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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十一章  スカーイッヒ城(ドウン)の戦い
52/55

11-05 戦闘2

「もう長くは支えられないぞ」

 ジャラクが、部下たちに聞こえぬよう祐介の横に来ていった。

 アルブダール軍の数が増えただけ銃撃も激しくなっている。横なぐりの雨のような銃弾はほとんど装甲筏に遮られているが、所詮(しょせん)は間に合わせの防壁。装甲板には穴があき、防弾幕は劣化してぼろぼろだ。筏の壁が破れるまで分より秒の問題だろう。もし敵が損害を恐れず一気に突入してきたら、この人数ではまず持ちこたえられない。

 さいわい前面の敵にはそれができるだけの指揮官がいないようだ。しかしクルネールの腹心あたりがでてきたら……。

 祐介は兜の通信器に触れ、城内の堀田を呼び出した。

「まだ終わらないのか」

「あとすこしです」

「二分以内に脱出しろ。間に合わない小隊は城内に残せ。後で救出する」

「了解」

「二分ももたないかもしれないぞ」

 横で聞いていたジャラクがいった。この程度の〈回廊語〉はわかるのだ。

「どの筏も外側の装甲板は、もう使い物にならない。内側の板をあげて防いでいるが、こいつもかなり危なくなっている」

 装甲板が両側とも破壊されれば円陣に穴があき、中に閉じこめられた騎兵は逃げ場もなく射的の的にされる。斬込隊員たちの不安げな視線を感じながら祐介はうなずいた。

「わかっている。無理はしないさ」

 言ったとたん、大太鼓を打つような音とともに一台の装甲筏から火があがった。炸裂弾の連打に、さしも頑丈な燃料槽が割れ、水素吸蔵材から漏れる気体に引火したのだ。白い炎が半円陣の内と外を照らす。敵兵の歓声があがり、炎上する装甲筏に炸裂弾が集中する。

 ここまでだ。祐介は唇を噛んだ。筏の火が消えると同時に敵の総攻撃がくる。

「隊長、撤退しよう」

 ジャラクがうなずく。

 祐介は信号銃の弾丸を確認し、銃口を天に向けた。トゥムルに撤退を伝える強烈な青い輝きが、尾を曳いて夜空を駆け昇る。

「騎乗ーッ」

 祐介の命令に、小銃で応戦していた部下たちが一斉に馬に乗る。祐介もカイザンの鞍にまたがった。くそ! 社員と筏を置き去りにして逃げるなんて。

 いや、今は撤退を成功させることだけを考えるんだ。それに社員たちが見ている。ここは嘘でもいつも通りの顔でいなくては。

 祐介は脱出路を求めて敵陣に視線を走らせた。敵の数が多すぎる。それに土嚢の弾よけが邪魔だ。もっと早く撤退すべきだったか。いや、それでも突破できる隙がどこかにあるはずだ。どこかに……。

 はっと視線が止まった。敵の背後の一角が揺れている。あれは――まちがいない。

「見ろ! トゥムルが来たぞ」

 みんな祐介の指さす先を見た。だがその顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。

「後ろだ、よく見ろ」

 その言葉に呼応するように、敵陣の後ろがどっと崩れた。騎兵の小さな群れが小銃を撃ちながら敵兵を後方から駆りたてている。

「部長たちだ!」

 斬込隊員たちが歓声をあげた。

 背後から不意を衝いたとはいえ、わずか十三騎で千をこえる敵兵を分断し、羊の群れのように追いたてている。踏みとどまって反撃しようにも、正確な騎射がその余裕をあたえない。味方ながらガルダン族の恐るべき戦技を初めて目の当たりにしたベール私兵たちは声もでない。

 今だ、と祐介は思った。

「みんな、ぶちかますぞ!」

 おおっ、と斬込隊が小銃をかかげて応じる。彼らの顔は、どれも一瞬前までとは別人のように精悍な気迫を放っている。ベール私兵らの追いつめられた表情にも生気が戻っている。

「待てっ、上だ」ジャラクが叫んだ。

 星を隠して筏が次々とおりてくる。

「なんで今ごろ」

 祐介はほっとすると同時に腹が立った。すでに装甲筏は浮上して向きを反転し、破られていない装甲板を外側にしてベール私兵を収容している。斬込隊も祐介のまわりに集まっている。よりによって防備のもっとも弱くなった瞬間におりてくるとは。

 祐介の兜の中で堀田の声がいった。

「遅れてすみません。全員、お姫さまも無事です」

 祐介は怒りの言葉を呑みこみ、

「了解。このまま敵陣を突っ切る。ジャラク隊長、おりてきた筏を頼むぞ」

「まかせろ」

「斬込隊、突撃ーッ」

 祐介はカイザンを駆って、腰の浮いた正面の敵兵のあいだに斬り入った。二十八騎の猛者が遅れじとつづく。アルブダール歩兵は、楔を打ちこまれたように左右に道をあけた。そこに両側を装甲筏に守られて補給部隊の筏の群れが進入する。

 腹背からの攻撃に敵兵はついに崩れ立った。トゥムルが外側から崩し、祐介が内側から突き破る。クルガン領の夜戦以来、ふたりで練り上げてきた必勝の戦法である。

「いいぞ、一気に蹴散らせ!」

 斬込隊は喚声でこたえ、潰走する敵兵を掃き立てるように追い払う。

 やった、と祐介は胸の中でうなずいた。多少は遅れたが、まずは計画通りだ。

 甘かった。

 さかんに聞こえていた銃声と炸裂音が急に小止みになった時、部隊は包囲陣を突破してまだいくらも進んでいなかった。

「どうした、ユースケ」合流したトゥムルがツァヒルを寄せてきた。

「動力筏が三台、被弾して出力が落ちている」

 トゥムルは不敵な笑みを浮かべた。「そういうことなら、おれが後ろにつこう。おまえは先に行け」

 祐介は背中にどんと力を押しこまれた気がした。だが身軽さが武器のガルダン騎兵に防衛戦をさせるわけにはいかない。

「いや、後衛はおれがする。おまえは前の敵を追い払ってくれ」

 祐介は言って、通信器で補給部隊に指示した。

「被弾した三小隊は後からわたしたちが護衛していく。堀田は残りを率いて全速で渡河地点に急行しろ」

 計画では、ここから橋方向とは反対の南に向かい、関所の近くで河を渡ることになっている。向こう岸には国軍が待機していて、祐介たちが到着すると同時に浮き橋を架けて騎馬隊を渡す手筈になっている。

「それより、損傷した動力筏を無事な小隊の尻に連結しましょう」と第一輸送部長は提案した。「目一杯まで出力をあげれば、河を渡るまでもちます」

「時間があるかな。銃声が下火になったのはハンメルダール軍が崩れたからだ。すぐにアルブダール軍が戻ってくるぞ」

「三分間ください」

「わかった。堀田の判断で連結作業を始めてくれ。作業中に敵が来たら、かまわず中断して出発するんだ」

「了解」

 やがて部隊は戦前まで煉瓦と天幕の仮倉庫が並んでいた跡地でとまった。トゥムルたちは前方に展開して退却路を確保している。

「なにか手伝えるか」

 ジャラクが筏から降りて来ていった。すでに事情は知っている。

「念のため、負傷者を前方の筏に移したい」

「わかった」

 ジャラクは配下に命令した。

 そこに祐介の部下が駆けて来て報告した。

「敵の騎兵が三十ほど近づいています」

「どこだ」

 祐介は崩れた倉庫跡に案内させ、暗視鏡でたしかめた。

「敵じゃない。ハンメルダールの近衛騎兵だ」

 祐介はカイザンを騎兵の前に進めた。

「イワマ交易です。それ以上は近寄らないでください」

「秋津か。わたしだ、モールベンだ」

 隊長が〈回廊語〉でいった。警護官の制服でないのは、一般の近衛将校として部隊を率いているからだろう。

「マルヴィーナさまはご無事か」

「ご無事です。まだお会いしていませんが」ついて来たジャラクたちにもわかるよう〈草原語〉で答えた。

「どこだ。案内しろ」

 祐介は首をふった。「作業の邪魔になりますので」

「この無礼者が!」モールベンの部下が叫んだ。

「大声をだして、敵を呼び寄せるつもりですか。といっても、もう手遅れか」

 北から人と馬の足音が地を轟かせて迫ってくる。

「ジャラク隊長、皆を筏に乗せて出発してくれ」

「わかった。無理はするなよ」

 ジャラクが立ち去るのを見送り、祐介はモールベンに声をかけた。

「われわれが敵の追撃を食い止めます。その間にあなたたちも早く逃げてください」

「逃げたりはせん。わたしたちも戦う」

「お好きなように」

 でもわれわれの足は引っ張らないように、と胸の中でいった。そもそもモールベンたちがしっかり敵を牽制していれば、こんなきわどい退却はせずにすんだのだ。


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