第32話 決着
火と水、さらに刃と牙によって散り散りになって擦り減らされ。
戻って来たわずか十数体の手駒全てを遮蔽物になるように立たせる。
そのうちの一体は神銅を主材料に希少金属で出来たゴーレムだ。
とある箱庭のような世界に住まう存在を、キリルが倒して得たものだ。
...珍しい動物と一緒に逃げた羽の生えた天使が、泣き喚きながらタロスと叫んでいたか。
キリルは鬱屈とした思いで、傍に立つ金属で出来た巨兵を見上げる。
秘宝と手駒の特性を持つ、キリルの手駒の中で最も殺し合いに強い存在であっても。
追い詰められた挙句に相手の権能記述が最も得意とすることを知った今は、最も頼りにならない存在であった。
しかし記述と随伴させる手駒の支援さえあれば、あの超越者に最も肉薄しうる存在だ。
今もなお霧の向こう側で、己の手駒が打ち倒され微量ながらマナになって戻って来ている。
けれども、新たに手駒を呼ぶには足りず。
使うべき記述を使うには、あまりにも足りなかった。
だから、今ある手駒を守備に使う。
万が一自分に直接攻撃が行き届いても【身代わり】の記述によって生じた因果の捻れが、手駒にそのダメージを肩代わりさせる事が出来る。
【聖堂】の記述による世界の改変で不可侵の結界を張り。
さらに手駒と少年が直接辿りつけぬよう【迷宮】で難解複雑な迷宮を作った。
飛び道具はおろか、魔術結晶どころか記述による攻撃であってもこれを突破する事は不可能。
そして悪意の行動に対していつでも感知出来るよう【防犯】で周囲に自分と手駒以外の存在が近くだけで感知出来る結界を張る。
今あるマナを全て使い尽くして、自分に出来る最上の守りを作り上げた。
キリルは記述によって作られた安全な空間で、鼓動を抑え...ゆっくり息を整える。
超越者同士の争いにおいて【移層】を始めとした基本的な記述に頼る事は出来ない。
それは敵対する超越者の存在が、権能記述に付随する記述以外の世界改変を認めぬ為であった。
故に、超越者同士の争いは手駒と記述による戦いが主流となる。
そして...ただの人間に、神と超越者は殺せない。
たとえいくら無限の力を備えていようが。
時間と空間を支配し、運命を操作しようとも。
ありとあらゆる生物や物体を殺す力があったとて。
超越者には絶対に勝てない。
本の中の住人が、『読み手』を直接殺せぬのと同じだ。
『読み手』を殺す者は『読み手』のみ。
超越者を殺すのは敵対する超越者の手駒か、その機能に特化した秘宝...
あるいは超越者と同じ世界の軛から外れた上位者である神と抑止力。
──既に鉄壁の守りは敷かれた。
この場面を切り抜け、立て直せばいい。
最悪一日掛けてもこの場面を凌いでマナと手駒を回復させる。
キリルはタリオンの権能記述を秘宝にとって相性の悪い【鍛冶場】のみと考えており。
徐々に落ち着きを取り戻した心の中で、持久戦に持ち込む算段を巡らせ腹を決めた。
「そうだ...私はまだ負けて居ない」
自分の手を見つめ、拳を作って握り締める。
...既に終わりへ向かう道程を終えていようなどと、だれが考える事ができようか。
「{【深山幽谷】}──」
霧の中で役割を終えた指輪を玩ぶ少年は、
最初から持っていた三つある権能記述のうちの一つを現した。
「──【一炊の夢】」
たった一手の記述...
それが戦場を覆い隠した霧を拭い去り。
キリルが築き上げた鉄壁の守りを全て消し去った。
「...............は?」
まるで、最初から何も無かったように。
因果の捻れによる身代わりも。
絶対的な防御を誇る聖域も。
臨む者全てを迷わせる迷宮も。
そして、悪意を探知して知らせる結界すらも──
霧が遺した虹だけが、今あった事を曖昧に物語るかのように、
全てが夢の跡のように消え去り。
(ドオオオオオオオン!!!)
「がっ!?!」
悪夢の様な轟音が、キリルの心を現実に呼び戻した。
上空から放たれた無数の落雷が、凄まじい光と衝撃とともに近くを薙ぎ払い、キリルは吹き飛ばされ。
地べたに転がり這い蹲るも、激痛を堪えて起き上がる。
...この稲妻に覚えがあった。
《久しいですね、超越者》
自身の手駒を全て消し炭に変える落雷が、今もまた消し炭に変えた。
巨兵だけが、原型を留めてぎこちなく動きだし...主の前で立ち止まる。
吹き荒ぶ風、荒れ狂う空。
「きさまはっっっ!!!?」
その姿をキリルは忘れる事は無かった。
死の間際に正気に戻り、己を結界に閉じ込めた諸悪の根源。
この世界で最も自分を知り、追い詰めた抑止力。
「エアアァァアッ!!おまえが!おまえッの!!しわざかああああああ!!!!?!」
最初からおかしかったのだ。
あのタイミングで新たな超越者がやって来るその意味を考えるべき事だったのだ。
キリルは此処でようやく自分の窮地にこの抑止力が一役かっている事に気付く。
エアが宝石を思わせる瞳を悪逆の超越者に向けた。
《...お別れです》
まるで、路傍の石を見るかのように、
その言葉に慈悲も躊躇いのかけらも何も無かった。
少年はキリルを相手に最後まで姿を見せる事なく。
鞘から抜き放った山刀を手に、新たな権能記述を現した。
「{【兵法】}──」
そしてその記述は一度発してしまえば、
発動する前に全ての結果を現すだろう。
キリルは夢を見るかのように、上を向いたまま...
虚ろな瞳に空に浮かぶ雲を写していた。
既に、彼と共に最後まで在ったゴーレムは消え去り──
──彼はバラバラになって、草むらに転がっていた。
「──【詭道】」
少年は表情を変える事なく山刀を仕舞うと、そのまま仲間達の元へ歩き出した。
キリルは今際の際までも、最後の一手すら気付く事は無かった。
此処まで読んで頂きありがとうございナス!
四章終わりまであと少しお付き合い願います(_´ω`)_




