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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十一章  スカーイッヒ城(ドウン)の戦い
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11-02 ベセスタ離宮


「みんなに聞いてもらいたいことがある。この仕事だが、すこしばかり事情がある」

「倉庫の件ですか」堀田が訊いた。

「それも、ある」祐介はうなずいた。

 防弾外套と甲冑を高値で売りさばくことができたのは、大企業ベール酒造が好条件で倉庫を貸してくれたことが大きい。

 ――ベール酒造の後押しする会社の品ならまちがいないだろう。

 というわけだ。こちらではまったく実績のないイワマ交易にとって、これ以上の保証書はない。

「だがもうひとつ。この戦争の主役はアルブダール伯爵じゃない。本当の役者はクルネール――いや木原だ」

 トゥムルが首をかしげた。

「祐介、もしかして木原というのは、ボルドたちにおまえの村を襲わせた――」

「ああ、やつだ」祐介はうなずいた。「木原はわたしと同じ村の出身だ。詳しい事情は今は勘弁してもらいたいが、村はやつの雇った傭兵くずれに襲われた。わたしの姉をいれて娘が何人か行方不明になっているほかは、生き残ったのはわたし一人だ」

 長い沈黙が流れた。トゥムル以外の者にとって、祐介が自分からこの過去について語ったのは初めてだ。

 やがて芹沢が口をひらいた。

「秋津の考えはどうなんだ」

「この仕事、わたしは引受けたい。木原への私怨は別にしても、やつの野望を阻まなければイワマ交易の将来はない」

 祐介は幹部たちの顔を見まわした。みんな真剣に聴いている。

「いつもいっているように、イワマ交易の目標は回廊の南北を結ぶ交易圏を築くことだ。ところが木原もまた同じような野望を抱いている。やつはアルブダールの軍事力を利用してハンメルダールを併合し、それを足がかりに南回廊、さらには北回廊をも統一するつもりだ」

「そんなことができるんですか」と植木。

「やつにならできる。現に、一介の傭兵からアルブダール軍の総司令官になったじゃないか。つまりスカーイッヒ城は木原にとって回廊征服への大きな第一歩というわけだ。やつに先を越されれば、イワマ交易はつぶされる。たとえ目こぼしにあずかったとしても、せいぜいが場末の交易会社で終わるしかない」

 また沈黙。

 どうした、なぜみんな黙っている。まさかおれが会社を私怨を晴らす道具にしていると考えているのでは……。祐介は急に不安と焦りを覚えた。たしかに心の底にそうした気持がないとは言い切れないが。

 いや、たとえ木原がからんでいなくても、この依頼は断われない。断われば、恩人のマルヴィーナ公女を見殺しにすることになる。ベール酒造という後援者を失うのはいうまでもない。

 ベール酒造が動いたのは、マルヴィーナ姫から祖父であるベール家当主へ口添えがあったからだ。そのマルヴィーナも実はベールヘーナから頼まれたのだが、たとえ姉の頼みであっても、マルヴィーナの言葉がイワマ交易の救いの手となったことに変わりはない。いくら手数料を払ったといっても、金で返せぬ借りというものはあるのだ。迷うことなどないじゃないか。

 さりげなく机のまわりを見まわした。みんな真剣に考えている。少し安心した。そんなことは皆もよくわかっているのだ。考えてみれば、おれの意見だからといって無条件に賛成するようでは、幹部としての役には立たない。

 いや、待てよ。そうか……。

「これはイワマ交易本来の仕事ではない。しかも今説明したように、わたしの個人的な事情がからんでいる」

 祐介は立ち上がった。おれがここにいるから意見をいいにくいのだろう。

「わたしは部屋にいる。みんなの意見がまとまったら声をかけてくれ」

「その必要はない」トゥムルが静かにいった。「おれたちガルダン族は、おまえに運を賭けるために高原を出てきたんだ。とことんつき合うぜ」

「わたしたちもイワマ交易に将来を託している。やりましょう」

 堀田の言葉に、芹沢と植木がうなずいた。

 祐介はほっとして椅子に腰をおろした。引受けてくれるとは信じていたが……。ぬるくなった珈琲を一息に飲みほして言った。

「そうと決まれば、さっそく準備にとりかかろう。芹沢、軍管区本部とベール家への連絡を頼む。ベール家には、明日の朝、作戦の打合せに出向くと伝えてくれ」

「了解した。それから、作戦が終わるまで積荷を保管する倉庫はベール酒造で用意するそうだ」

「わかった。堀田と植木は筏の運用計画をたててくれ。トゥムルとわたしは救出の方法を考える。芹沢も連絡がすんだら知恵を貸してくれ。社員たちには明早朝、わたしが通達する。これから三日間、忙しくなるぞ」

 木原、おまえの思い通りにはさせんぞ!

 祐介は胸の中で叫んだ。


 この日、イワマ交易とベール家私設軍の幹部たちは、ハンメルダール軍指揮官たちとの顔合わせと最終打合せのためベセスタの離宮に(おもむ)いた。

 離宮は旧市街の中心にあって、高くて厚い城壁で囲まれている。敵が二重の外壁を破って旧市街にまで攻めこんできた場合は、住民たちを収容して立てこもる最後の砦となるだけに、実戦を想定した、見るからに武骨な造りとなっている。南部軍管区の司令本部が置かれているのもここだ。

 一同は大会議室に通された。

 部屋に入ったとたん、祐介はその豪華さに圧倒された。柱を取り巻く金色の浮彫り、壁を飾る絵画、繊細な細工で知られるビスビュー磁器の数々。彫刻のほどこされた会議机や椅子も北方産の高価な胡桃材が使われている。いずれもベセスタの豊かな富と洗練された文化をうかがわせるものばかりだ。実戦本位の城とはいえ、さすがはハンメルダール侯爵家の離宮、かけるところには金をかけている。他の連中も度肝をぬかれたような顔で視線をさまよわせている。

「故郷の大草原を思い出すな」トゥムルが天井を見てつぶやいた。

 誘われるように頭上を見上げた。高い天井いっぱいに描かれているのは、朝焼けの水平線、珊瑚礁の島々、嵐の波に翻弄される船……。本物の海を目にしたことはないが、広大な草原を連想するのもわかる。そういえば〈高原語〉では大草原のことも〝(ダライ)〟という。

「相手側が来ませんね」堀田が声をひそめていった。「なにかあったんでしょうか」

 祐介は小さく肩をすくめた。待たせることで身分の差を思い知らせようというのは宮廷人のよくやる演出だ。

 十数分後、扉が開いて派手な軍服の一団が入ってきた。金の飾り紐のついた青と白の軍服に、引きずるほど長い騎兵刀。近衛軍の警護隊である。ひときわ目立つ真紅の将官肩布(ケープ)で先頭に立っているのはストレイだ。平民の出でこれほど出世するとはたいしたものだ。

 祐介が立って会釈すると、ストレイは黙ってうなずいた。ふたりの仲を知っている警護官たちは見なかった顔をしている。

 つづいては対照的に地味な砂色の制服。国軍の将校たちだ。こちらは歩兵用の両刃(もろは)の長剣を帯びている。

 彼らは向かいの席の祐介らには目もくれず、一斉に吊り皮をはずし、帯びていた刀や剣を椅子の背にかけた。いかにも臨戦態勢らしく、どれも刃のない指揮刀ではなく本身だ。これも身分をわきまえさせる演出――。

 祐介は内心苦笑した。考えすぎだ。おれたちが丸腰なのは、民間人は武器を持っては旧市街に入れないからで、治安対策として理にかなっている。勘ぐりすぎるとひがみになる。

 警護官と国軍将校たちは席についてからも、正面の祐介たちなど眼に入らぬといった顔をしている。それどころか、お互いをも無視し合っている。

 ハンメルダールには三つの軍がある。国軍、近衛軍、貴族の私兵だ。国軍は軍務省の管轄下にある常備軍で、ここ南部軍管区も彼らの縄張である。そこへ近衛軍に――たとえ(すけ)()であっても――大きな顔で踏みこんでこられて愉快なはずがない。

 その近衛軍だが、いうまでもなく侯爵家の直属軍で、兵員の素質、練度、装備、いずれも国軍より上だ。なかでも厳しい審査を経て選抜された警護隊は別格である。

 彼らの表向きの任務は侯爵一家の護衛だが、ときには国事にかかわる命令を内々に受けることもある。それだけに警護官は強い忠誠心とすぐれた戦闘力にくわえ、機転のきく頭脳を持っていなくてはならない。まさに精鋭中の精鋭で、その華やかな制服には国中の若者が憧れている。貴族の子弟にとっては警護隊の制服を着られるかどうかで、貴族社会での立場に天と地ほどの差が生まれる。

 まずいな、と祐介は思った。今回の作戦では場所と目的からいって、警護隊は国軍の指揮下にはいるのが定石だ。だが連中が格下の国軍の命令などに従うはずがない。現に会議机の向かい側では警護官たちが上官面をしてそっくりかえっている。隊商ならこうした指揮系統の混乱は事故の元だ。

 いや、隊商にかぎらない。組織で動く仕事はみんな同じだろう。まして軍隊ならなおさらだ。このままでは警護隊の参加は戦力の強化どころか敗北の原因にさえなりかねない。

 とはいうものの……。祐介は国軍幹部たちの陰気な表情を見まわした。おれだってこの負け癖のついた連中の命令を受けるのは遠慮したい。

 祐介はちらと自分の左右を見た。ベール家の私兵隊長でハンメルダール国軍の退役将校であるジャラクが、椅子の上で彫像のように固まっている。本来なら正面の貴族や高級将校たちと同席できる身分ではないのをよくわきまえているのだ。同じ軍でも貴族の私兵は民間人扱いである。現に今もジャラクたちは祐介らと同様、丸腰だ。

 だが堀田たちまで緊張に顔をこわばらせているのは情けない。相手の手にすっかり乗せられている。平然としているのは、顎をあげて飽かずに天井画を眺めているブルゲド・ハーンの甥と、こちらもさりげなく相手を無視している芹沢だけだ。

「どうだユースケ、知っている顔があるか」

 芸術鑑賞をやめてトゥムルがたずねた。祐介との会話はいつも〈高原語〉か〈回廊語〉なのに、ジャラクたちにわかる〈草原語〉だ。

「半分は宮殿で見たことがある」祐介もこころえて、同じ言葉でこたえた。

上手(かみて)から三番目は誰だ。さっきからおまえをにらんでいる色男だ」

「フェルデ・モールベンだ。大農場貴族の跡取りで、取巻きなしでは道も歩けなかったお坊ちゃんだが、もうそろそろ独り歩きできるようになってもらいたいもんだな」

 聞こえぬふりをしているフェルデの表情がこわばった。

「女にもてそうなツラじゃないか」

「すごかったぞ。質より数――だったがな」

 ふたりともただでさえ声が大きいのに、静まり返った部屋のなかで一向に遠慮などしていない。祐介らを無視している手前、貴族たちは今さら聞こえた顔もできない。

「アールドベンというのはどいつだ」

「そういえば見あたらないな」祐介は今気づいたような顔で向かいの将校たちを見まわした。「ま、もともとが影の薄い男だったから」

「おまえと顔を合わせると、また肋を折られると思っているんだろう」

「だとしたら心外だな。まるでわたしが弱い者いじめをしているみたいじゃないか」

 いつの間にかジャラクたちの表情から硬さが消えている。植木などは頬をひくつかせている。

「ほかの名前も教えてくれ」

「まずいちばん上手は近衛騎兵監のストレイ将軍――今は一代貴族のトゥロール卿だ。倉庫の件だけでなく、以前わたしが世話になった人だ。二児の父親で――」

 扉が開き、警護官を従えて国軍総監が入ってきた。真新しい将官の制服に細身の長剣を帯び、司令官職の象徴である長い真紅の天鵞絨(ビロード)肩布(ケープ)をまとっている。

 全員が起立した。

 総監は長剣を議長席の背に掛けていった。

「ベールヘーナ・ビスビュー・デル・ハンメルダールです。着席してください」



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