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暴れん坊伯爵は"あんまり"暴れたくない  作者: ながしー
襲名 暴れん坊伯爵(二代目)編

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16/17

二代目 暴れん坊伯爵


 モロー公爵領の領都イデアからハイウィンド領の領都ハイウインディアに移ってきてから半月。

 俺はハイウィンド家の自室で目を覚ました。

 帝都に比べていい意味で刺激のないこの屋敷での生活は俺の体内時計をしっかり整えてくれ、昨日に引き続き今日もアグリが起こしに来る前に目が覚めた。

 結局、アルフレードの起こした事件はアグリが許し、カミュも気にしない、リリアンナとカサンドラさんも、なんだかんだ優秀なアルフレードを雇い続けたいということでなかったことになった。

 まあ、俺たちを襲撃してきた襲撃の実行犯の皆さんには悪いことをしたなと思いはするけども、傷も治したし多少の金銭も渡したので、今後悪い誘いに乗ってはだめだぞという知見が得られてよかったと思って納得していただきたい。


「うーん……もう朝ぁ?」


 キングサイズよりも大きなベッドの上、少し離れたところにあったシーツの盛り上がりがもぞもぞと動き、中からカミュが顔を出す……いや、待っていただきたい。

 これは別に俺が昨晩リリアンナを放っておいてカミュに手を出したとかそういうことではないのだ。

 カミュは、まだ俺との同衾をする心の準備ができていないリリアンナが、俺を狙う魔の手(リリアンナ談)から守るためにと配置した、ある種の守護天使のような存在なのだ。

 そしてその魔の手とは……まあ、ぶっちゃけてしまえばアグリとカサンドラさんだ。

 アルフレードの断罪劇のさなか、リリアンナが言った夫の浮気容認発言は伯爵家、子爵家の寄親であるイネス・モロー公爵の証言の元、記録として残る(残す)こととなってしまい、俺は晴れて(かどうかは微妙だけど)浮気し放題ということになった。

 で、その話を聞いて、リリアンナの父親であるドミニクさんが亡くなってから男っ気のなかったカサンドラさんとアグリのコンビが色めき立った。

 そしてあの日の晩、二人は婚約が伝えられてこれからどうしようかとリリアンナと俺が話をしていた離れの寝室へとやってきた。

 脱ぎやすいガウンに下着だけという姿で。

 バッタリ俺の部屋の前で出くわして喧嘩を始めた二人曰く「姉さまが二人産んでいるのだから私も産まなければならない」、「昼も夜もご主人様に尽くすのはメイドの役目」なんだとか。

 そしてそんな二人の主張に大激怒したリリアンナはカミュを俺の夜のお目付け役として指名し、その日からカミュと俺の奇妙な同衾生活が始まった。

 ちなみに、なぜ男性のアルフレードではなく幼いとはいえ女性のカミュかというと、アルフレードはどうやらドミニクさんに対して主従以上の感情を持っていたらしく、アルフレードを俺に付けるとそれはそれで俺の貞操が危ないかもしれないらしい。剣呑な話である。

 あと、伯爵家には当然他にも男性はいるのだけど、世界の男女比的に俺の貞操のためだけに割ける男性の夜間リソースはないらしい。なんというかお盛んな世界だ……というか、普通に男が足りないのに、この世界に来て3年間、俺にその手のイベントがなんもなかったのおかしくない?

 

「ふぁぁ……おはよう兄ちゃん」

「ああ、おはようカミュ」

「姉ちゃんもおはよー……」


 そう言って寝ぼけ眼のカミュがペコリと頭を下げたのは俺のベッドの頭側の壁に掛けられた、不機嫌そうな表情をした幼いころのリリアンナの肖像画。俺の中でのタイトルは「ロリアンナ」だ。

 これもまたリリアンナ曰く魔除けらしいのだけど、ここにこの絵を掛けるときにアグリが「ドミニク様の書斎にもありましたねぇ……」とへそのあたりに手を置きながら感慨深そうに語っていたので少なくともアグリに対してはあまり効果がないっぽい。逆に昼間遊びに来たカサンドラさんは絵を見て「ヒエッ」とか言ってたのでカサンドラさんには効果抜群らしい。つまり、アグリ対策にカミュ。カサンドラさん対策にロリアンナ。幼女達に守られる19歳男性という字面が俺的にどうかというのはともかく、俺の貞操を守る布陣は完璧ということだ。

 

 カミュが部屋を出てから着替えをして朝食をとるために部屋を出ると、屋敷の中がなんとなく慌ただしい。

 正式な婚約に関しての話をするために皇族(多分テオドール)がやってくるのは3日後のはずなので、その準備というわけでもないのになんだろう。そう思いながら何気なく窓から外に視線をやると俺が知る中で一番強いメイドがオークやらゴブリンやらの死体が山積みになっている荷車を引いて門を入ってくるところだった。

 こっちに移ってきてすぐにしばらく出てくると言い残してどこかに行ったなとは思っていたけど、どうやらメイド仮面の血がうずいて狩りをしていたっぽい。


「ランドール様!エリザベス様が今朝方お戻りになられて――」

「ああ、今見た。多分メイド仮面の血が騒いじゃったんだろうなぁ」


 血相を変えて走ってきたアグリにそう返すと、アグリは首を傾げる。

 

「メイド仮面?」

「あ、いやいやこっちの話」


 まあ、メイド仮面が流行ってたのって帝都限定だしね。


「それで?」

「その……アンリ家の領地問題は大部分片付けてきた、と」

「じゃああれって、このあと俺が片付けなきゃいけなかったオークとかゴブリンとかそういうのってことか?」

「はい。早朝にいらっしゃって山賊も目立つものはあらかた片付けて近隣の村に奴隷として振り分けたと。それで街の外に置いておいたゴブリンとオークを搬入していいかと聞かれたのでアルフレードが確認と誘導のために同行したのですが」


 そう言ってアグリが窓の外を見たので、俺もつられてもう一度外に目をやる。……あ、よく見たらゴブリンとかオークの死体の上にアルフレードが寝かされてる。死体の匂いか魔力の残滓か、どっちかはわからないけどあの死体の山のせいで気絶したんだろうな。かわいそうに。


「わかった、エリザベスは俺が対応するから皆には通常業務に戻るように伝えてくれ」

「承知いたしました」


 俺はアグリを見送ってから窓から飛び降り、エリザベスを出迎える。


「お疲れさん。モンスター退治なら言ってくれれば俺も手伝ったのに。というか、俺を呼べよ。俺の実績にならないだろ、これじゃ」

「フン。お前と一緒にやっていたらいつまで経っても終わらないからな」

「そんなことはないんだけどな」


 いや、まあ実はそんなことはあるんだけれどもね。

 テオからは何も言われていなかったけれど、実は帝都を出る前にシモーヌからエリザベスの足止めを頼まれていたのだ。

 エリザベスがテオのそばにいるとテオの決心が揺らぎかねないとかなんとかってことで、婚姻の儀式の当日までとは言わないが、せめてあらかたの準備が終わるまではエリザベスを帝都から遠ざけてほしいと言われていた。


「どうだかな。おおかたシモーヌあたりから言われていたのではないか?私を帝都から遠ざけろと」


 なんでこんなところでばっかり勘がいいんだこいつは。そんな勘の良さをしてたっていいことなんて一個もないのに。

 

「その顔、どうやら図星のようだな」

 

 大げさにため息を付いて下を向いたエリザベスは少しの間を置いたあとで顔を上げる。

 ああ、怒られるなこれは。まあ、それも織り込み済みでシモーヌの頼みを聞いたのだし別にいいんだけど。

 きっと今エリザベスはすごい怖い顔をして――いなかった。


「お前とカーラは味方だと思っていたのに……」


 落胆とも違う、今まで見たことがないくらい弱々しい顔で、絞り出すようにそう言ったエリザベスは荷車を引いていた手を離すと、よろよろとおぼつかない足取りで屋敷の外にむかって歩き出す。


「え、エリ――」

「しばらく一人になりたい。放っておいてくれ」


 小さいのにはっきりと拒絶をされたことを感じる声でそう言って、エリザベスはそのまま屋敷を出て行き、二度と戻らなかった。




 「思った以上に深刻ね」

 

 エリザベスが出奔した3日後、屋敷にやってきて俺の話を聞き終わったシモーヌはそう言ってティーカップをソーサーに戻した。

 シモーヌ・グ(・)ラ(・)ン(・)ボ(・)ル(・)カ(・)。婚姻の儀式はまだ先だが、名目上皇族としてやってきたシモーヌは窓の外に視線をやる。


「まさかあのままいなくなるとは思わなかったんだ。すまん」

「リリアンナに話を通してフォローを頼んでおかなかった私にも悪いところはあるからあなたを責めるつもりはないけれどね」


 机の上に置かれた箱の中には俺とリリアンナ、それにパトリックとルチア、そしてエリザベスの分の結婚披露パーティの招待状が収められている。

 

「とはいえ、話しておいたらリリアンナはノーだったんじゃないか?あいつ結構自由恋愛主義だし親友のためとはいえテオに恋するエリザベスを騙すようなことには加担しなかったんじゃないか?」

「まあ、それはそうなんだけどね。ただ、さっきルチアとちょっと話した時に聞いたんだけど、あの子はお母様から話があるまでは私があなたとエリザベスをくっつけるもんだと思っていたみたいだし、その疑念をはらっておくのも兼ねて先に話しておけば協力してくれたかもとは思うわね」

「それだとリリアンナが元々俺とくっつきたかったみたいに聞こえるんだけど」

「まがりなりにも貴族の娘が、叙爵の予定があるとはいえまだ貴族でもないただの知り合いの背中でお酒を飲んだ帰り道に無防備に眠るなんてことあるわけないでしょ。最悪そういうことになってもいいっていう覚悟はしていたはずよ。いいえ……むしろ狙っていたまであるわね」

「俺、リリアンナに狙われてたの!?全然モテないのに?」

「よく知ればあんたが割と優良物件なのはわかるからね。あと、あんたの場合、今までモテなかったのはテオとか、パットとか、アーニーとか、あとはグレイスの旦那関係とかみたいに、周りにいた男のレベルが高かったからだと思うわよ」

「いやまあ、あの辺に比べられたらほとんどの男はそうだろうけどさ」

「私だって継承戦の最後のあの時にテオが私じゃなくて他の誰かを選んでいたらあんたに行ってたと思うし」

「え!?」

「ダメだったらっていう仮定の話よ。他意はないわ」


 他意も何も、そのまんまの意味だとしてもシモーヌからの好感度が結構高いってことじゃないのか、コレ。


「……まあ、流石に全部捨ててテオの晴れの日にも現れないなんてことはないだろうから、そのうち顔を出すでしょう」

「だといいんだけどな」


 少し極端なところのあるエリザベスのことだから、本当に二度と顔を出さない可能性もありえる気がする。


「エリザベスのことはこっちでも探すようにするから、あなたも見かけたらちゃんと捕まえておいてね」

「俺があいつを捕まえられるわけないだろ」

「まあ、あなたがエリザベスの首に、仮にとはいえ罪人用の魔力封印チョーカーなんて着けられるとは思わないけれどね」

「そうそう、俺は弱いからな。帝国最強メイド仮面様にそんなことできるわけが」

「あら、私は物理じゃなくて心理の話をしているのよ」

「ぐ……」


 できるかできないかで言えばシモーヌの言う通り俺ならできる。カミュを取り戻した時やアルフレードをカサンドラさんから引き剥がしたときに使った転生特典の時間停止魔法を使えば、この世界でできないことはほぼない。

 ただ、この魔法には結構なデメリットというか制限がある。それは止めた時間の2乗時間のクールタイムがつきまとうということだ。

 アルフレードを取り押さえた時みたいにものの20秒くらいなら20×20で400秒、つまり7分くらい待てばもう一回使えるが、さらわれそうになったカミュを助けた時のように100秒なら10000秒、つまり3時間近くは再使用できなくなる。それなら1秒づつ使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、クールタイムにはその日に使った回数が乗ってくるので2回目以降は乗数にさらに2倍、3倍を掛けた時間が必要になってくる。なので1秒停止でも10回もやると、イザというときに長時間止める必要が出てきてしまったときに、ものすごいクールタイムが襲ってくることになる。

 ちなみにこの魔法について詳しく知っているのはテオとエリザベスとカーラ、それにシモーヌ達と皇帝陛下、あとは俺の護衛も兼ねているので知っておいてもらわないと困るアグリくらいだ。あとは俺の魔法を見たことがあるだけで説明していないパトリックやアゼートのオジキやカサンドラさんやイネスさんなんかは、なんとなく魔法で時間を止めるんだろうなくらいの認識だと思う。


「あなたは変なとこ甘いというか、優しいからね」

「そ、それはともかく、なんで俺とリリアンナなんだ?イネスさんもアゼートさんもシモーヌに聞けって言っててさ」

「あら、嫌じゃないんでしょ?だったらそんなこと気にしなくて良くない?」

「嫌じゃないし、割と大当たりの嫁だと思うけど、それはそれとして、気になるし、そもそもそれならそうと先に言っておいてくれたらよかっただろ。それなら俺とリリアンナもなんかこう、もうちょっといろんなことにやりようがあったというか」

「二人に言っていなかったのはね、私もテオも問題ないと思っていたんだけどリリアンナのお婿さんについては他にも候補がいたからちょっと慎重になる必要があって。うちの実家までの旅はリリアンナの婿があなたでいいのかをお父様が審査する期間でもあったのよ」

「ああ、それでなんかアゼートさんと一日中馬車で面談する日みたいなのがあったのか」

「それは多分お父様の趣味ね。あの人、年甲斐もなく恋の話が大好きだし。で、問題なさそうだから途中で帝都とお母様に連絡がいって婚約免状の受け渡しでお母様がお父様と入れ替わりで途中の街まで出てきたというわけ」

「なるほど、それで俺達がイデアに到着したときにイネスさんがいなかったのか」

「あとはなんであなたとリリアンナっていう組み合わせかって話だっけ?」

「ああ、どうしてなんだ?」

「2人の気持ちもあるけど——まあ簡単に言ってしまえば、私とテオにとって都合がいいから」

「……俺とリリアンナは一緒に国を抜けたほうが良さそうだな」

「ちゃんとリリアンナを連れて行ってくれるつもりみたいだし、あの子を幸せにしてくれるならそれでも構わないわよ?それならそれで二人の領地はアンか、アンの子供にでもあげるし」

「それはリリアンナ的にダメらしいからなしだな」


 前に帝都で飲んだ時だったかにリリアンナがそんなこと言ってた気がする。それこそさっきシモーヌが言った、リリアンナが俺の背中で寝たふりしていた時じゃなかったか?


「そうね、せっかく大きくなったハイウィンド家の領地だもの。しっかり守ってもらわないとね」

「ちょっと待て、なんかその言い方だと俺の領地が消滅してないか?」

「一応アンリ家の名義は残すつもりだけど、そもそもあなたそんなに自分の土地がほしい?」

「いや……まあ、貴族の身分が手に入っちゃえば別に自分名義の土地なんていらないっちゃいらないし、リリアンナというか、ハイウィンド家の土地と区別したところであんまり意味がない気はするけれど」

「そうよね、あなたならそういうでしょうね。ハイウィンド家は大きくなって叔母様も万々歳、あなたとリリアンナ、それに子どもの土地も安泰、ハイウィンド家に対してルチアにセロトニアを割譲する時の保障もできて私とテオも万々歳。こういうの、あなたの国の言葉で三方よしっていうんでしょう?」

「まあ、言うけれど」


 言うけれども。

 ただ、この女が三方よしをよしとするだろうか。三方よしで済ますか?もうちょっと自分に利があるように動くんじゃないか?まあ、ドサクサにまぎれてセロトニア割譲の保障も俺の土地の併合で済ませようとしているから既にシモーヌにとってというか、帝国の利はあるんだがまだ足りないような気がする。


「お前さ、もう1つ2つ、俺に隠してることがないか?」

「別に隠してないけれどあなたに気づかれていないことならあるわよ」


 そう言ってシモーヌがクスクスと笑う。


「気づかれていないこと?」

「そう。あなた、自分の領周辺の地図はよく見た?せっかく大きな地図が貼ってあるのだから情報収集はきちんとしないとだめよ?」

「地図……」


 シモーヌの視線を追って、俺は後ろの壁に貼られた地図に目をやる。って言っても、ハイウィンド領の南側がイネスさんとオジキのモロー領。西がアンリ領でその南が白豚姫ことペリーヌの実家の領地で北側にセロトニア、その先の北側とアンリ領の西側が海で……西側の海の向こう側が他の国だな……。


「おい。三方よしとか言ってたけど、俺とリリアンナだけよしになっていないだろこれ」

「あなたとリリアンナならきっと大丈夫よ、ランドール・アンリ・ハイウィンド辺境伯」

「勝手に辺境伯にするんじゃあねえよ!お前、アレだろ!俺の領の代官がうまくできてなかったのって、絶対この海を挟んだ向こうの国のせいだろ!!」

「そうね、代官にはできなかった。でもね、リリアンナとあなたならきっとうまくできるわ。初代暴れん坊伯爵の娘リリアンナと、ハイウィンド家のお家騒動を治めて叙爵前に更に功績を積み上げて見せ、非公認とはいえ早くも妾を二人も作るなんていう、初代もかくやという暴れっぷりを見せた二代目暴れん坊伯爵のあなたなら!」

「本当にふざけんな!その恥ずかしい二つ名だけは絶対に受けないからな!!」


 あと、二人の妾ってのがアグリとカサンドラさんのことを言っているなら俺はあの二人どころか、まだリリアンナにすら手を出していないし、言いがかりもいいところだ。てか俺は今回、言うほど暴れてないし、言いがかりみたいな理由でなあなあのうちに俺を二代目暴れん坊伯爵にしたいだけだろこいつ。


「あら、じゃあ辺境伯の話は受けてくれるのね、ありがとう」

「辺境伯も受けるなんて言ってないだろ」

「え、でもあなた、つい今しがた受けないのは二つ名だけって言ったわよね?」

「言葉のマジックを使うな!あと「純真な私にはあなたが何を言っているのかわかんなーい」みたいな顔したって俺には通じないからな!?」

「うるさいわね。さっさと受ければいいのよ、あんたは」

「嫌だって言ってんだろ」

「待ちなさいよ。愛するリリアンナが、あなたの二代目襲名を望んでいたとしたらどう?」

「いや、まあ……嫁に言われたらそれは考えるけれど」

「望んでいる素振りはなかった?」

「…………」


 心当たりがあるかないかといえばある。

 この街、この屋敷に帰ってきた夜のこと、深夜に目覚めてなんとなく寝付けなかった俺は深夜、廊下に飾ってあるリリアンナの父親、ドミニク・ハイウィンドの肖像画に語りかけるリリアンナと出会った。

 その時彼女から語られたのはこの街、この領、この家、そして父親に対する思い。そして彼女の口から語られた思いの中に、かの二つ名への思いがあったかといえば、確かにあった。

 


「ふふ……どうやらわかってくれたようね」

「ああわかったよ……お前の仕込みだったんだな、アレ」

「な、なにを根拠に!?」

「アホか!次の日にカサンドラさん、その次にアグリと同じような話をさせられたらさすがに気づくわ!!」

 

 ちなみにアグリは澱みなく。カサンドラさんは今思えば少したどたどしい感じと違いはあったが、とはいえ今考えればどちらも話の流れやシチュエーションがリリアンナの時とまったく一緒だったのでおそらくあれは誰かの指示や台本があったのだと思う。

 で、その指示書と台本をよこしたのは十中八九眼の前に居るこいつだ。


「り、リリアンナが何回も言ったんじゃないの!?」

「やっぱりお前の仕込みじゃねえか!!」

「なんで!?大切な女性から何度も言われたらあんたはぜったい断らないはずって手紙でアドバイスしたのに、あの子なんで別の女を使ってるの!?」

「……あー……まあ、多分そのアドバイスのせいだな」

「どういうこと?」

「多分あいつ、俺が一番好きなのはリリアンナだってことに自信を持ててないんだと思う」

「はぁっ?」


 まあ、そういう顔になるよな。

 リリアンナに狙われている自覚はなかったけど、実は俺自身には割とリリアンナを狙っていた自覚がある。なので、傍から見ていたら俺とリリアンナは『お互い相手のことが好きだが好かれているとは思っていない』という、下手なすれ違い系ラブコメみたいな関係だったんだろう。だから、そんなすれ違いの誤解が解け、くっついた今となってはお互い誤解が解けて仲睦まじく暮らしているのだろうと思っていた人間は皆、今のシモーヌみたいな顔になると思う。

 だけど、俺もリリアンナもどっちかと言えば自己肯定感が低めな人間。俺なんてさっきシモーヌから断言されるまでリリアンナが俺を狙っていたなんて思ってなかったし、俺が好きな相手をシモーヌとテオドールが気づいてくれて、それとなくリリアンナの俺に対する印象が良くなるように手を回してくれていたんだろうなくらいに考えていたのだ。

 で、多分それはリリアンナも同じ。だから『シモーヌのお陰でくっついただけの、ランドールから好かれていないかもしれない自分』だけじゃなくて、俺と共に暴漢と戦って、ただハイウィンド家に復帰するのではなく、俺専属の、唯(・)一(・)の(・)ア(・)ン(・)リ(・)家(・)の(・)メ(・)イ(・)ド(・)と(・)し(・)て(・)ハイウィンド家に入り直したアグリと、あの事件の時、アルフレードから助けて以降明らかに俺を見る目が変わって、悪い気はしないけれど正直扱いに困っている(リリアンナ目線だとワンチャン俺の最愛の人である可能性があるように見えるかもしれない)カサンドラさんをつかって数を撃った。下手な鉄砲もなんとやらで、リリアンナという銃で何発も撃つべきところを、リリアンナ自身の他にアグリという銃、カサンドラさんという銃まで持ち出してきてしまったのだ。

 で、みんなから一回ずつその話を聞いた俺は『ああ、みんなドミニクさん好きだったんだなぁ』という感想に落ち着いてしまったし、俺が暴れん坊伯爵を継がなければなどという使命感に目覚めることはなかった。

 てか、3人とも怖っ。みんなで寄って集って俺を操ろうとしてたんだろ?本当に怖いわうちの女性陣……あれ?今考えると夜中にアルフレードと出くわしたこともあった気がするんだけど、あれもまさかリリアンナの差し金ですか?ルチアとかカーラとの友達付き合いを制限したほうがいい案件ですか?


「どうしたの?」

「いや、なんでもない……まあ、うちの人間はみんな望んでるみたいだし、暴れん坊伯爵の二つ名を継ぐのは別にいいよ。で?お前がわざわざこんなことを言い出すってことは、ただの名前だけじゃなくて、なにかあるんだろ?俺は何をすればいいんだ?」

「どうっていうことはないわ。皇家が介入したいけど難しい案件の解決を時々お願いするくらい」

「めちゃくちゃ面倒くさいやつじゃねえか!」

「その代わり皇家の紋章を使って割と好き放題できるわよ」

「前に貰った皇太子御免状みたいなのか?」

「そうね。使い方もあなたがお母様に使ったのと同じ感じ。というか、何度も使えるから言わばその上の皇家御免状ね」


 なるほど、御老公の印籠みたいなもんか。じゃあ『控えおろう』とかやってもらう役はアグリかな……むしろポッと出の俺なんかよりリリアンナを御老公役に……って、


「なんだよその顔」

「んー?愛するリリアンナのためとはいえ、1回しか使えない皇太子御免状を軽々しく使っちゃうあなたに使わせるのはやっぱり心配かなーって」

「心配そうな表情には見えないんだけど」


 なんかニヤニヤしているし。


「まあ、紋章を預けるのはちょっと心配だけど、リリアンナの心配はしなくて良さそうだなって、そう思ったらなんかちょっとうれしくなっちゃったのよ」

 

 


 

 

 

 

 

 


 


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