暴れん坊伯爵の暴れない日々
俺が二代目暴れん坊伯爵を襲名してから1月が経った。
帝都に帰ると婚礼のための準備が大変だからとしばらく居座っていたシモーヌはイネスさんに叱られて渋々ながら帝都へと帰り、逆にエリザベスは一向に帰ってこない。
もちろん帰ってこないエリザベスのことは心配だったが、今の俺は一応、まがりなりにも子爵であり、同時にハイウィンド正伯爵の夫になるハイウィンド副伯爵(予定)。自分勝手にエリザベスを探しに行くことはできず、エリザベスの捜索はパトリックとルチアに任せ、リリアンナの父親であるドミニクさんが亡くなってから保留になったり後回しになっていた案件をリリアンナといっしょに処理する毎日だった。
ちなみに俺がこれからなろうとしている副伯爵という役職は正当な後継者ではないが、公には俺は伯爵を名乗れる。
そして、戦争などのいざというときになんらかの原因で正貴族が職務を遂行できない場合、戦争への参戦や、領内の反乱の鎮圧など、正貴族に変わって職務を遂行しなければいけない。そしてその性質上、副貴族になれる貴族となれない貴族がいる。
実はアゼートのオジキも正当な公爵はイネスさんなので俺と同じ立場で、オジキは皇家出身ということもあり戦闘能力は折り紙付きなので副公爵になるのはなんの問題もなかった。
だが、カサンドラさんの場合は戦闘能力がほぼ皆無なので副伯爵にはなれなかった。なので夫のドミニクさんが亡くなった後、リリアンナが成人していなかった関係で正伯爵にも副伯爵になれるものがおらず、領の運営はともかく貴族としての義務が果たせないということになったハイウィンド家は取り潰しの憂き目にあっていたというわけだ。
は?イネスさんの強さ?ユニーク魔法なしで手合わせしてもらったらバカ強すぎてなんでこの人のいる公爵家がバックについていたオジキが陛下に勝負を挑まず継承戦を放棄したのかわからんレベルだったわ!
……話を戻そう。じゃあ、だからカサンドラさんが無能で使えない、職務を全うせずにただただ贅沢をして無駄に税を垂れ流すだけのダメ貴族だったのかというと、そんなことはない。
彼女はイデアの街にある実家に身を寄せながらもこの館に残っていたアルフレード達と連携して税収の管理や納税、公共事業の手配などをしっかり行っていた。そのおかげで俺とリリアンナは10年近くも正式な領主がいなかったとは思えない程度の仕事量で済んでいるのだ。
まあ、アルフレードとの連携のせいで時々増える妙な経費からアグリの存在をアルフレードに気づかれてしまったというのがあったらしいけれど、もう解決しているしそこは今更問題にするべきじゃないだろう。
「ご主人様、次のご予定のお時間です」
「え?もうそんな時間か?」
「はい、商人との面談のお時間です。……この商人で決まるといいのですが」
懐中時計をしまったあとでアグリが少しだけ棘のある言い方をする。
まあ、それもしょうがないといえばしょうがない。ハイウィンド家に出入りする人間はドミニクさんのころから決まっているのだが、新興の俺の領の分は新たに決めなければいけない。一部はハイウィンド家に出入りしている人間で済んだが、一番大口の御用商人がハイウィンド領だけで手一杯ということで断られてしまい連日いろいろな商人と面接をしているのだが、俺の「なんか違う」という一言のせいで一向に決まる気配がないのだから。
で。
「今日のやつもダメだったなぁ」
「そうですか……ちなみにご主人様?」
「ん?」
「彼らの何がダメなのか教えていただいてもよろしいですか?」
「なんていうか、声がでけぇんだよなぁ……」
「はい?」
「人はやましいことがあるとそれを隠すために声がデカくなりがち……な、気がする」
やましいことを指摘されそうになったときに相手の話を大きな声で遮って疑念を挟ませない。みたいな、そういう感じ。で、そういう奴は自分の都合のいいように話すやつが多いイメージ。つまり付き合っても多分あんまり良いことはない。なんかうまく説明できないけど伝わってくれるといいなと思いながらアグリを見ると残念ながらあまりピンと来ていないっぽい。
「まあ、俺があんまり強く言えない人間だから声が大きかったり押しの強い人間が少し苦手ってのもあるけどさ」
「それならなんとなくわかります。ご主人様はよくカサンドラ様の勢いに押されていますものね」
「そんなに押されてるか?」
「ええ。勢いに押されてご主人様の貞操をカサンドラ様が奪うのではないかと私やお嬢様が心配する程度には」
そんな心配をされていたのか。大丈夫だぞ、カミュとロリアンナを信じろ。
ただし俺は信じるなよ。カサンドラさんがカミュとロリアンナのいない書斎とかで服を脱いで本気で誘ってきたら抗う自信はないからな。
「……そんなことにはならないから大丈夫だぞ」
「本当ですね?流石にあそこまで年上の女性にご主人様の初めてを取られてしまっては私やお嬢様の立つ瀬がありませんからね?」
ちなみにこの世界、男子の童貞には元の世界での処女程度のトロフィー的な価値がある。そのせいで童貞を語り、好き者の女から童貞の対価に金銭をだまし取る童貞詐欺なんてものもあるらしい。
逆に、こっちの世界の処女はある程度年が行くと、元の世界の童貞のように嘲笑の対象になる。子供が口喧嘩の時に『お前のかーちゃん処女おんなー』とか言うみたいな。かーちゃん処女だったら子供産まれてねーだろというツッコミは置いておいてそんな価値観だ。
「何度も言っているがリリアンナはともかくアグリの立つ瀬については保証しないぞ」
あとカサンドラさんのことを年増呼ばわりしているけど、カサンドラさんとアグリの年の差は7つ。リリアンナとアグリの差は8つなので、リリアンナから見たアグリはほぼアグリから見たカサンドラさんということになるわけで……見える、俺にも見えるぞ、巨大なブーメランがアグリの後頭部に――
「ご主人様?不快な空気を感じるのですが、なにか変なことを考えていませんか?」
「なんでもありませんですよー。俺は美しい三人の女性から愛されて幸せだなあって、そう思っただけで」
まあ、3人の中の序列というかお互いの見え方、いやもう見え方ですらなく、ただの数字の話であって俺は全然3人ともイケるしね!嘘は言ってないからセーフセーフ。
……セーフってことでその怖い顔やめてもらえませんか、アグリさん。
そんなことをしているうちに書斎まで戻ってきた俺達は部屋の中からでてきたメイド服姿のカミュと出くわした。
「あ、兄ちゃん、母ちゃん」
「おお、カミュ。どうした?何か用だったか?」
「シモーヌ姉ちゃんから手紙が来ていたから机の上に置いておいたよ」
「そうか。ありがとうな」
よしよし、働き者のカミュにお小遣いでもあげようか。そう思って俺が懐に手を入れようとしたところでアグリが咳払いをした。
「前にも申し上げましたがあまりカミュを甘やかさないようにしてください」
「そうは言うけどカミュはメイドじゃないから給金も出していないだろう?カミュにだって買いたいものもあるだろうし少しくらい……」
そう、実はカミュはメイド服を着ているがメイドではない。というか、当たり前だ。現当主のリリアンナの妹で前当主の娘なんだから。だからこうやってお手伝いをしているのは「母ちゃんみたいに働きたい」というカミュの希望であってそこに報酬は発生していない。
「そう考えるのが旦那様だけだとお思いですか?」
「え?」
「カミュが奥様やお嬢様、ご主人様、果てはアルフレードや一般メイドから受け取っているお小遣いはこの屋敷の新人メイドの月の収入より多いですからね」
「ええっ!?嘘だろ!?」
「えへへ……」
リリアンナやカサンドラさんからお小遣いをもらっているのは何度か見ていたし、他のメイドたちにも可愛がられているのは知っていたけどアルフレードまで手玉に取ってるのかこいつ。この前までアグリもろとも自分を殺そうとしてた厄介アンチを反転オタクにするとかめっちゃ魔性の女じゃねえか。
「と、いうことですので今後はあまり与えすぎないようにしてください。もしくはもうカミュの給金を決めてしまって誰からも与えないようにしてください」
「ああ、でもそれなら給金という形ではなくてカミュの枠も歳費を取るようにしようか?」
俺やリリアンナ、カサンドラさんは貴族として整えなければいけないようなことに使う用の非課税の歳費を持っていて、個人のおこづかいもここに含まれている。この分は非課税扱いで領に残せるので別に使わないけれど三人とも伯爵家で取れる枠限界まで申請してある。で、それは順序立てて申請すればカミュの分(年齢や妾腹だという点で俺やリリアンナほどの金額にはならないが)の枠も確保できるのでそこからお小遣いをあげて残りを積んでおくなりカミュの教育に使うなりすればいい。
そう考えた俺は相談をするために二人を連れてリリアンナの執務室へと向かったのだが――
「私は反対ですね。カミュに決まった金額をあげるにしても給金制のほうがいいでしょう」
――リリアンナの返事は俺の想像とは真逆だった。
「国に収める税金も減るし、こっちのほうが領の財政にもよくないか?」
「ウチはそもそも周りの領に比べればかなり恵まれているので税を払って多少の凶作があっても大丈夫なくらいには蓄えがありますし、これから貴方の領地の税収分も増えることを考えれば子爵邸の使用人の給金を考えても十二分にやっていけます。この状況でこれ以上節税する必要なんてないですし、逆に今の時点で貴族として登録するのはカミュにとってのデメリットが大きすぎます」
「デメリット?」
「貴族として登録してしまえば、私のようにたまたまいい人がそばにいて、いい上司に恵まれて、良い縁談を組んで貰える可能性よりもロクでもない貴族家と縁談を組む羽目になる可能性のほうが高いんですよ。後継者ではない女性貴族となると兵役も課されますし」
男性が貴重ということもあって、こっちの世界では俺が元いた世界よりもヒモ男やDV男が多いらしく、それは貴族家でも同じというか、そもそも貴重な男性貴族ということで平民男性よりも酷いケースが結構あるらしい。
まあ、とはいえ一部の女性貴族も手下に見た目のいい平民の男狩りをさせて屋敷で好みの男を飼っていたり、童貞狩りと称して少年を攫い、よってたかって襲って童貞を奪って殺して捨てるなんてこともあるらしい。なので、一概に男だけが酷いというわけでもない。
早い話がこの世界は男女のバランスが悪いせいもあってソッチ方面に関して治安が悪いのだ。
てか俺がいい人とか良い縁談とか、今日はめっちゃのろけてくるじゃん。これはまさかリリアンナの心の準備ができたという意志表示――
「婚約して一月近くも経つというのに、未だに勇気の出ない私を待ってくれるランドールみたいな優しい相手、めったに居ないんですからね!」
めっちゃ惚気てくれる!めっちゃ惚気てくれるけれども、まだダメなんですね。了解でーす……。
「ご主人様、ご主人様、もういっそ今夜私の部屋に来ませんか?」
カミュに対して俺がどれだけ優良物件かということを惚気続けるリリアンナに聞こえないくらいの声でアグリが囁く。
やめて。ちょっとだけ『もうそれでいいかな』『リリアンナとの約束破っちゃおうかなー』って思いそうになるから。




