これまでのあらすじとこれからのあらすじ 1
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異世界転移、もしくは異世界転生。
一般的に……いや、異世界転移や転生が一般的かどうかはさておき、よく語られるその事象は、なんらかの事故なり事件が起こって神様と対峙し、異世界に行く目的が語られ、異世界に行く特典が与えられ、さあ物語スタート!……となるのだと思うのだけど、俺、蘭堂杏里の異世界転移はちょっと違った。
唐突に森の中に放り出され、唐突にゴブリンとエンカウント。もちろんこっちは武器らしい武器なんて何も持っちゃいない。
どういうわけか一緒に転移してきたらしいクラスメートと二人で逃げ回るのが精一杯で、しばらく逃げ回れたのも時々ゲームがフリーズした時のようにゴブリンが止まってくれたおかげだ。
そう、逃げ回れたのはあくまで「しばらく」の間だった。
クラスメートの平良 色彩が転んだところで、ゴブリンに追いつかれてしまった。後になって考えれば転んだ平良を囮に俺だけ逃げるなんてこともできたんだろうけど、その時の俺は転んだ平良を引き起こそうと手を取った。
今までにない距離に詰め寄るゴブリン、振りかぶられる刃こぼれした剣。
そして、眼の前に飛び込んでくる一つの影とはじけ飛ぶゴブリンの身体。
「二人とも無事か?」
そう言って振り向いた、フルフェイスの兜を被り、長い柄のついたメイスを持ったその人物は――なぜかメイド服を着ていた。
フルフェイスメイドに助けられてから7日。俺と平良は大きな屋敷に軟禁され、メイド仮面を筆頭としたメイドさんたちのお世話になりながら過ごしていた。
メイド仮面ことエリザベス・シュバルツ男爵令嬢によればこの国はグランボルカ帝国。メイド仮面は流暢な日本語で話してくれたが、当然俺にも平良にも聞き覚えのない国名だ。
逆にメイド仮面の方は日本を知っていた。曰く、「この世界には稀に日本出身の異世界人がやってくる」のだとか。
そして、異世界人がやってくる時はその世界や国にとっての節目であることが多く、今回俺たちが居合わせる節目、それはおそらく2年後に行われるこの大陸一の権勢を誇るグランボルカ帝国の帝位継承戦だろうということだった。
「うーん、よくわからなかったけど、結局私たちは何をすれば良いんだろうね、蘭堂くん」
「いや、だからつまりメイド仮面のご主人様を勝たせろってことだろ?」
メイド仮面はこの国の第二皇子、テオドール・ラオ・グランボルカの側近にして懐刀で、俺達が巻き込まれるのはそのご主人様が参加する帝位継承戦。
そして俺達はそのご主人様のお金で贅沢にもてなされているわけだ。となればあとは自ずと想像がつく。恩に着せて俺達を利用しようということだろう。
これが夢なら、そんな恩なんて知らないぜ!で済むが、多分これは現実で、俺達はこの世界では寄る辺のない一介の無力な若者に過ぎない。
つまり、選択肢はない。
「ああ、なるほど。あの子の話ってめちゃくちゃ回りくどいからよく理解できてなかったけど、たしかに簡単にまとめちゃえばそういうことか」
「頼むぜ平良さん。俺より頭いいんだからしっかりしてくれよ」
「いや、蘭堂くんって、多分言うほど成績悪くないでしょ」
卑下するほどの成績じゃないけど君みたいに片手で数えられるほどの成績じゃないんだよ。
「それでも前回学年3位の君ほどじゃないだろ」
「……んー?……まあそれはそうだろうけど、私って記憶力で勝負してるみたいなとこあるから、はっきり言ってもらえないとよくわからないんだよね。国語とかめちゃ弱いし」
それについては俺も噂で聞いたことがある。
人柄が良く誰に対しても朗らか、かつ容姿の良い平良は入学したての一学期の頃に何度か告白されたらしいのだけど、ことごとく真意が伝わらずに告白自体が不成立になってしまうという事件が両手の指では足りないくらい起こったのだ。
つまり彼女は曖昧なもの、特に、こと人の感情などに関しては全く鈍感で察しが悪い。日本人の民族スキルと言ってもいい空気読みができないのだ。
例えば、メイド仮面は 日本人についてやこの国の成り立ちを語っているときに比べて、かの皇子の話のときだけは明らかに熱っぽく語っていたので彼女の『気持ち』は明らかに皇子に向いていることが伺えたのだけど、多分平良はこのことに関しても気づいてないだろう。
「じゃあ、一宿一飯の恩義もあるし、いっちょ頑張ろうか」
「いや、もう七宿二十一飯、平良さんはそれに加えて2人分のおやつもだからね」
「うっ……蘭堂くんが私を責める……」
そりゃ責めるよ。何度俺のおやつを取ったと思ってるんだお前は。
何度っていうか、全部だけど。
「ま、まあほら、恩はこれから返していけば良いわけだしさ。前向きにいこ、前向きに」
「その調子で俺のおやつも返してくれると嬉しいんだけどね」
「そうやってまた責める……」
「責めるというか、当然の請求だと思うよ。突然こんなところに転移してきちゃって心細い思いをしてるだろう平良さんの事を思って最初のおやつ位は譲ろう。そう考えて勧めただけなのにまさかずっと食べられちゃうとは思ってなかったし」
「良心に訴えかける攻め方してくるしっ!」
「この一週間一緒にいて思ったけど、そうして定期的に貸しを確認していかないと、貸しがなかったことにされそうで怖いんだよ、君は」
などと、愉快なやりとりをしているが、俺には彼女について一点気になっていることがあった。
彼女からは日本に帰りたいという意志が全く感じられないのだ。
それに関しては俺も人のことを言えたものではないのだけど、それにしても俺と同い年の女子が心細さなど微塵も感じさせないような堂々とした態度で帝位継承戦への参加を「いっちょやってやるか」くらいで決めてしまう。そのことになんだか違和感を感じるのだ。
「ん?どしたの?私の顔をじっと見て」
「いや、平良さんって日本に帰りたいみたいなのないのかなと思って」
「あ、蘭堂くんは帰りたい感じ?」
「いや、それほどでも」
「だよねぇ、私もそんな感じ」
そう言って少しアンニュイな顔で外に視線を向ける平良。
「あのさ、平良さん――」
もしかして日本にいたころに何かあったのか?そう聞こうとした時に、外を見ていた平良が声を上げた。
「ねえねえ、あれじゃない?エリザベスちゃんが言ってた皇子の馬車」
平良に言われて窓から外を見ると、丁度馬車から一人赤髪のイケメンが降りてくるのが見えた。
ああ、なるほど。そりゃエリザベスも惚れるわ。てか、あんなのに近くにいられた日にゃ、俺なんて嫁はおろか彼女を作るのも難しいんじゃないか?
「わーお、イケメンだね」
「あー、やっぱりそうだよね。平良さん的にもああいう感じのイケメンがいいよね」
「いや、そういう意味では全然タイプじゃない。どっちかというと遠くから見てたい感じのイケメン」
お、マジか。もしかして胸焼けするようなイケメンよりも慣れ親しんだ俺のほうがいいとかそういう――
「私はもっと包容力がある年上がいい感じ」
「そっすか」
「だから蘭堂君もごめんね」
「いや、なんで俺がふられてるんだよ」
心の中でちょっと淡い期待をしただけで別に告白したとかいうわけでもないのに。
「いや、何か決心したみたいな顔で私の名前を呼ぶから、なんかそういう雰囲気なのかなって」
それはお前がなんで日本に帰りたくないのかを聞こうと思っただけだよ!
◇
そんなことがあってから3年、継承戦終了から10ヶ月。
俺達4人はそろって19になり、見事に継承戦を勝ち抜いたテオドールは皇子から皇太子に、転生した時に癒やしの力を貰っていた平良は名前をこの世界風のカーラ・タイラーへ変えて女神教のトップに君臨していた。
そして、ともに継承戦を勝ち抜いた俺はと言えば―――
「おい、ランドール、いつまでダラダラ寝ているんだ。そろそろ起きる時間だぞ」
メイド仮面こと、エリザベスと一緒に訓練や雑用に明け暮れる日々だった……って、おかしくない?俺も結構頑張っていろいろやったのに。継承戦に参加するときの条件として俺を貴族にしてくれって言ったはずなのに。
ちなみにランドールというのは俺のことだ。ランドウ・アンリからランドール・アンリ。最初はテオドールの聞き間違いから始まった名前だったけど、テオドールがしつこく呼ぶのと、テオドール様が言うならそう呼ぼうという考えのエリザベス。面白がったカーラこと平良のせいで広まってしまったのでそれをそのまま使い続けている。
「おい、おいって!起きろランドール!」
「わかった起きる、起きるからシーツを剥ごうとするな!俺、この下―――」
裸だからと言い終わる前に、エリザベスが俺のシーツを剥ぎ取った。
当然そうなると、元気な息子が俺より早く起き上がってエリザベスにこんにちはする。
「くっ…………あ、あああああ相変わらず、そそそそ粗末なものをぶらさげているじゃあないか」
うるせえわ。お前の大好きなテオドールのとサイズ変わらねえよ。
裸で寝ている時にシーツを剥がれるのは前にもやられたから別にエリザベスに見られるのは今更感はある。いや、むしろ未だに成長期を迎えたかどうか怪しいエリザベスに見られるのは背徳感すらあってちょっと興奮するまであるし、それに加えて口では強がってるくせに俺の息子のことがちょっと怖いらしく、どもったりちょっと涙目になるのがいいエッセンスになっている。
そんな涙目になったエリザベスにみせつけるように俺はベッドを出る。
「ま、前くらい隠せ!!」
「やだね!」
この世界にはセクハラなんてお上品な言葉はない。
というか、そもそもあったとしても勝手に鍵をあけて俺の居室に勝手に入り込んできたこいつにそんなことを指摘されるいわれはないんだけど。
とはいえ、延々セクハラをしていても話が進まないので、俺はベッドの足元に放っておいたズボンを履いてからエリザベスに向き直る。
「で、今日はなんの訓練だ?」
「いや、今日は訓練の話じゃないんだ。テオドール様が国内の視察から戻られるからカーラも呼んで一緒に食事でもどうだという話でな」
「……え?朝飯?昼飯?」
「いや、夕食だな」
「こんな早く起きる必要なくない?」
陽の高さから察するにまだ昼前どころか結構早朝なんだけど。
「訓練はしなくてもいいが、食事をするなら買い出しが必要だろう」
「あ、お前がつくるのね」
おつきの人やらなんやらがつくような正式な食事会のときはともかく、身内だけのときはいくつかある俺たちの隠れ家的な場所で食事をすることが多い。
そしてそういうときは旅をしていたときと同じように、決まって料理好きなエリザベスが腕を振るう。
まあ、俺の料理はともかく、テオドールとカーラの料理は食えたもんじゃないという理由もあったりはするのだけど。
「もちろんだ。1時間後に城門で待ち合わせで良いか?」
頻繁とは言わないまでも地球からの転生者がちょいちょいやってくるこの世界では基本的に時間は60分で1時間、ついでに言えば長さ重さはメートル、グラム法が採用されているし、温度は摂氏だ。は?華氏?ヤーポン法?ねぇよそんな不便なもん。
「あー……まあ、がんばるわ」
「そこはがんばるじゃなくて絶対行くだろう」
「いや、身体拭いて着替えて……それから歩いて30分くらいかかるし、誰かになんかの用事で呼び止められたらもう間に合わないじゃん?」
「気合入れれば3分で着くだろ」
「おまえみたいに軽々と屋根から屋根へ跳べる超人ならな。というか、怒られるだろそんな事したら。俺はテオに怒られたら誰にやれって言われたかをちゃんと言うからな?」
俺も後天的に身に着けた身体強化魔法で頑張ればできないことはないけど、できればやりたくないし、着地と踏み込みで城が傷むので緊急時以外の無茶な移動はテオドールの出した皇太子令で禁止されている。
そして、禁止になった主な理由は目の前にいるこいつだったりする。
「だ、だとしても走れば10分だろう」
「やだよ。だって俺、汗かきたくないもん。もしかしたら今日こそ運命の女性に出会うかもしれないだろう?その時に汗だくとか、汗臭いとかいやじゃん?」
「知らん、気になるならあらかじめ多めに香水振っとけ」
まあ、割とこの世界の人間はこんな感じの衛生観念だ。
ちなみに俺はもちろん毎日入っているし、こんな事を言うエリザベスも部屋に風呂がついていて、俺とカーラが一緒に旅をしていたときに口うるさく言ったので毎日風呂に入る習慣があるが、城勤めなら24時間入れる共同浴場があるのに勤め人の中には風呂キャンセル勢がそこそこいる。
「ああ、くだらない話をしている間に時間が……おい、あと45分で集合だからな!」
懐中時計をみたエリザベスがそう言っていそいそと部屋を出ていった。
話していたのは5分くらいだからどう考えてもさっきより短くなっているんだが……まあ、そんなこと言ってまたキーキー言われるのも面倒だし放っておこう。
エリザベスを見送った俺は自分の部屋の風呂場で布を濡らして身体を拭い、それから着替えて城門へ向かうために部屋を出る。
と、部屋を出たところで扇子を持った無駄にルックスの良いプラチナブロンドの女と出くわした。
「ごきげんよう、アンリ殿」
「ええと、こんな所になにか御用でしょうか、モロー公爵令嬢」
このモロー公爵令嬢、フルネーム、シモーヌ・モローはテオドールの婚約者で継承戦の時は協力関係にあって一緒に旅までした、本来なら俺とも割と気安い仲なのだが、お互いの立場上公衆の面前で気安く話すわけにもいかないので俺達の隠れ家や信用できる人間だけの場以外ではこんな感じで少しよそよそしい態度をとる。
ちなみにこの公衆の面前で気をつけているのは杞憂からではなく、実際に俺たちのやりとりを見ていた他の貴族令嬢発のスキャンダルが出たことがあるからだ。
どうやらその貴族令嬢的にはシモーヌをテオドールの婚約者の座から引き摺り下ろして自分がその座に収まる算段だったようなのだが、当然そんな計画がうまくいくわけもなく、その噂の発信源になった令嬢はシモーヌにベタ惚れしているテオドールの怒りに触れて実家に返され帝都を出禁になった。
それなりの家柄の長女だったらしいのだけど、帝都出禁ということはつまり社交界に出られない、イコール国内でまともな結婚相手は望めないということで貴族としてはほぼ死んだような状態だ。
「今日の夜に例の会合があると聞いたものですから」
「そうですね。しかし貴女の出席はテオドール様のご判断次第かと」
「ほほほ、それはそうかも知れませんが、内緒で出席してテオドール様を驚かせるというのも楽しい余興ではありませんこと?」
「私では判断致しかねますので」
ちなみに、今の会話を素の俺たちのやりとりに直すと以下の通りだ。
「今日の夜食事会するんでしょ?私も出るからどの隠れ家でやるか教えなさいよ」
「やるけど来るならちゃんとテオの許可取って同伴でこいよ」
「それじゃサプライズにならなくてつまらないじゃない。現場に颯爽と現れた私を見て驚くテオの顔が見たいのよ」
「しらねーよ。万が一お前になにかあったら俺とエリザベスの首が飛ぶんだからちゃんと許可を取れ」
ってところだ。
万が一なんてことを想定していることからもわかるように俺たちの「隠れ家」は割とどれも治安があまりよくないところにあるので、護衛もつけない状態のシモーヌをおいそれと連れて行くわけにはいかないのだ。かといって大人数の護衛をぞろぞろ連れていたらサプライズする前にバレてしまうので、だったらサプライズなんて考えないで最初から一緒に行こうという話だ。
……まあ、基本的にこの世界では貴族が平民より弱いことなんてないのでそのへんの人間を使って護衛を何人かつけたところでシモーヌが一番強いというバグがあったりするのだけど、それはそれとして皇妃になる予定のシモーヌが一人で夜道を歩くなんていうのは国として体裁も悪いし、本人たちが気にしなくても警護関係の役人からしたら心臓に悪すぎる。
「そうですか、ならもう結構です。エリザベスに聞きますから」
やめてやってくれ、お前の圧とテオドールへの義理に挟まれたエリザベスの胃に穴が開く。
「はぁ……会場についてはまだ私も聞いていないので後でお知らせします。ただ参加はビトー殿か、ハイウィンド殿を護衛に付けるというのが条件ですよ」
シモーヌ側の護衛がついている状況なら最悪シモーヌに何かあった時の言い訳も立つだろうし、そもそもあの2人のうちのどちらかがついていれば万が一のことを億が一くらいまで確率を下げることができる。俺やエリザベスでも構わないけれど、エリザベスはこれから料理の仕込みだし、俺は万が一が起こった時に責任を追求されたくないので絶対にやりたくない。
「やった!じゃなかった……それでは後ほどまた連絡しますわね」
「ええ、昼過ぎには一度戻りますのでその頃にご連絡いただければ。その時までには諸々確認を取っておきます」
「わかりました、その頃に使いの者をやりますので、くれぐれも、く〜れ〜ぐ〜れもっ!うっかり城に戻るのを忘れてそのまま会場に直行などということが無いようにお願いしますわよ」
「ははは、そんなまさか」
なんでこっちの行動をバッチリ先読みするんだよ、怖えよ。




