11-06 戦闘3
祐介の戦法は徹底して一撃離脱だ。相手の出足をとめて時間を稼げばいい。格闘戦にまきこまれたら、たちまち敵兵の波に呑みこまれてしまう。
モールベンたちもついてくる。が、祐介たちとは一線を画するつもりか、常に距離をとっている。
三回、追ってくる敵の先頭を叩き、そろそろ筏の後を追おうと考えたときだ。祐介は西に敵の小集団が布陣しているのを見た。
動力筏に箱型筏が一台しかつながっていない。そばに人影がかたまっていて動こうとしない。歩兵が周囲をかためている。どれも一つ一つは取り立ててどうということはないが――。
頭の中に閃いた。あれは敵の本営ではないか。しかも今おれたちとの間には歩兵の小部隊がいるだけだ。
祐介の頭は高速で回転した。
本営ならクルネール、いや木原がいる。こんな機会は二度とない。やつの野望を砕き、両親と村の人たちの仇を討てという天啓にちがいない。が、もし間違っていたら――斬りこんだおれも部下も、食虫植物に捕えられた虫のように消化されてしまう。
かつての剣術師範の声がした。
――迷ったら原点に立ち帰れ。人間の原点は一匹の獣だ。
そうだ、理屈ではない。自分の直感を信じるのだ。
「モールベンどの、敵中を突破します。ついてきてください」
だが近衛の貴公子は、年下の元庭掃きに従うのをためらった。
祐介はそれ以上勧めなかった。戦機は瞬刻にして去る。問答している時間などない。ただちに斬込隊を集め、刀で示した。
「あれは敵の本営だ。まっすぐあれを衝く」
おお、と男たちが刀と小銃を振りかざした。斬込隊はもう一年以上、祐介の指揮で勝利を重ねており、
――社長についていけば間違いはない。
と信じている。
「突撃、わたしにつづけ!」
斬込隊は一団となって突進した。
それを見てモールベンは迷い、部下と相談し、結局祐介を追って走りだした。この遅れが二つの騎馬隊の明暗を大きく分けることになった。
祐介らは歩兵の小部隊を蹴散らし、一気に本営に突入した。それぞれ最初に眼をつけた敵に斬りつけるか銃弾を浴びせるかして、そのまま駆けぬける。とっさのことに、敵は撃ち返すこともできなかった。
大きく左に転回した祐介は、今突破した本営が大騒ぎになっているのを見た。混乱が周囲に広がっていく。
「見ろっ、大当りだぞ」
男たちは歓声をあげた。こちらは一人が刀で軽傷を負っただけだ。
いつの間にか空には星が消えている。
「今のうちに渡河地点まで走るぞ」
祐介は本営を西に迂回し、右手にルエルグ河の岸を見ながら敵影の間を縫うようにして南をめざした。
気づくと五十騎ほどの騎馬隊が追跡してくる。夜目にも隊列が整然として、容易ならぬ相手とわかる。
ついに関所の崩れた壁跡を見た。同時に敵騎兵が速度をあげた。
「つっ走れ。相手になるな」
祐介は叫び、刀を抜いて肩にかついだ。
「社長、何をするおつもりですか」ひとりが驚いて叫んだ。
「おまえたちの馬は体力が尽きている。先に行け」
「社長をおいていけるわけないです」
「カイザンにはまだ余力がある。わたし独りのほうが逃げやすい。急げっ」
みんなが駆け去ると、祐介は敵騎兵と部下たちの間をさえぎるようにカイザンを走らせた。
敵が近づいた。祐介はカイザンをとめ、相手に正対した。と、いきなり鳩尾のあたりに太い棍棒で殴られたような衝撃。のけぞった祐介がかろうじて鞍の上にとどまると、面頬をつけた敵の指揮官が怒鳴った。
「やめんかっ。わが身を盾にして味方を逃そうという武士を銃で撃つとは、恥を知れ!」
さいわい弾は活性化されてなかった。防弾外套の下に陶製甲冑をつけているので、活性化されていたとしても骨折さえしなかっただろうが、衝撃で落馬した可能性は大きい。カイザンも怪我をしたかもしれない。射手はあるいはそれを恐れたのだろうか。
「銃で撃つのも五十騎でかかるのも、わたしにとっては同じだ。遠慮することはない」と祐介は叫んだ。
「もっともだ」指揮官はうなずいた。「わたしが相手をしよう。貴公が勝てばこのまま立ち去るがいい。いいか、おまえらは手出しをするな」
「承知しました」
配下の騎士たちは声をそろえ、後退しながら、まるで試合場をつくるように半円形に並んだ。
なんだこいつら、と祐介は思った。芝居か冗談か。いずれにせよアールドベン、いやモールベンの倅などよりはるかに〝貴族〟というものを感じさせるのがおかしい。だがこの声、面頬でくぐもっているが、どこかで……。
「いくぞっ」
指揮官は白く輝く鋼の騎兵刀を抜き、いきなり馬ごと斬りかかってきた。祐介は鎬で受け流す余裕もなく、まともに受けて、ただでさえ鋸のようになっている陶刀の刃を大きく欠いてしまった。さすがは鋼の刀だ。
ふたりは互いに有利な位置を占めるべく馬を操りながら、激しく斬りむすんだ。
強い! 祐介は内心舌をまいた。おれなんかとはまるで格が違う。なんとか殺されずにすんでいるのはカイザンのおかげだ。まるで敵の手を読み、相手の馬を翻弄するかのように脚を運んでいる。
突然、相手が離れ、刀をひいた。
「すばらしい馬だ。いや、天馬というべきか。その馬の名を教えてもらおう」
「きいて、どうする」
祐介は息を切らしながらいった。防弾外套は短冊のように切り裂かれ、甲冑外れの腕も脚も血まみれだ。刀を持つ腕は重く、相手の刃をかわすたびに鞍から落ちぬようにするのがやっとだ。
「わたしの愛馬とし、その名で呼ぶ。貴公へのせめてもの手向けだ」
「あいにくだな。こいつは誰にも、渡さん」
「よくいった。さすがはイワマ交易のアキツだ」
相手は満足げにうなずき、面頬をさげて顔をみせた。祐介の全身を灼けるような衝撃が貫いた。
「おまえは――白瀬!」
〈回廊語〉で叫んだ。まちがいない。以前会ったときより若く感じるが、ベセスタ城外の茶亭で縦貫道の共同開発をもちかけてきた白瀬だ。
「白瀬は仮の名だ。まさか敵国に本名では乗り込めんからな。わたしはアルブダール北方遠征軍総監クルネールだ。いや、君には木原と名乗るべきか」とこちらも〈回廊語〉でいった。
激しい怒りが燃え上がった。白瀬と会ったときから、あるいはこいつが……という思いが引っかかっていただけに、驚きはあまりない。齢が合わぬのも、変装していたのなら納得がいく。
「木原っ。岩間村の仇、秋津の息子が、とらせてもらうぞ!」
切れぎれに叫んで最後の気力をしぼって斬りつけた刀を、木原は苦もなくいなし、
「君が補給作戦を指揮するという情報は入っていたが、まさか成功させるとは正直思っていなかった。同郷の者としてわたしも鼻が高い」
「おのれ、どの口で」
眼にはもはや木原が影としか映っていない。今や怒りの炎だけが、鞍の上の祐介をささえている。こいつを斃すまでくたばってたまるか――と声にならぬ声で自分に怒鳴った。父さんや母さん、姉さんがこいつにされたことを思い出せ。
木原はかまわずつづけた。
「できれば同じ道を共に歩きたかったが、それがかなわぬとあれば、君はあまりに危険すぎる。わたしの手で始末をつけようと追ってきたのだが、刀術はまだまだだな。もっと楽しませてくれると期待したのに」
「ほざけっ。勝負は、まだこれからだ」
「ならば、けりをつけてやろう」木原は一転、冷ややかな声でいった。「惜しい若者だが、これで終わりだ」
刀を振り上げた瞬間、カイザンが激しく木原の馬に体をぶつけ、その頸に噛みついた。驚いた馬が棒立ちになる。とっさに鞍の上で体勢を取り直そうとした木原の右脇が一瞬がらあきになる。そこに祐介は夢中で刀を突き入れた。
はじけるようにふたりの馬が離れる。祐介は手綱を握った左手で鞍をつかみ、やっと体をささえた。手にした騎兵刀は、先ほどの打込みを受けたところで半分に折れている。
木原は刀を振りかぶったまま祐介を睨んだ。その脇の下から折れた刀身が突き出ている。一瞬、なにかを告げるかのように口を開いた。が、その喉が声を発するより早く最期の痙攣が襲い、天を仰ぐように激しくのけぞって鞍から落ちた。
「よくも将軍を!」
騎兵たちが一斉に駆け寄る。
「やめろっ。閣下に恥をかかせる気か」
副将らしき男が叱咤した。急に止められた馬たちが激しく蹄で地を掻く。こちらも憶えのある声だ。そうだ、白瀬――いや木原の護衛たちの指揮をとっていた男だ。やはり面頬で顔を覆っているのでわからなかった。
副将は南を指さした。「見ろ、あれを」
祐介も顔を向けた。そして見た。トゥムルがガルダン騎兵を率いて駆けつけてくる。その後ろに、白んだ空に〝紅地に銀の二本百合〟旗をかかげた騎兵の一団がつづく。ベセスタ離宮にとどまっていたはずのベールヘーナ公女直属の警護隊だ。救出を支援するために公女が切札を投入したのだ。
「秋津、君の勝ちだ。閣下の言葉に従い、我々は手を引こう。だが君とは後日、また戦場で会いたいものだな」
副将の言葉をあとに、騎馬隊は馬に乗せた木原の遺体を守りつつ、整然と隊形を組んで去っていった。
「ユースケ、しっかりしろ」
トゥムルはツァヒルを寄せ、まだ折れた刀を握ってカイザンの鞍にしがみついている祐介を抱えた。
「トゥムル……」祐介は薄れゆく意識の中でつぶやいた。「来て……くれると、思った」
トゥムルの手に、じわりと濡れた感触。防弾外套の内側から染みだした血だ。すばやく眼を走らせる。腕といい脚といい、甲冑で保護されていないところはずたずたに斬り裂かれている。
「安心するのはまだ早いぞ。もうひと勝負できるか」
声をはげまして呼びかけた。今のこいつの命をささえているのは、戦う気力だけだ。
祐介はわずかに頷いた。
「だいじょうぶ。みんな、かすり傷だ」




