第31話 霧
夥しい水蒸気で発生した霧の中で、視界を奪われた手駒のおよそ三分の二が立ち止まる。
命令を遂行不能になった手駒が陥る状態だ。
三分の一の視界に頼らずとも耳で、あるいは発達した器官か別の手段で目標を正確に追いかけ蛇に向かう。
だが、その追っていた蛇がいつのまにか増えて二手に別れ──
三分の一のだった手駒が、さらに分断されていく。
まるで一つの雲が、風の流れによって千切れて別れ...細かくなっていくように。
──そして、消えていく。
霧の向こうへと消えていく。
一匹、また一匹。
まるで神隠しにあったように──
「ぅ...」
ルンナは座り込み、震えながらもラヴィネを胸に抱いてその様子を見ていた。
「きゅぅん...」
ラヴィネが腕の中から首を伸ばしてルンナの頰を優しく舐めだした。
タリオンの仲間である狼達が、ハイオークが次々と獲物を突き立て屠っていく。
足首に食らいつき、引きずり倒し複数で襲いかかって確実に仕留めていく。
超高圧で撃ち出された水弾がキリルの手駒に穴を穿ち。
ワンダがその驚異的な野生と卓越した剣術で、仲間達では処理しきれない難敵を屠った。
霧の中での一方的な殺戮は、統合されたとはいえルンナの心に衝撃を与える。
それもそのはずで、彼女はまだ一度もこの様な殺し合いを経験した事がない。
それは瑪瑙のペンダントを咥えたステラを肩に乗せ。ルンナの直ぐ隣で、震えながら歯を打ち鳴らすココも同じ事だった。
犯罪者と戦う事はあっても、その大半は捕らえる事が目的であって殺しが目的ではない。
余りにも血生臭く、そして容赦がなかった。
「見なくても良いんじゃよ...」
そんな彼女達の肩を優しく叩く者が居た。
「無理をするな...見たくなければ、耳を塞げば良い」
「イルダナフさま...」「...おじいちゃん」
黒くて小さな幻獣の聴覚が、触覚が、そして人にない生物としての頂点が持ち得る感覚と力が見せる世界。
それはステラの感覚を瑪瑙のペンダントを通して集団で共有しているからこそ、出来る事であった。
彼女達は一瞬の思考の後、揃って首を振った。
「...いいんです」「見届けなければ、ならないんです」
ココは最前線で大曲刀を振るう父親の姿を見据えて。
「わたしが、お父ちゃんの戦いを見届けるんです」
そして、ルンナは霧の中で佇む少年の姿を見据えて。
「私が──」
白く濁った様な霧の中...聞こえるのは獣の唸り声と肉を貫き、穿ち、断ち割り、打ち据える音。
血の匂いと骨を噛み砕く音に釣られて、集団からまた一匹と離れる手駒。
キリルの手駒が次々に消えていく。
己が呼び出した手駒の維持に、供給される筈のマナが戻ってくる。
「ば、馬鹿...もどれっ、もどれ!もどれもどれ今すぐもどれえええええええええええ!!!!!」
キリルは手駒とのマナの繋がりが一方的に断たれていく感覚に怖れ慄いた。
維持に必要なマナは少なく。
だが百近くもの手駒の維持に使われるマナの大半が戻り、此処で漸く...自分が釣られて己が身を守る手駒と分断された事に気付いた。
そして...
{【暗黒譚】}──
{【福音】}──
{【墓荒らし】}──
{【錬金】}──
{【氷河期】}──
使っていく。
──【身代わり】
──【聖堂】
命綱であるマナを用いて世界を変革させ、防御に使う。
──【迷宮】
自分の命を守るそれは至極当然な行為。
記述によって築かれた難攻不落の砦を思わせる防御で身を固める。
哀れながらその努力を嘲笑うかの如く。
残り少ないマナがこれ以上回復する事なく枯渇する、その瞬間をずっと安全圏から少年は待ち続けていた。
キリルが築き上げた全てを握り潰す為に──
「──【防犯】...うっ!?」
すなわち、すべてマナが枯渇するその瞬間が。
「も、もう...マナが...!?」
悪逆の屍人使いキリルが敗北する時であった。
此処まで読んで頂きありがとうございナス!
ブックマーク評価レビュー感想滅茶苦茶お待ちしてます!(;_´ω`)_




