襲撃再び
「これ本当に大丈夫?ハイウインド家はともかく、モロー家に睨まれるの嫌なんだけど」
俺の呼び出しに応じて宿まで来てくれたパトリックは事情を聞いた後でそう言って少し顔をしかめた。
「まあ、睨まれたとしても最悪俺が御免状持ってゴメンすれば大丈夫だと思うからさ」
「だったら、その御免状をリリアンナの母親に突きつけて二人を許すように言えばいいんじゃないの?」
「それでこの場が収まったとしてもその後が怖いからな。忘れた頃に後ろからグサッなんてこともあるかもしれないだろ?だからできれば御免状で無理やりってやり方じゃなくて、関係者に納得してもらったうえで穏便に全方向しっかり収めるように努力したい」
「理想の高いことで」
肩をすくめてそんなことを言ってから、パトリックが『それで?』と続ける。
「僕はなにをすればいい?」
「城に戻ってこの件でカサンドラさんが『何』をしているか調べてほしい」
「『何』ってどういうこと?襲撃の命令をしたんじゃないの?」
「いや、俺も最初はそう思ったんだけど、カサンドラさんが仕掛けたにしては動きが早すぎる気がするんだよな。一度会っただけだけど、あの人はあまりこういうことに関して判断が早いほうじゃないと思うんだ」
「つまり?」
「あの人の立ち位置をしっかり見極めてほしいんだ。もし彼女が味方になってくれそうだったら味方に引き入れたいし」
「つまり、他に誰か犯人の候補がいるの?」
「そうだな、例えばシモーヌの母親とか?アグリとカミュの話を小耳に挟んで妹と姪のためにこっそり面倒事を片付けようとしたとしてもおかしくはないだろ?」
この街に来た時に何故か不在だったせいで未だに会ったことがないから完全に俺の想像というか、もはや妄想の域に入ってしまう話ではあるけれども。
「たしかにあの人は何を考えているかわからないからそういうこともあるかもしれないけれど」
お、意外とそういう人なのか?やっぱりシモーヌの母親だけあって立てば悪役、座ればヴィラン、歩く姿は裏のボスって感じなんだろうか。
「あの、ところでご主人さま?こちらの方は……?」
お茶の準備をしてくれていたアグリさんがカップを置きながら尋ねる。
そう言えば紹介してなかったっけ。
「こいつはパトリック。俺の友達の弟です」
「はぁ……ご友人の……弟さん、ですか」
「いやまあ、全くもって間違ってはいないけどさぁ」
「なんだ?継承戦で負けて平民になった元皇族とか言ったほうがいいのか?」
「その紹介はいくらなんでも悪意しかないだろ」
そう言ってムスッとするパトリックと、俺のしたパトリックの紹介を聞いて顔が青ざめるアグリさん。
アグリさんのそういうわかりやすく権力に弱いところ、可愛くて結構好きっすよ。
「た、大変失礼をいたしましたっ!」
「え?あー、いいよいいよ。僕もうただの平民だし」
「そういうこと。むしろこれから子爵になる俺のほうが偉いまである」
「はいはい、偉い偉い。それより、アグリさんだっけ?君から見てどう?リリアンナの母親は襲撃の指示とか出しそうな感じ?一応伯母上とは血のつながっている人だけど、あの人特殊すぎて今まであんまり関わりがなかったんだよね」
「そうですね……あまり自分が表に出ないで物事を収めようとするといいますか」
「なるほど、リリアンナと同じ黒幕タイプか。これは面倒かもなあ」
いや、パトリックの中のリリアンナのイメージ悪すぎない?ちょっと怖いところもあるけど、あいつはそんな黒幕張れるほど怖い奴じゃないぞ?
その後、アグリさん達の今までの話などを聞いてからなにか思いついたような顔をして、パトリックは『明日の朝には戻る』と言って宿を出ていった。
そして、パトリックが出ていき、カミュが眠った後で俺は改めてアグリさんと向かい合う。
「バタバタしていてちゃんと確認していなかったので一応確認なんですけど、もしもカサンドラさんがアグリさんのことを許して、カミュのことも受け入れられるとしたら、アグリさんはハイウインド家に戻るつもりはありますか?」
「……私ではランドール様のお役に立てそうもありませんか?」
「いや、アグリさんが有能なのはわかってますし、うちに欲しいというのも嘘ではないんですが、有能だからこそうちでいいのかなというのがありまして」
一撃で二人の刺客を射抜いたC級冒険者としての戦闘能力はもちろん、パトリックの正体に驚きはしたものの、その前後の給仕や宿との交渉も完璧で、ぶっちゃけ仕事ができすぎて俺では彼女を持て余す気がするのだ。
「多分、俺ではあなたを使いこなすことができないと思います。多少の金銭はあっても爵位もそんなに高いというわけではないですし、もっと条件のいい貴族家もあるんじゃないですか」
それこそ、ハイウインド家に戻らないにしても、アグリさんに指名依頼を出していたパトロンのところに行くとか、平民として当初の予定通り帝都に行くとか。
「他の貴族家はありえません。それに持て余すとおっしゃいますが、ランドール様はお優しい方ですから私のような人間がお側について目を光らせていたほうがよろしいかと思います」
「……まあぶっちゃけ、そういう役割の人にそばにいてほしいっていうのはあります」
継承戦の最中も見え見えの罠に引っかかったりしそうになったことは数しれず、エリザベスやカーラだけではなく、あのぽややんとしたテオドールにまで苦言を呈される始末。悪ぶってみたりすることもあるが、基本的に自分がお人好しだということは俺自身もわかっている。
なので、俺が流されないよう見張ってくれる秘書のような人は絶対に必要だ。
「であればそうお命じください。ハイウインド家に恩はあれど、今現在私の心はカミュと私を救ってくださったランドール様の下にあります」
「わかりました。そういうことであればちゃんと二人のことは俺が責任を持ちますので、うちで働いてください。あと、俺がこれから貴族としてやっていくうえで必要なことも教えてもらえると助かります」
「承知しました。それではまず、私に対しての言葉遣いはあまり丁寧になさいませんようお願い致します。敬称も不要です」
「……わかったよ、アグリ」
「結構です。では僭越ながら早速ですが1つ。結婚……婚約はお早めになさってください。良き家の令嬢から売れていきますのでアンリ家を残すつもりであれば早々に結婚、そしてお子を作られるのがよろしいかと。正直、私がいなければ地政学的にもリリアンナ様が一番よろしいのですが……」
またそうやってリリアンナと俺をくっつけようとする。俺は構わないけどリリアンナがそんなの嫌だろって。
「あのさアグリ、そもそも俺、この世界の貴族の結婚とか、そういう制度についてよくわかってないところがあるんだけど、簡単に教えてもらってもいいかな」
「そうですね。まず貴族家を継ぐ……ご主人様の場合初代になるので継ぐというのは少し違いますが、この場合は奥様を家に迎えられて子を成し、領地経営をしながら名前を継承していくことになります。おそらく、ご主人さまが想像されている結婚はこれかと思います」
「なるほど、確かに俺が思ってる結婚の制度だな。ちなみに、あえてそういう言い方をするということは、そうじゃない場合もあるっていうことか?」
「男性の場合はそうですね」
「男性の場合は?」
「はい。貴族に限りませんが、早い話が種牡馬のような生き方ですね。この世界には男性が足りませんから、必然的に子種も貴重になります。そのため子種の提供をすることで対価をもらい、それで生きていくという生き方です」
なるほど、つまり種付けおじさんになるってことか。
この世界はなぜか男が生まれづらく、男女比が1:3くらいだからそういう人がいないと人口が維持できずにいずれ破綻するんだろうし、そういう役割の人間が必要なのはなんとなくわかる。
「ただ、所詮種馬は種馬。有能な男性としては見られなくなりますし、せっかく皇太子さまとご縁のあるご主人様向きではないと思います。あとはまあ……種牡貴族を必要とするのは男性から断られて嫁入りや婿取りできない器量なしか、婿も迎えられない金銭的に困窮している木っ端貴族がほとんどですので、営みが厳しかったり、支払いが渋かったりということもあります」
器量なし、つまり見た目が悪いということなんだろうけど、この世界に来てから言うほど見た目の悪い女って見たことがないんだよな。
知り合いの中で世間の評判的にそういう評価になるのだろう貴族令嬢と言えば、テオドールの兄貴のアーノルド陣営にいた、ちょっとポッチャリ系のペリーヌって子が、自領では『白豚姫』とか『オーク混じり』とか呼ばれていたらしいけど言うほど太ってないし普通に可愛かった。
金がないに関しては……どうなんだろう、金のない貴族は多分帝都にはいなかったと思うからまったく心当たりはないけど、どの土地も同じ条件ってわけじゃないだろうし、大なり小なり金のない貴族っていうのもいるんだろう。
「なんとなくイメージができたよ。ありがとう」
「お役に立てて何よりです……さて御主人様?」
「ああ、パトリックがここに来る時につけられたのか、もしくは相手が尾行の必要もなくこっちの居場所を調べられるくらい相当なやり手かだな」
アグリも気づいたらしい。窓の外に2人。部屋の外に2人の気配。
「一応、そういったことをできそうな人間に心当たりがあります」
「終わったら聞くよ。俺は窓側」
「では私はドア側で、先ほどと同じように生かして捕らえますか?」
「ああ、アグリの心当たりの裏付けは必要だろうからな。武器は?」
「ご心配なく」
「了解。カミュが起きないよう、静かに速やかに済ませよう」
俺とアグリの会話を聞いていたのか、刺客達が一瞬息を呑むような気配を感じた後、ドアと窓が破られる。
飛び込んできた刺客のうち、窓側の二人を文字通り一瞬で刺客を縛り上げてから振り返ると、アグリはしゃがみ込んで刺客の攻撃をかわし、翻ったスカートの下、足首あたりから短刀とも言えないような、メスのようなサイズの刃物を取り出し、そのまま回転しながら飛びかかって刺客Aの右手を切りつけ、切りつけられた刺客Aは武器を取り落とす。
「てめ――」
「喋んな。娘が起きるだろうが」
刺客Aがやられるのを見た刺客Bが怒声を上げようとしたが、大きくあけた口に、飛びかかった勢いそのままに繰り出されたアグリの回し蹴りが見事にヒットしBは白目を剥く。そしてアグリは刺客Bをそのまま脚力で宿屋の床に叩きつけて意識と何本かの歯を刈り取り、床に倒れ伏した刺客Bの頭を踏み台に刺客Aの顎に飛び膝蹴りをお見舞いし、刺客B同様白目を剥かせた。
いや強いなアグリ。今後こっちが主の立場になるとはいえ、彼女にはあんまり逆らわないようにしようそうしよう。




