第14話 箱の中身
誰も開ける事の出来ない二つの箱は記述によっていとも簡単に開いた。
この記述はただ開かない鍵を解錠するだけではない。
一度定められた電子制御的なロックから、呪術的な誓約まで打ち消す事が出来る。
決まり事や結びつき、束縛された原因となるものを取り上げる──あるいは其処から対象を取り上げて解放するのだ。
これであの奴隷の首輪もばっちりである。
例え首輪を外す事で首輪をした者あるいは解除者が死ぬみたいな罠が仕掛けられていても無事に済ませてしまうほどこの記述は優れている。
...だが必要な時にこの力を思い出せて無かった俺のぽんこつ加減よ。
その結果が...
ルンナさんと出会って熊から助けて、ココとアインさんと知り合い。
アルナさんとこに厄介になる事が決まって、イルダナフさんに助けを請われ──
そして、顔も知らない別の超越者と戦う事になった。
だが自分の中にある力を自覚した現在。
記憶が、心が、感情とともに戦う意味を...その先にある結果を理解している。
──ソイツは倒さねばならないと。
油の切れた機械のようにゆっくりとぎこちなく。
ギシギシと軋むような音をたてて、今もなお蓋は動いている。
さて、と...中身は何かな...?
「おい、今何かせんかったか?...む」
「あ」
問題の箱はゆっくり開いていく。その場面にこの店と倉庫の持ち主が大きな玄翁を片手にやって来た。
壁にもたれて座り、箱を開く場面を見られてしまった。
「その箱は...あいつのとこの箱か」
「知ってるんですか?」
これは意外だ。
警備隊に突き出して終わりかと思ってたが、この人とも面識があるのか。
「そいつの持ち物でおかしな気配がする代物はその箱だけでな。...二つとも買ったのか?」
「ええまあ...銀貨一枚に大銅貨一枚使いましたが」
「はっ。黄貨二枚で充分な代物に随分と使ったもんだ」
やっぱり?
これで結果が外れだったら相当くるものがあるな。
「そう言いながら、中身が気になってるじゃないんですか?」
「ま、まあな...うぉっほん!」
咳き込みながらも視線は箱から外さない。
「しかし腕っ節自慢の男から探求者に魔法使いまでその箱を買って...最後には決まってあの男の手元に戻っていったんだがな」
店主はゆっくり開く箱の中身が気になって仕方がないようだ。
もしかしたらこの人も買ったのかもしれない。
...そして、その箱が開き切った時。
「む...空か」「あれ?」
「わふっ」「ぴゃぁ」
一つは空で。
もう一つの箱からは少し風変わりな銀色の指輪が一つ。真珠と瑪瑙のような石で出来たネックレスがある。
鎖の材質はアルナさんに掛けられたネックレスと同じ素材だろうか?
数個の宝石のようなものと一緒に、やや変色した布の台座の上におさまっていた。
...少し気になって台座を持ち上げると、その下から変色した十数枚程度の貨幣のようなものと布に包まれた棒状な何か。
そして一枚の羊皮紙があった。
貨幣はデザインは今のものと違うが、比べ物にならぬ程精巧に作られていて材質も違う。
銅や銀はおろか金や白金とも違うようだ。
金や白金が材質の物も混じっているが、純度が違うのか色が微妙に異なっている。
銅と銀が主体のものはかなり変色が進んでいるが腐蝕する程ではなかった。
布に包まれていたモノはなんなのか?
一本のペンのようなものか?用途がよく解らない。羊皮紙は当然字も読めない。
最近よく見るような文字とは明らかに書体も種類も違っている。
「これは...古代文明の魔導具に通貨か?すまんが移すぞ」
店主が片眉を釣り上げ、近くにあった作業台に箱を移して中身をじっくり吟味する。
「魔道具は矢鱈に触らん方がいいだろう。宝石共々図書機関の連中か錬金協会に見せろ...通貨の方は競売に出せば好事家に高く売れるだろうな」
此処で天の助けか、追加資金...と言いたいが、競売か。
どんなやり方か知らないが今からではとてもじゃないが間に合わないだろう。
...この材質不明な凄く価値が高そうな古代貨幣と、この店で一番強くて馬鹿でかい大剣を交換してくれないだろうか?
「わしは遠慮しておく。箱の持ち主はお前さんだ。ついでに店のものと交換も勘弁してくれ。モノの出処が出処だけに、後で価値が分かったとかでトラブルは御免だ」
俺の視線と思惑に気付いたのか、先手をうたれるように断られた。
ぐぬ...無理か。
いつでもニコニコ現金払いの文化はこの世界でも強く根付いているようだ。
カードとかないだろうし、ツケ払いとか絶対無理そうだよなあ。
少しがっかりしながら、ペンとのようなものと貨幣を元の位置へ仕舞う。
恐らくこれからの戦いに必要になるものは、台座の中央に収まった銀色の指輪と瑪瑙のようなネックレスだ。
店主は作業台に置かれた箱の中身に夢中で、空の箱には気づいていない。
「...」「ぴゃ...」
ラヴィネとステラは気付いている。
先程から店主と作業台に目もくれず、床に置かれた空箱に身構えている。
思えば最初に宝箱と勘違いしたのもこの箱だった。
だが中身は空っぽで、最初の箱と違って二重の底があるようには見えない。
だが、何かがある。
昨日までの自分では分からなかった事。
...現状を打破し、足りない戦力を埋める何かがこれにある。
俺は箱を手に取ろうとした次の瞬間。
箱の中の『力』が、何かに惹かれるように飛び出し。手を伝わって俺の中に入り込んだ。
「ん?どうした?」
「......いえ」
体内の奥底で脈動し、記憶に浸透するように己が内に根付く。
──記述の力。
何故この世界の遺跡から発掘された箱の中に在るのか。
そう遠くない未来に全ての箱の行方を追いかけ、調べにいく必要がある。
...そして、この記述は──
「すみません。お店で白金貨一枚で売られてた大剣をお願いします」
「む、あれか」
店主は箱から手を離して俺をつま先からてっぺんまでじっと見る。
「...おそらく容易に使いこなすだろうが。おぬしが振る訳ではあるまい?」
「ええ。でも必要なんです」
きっと元の大剣では首領が数度振っただけであっさり壊れるだろう。
常に最前線で働いてもらう為にも、酷使に耐えられるモノが必要になる。
鉄よりも更に頑丈なものがどうしても必要だ。
「あとこれはお願いなんですが」
店で見た訳あり品よりも酷い状態で隅っこに高々と積み重なってる。武器や防具だったものや、木材と皮と布の切れ端みたいなもの。
さらには金属の破片や削りカスが、数個の樽や箱に山盛りで収まっていたりする場所を指差して金貨五枚を取り出した。
「お店の訳あり品と隅っこの『あれ』...全部くれませんか?」
_(´ω`_||)毎日は無理でも週に二、三は絶対にあげますん...
此処まで読んで頂きありがとうございます!