第12話 小さな箱
錬金協会で受け取った品を全て鞄の中に放り込む。
...放り込むと見せかけて、鞄の中は別の空間へと繋がっている。
超越者だけが使う事の出来る自分だけの空間だ。
自分のこれまでの常識が根底から覆されながらも、新たな常識がまるで古くから根付いているようだ。
まるで呼吸をするように使う事が出来る。
これは記述を使う必要がなく、モノを自在に出し入れ出来る大変便利な代物である。
実態のない謎空間に、自分という存在から僅かに離れた場所を起点に座標を打ち込み使う。
理論上は際限なく物を出し入れする事が出来るが、生物の類は微生物他植物以外に入れることはできない。
だがこれから先も大いに役立ってくれるだろう。
あっけにとられている男性職員にお辞儀をして背を向け、錬金協会を出る。
手早く済んで良かった。
次は万屋だ。
狩りや冒険、探索に使う品が揃い。矢の補充や罠...それに使う毒薬までもが売られているという。
だが、俺はこの地域に詳しい訳ではない。
罠を仕掛ける時間はないだろうな。
ならば矢を大量に買い込んで使うがいいだろう。
毒を塗って相手の超越者に直接撃ち込んでも良い。
ともかく相手にどの様な手でも対応させて、手札を晒して貰う。
あとは鍛冶屋で、ブロードソードから使い慣れた山刀に買い換えるか首領のボロい大剣をちゃんとした大剣に買い換えるかだ。
俺は広場にある露天の通りを抜けてギルドに向かい。
...足を止めた。
並んでる品はどれも胡散臭く、店の主人も輪を掛けて胡散臭い。
だけど...どうしても気になるものがあった。
それは一つの小さな宝箱だった。
ただ金属の留め金はぼろぼろで、木材にもヒビが生えている。
宝石で飾られているような宝石箱じゃない、ごく一般的な小物入れ。
それどころかカビみたいなものもあちこちに付いてて、触るのも躊躇われた。
だけど俺は何故これを宝箱と見間違えたのだろうか?よく見ると影にもう一箱ある。
「おやいらっしゃい!お客さん若いねぇ?今なら安くて効き目抜群な惚れ薬がありますよ!今ならなんと銀貨さんまい!!たった三枚で気になるあの娘のハートを鷲掴みでさぁ──」
惚れ薬はほんのちょっときになるけどこれ前世でいうところの透けるカメラとかAVのモザイク消しみたいなやつじゃないかな?
おっさんの息もつかせぬセールストークに、ラヴィネが微妙に鼻にしわを寄せて身構えた。
いつもと違う調子でゆっくり尻尾を振り出す。
ステラも微妙に俺の首に巻いた尻尾を締め付けて身体を強張らせている。
...なるほどこのおっさん、見た目通りの人間か。
「ああ、いいよ...そんな事よりこいつは幾らで?」
ふっかけられないようにさり気なく聞いたつもりだ。
自信はない。
この店に並ぶ商品には値札のようなものは付いておらず...多分おっさんの気分次第で値段が変わるのだろう。
「あ?...んだよ、それかぁ......お客さんそんなガラクタが気になるのかい?」
店主の目の奥で何かが変わったような気がする。カモと思われてるのかね?
「この店で一番安そうなものがこれとこれだっただけで...何処で見つけたのコレ」
「いやあなんでも隣の国の遺跡で見つけたシロモノらしくて。見つけた当人どころかどいつにも開けられなくってねえ?こうして巡り巡ってウチに回って来たガラクタでさ」
...遺跡か。
古代文明がどのようなものかは知らないけど、気になるな。
「へー...でもこんなボロっちいんなら壊せば開けれそうなもんだけど」
「そう考えてんのはお客さん以外にも居てさ...でも結局のところ誰も開けれてないのさ」
おっさんは髭をつまみながら肩を竦めて戯けて見せた。
胡散臭さが三割増しだ。
「店主さんは試したのかい?」
「あー無理無理!開けれませんでした!ってなわけで今なら惚れ薬に付けて、銀貨五枚でどうだい!?」
「ええ...こんなボロいのに銀貨二枚もすんの?」
銅貨二枚の間違いじゃね?
「おっちゃんも生きて飯食わなきゃいけないのよ。助けると思って!な?!なんならこのマンドラゴラの干物と一緒で銀貨四枚でいいぜ?」
なんか人参のようなものに目と口を書き足したような代物を取り出したが、はっきり言って詐欺以外の何物でも無いと思う。
ココも俺じゃなくてコイツを捕まえろよな。
「干物もマンドラゴラも要らないから箱だけくれよ。銀貨一枚で」
「おっちゃんに首吊れってかい?!銀一枚に銅八つ」
「吊る気もないのに言うもんじゃないよ銀一枚と銅三枚」
「...しゃあないねえ。銀一枚に大銅一枚」
ここいらにするか。
「じゃあそれで」
「毎度!」
錬金協会で釣りが出ていたので、銀貨二枚渡して大銅貨一枚と箱を二つ受け取った。
「またのお越しを!!」
...近くで見ればますますばっちい。
ステラが鼻をひくひく動かして、そっぽを向いた。
ごめん。
鞄を通して支配した空間に小さな箱を収納する。
...ある記述を使えば、簡単に開ける事が出来るだろう。
俺はそのあとギルドで大量の矢と投擲に使うナイフやトマホークを、革で出来たナイフベルトにウェストポーチと共に買い込んだ。
閃光玉も十個程買う。
そういや昔やった狩猟ゲーで猛威を振るったなあ。またやりたい。
飛び道具を今居る散兵全員に行き渡るように買ったので白金貨一枚分にもなった。
おまけで使う麻痺毒を一緒に付けて貰い、さらに向かった鍛冶屋兼武具屋で一番立派な大剣の値段を見て度肝を抜かれた。
首領が振るえば強いだろうがコイツは無理だ。
なんだよ白金貨八枚て。
...いかん金銭感覚が麻痺しとる。
今ある手持ちは...
蛇の皮と魔石の代金としてアルナさんから受け取った白金貨一枚すなわち金貨百枚分に、俺の持ってる金貨五枚と銀貨四枚に大銅貨一枚。
槍兵全員の槍と盾か。
全員分の盾と槍兵の槍か。
首領にワングレード落とした大剣か。
店にあるのは
鋼鉄で全面を造り上げがっちりとしたタワーシールド。金貨三枚。
木と革で出来たものに表面を鉄で申し訳程度に覆った大きめのラウンドシールド。金貨一枚。
ほぼ鉄製のカイトシールド。金貨二枚。
持ち手は木製だが鉄芯を通して出来た長さ数メートルの鉄槍。金貨一枚。
斧やメイスと言ったハイオークが振るうに適した頑丈な重量武器。これまた金貨一枚。
一番良い大剣とは違う金属で出来た大剣。どうやら鉄とも微妙に違うようだ。...白金貨一枚。
他にも大剣の類はあったがこれがどうしても気になった。
他には訳ありの品か中古品か、乱雑に積み重ねて置かれてる盾やら武器やらが銀貨一、二枚。
ただ訳あり品の質は今ハイオーク達が持ってる武器に毛が生えた程度の質しかないだろう。
...手にとって見ればあちこちにガタがある。
これはダメだ。
ハイオークは本当にデカくて腹も樽のようで全員に合う鎧を探したら間に合わない。
首領オークはさらに一回り大きく、何故か腹は引っ込み超筋肉体型なのだが謎い。
将軍と名が付くオークだからか?
首領が武具は必要ないとは言ってたが物には限度はある。
できれば良いものを揃えたいが...良く考えれば店にも在庫が無ければそれ以上買う事が出来ない。
今見てる分しか無いのであれば、それでなんとかいくしかない。
俺は店の奥で槌を振るっている、真っ白な髭をしたやたら筋肉質なお爺さんに声を掛けた。
(´ω`)此処まで読んで頂きありがとうございます!