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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十一章  スカーイッヒ城(ドウン)の戦い
51/55

11-04 戦闘

 スカーイッヒ(ドウン)はルエルグ(ルー)の急流と街道を見おろす東岸の高台にあり、背後を峻険な山地に守られている。

 祐介は山の中腹にある集落跡の崩れた石垣の裏で、暗視鏡を眼にあてた。流れる薄雲が下弦の月を隠している。

 暗視鏡を南に向け、城と麓の敵陣を視野にいれた。地図でわかっていたことだが、河は城のすぐそばだ。水を断たれた城兵たちには、渇いた喉を(あぶ)られる苦しみだろう。

 このあたりはもともと広い河原だったが、城を築く際に河の流れを西の山際に移し、東岸の山麓を削って城の前に大きな広場をつくった。軍の移動と集結を迅速にするためだ。その後、街道の交通量が増えるにつれて関所の渋滞が問題になり、そのたびに広場は拡張され、今では河沿いに帯のようにつづいている。

 夏以来、広場にはアルブダール軍の幕舎の列が城を遠巻きに囲んでいる。それぞれが三日月状に積み上げられた土嚢の掩体にまもられ、まるで風紋のようだ。今も十数基の探照灯が可動櫓(やぐら)の上から城を照らしだしている。

 ひと頃は一万二千もいた包囲軍は、今は六千足らずしかいない。兵站の負担を減らすため交替でアルブダール領内の基地に戻っているのだ。だが数は減っても勝利を目前にした兵士の士気は、ランヌが司令官であった時とはくらべものにならぬほど高い。

 祐介は暗視鏡の視野を、敵陣の上を舐めるように移動させた。軍管区本部の情報が正しければ、城を包囲しているのは敵軍の半ばにも満たず、大半は北の渡河地点でハンメルダール軍と対峙しているはずだ。

 渓谷の流れに沿ってつづく街道は、途中で何度かルエルグ河を渡る。問題の渡河地点にもこの戦争の前までは広い木の橋が架かっていた。

 このあたりでは木材は希少だ。橋を架けるなら、近くで石を切り出して積んだほうがはるかに安価でしかも頑丈なものができる。なのにわざわざ高価な木材を遠くから運んで来るのは、いざというとき、木の橋なら壊しやすいからだ。

 今回もそうだ。アルブダール軍に押された侯国軍は、西岸に撤退すると同時に橋を落とし、岸に沿って防衛陣地を築いた。今のところこの河の急流とスカーイッヒ城がなんとか伯国軍の進撃をくいとめている。

 祐介たちは暗くなるのを待ってハンメルダール軍の背後で河を渡り、国軍山岳部隊の兵士の先導で、敵の哨兵の眼をかすめて山間(やまあい)をぬけ、この山腹の集落に集結したのだ。

 こんな岩だけの山地でも井戸や泉の湧く場所はあり、人が集まって苔のような畑を耕して暮らしている。この村は城に近いことから、採れたての果実や野菜、それに麺類や雑炊といった料理を広場で城兵や隊商に売ってまずまずの暮しをたてていた。

 そこに今度の(いくさ)だ。とばっちりを食って家は一軒残らず焼き払われてしまった。むろん村人は一人も残っていない。双方の戦死者や、まきぞえをくった村人の遺体はとうに回収されるか埋葬されているが、大地に染みこんだ血と脂の臭気はまだあたりに漂っている。

 祐介の背後には斬込隊二十八騎がひかえている。イワマ交易の十二台の動力筏(タグ)、補給物資を満載した三十五台の貨物筏(トレーラー)、それにベール家の装甲筏(アーマード)十五組は、すでに浮揚球(うきだま)を起動させて闇の中に待機している。

 この装甲筏はかつて祐介たちがキタン遺跡で相手にした自走式の軍用筏とちがって、動力筏と貨物筏を陶製(セラミック)の防御板で囲い、接続部の隙間を防弾布でおおっただけの(まが)い物だ。それでも小銃の炸裂弾くらいは充分に防げる。貨物筏の中にはベール家の私兵三百が分乗し、ジャラクら十五人の指揮官は動力筏に乗っている。

 いつもは先鋒として祐介と斬込隊の突入路をひらく警備部のガルダン騎兵は、今回は別行動をとっている。今頃はトゥムルに率いられてひそかに敵陣に接近しているはずだ。

 芹沢が突入部隊に志願したのは祐介にも意外だった。彼は西岸に残ってハンメルダール軍との連絡役をつとめる予定だったのだ。

「人手は多いほうがいいだろう」

 さりげない言葉とは裏腹に、声がふるえている。

 正直なところ祐介は、芹沢に無理して危険をおかしてもらいたくない。イワマ交易には芹沢の腕っぷしより頭脳のほうが百倍も価値がある。皆からどんな眼で見られていたっていいじゃないか。それに芹沢の職級は突入部隊を率いる堀田より上位だ。ここで指揮系統を乱すわけにはいかない。

「今から編成は変更できないな。平隊員扱いになってしまうぞ」

「それでかまわない」芹沢は小刻みにうなずいた。

 祐介は気づいた。芹沢はわかっているのだ。安全な場所に隠れてばかりでは、結局、これより上には登れぬことを。祐介は自身の心をかえりみた。どんな危険な状況でもトゥムルはおれを見捨てたりはしないだろう。おれだってそうだ。しかし芹沢にはそうした期待はしていない。この信頼の差は絶対だ。それを芹沢も知っているのだ。命をかけなくては得られぬものもあるのだと。

 橋の方角で突然、激しい銃声と炸裂弾の破裂音があがった。暗視鏡を通して幕舎(ゲル)の群れが波立ち、兵士がぞろぞろと湧き出てくるのが見える。作戦が始まったのだ。

「準備しろ」

 祐介は(かぶと)の通話器をとおして命じた。傍受されぬよう送信出力は最小に抑えてある。

 小山のように荷を積んだ筏が、焼跡から静かに浮かびあがる。

 麓では、鍛えられた手早さで装備を身につけた兵士たちが、一隊また一隊と北へ駆け去っていく。包囲陣が融けるように薄くなっていく。

 祐介は待った。まだだ。まだ早い。

 そのとき、谷間に響いていた人馬の叫びと銃声が、沸き立つように大きくなった。暗視鏡を通じてもアルブダール軍のあいだを走る緊張が伝わってくる。

 よしっ。

 祐介は暗視鏡を外套の胸に留め、後ろでひかえていた部下からカイザンの手綱をうけとった。ストレイの騎馬部隊が別の道をたどって山中を迂回し、渡河地点に集まったアルブダール軍の背後を衝いたのだ。

「出発だ。並足」

 カイザンにまたがった祐介と斬込隊につづき、筏の群れが無灯火のままゆっくりと坂をくだる。

 隊商夫たちは皆、会社の扱っている陶製(セラミック)甲冑と防弾外套(シダル・パルト)を着こみ、馬にも頭から防弾衣をかぶせている。体が大きいだけに、戦闘では騎手より乗馬の死傷する割合は倍以上高いのだ。とくにカイザンとツァヒルには薄い陶板(タイル)を鱗状に重ねた特製の馬鎧(うまよろい)を着せている。

 麓に着いた。敵はまだ気づいていない。

「城へ。全速っ」

 巨獣のような筏の群れは一斉に速度を上げ、夜の底をつき進む。銃も撃たず、照明もつけず、ひたすら走る。ハンメルダール軍が敵を牽制しているあいだに、一気に包囲陣を駆け抜け、城内に突入するのだ。

 市場跡を突っ切り、敵陣に達した。アルブダール兵は、祐介たちを移動する味方と勘違いしたらしく、あわてて道をあけて通してくれた。

「敵だっ。ハンメルダール軍だぞ!」

 やっと気づいて新たに(とも)った探照灯の光が踊り、突入部隊の姿を照らしだした。だが、すでに祐介と斬込隊は陣の半ばを突破していた。

「どけどけーッ」

 先頭の祐介は叫びながら刀をふるった。踏みとどまって銃を構えた敵兵が、防弾外套の肩から血を噴き上げてよろめく。祐介はふりかえらずカイザンを駆った。今はとにかく城へ筏を入れることだ。

 探照灯の(まばゆ)い光芒が地を掃き、祐介をとらえた。しまった――とっさに(かぶと)目庇(まびさし)を伏せて眼を守る。と同時に光が消えた。他の光も次々と消えていく。

「やったぞ!」

 斬込隊が歓声をあげた。先行していたトゥムルの率いるガルダン騎兵が、敵の中を駆け抜けながら得意の騎射で探照灯を撃ち壊しているのだ。

 ついに敵陣を突破し、城壁の下に達した。

 斬込隊はただちに散開して逃げ遅れた敵兵を追い払い、補給部隊の進入路を確保する。

 筏は人の背より高く浮かび上がった時が銃撃に対してもっとも弱い。下部に剥き出しになっている浮揚球(うきだま)を破壊されたら、過載状態の筏は瞬時に均衡を崩して転覆し、墜落してしまう。だが下部を狙撃するには進入路の真下に入らねばならず、それは斬込隊が許さない。

 積荷でふくれあがった筏の群れは、発動機を全速回転させ、金属音の悲鳴を響かせながら急上昇する。いつのまにか雲の晴れた星空に、巨大な黒い影が次々と城壁を越えて吸いこまれていく。

 つづいてジャラクたちの装甲筏が城壁下に到着した。筏は斬込隊を囲みながら前後を接して停止する。半径三十メートルほどの半円陣が組まれた。着地と同時に筏の内側の側板が倒れて兵士たちが飛び出し、重ねた防弾布を前後の筏の隙間に張り、即席の防壁とした。この三日間猛特訓しただけあって無駄のない動きだ。

 銃声と炸裂音は北で依然として激しくつづいているが、半円陣の周囲にもアルブダール軍が駆けつけてくる。さいわい最初の混乱が尾をひいて指揮の統一がみられない。二、三の部隊が突撃してきたが、ベール私兵の炸裂弾と城から撃ちおろす迫撃砲弾の弾幕にたちまち押し返された。

 無理押しはできぬと判断したか、アルブダール軍は弾よけの土嚢を運んできて蟻塚のように積みあげ、その陰から盛んに撃ってくる。ジャラクの部下たちも筏の銃眼から応戦する。激しい銃撃戦になった。

 騎兵は陣地戦ではまったく無力だ。祐介たちは馬を装甲筏(アーマード)の裏に隠し、怯えて走り出さぬよう手綱をしっかりと握った。


 十三分が経過した。予定では積荷をおろした筏が、マルヴィーナ姫と負傷者を乗せて城を離れる頃である。

 探照灯を破壊された敵はさかんに照明弾を打ち上げ、強烈な白色光が祐介たちを囲むアルブダール軍をも照らしだす。人数はおそらく千はこえているだろう。積まれる土嚢も防壁らしい格好をみせてきた。しかもじりじりと半円陣に迫ってくる。

「もう長くは支えられないぞ」

 ジャラクが、部下たちに聞こえぬよう祐介の横に来ていった。



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