これまでのあらすじとこれからのあらすじ 2
エリザベスと一緒に市場を回り、今日の会場となる「隠れ家」の1つである赤龍亭に今日の食材を運び込んでいると、今日は貸切で店が休みだというのに調理場担当のアランが仕込みを手伝うと言いながら調理場に入ってきた。
「相変わらず真面目というか、律儀だよな。そんなんだから政争に負けてこんな場末の酒場に追いやられるんだぞ」
「おいランドール、師匠に失礼なことを言うんじゃない」
「ガッハッハ、気にするなエリザベス。オレはこいつのこれが愛情の裏返しだと言うことをちゃんと理解しているからな」
「おっさんが愛情とか言うな、気持ち悪い」
「ランドール!」
「はいはいすみませんでした」
「まったく……もうしわけありません、師匠」
「良いと言っているじゃないか。それにオレはもう師匠じゃないだろ」
「いえ、どんな事があっても師匠は師匠です。それに私はまだ師匠を超えられていません」
曲がりなりにも男爵家の娘であるエリザベスから師匠と呼ばれるアランはエリザベスの料理の師匠……というわけではなく、戦闘の師匠だ。
帝位継承戦の時に俺達とは別勢力だったアランは旗印だったテオドールの弟、パトリックを勝たせることができなかった責任を取って将軍の座を退き、今はこうしてしがない酒場の料理人をしている。というか、相変わらずパトリックのおもりをしていると言ったほうがいいかもしれない。
代々継承戦の参加者はその時の皇帝に対して叛意があるものという考え方で、負けた参加者は処刑されてきたらしいのだが今代の皇帝と、継承権を得たテオドールは無類のお人好しにして息子娘、兄姉弟妹大好き野郎だったので継承戦の試練中に死んでしまった奴らと、最後の最後で後ろからテオドールに切りかかってきた長兄以外は特に処刑されるようなこともなく生きている。そして皇族として生きるか在野に下るか、それも本人に選ばせることにした。
で、パトリックが選んだ職業は帝都の下町にある酒場のオーナーというわけだ。
「だが二人に爵位が与えられるのももうすぐだというじゃないか。それに次期近衛将軍はエリザベスだという話も聞くぞ。そうなったらもうオレにはお前に勝てるところはなくなってしまう」
「ええと、それはテオ様が過保護なだけで、私の実力というわけでは」
エリザベスはそう言うが、テオドールという男は仲間に対して過保護ではあっても贔屓する奴ではないのでエリザベスにはちゃんと実力がある。
「継承戦の時におっさんに勝ってるんだし素直に褒められとけよ」
「ハッハッハ、そうだぞエリザベス。いや、メイド仮面よ」
「それ、やめてください」
「いいじゃないか、あのキャッチコピーとあいまって最近は子供達に人気が出ているのだろう」
「嫌すぎます!!なんなんですか「弾ける頭、飛び散る脳漿 みんなの味方メイド仮面」って」
ゴブリンとかオークと戦っている時のお前のことだぞ。
ちなみにこの世界では子どもに対してゴア表現のNGなんて生易しいものはない。そんな配慮をして変に平和ボケしてゴブリンやオークと仲良くしようなんてしたら即、死につながる世界だからだ。討伐されたゴブリンもオークも、なんだったら被害者のヒューマンも産地直送状態で台車に載せられて運ばれていくのを見かける。
「まったく、いったい誰があんな変なキャッチコピーを考えたのか」
まあ、何を隠そう俺なんだけどな。
ちなみにメイド仮面の応援歌もあるぞ。〽いいぞ、頑張れ、メイド仮面 燃えよメイド仮面~〽っていうの。まだサビしかできてないけどこっそり城下で広めているから次に何かが帝都を襲った時には、きっと戦うエリザベスを鼓舞するために大合唱が巻き起こるだろう。
そんなことを考えていると、パトリックが調理場から2階に続く階段を降りてきた。
「あれ?ベッさん知らないの?」
「こ、これはパトリック殿下」
「何度も言っているけど、僕はもうただのパトリックだからそういうのいらないって。パットでいいよ、僕のほうが年下だしね。それよりべッさん、そのキャッチコピーを考えたやつの情報、金貨1枚でどう?」
そう言って俺の気のせいだとは思うが、パトリックがちらりと俺を見る。
「え……?」
「お、おおおおお俺が金貨2枚で買おう!」
「お、おう?いきなりどうしたんだ、ランドール」
「エリザベスが怒るようなひどいキャッチコピーを考えたやつとは言え文才があるような気がしないでもないから貴重な才能を持った命はエリザベスから保護しなきゃならないかなと具体的には城の広報担当とかにどうだろうなと」
「お前は私をなんだと思っているんだ?私は苦情を言いたいだけだぞ。それをまるで私がそいつを殺そうとしているかのような想定で保護とはなんだ、保護とは。あとなんで早口なんだ?」
「じゃあ犯人がわかっても殺さない?」
頭弾けさせたりとか脳漿飛び散らせたりとかしない?
「殺すとか言ってないだろう。私はただ事実無根……とは言わないがあまり誇張してさらに吹聴して回るのはやめろと抗議をしたいだけだ」
「ちなみにべッさん、こんな歌知ってる?『いいぞ〜がんばれ〜メ〜イド仮面 燃〜えよ メイドかめ〜ん』ってやつ」
こいつ、いったいどこまで知ってるんだ?まあ全部知ってるんだろうけど。
「なんですかその変な歌は」
「メイド仮面の歌らしいよ」
「許せません」
「そうだね、許せないよね〜」
ニコニコ笑いながらそう言いつつ、エリザベスから見えない角度で手を開いて俺に見せてくるパトリック。
俺が頷くと、パトリックも軽く頷き交渉成立。
金貨五枚、だいたい現代日本で50万円くらいで手打ちと相成った。
……自業自得とはいえ高い買い物になってしまったな。
「じゃあ情報はこれから集めてみるね」
「え?」
「いやほら、情報だけ先に集めても売れなきゃ意味ないでしょ。だからこれから情報を集めてその結果はランドールに伝えるよ」
「いや、それならやはり情報料は私が」
「男が奢るという時に素直に奢られるのもいい女の条件だと思うよ。というわけでランドールは金貨2枚と、お気持ちのほうもよろしくね」
なんか総額50万だと思ったら70万要求されてるんだけど。
「情報の伝え方はランドールに任せるからね」
そう言ってパトリックは俺の肩をポンポンと叩くと2階へ戻っていった。
……まあ、70万で命が買えただけ御の字か。
結局なんだかんだあって料理の仕込みが終わったのは正午をだいぶ過ぎた頃。一息ついたところでシモーヌとの約束を思い出した俺は後の準備を二人に託して足早に城へと戻った。
そして城へ戻った俺を部屋の前で待ち受けていたのはシモーヌのところのメイド……ではなく、側近のリリアンナ・ハイウィンドだった。
彼女は目がぱっちりしている系の顔立ちが多いこの国においてはちょっと珍しい細目、糸目の女性だ。見た目だけでモノを言ってはいけないのだが、リリアンナの容姿から俺は最初『こいつ途中でシモーヌを裏切って敵勢力についたりするんじゃないか』と疑っていた。まあ、結局そんなことは全く無く、誤解が解けて仲良くなったあとにその話をして謝ったら『あはは、私もあなたに対して同じようなことを思っていましたので〜……ホント、ランドールって人相悪いですよね〜』とにこやかに言われた。
そしてその後色々言い合いになって最終的には取っ組み合いの大喧嘩になったんだけど、とはいえ、思い切り喧嘩をしたおかげもあって今の俺とリリアンナの間に遺恨は全くない。
「遅いですよ、ランドール」
シモーヌもだけど2つ下のやつに呼び捨てにされても全然気にしないくらいには俺と彼女らの間には遺恨がない。
「悪い、ちょっと食事会の支度に手間取ってな」
「支度……って、え?まさか私を待たせて会食の準備をしていたのですか?リズさんと二人で?」
え、なんで突然怒ってんのこの子。俺とのケンカの時も開かなかった、本気で怒った時にのみ開かれると噂の目がちょっと開いてるんですけど
「いや、アランもいたけど」
「ふーん……そうですか。ということは会場は赤龍亭ですね。わかりました、それなら護衛は私一人で大丈夫でしょうね。まあ、多分ルチアも行くと思いますが」
情報が取れて満足したのかリリアンナはそう言って歩き出し、数歩行ったところで振り返った。
「普通こういうときって並んで歩きません?エスコートとかしません?話これで終わりでいいんですか?私、会食が始まる時間とかまだ聞いてませんけど大丈夫ですか?」
いや、時間聞いてなくて困るのはシモーヌに叱られるリリアンナだけだけどな。
「はいはい、それで、どちらにエスコートすればよろしいんですか、お嬢様」
「そうですね、とりあえず中庭……」
「中庭?そんなところにシモ……モロー嬢がいるのか?」
あいつの性格的に城の中庭で待っているとは思えないんだけど。どっちかというとダラダラしていても噂をするような誰かに見つかりにくい自室にいることが多いイメージだ。
というか、だいたいシモーヌとリリアンナともう一人の側近、ルチア・ビトーはシモーヌの部屋でダラダラ過ごしていることが多い。どのくらいダラダラしているかと言えば、野球部とかサッカー部みたいな女子マネージャーしか親しい女子がそばにいない環境の男子じゃなくて、文芸部とか演劇部とか、女子多めの文化系の部活に所属していた男子が想像する女子校くらいのイメージ。ほんとね、よくあの部屋の担当メイドさんは黙って片付けてくれてるなと思うよマジで。
「いませんよ。そもそもシモーヌに何か用事があるんですか?」
「え?中庭にいないの?」
「え?いませんけど」
いやまあ、場所や時間の報告はリリアンナがするんだろうから俺から直接話する必要はないか。
「じゃあ俺はなんのために中庭に行くんだ?」
「私のご機嫌取りです」
そうかそうか。リリアンナのご機嫌取りじゃしかたないな。なにせ俺は一応テオドールの側近、リリアンナはシモーヌの側近なわけだしな。ってなんでやねん。
「それ、本格的に俺が行く必要―――わかった、わかりましたよ」
わかったからいちいちゆっくりと目を開こうとするんじゃない。お前の電撃魔法は強くて怖いんだから。
そんなこんなでリリアンナのおもりをしているうちにあっという間に日が傾き、そろそろ店へ向かう準備をしないとまずいくらいの時間になった。
いや、さっきは使わなかったけど途中までは定期的に出ている乗合馬車もあるし普通に向かえばそんなに余裕がないというほどではない。さらに裏技もあるのでまだ時間に余裕はあるのだが今日は一日動き回っていたせいで汗をかいて埃っぽいのでちょっと風呂に入りたいのだ。
そのことを伝えるとリリアンナは「では、後ほどお店で」と言って去っていき、俺は部屋で風呂に入ってから同じく支度が終わっているだろう主人、テオドールの元へ向かった。
テオドールの部屋の前にいた新人の兵士が大仰に俺の来訪を告げ、兵士とは逆に顔馴染みでちょっとしたことでは動じない部屋付きのベテランメイドさんにドアを開けてもらって部屋の中へ。
部屋の中にはパトリックと同じ赤い髪をしたイケメン、我らが主であるテオドールが平服で椅子に座っていた。
「やあ、来たねランドール」
「おう、久しぶり」
シモーヌに対しても素はあんな感じの俺なので、主人であるテオドールに対してもこんな感じだ。
もう3年もこんな感じなのでメイドさんも特に何も言わない。言わないどころか、俺やカーラやエリザベスが来ると『ああ、コイツラが来たなら私は休憩時間だ』と言わんばかりにお茶の用意だけして待機所兼前室へ下がってしまい、呼ばない限りやってこない。
彼女は警備を兼ねているはずなのに無責任だと責めるべきか、実力を信頼されてると喜ぶべきか。
「一応、今夜は夜通しランドールと話があるから入るな、誰もいれるなとは伝えてあるから多少遅くなっても大丈夫だよ」
ちなみにシモーヌとのスキャンダルが出たことのある俺は、その前にこいつとのスキャンダルが出たこともある。
このバカの言葉足らずで意味深な命令のせいであのメイドさんが、まだ俺達の陣営とそれほど親しくなかったシモーヌを『テオドール様とランドール様は現在ご一緒にお休みになられております。明日またお越しください』と頑として部屋に入れなかったことがあり、それを聞いたシモーヌが誤解して、翌日の朝『テオを賭けて勝負よ』と剣を携えて俺に手袋を投げつけてくる事態に発展した。
何とか誤解を解くことには成功し、今のような気安い関係になれたのだが、決闘を申し込まれたときは正直詰んだと思った。あと、この件を面白がって煽ったカーラとルチアは後日リリアンナの魔法でお仕置きされていた。
まあ、あいつら性根が腐ってるからね。仕方ないね。
「大丈夫か?また変な噂立てられたりしないか?」
「なに。今日は誤解するシモーヌも一緒に食事をするんだし大丈夫だろう」
まあ、こいつなら普通に気づくだろうし、俺に対しては遠慮がなく生意気だが、仕事はできるリリアンナがついているんだから事がスムーズに運ぶようにお伺いを立てがてらこっそり報告や先触れくらいは送っているわな。
「じゃあ行こうか」
そう言ってバルコニーに出たテオドールが緊急避難用の仕掛けを作動させ、俺たちは秘密の通路に入る。
この通路は本来城が攻められたときに皇族が脱出するために作られたものなのだが、皇族がとある手段を使えば外からも利用できるようになっているため、現在では皇族が城下へ遊びに行ったり帰ってくるための通路と化している。
ちなみにこの通路を使うと、普通に城内を歩いて正門を抜け、城壁に沿って歩いていくと1時間半かかる赤龍亭まで10分で着く。めっちゃ便利。俺一人だと使えないけど。
そして便利なのを良いことにパトリックが普通にしょっちゅう城に帰って来る。あまりに帰って来るので俺は『表向きは継承戦で敗北して追放されたことになっているのだから頻繁な里帰りは困るのだがなあ』と皇帝陛下から直々に愚痴をこぼされたこともある。
まあ、あの人もこの通路を使ってお忍びで息子と旧友の顔を見がてら一人で赤龍亭へ飲みに行くことがあるのでこの親にしてこの子ありという話ではあるのだけど。
逆にテオドールの末の妹からは『あいつ城に帰ってきすぎ。兄様に反旗を翻したくせにどの面下げて帰ってきてるのよ』と、これまたなぜか俺が愚痴を聞かされていたりする。
ちなみにこの妹、実兄のテオドールガチ恋勢で、婚約者候補だったシモーヌを失脚させるために配下の人間をシモーヌのところに潜り込ませるもすぐに裏切られ、未だに本人だけがそれを知らないという逸話を持つおもしろかわいそうな女だったりする。
「どうしたんだ?ニヤニヤして」
「……いや、やっぱり平和って良いよなって、そう思ってさ」




