襲撃
リリアンナがカサンドラさんを抑えると言ってはくれたものの、やっぱりこの家に居続けるのは得策とは言えないだろう。リリアンナは優秀ではあるけれど、リリアンナの母親であるカサンドラさんがその優秀なリリアンナを出し抜くという可能性は十二分にあるのだ。
一応、あたりを見回って危険がないのは確認したけれど、それで安心かと言われれば安心とはいえないし、今家の前にいる兵士だってカサンドラさんの息がかかった人間じゃないとは言い切れない。
「どうかされましたか?」
「アグリさん、少し移動できます?リリアンナがカサンドラさんを抑えられなくてここが襲われる可能性もゼロではないと思うので、できれば拠点を移したいんですけど」
「はい、ランドール様のおかげで体調は大分良くなりましたのでそれは可能なのですが……」
「ですが?」
「実は、拠点を変えるなら持っていきたいものが」
そう言ってアグリさんはテーブルの下の床下収納に目をやる。
「確認しても?」
「はい」
わざわざそんなことを言い出すということは重量物だろうとは思っていたけれど、床下にあったのは口のところに布を張ったツボだった。そして俺はそれを見てすぐに中身にピンときた。
「冒険者としての報酬ですか」
「はい……。できるだけ節制してお金をためて、カミュと二人でそろそろ帝都に移ろうと考えていた矢先に体調が悪くなってしまって、結局そこから少し使うことになってしまいました」
いや、お金あるなら教団に行って治療受けたほうがよかったんじゃないかと思わないではないけど、カーラとテオドールの大改革前の酷さを知っていると、この金を全部なくす覚悟では行けないか。
「いいんですか、よく知らない人間にこんなもの見せて」
「あら、これから貴族になられるご主人様がそんなはした金を欲しがるとは思えませんけれど。もしも領地の開拓に必要だと言うのであればそれはそのままそっくり差し上げますわ」
「間に合ってるんで大丈夫です」
「ですよね」
まあ、金がある貴族でもちまちま勝手な税を増やしてはした金をかき集めるような強欲なやつもいるらしいので、金を持っている貴族だから盗らないだろうというのは完全に甘い考えではある。とはいえ、それを貴族家に仕えていたアグリさんが知らないとも思えないので、これは俺が試されていると考えていいだろう。
実際、金なら叙爵が決まった後にテオドールからもらった支度金と、継承戦の報奨金の一部が帝都銀行にも冒険者ギルドにも一個人として預け入れできる満額入っているし、なんだったら―――
「そうだな。一応見せておきましょうか」
「見せておくとは、どういうことでしょうか」
アグリさんの質問に応えずに俺は魔法で扉を出現させて見せる。
「ストレージの魔法、ですか?でもランドール様は回復魔法の使い手では?2重詠唱者なのですか?」
「いえ、俺の回復魔法もこれも継承戦の途中でとある神様からもらった魔法『黒山羊印の便利屋』という、まあ、大体なんでもそれなりにできる魔法です」
実際には使える魔法の上限は68。テオドール達のような血統魔法や、ルチアの金属生成のようなユニーク魔法は使えず、見たことがあるコモン、アンコモン魔法の中から68個をこの世界の中央値くらいの性能で使えるという制限のある器用貧乏魔法だ。その中には今使ってみせたストレージや、今朝使ってみせた回復魔法もある。ただし、普通に自分の持ち魔法として持っている人間に比べると1.5倍くらいの魔力を使うので正直言って効率はあんまりよくない。今使ってみせたストレージなんかは扉を開く時だけ魔力を使うが、アグリさんに使った回復魔法なんかは本当に効率が悪いったらありゃしない。
「ということは、ランドール様はそれとは別に少なくとももう1つ、ユニーク魔法を持っているということですね?」
「……俺、どっかで自分が転生者だって言いましたっけ?」
「いえいえ、かまをかけただけですよ」
こういうところ、アグリさんは一廉の冒険者なんだなと感じる。
まあクセはあるけどこういう人のほうが頼りになるだろうし、俺の甲斐性を見せつけて信頼してもらうとしよう。
「それで、見せておくというのはこのストレージの魔法ですか?私のお金もそこに入れておいてくださると」
「それもなんですけど、あと」
俺が扉を開けるとストレージの中が露わになり、アグリさんが小さく悲鳴を上げる。
「一応、こんくらいはあるんで、アグリさんとカミュの二人くらい養うのは問題ないから安心してくださいってことを言っておこうかと」
「あ、あばばばばばば、な、ななななななんですかそのお金、一体いくらあるんですか!?」
「まあ、それはおいおいって感じで。とりあえずこのツボ入れちゃいますね」
「そ、そんなもの入れたらランドール様のお金が汚れませんか!?あ!お金の価値が下がったりとか!」
「いや、そんなことないと思いますけど」
ちなみに現金で日本円換算20億くらいある。テオドールは領地を再興するのに足らなくなったら言えと言ってくれていたけど、一体どのくらいの費用を見込んでいるんだろうか。そんなにかかるものなのか?よくわからん。あとは継承戦の途中で拾ったり回収したりした素材や宝物の分配分が売らずに入っているが、これは俺だけじゃなくてエリザベスの分も預かっているので全部売っぱらえるわけじゃない。
「でも、アグリさんもよくあんなに貯めましたね。ここの物価が安くてあんまりお金がかからないで、Cランクの冒険者って言っても結構大変だったんじゃないですか?」
いざというときに使いやすいように多分中身の半分くらいは銀貨銅貨が多めになっているとは思うけど、それでもあの大きめのツボ半分が金貨となれば日本円で1000万近くは入っているだろう。子どもを育てながらの数年で、実際にきちんと働くのが大変な時期もあっただろうことを考えるとそれよりも短い期間で貯めていたことになる。
「最初はかなり厳しかったですけど、名前が売れるにつれて指名の依頼なども入ってくるようになりましたから」
「ああ、指名依頼だと結構貰えるって聞きますもんね」
Fランクの俺にはもちろんそんな依頼は入ってこないが、Bランクのエリザベスの手伝いなんかについて行くと結構な額の指名依頼だったりすることがある。
「他に持っていくものがあれば入れちゃいますけど、なにか持っていきます?見た通り資金に問題はないので服とかはあとで買い揃えますから、思い出の品とかどうしても必要な家具とかでなければ置いて行っちゃってもいいと思いますけど」
「では……カミュが小さい頃に使っていた思い出の服だけお願いします。指名依頼をくださっていた方から最初に頂いた贈り物だったので取っておきたいんです」
アグリさんから受け取った服をしまい終わって、遊びに行ったカミュの帰りを待つ間、俺は見張りの兵士にリリアンナへの手紙を渡して届けさせることにした。最初兵士達は俺の命令は聞けないと言って断ろうとしたが、皇太子御免状をちらつかせるとすぐに大人しくなって城へと戻っていった。
うーん、すごいな皇太子御免状。ほぼ政治のトップのテオドールの皇太子御免状に加えて、宗教のトップであるカーラの教主御免状も持っていることを考えると、俺はもしかしたら今、無敵の人状態なのかもしれない。
なんにせよ、これで兵士たちがカサンドラさんの手先だったとしても、移動先がバレることはなくなったはずだ。
あとはカミュが帰ってきたら適当な宿に移動するだけ。そう思っていた俺の耳に、外から次々に鎧戸の閉まる音が聞こえた。
外でなにか揉め事の種があって、近隣住民はそれに巻き込まれたくない、そんなところだろうか。そしてそんな揉め事の種になりそうな人はここにいるアグリさんくらいだろう。兵士を帰したことでこっちを襲撃しやすくなった何者か、もしくはさっき帰らせた兵士達が襲撃のために戻ってきたのか。
そう思いながら俺がアグリさんを見ると、さすがはCランク冒険者、アグリさんも外の異常に気づいたらしく、俺と目が合うと真剣な表情で頷いた。
「得意な武器は?」
「弓ですが、最近手入れをサボっていまして」
アグリさんはそう言ってシーツの下から小さなナイフを取り出す。
「そうですか。使えれば使ってください」
俺がストレージに手を突っ込んでショートボウと矢筒を取り出してアグリさんに放ると、アグリさんはニッと笑ったあとで「上等な武器をありがとうございます」と言って矢筒を肩にかけ、弦を張る。元気そうだしCランク冒険者がどの程度できるのかを知っておきたいので俺は防御に徹してアグリさんに戦ってもらおうかな。
そんなことを考えていると、ドアを蹴破って二人のゴロツキ風の女が飛び込んできた。
さあ、見せてもらおうか、Cランクの冒険者の実力とやら――
「ぎゃああああっ」
「いてえええええっ、なんだこいつら」
悲鳴とともに、膝を矢で射抜かれた二人のごろつきが床に倒れる。
ってアグリさん、今、一射で二人撃ちませんでした?
「くそっ、死にかけの女と弱っちい男だけって話じゃなかったのかよ」
「あ?誰のご主人様が弱っちい男だって?」
つかつかと近づいていったアグリさんはそう言って力任せに矢を抜くと、無事な方の足のふくらはぎに矢を突き立て、その痛みにゴロツキが絶叫する。
うん、超怖い。怖さレベルで言うとリリアンナとかシモーヌくらい。もしかしたら俺はヤバい人を雇ってしまったのかもしれない。
「きたねえ悲鳴を上げてねえで誰に言われて来たのか言え」
「し、知らねえよ。あたしらはフード被った野郎にちょっと脅かしてやれっていわれて小銭を渡されただけで」
「チっ……」
まだまだ短い付き合いではあるけれど、昨日の夜から一度も見たことのないような表情で舌打ちをしてごろつきを蹴ったあとで、俺の方に向き直るアグリさん。その表情は襲撃前のにこやかなものに戻っている。
「と、いうことのようですね」
「で、ですか……まあ、とにかくカミュが戻り次第移動を」
そう言った瞬間、外からカミュの悲鳴が聞こえてきた。
「カミュっ」
「アグリさんはそこで待っててください、俺が連れ帰ってきます」
「でもっ」
「ご主人様の命令です。あと、間違ってもそいつら殺さないでくださいね。人殺しで牢に入れられたら流石に守れませんから」
「わかりました。よろしくお願いしま――」
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「――す?え?」
「すぐそこにいたんであっさり取り返せました」
いや、本当に運がよかった。カミュの反応がよかったおかげだな。
ちょうどカミュが袋に入れられて担がれた所だったのでカミュの代わりに、ストレージに入っていた震えるゴブリンとかいう謎のアイテムを袋に入れておいたからしばらくバレないだろう。
「え?え?」
「あれ?俺、なんで兄ちゃんに抱っこされてんの?変な奴らに袋を被せられたはずなのに」
別にカミュとこれから雇うアグリさんに俺のユニーク魔法を開示するのは構わないんだけど、つい今しがた襲ってきたゴロツキの前ではなあ。
「まあ……この件は後で話します」
そう言いながら俺が倒れている二人を見ると、アグリさんとカミュは察してくれたらしくコクリと頷いた。
襲撃されての正当防衛とはいえ、貴族であるカサンドラさんが敵である可能性がある以上、このままバカ正直に憲兵に届け出てもいちゃもんを付けられかねない。なので、ごろつきの怪我を回復魔法で治し、少しの金を握らせて二重スパイにしてから開放して街中へ。
そして一度街中にあった適当な宿に入って二人が風呂に入っている間に宿の従業員に二人の服を買いに行ってもらう。
さて、俺一人では護衛と調査を同時にできない以上、誰かに協力をとりつけたいところだが、リリアンナにはカサンドラさんを抑えてもらうという役目があるし、割と変な所初心で潔癖症なエリザベスにリリアンナの父親の不倫相手であるアグリさん関係のことを頼むのはちょっと気が引けるところもある。じゃあルチアに頼むかと考えても、ルチアは割と戦闘ダメダメなので頼めない(そもそも金属召喚の魔法で戦えというの自体が無理があるのだけど)し、調査とかも向いてない。となると、パトリックに調査を頼むのが確実か。
そう考えてパトリックへの手紙を書き、宿の人に城へ届けてもらう手筈を整えているうちに身支度を終えたアグリさんとカミュが俺の部屋にやってきた。
「おまたせいたしましたご主人様」
「ああ。どうですか、服が小さいとかそういう……」
ことはないですかと聞こうと思って振り返ると、アグリさんが化けていた。
さっきまでは顔はいいけど、やっぱり環境的に清潔感を出すのはむずかしく、ボロを着ていていかにも貧民街の人間といった風体だったのが体と髪を洗ってきちんと梳かして、うっすら化粧までした今はちょっと小金持ちな家の若奥様といった感じでとても美人だ。
そしてそれ以上にカミュが化けていた。
「いや、お前女だったんかいっ」
「あれ?言ってなかったっけ?俺の本名、カミーユって言うんだ」
「聞いてないぞ」
アグリさんと同じように髪を梳かして毛先を整えスカートを履いたカミュはどこからどう見ても完全な女子だった。
てか、大丈夫?昨日の夜遊んでたときとか、さっき助けるときとかめっちゃあちこち触っちゃったし、なんだったら昨日の夜一緒のベッドで寝ちゃったんだけどなんかそういうの取り締まる法律で捕まったりしない?最悪皇太子御免状でなんとかなるかもしれないけど、流石にそんなことで使ったらテオドールも怒ったりしない?
「ふふ……カミュもご主人様のことを気に入っていますし、今すぐは無理ですけどあと数年したらオヤコドンもできますよ」
アグリさんがニマニマとした表情でそんなことを言ってくる。
というか、腹違いとはいえリリアンナの妹ってことはカミュは一応伯爵家に連なる人間なんだからそんなの駄目なんじゃないだろうか。いや、リリアンナの妹じゃなくても駄目だけど。
「マジで何言ってるんですか……」
「オヤコドン?」
「か、カミュはまだ知らなくていいことだからな」
「ふふ、数年後には知ることになるかもね」
「アグリさんっ!?」
金か!?金を見せたからか!?いや、でも見せる前から若干アグリさんはこんな人だった気もしないではない。
「もちろん正室とは言いませんので私もカミュも、ずっとおそばにおいていただければ」
「いや、そういうのはなんというか、もっとしっかり関係を築いてから、双方の同意を取ってですね」
「ふふ……でも御主人様は、こういう女、お嫌いじゃないでしょう?」
確かにエッチで積極的なお姉さんは大好きですけれどもっ!!
「……とりあえずはカミュを健全に育ててからの話ってことで」
「承知しました」
そう言ってきれいな所作で一礼したアグリさんの笑顔はとても妖艶なものだった。




