでいる棟へと続く静かな石畳の道を進む。
背中に背負ったリリアンナは俺の耳元でスゥスゥと規則的な寝息を立てていて、俺が歩くときの揺れに反応して時々ビクッと腕に力が入る。
「いくらなんでも無防備がすぎんだろ……」
誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。
魔法が怖いし、この国ではそんなにモテる顔立ちではないらしいとはいえ、俺から見れば十分可愛いし、気だってそれなりに合う2個下の女の子。
そんな女の子が酔いつぶれて背中で眠っているのだ。
中学、高校なら3年生の時に新入部員として入ってきた1年生の後輩みたいなかわいい存在。
大学……には行く前にこっち来ちゃったからわからないけど、関係性は似たようなもんだろうし、それにあれだろ、新歓とかで酔い潰れた後輩はお持ち帰りOKなんだろ?
「はぁ……あんまり無防備だと部屋に持って帰っちまうぞ、まったく」
「誰が聞いてるか分からないとこでそういうこというのはあまり感心しないかな」
「おお、ルチア。悪いな迎えに来てもらって」
「かまわないよ、嫁入り前で大事な時期のリリアンナに変な噂が立ったら大変だからね」
店を出る前に酒場の従業員に頼んで呼んでもらっていた、グレイス陣営の裏切り者にしてシモーヌのもう一人の側近であるルチアがそう言って俺の隣を歩き出す。
って、リリアンナを引き受けてくれるわけじゃないんかーい。
「リリアンナに婿をって話、聞いたのか?」
「まあ、ちょっと前にそれとなくシモーヌから聞かされてた」
ピクっと、リリアンナが動いたような気がした。
……もしかして聞いてるのか?まさか俺のお持ち帰り発言も聞かれてたりするのか?だとしたら果てしなく気まずいんだけど。
「それとなくっていうのは?」
「『そろそろリリアンナに婿を取らせて伯爵家を継がせるつもりだけど、あなたはどうしたい?』って聞かれた」
「グレイスのとこに帰るかってことか?」
「でもいいし、何かしたいこととかあれば公爵家が援助してくれるって」
「なんかあんのか?結婚とか?まあ、でもお前はまだ余裕あるか」
適齢期が割と早めのこの世界とはいえルチアはまだ17。シモーヌとリリアンナが特殊なだけで、俺の歳までも2年、適齢期まで3年あるのだ。
「まあ、先輩たちも結婚しちゃうし私もしようかな、なんてちょっとだけ思ったんだけど残念ながら相手がいなくてね」
先輩たちというのはルチアと一緒に転生(ルチアの主張は転移)してきたお姉様方のことだ。
二人で一人の男……グレイスの婚約者の兄を取り合って一触即発のところまでいったのだけど、そもそもこの世界は男の割合が低めなので一夫多妻での重婚が認められているという話を聞き、じゃあ二人とも妻になればいいかということで決着した。
「あ、そうだ。いっそ私とかどうよ」
「は?」
「いや、ランドール君、いっそ私と結婚しとく?って話」
「おいおい、からかうのわっほぉっ!?」
突然首が絞まり、俺は変な声をあげてしまった。
「許しませんよルチア!あなただけ先に幸せになろうなんて、絶対に許しませんよ!?」
「あはは、やっぱり狸寝入りだった。盗み聞きとか趣味悪いぞー」
「い、今はそんな話していないでしょう」
「というか、起きてるなら降りろ、リリアンナ」
「うー……」
リリアンナは、不満そうに声を上げたが、すぐに俺の背中から降りた。
「せっかく楽ちんだったのに……」
だろうな。でもお前が楽ちんだった分、俺がきつかったんだからな。
まあ、それはそれとして。
「それでルチア、一応聞くけど本気か?」
「いや、ウソウソ。冗談だよ。私はまだ結婚する気ないし、ランドール君は全然好みのタイプじゃないし。それにせっかくイケメン率の高いところに転移してきたんだから金髪イケメンと結ばれたいし」
なんで俺なんにもアクションしてないのに一方的にルチアに振られたの?
とはいえ、
「まあ、ルチアの気持ちはわかる。俺だってルチアと結婚するよりも金髪で胸と尻がでかくておっとりしたタイプと結婚してえもん」
見た目の好みだけなら髪色以外はテオドールの姉ちゃんとかいいんだけど、あの人さっさと継承権放棄して他国に嫁入りしているんだよなぁ。
嫁入りしてなかったらワンチャンテオドールの紹介でうまくいった可能性もあったかもしれないんだけどな。あいつ、俺とカーラに滅茶苦茶甘いし。
……まあ、とはいえ、実際は性格に難ありなので、テオドールから提案されてもちょっとお断りしたい感じではあるんだけど。
「なんで私がランドールくんに振られてるんだよ」
「それについちゃお互い様だろうが。ってか、そもそもどうしてそんな悪質な嘘をついたんだよ」
「いや、リリアンナが狸寝入りしているのかどうかたしかめようと思ってさ」
ちなみにこの世界にはたぬきはいない。日本人の伝えた狸寝入りという言葉の意味は通じるが、狸寝入り自体は幻獣の習性の話みたいな扱いを受けている。日本で言えばペガサスは空を飛ぶ。ユニコーンは処女厨みたいな感じ。
「確かめる必要あるか?リリアンナが狸寝入りだったとして、別に聞かれてまずいようなこともないだろ」
「まあ、まずいってわけじゃないけどさ……」
「なんだよ、歯切れが悪いな」
「聞いた話だと今度二人はシモーヌの実家のほうへ行くんでしょ?」
「ああ、その予定だぞ。リリアンナは実家の相続があるし、俺はそっちの方で領地と爵位がもらえる約束だからな」
「その旅、ついでに私も連れて行ってくれない?」
異世界人である俺達には現地人とはちょっと違う魔法スキル、あるいはこの世界にも既に存在するが強力にカスタマイズされた魔法やスキルが付与されていることが多い。
例えばカーラなら異常な回復力を誇る回復魔法、ルチアであれば金属を生み出して好きな形に加工する力だ。
こう聞くとルチアの能力はそんな大したことないように聞こえるが、材料の鉱石も不要、鍛冶技術も不要で好きな形の金属が作れるって、実はすごいことだ。あくまでルチア個人の能力なので大量生産というわけにはいかないが、ルチアがいたお陰で俺達テオドール派の旅がとても快適になったのは間違いない。
特に一番重宝したのがコンビニの冷凍うどんなんかが入ってるような使い捨てのアルミ鍋と、同じくアルミ製のメスティン。軽くて使いやすくて、壊れたり汚れたりしたら丸めて固めて取っておいて町の鍛冶屋に持っていけばそれなりの価格で買い取ってもらえるという優れものだった。
「嫌だけど」
「ね?こうなるわけよ」
「いや、リリアンナはなんで嫌とか言うんだよ。お前ら友達だろ?」
「友達ですけど、この子、シモーヌとグレイス様達の言う事しか聞かないんです。私の指示を聞いてくれないんですよ!」
「あはは。まあ、こんな感じで嫌がられるのがわかってたからランドール君とこっそり約束して強引に潜り込もうかなって思ってたわけ」
それは潜り込むまではいいけど、潜り込んでバレた後大揉めするやつだからな。
騙し討ちはいかんぞ、騙し討ちは。
「リリアンナの指示をきちんと聞いてくれるなら、旅が楽になるし、俺としてはルチアが来るのは大歓迎だけど。一体何しに行くんだ?お前も領地もらえるとか?」
「さっきのしたいことを援助してくれるって話につながるんだけど、私の能力って金属関係でしょ?だからどうせならしっかり鍛冶を学んで能力をもっと伸ばしてみようかと思って」
「鍛治の街、セロトニアに行きたいってこと?」
セロトニア。
その名前はこの世界に来て最初の頃に地理の授業で聞いたことがある。確か、この国の外れの半島にある険しい断崖と荒れた海に囲まれていて、変わり者の鍛冶屋が多く住むっていう街だ。たどり着ければ強力な武器を買い付けられるけど海路では岩礁や魔物が邪魔で船が接岸できず、断崖から行こうと思っても強力な魔物が出るということでたどり着くための難易度がめちゃくちゃ高い。
海路なら距離自体はこの帝都からそれほど遠くはないらしいのだけど、接岸できないのが問題で、一応帝国領ではあるものの税務官がたどり着けないため税の徴収ができず、逆に国からの支援もないため、実質独立した都市国家のようなものなのだとか。
「そういやさっきの話だと、そこって確かリリアンナの土地になるんだよな」
「はい。ただ、セロトニアは生前暴れん坊伯爵と呼ばれた父も割に合わないとして放置していたくらい、たどり着くのが難しい場所なんですよ」
そうか、そんな大変な場所……って、リリアンナの親父さんのそのあだ名なに……?お忍びで調査して数人の部下と乗り込んで悪い貴族や悪徳商人を成敗しそうなんだけど。
あ、ルチアも知らなかったみたいだな。俺と同じような顔してる。
「ま、まあそういうことならルチアにも協力してもらえばいいじゃないか。セロトニアを取り戻すためならルチアもちゃんとリリアンナの言うことを聞くだろ」
「うんうん、セロトニアを取り戻すためなら……ってなんの話?ってか、そもそも二人はシモーヌの実家のほうに行ってなにするの?私はてっきり――」
「荒れた土地から荒くれ者とモンスターと猛獣を駆逐して俺の土地を再開発するんだぞ」
「あーそっかー、じゃあ終わった頃に遊びにいくね」
「だ、そうだぞリリアンナ。セロトニアを支配地域に持つ伯爵様的にはどうだ、こういうやつ」
「セロトニアどころか領内立入禁止にしますね」
おお、俺の言いたいことをすぐに察知してくれたみたいでなによりだ。
人の弱みには積極的に付け込んでいくスタイル。俺は嫌いじゃないぞ。
「ちょっ、私ら友達でしょ?」
「そうね。でも、友達が困っている時に放っておいて、困っている事柄が片付いたらまた近づいてくるなんて友達のすることじゃないわよね?」
「えぇ……まあ、それはそうだけどさぁ」
「ということで、ルチアが旅の仲間三人目だな」
「はぁ、仕方ないか……って三人目!?荒くれ者とモンスターと猛獣の駆除って私ら三人でやるの!?っていうか、二人で旅する予定だったの!?」
「んなわけねえだろ。もう何人か連れて行っていいって話だし、調査して片付けるのに人手が必要ならシモーヌの家から兵士も出るってよ」
「なんだ、それならよかった」
まあ、あまり大人数になると動きづらくなるだろうから、一緒に行動して調査をするのは多くてあと二人くらいかなという感じではあるんだけど。
一人はメイド仮面を誘うとして、あと一人は誰にしようかな。




