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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十一章  スカーイッヒ城(ドウン)の戦い
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11-01 依頼


 イワマ交易が再びベセスタを訪れたのは、冬の初めだった。

 前回と同じ新市街の隊商地区に宿をとったが、閉めている隊商宿が多く、市場も閑散としている。スカーイッヒ(ドウン)を包囲しているアルブダール軍がいつ渓谷をぬけて押し寄せてくるかもしれぬということで、隊商の多くはベセスタを迂回しているのだ。住民のなかにも疎開の動きがでているらしい。

 祐介はさっそく共同浴場に行ってひさしぶりの熱い湯につかり、旅の塵を落とした。この爽快感はやはり乾式風呂では味わえない。

 宿に戻ると桐花が待っていて、

「社長宛の手紙です」

 と、宿の名が焼印(やきいん)された小さな木の状箱を手渡した。

「ありがとう。誰からだろう」

 泊まり客が仲間への手紙を隊商宿に預けるのはよくあることだ。むろん急ぎや大事な手紙ではない。旅の空に暮らす隊商夫たちの一種の遊びである。宿の方でも常客を確保することにつながるので、手数料はとらない。

 祐介は軽く状箱を振った。小さな音がする。昔ホンの隊商で働いていたときの仲間だろう。他には心当たりがない。前回の宿泊が長かったので、次もここに泊まると見当をつけたのだろうか。

「それから、芹沢部長がおみえになっています」

 祐介は状箱を開けようとした手を止めた。

「どこにいる」

「ここだ」

 受付前の長椅子から、ベセスタに残っていた芹沢が立ち上がった。笑って祐介と肩をたたきあうと、手にした細長い竹籠をみせ、

「ベール家から贈られた銘酒だ。めったに手に入らない年代物だそうだ」

 祐介は籠に入った葡萄酒の瓶を指ではじいた。

「高い酒代をとられるんじゃないだろうな」

「まあ、いろいろと話があるのは事実だ」芹沢も苦笑した。

「上で聞かせてもらおう」

 祐介は言って、状箱を手にしたまま自分の部屋に案内した。

「みんなはいるか」芹沢が椅子に腰をおろしてたずねた。

「植木は当直だが、トゥムルと堀田は外だ」

 ひさしぶりの都会だ。当直を除いた社員はほとんどが歓楽街にくりだしている。もっとも店の半分は休業しているようだが。

「急ぎの話なら呼び戻そうか」

「そうだな。今夜中に結論を出したい」

 芹沢がベセスタに残ったのは、ここに南方交易本部の拠点を築くためだ。

 心配した積荷の保管場所は、ストレイに相談したところ、さいわいベール酒造のベセスタ事業所が所有する倉庫を借りることができた。ベール酒造はハンメルダール同盟諸国きっての酒造会社で、経営するベール家はマルヴィーナ公女の母方の実家である。

 アルブダール軍がついに侵攻を開始したのは、イワマ交易がベール酒造の倉庫に積荷をおろし、運送の仕事を始めてから半月あまりたってからだった。

 とたんに防弾外套(シダル・パルト)と甲冑の価格は天井知らずに暴騰した。

 とくにイワマ交易の品は最高の品質と評判だったので、狙っていた大口の引合が殺到し、貴族や有力市民にかなりの高値でさばききった。むろん評判を流したのは、ベセスタで仮事務所を借りて営業の指揮をとっていた芹沢である。

 おかげでイワマ交易は大きな利益を手にできた。もちろんベール酒造にも倉庫の使用料のほかに相応の仲介手数料を支払った。ベール家にとってもいい儲けになったはずだ。

 その売上で南方の物産――陶磁器や酒、高級果実、綿――を仕入れ、西宮(ニシノミヤ)の北で高瀬本部長の率いる北方交易部隊と会い、(ラフト)ごと北の荷――工業製品、毛皮、遺跡の発掘品――と交換し、再びハンメルダール侯国に戻ってきたのだ。

 半時間後、食堂に幹部五人がそろった。

 桐花が、舌が火傷(やけど)するほど熱くて濃い珈琲を淹れて配った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 トゥムルがしっかりした手で茶碗を口に運ぶ。顔色もいつも通りだ。とてもついさっきまで街で水のように酒を呑んでいた男にはみえない。堀田などはまだ眼元に酔いが残っている。

「祐介、どうかしたのか。顔色がよくないぞ」

 トゥムルの声に、幹部たちが一斉に祐介を見た。

「なんでもない。ちょっと考えごとをしていただけだ」

 祐介は皆の不安を払うように両手で顔をこすり、皆が集まる前に読んだ手紙を頭の隅に押しやった。

「後はわれわれでやる。もう休んでいいよ」

「はい。おやすみなさい」

 桐花は珈琲壷を保温器にかけ、部屋を出ていった。扉が閉まるのを待って芹沢がいった。

「しばらく見ないうちに、ずいぶんと女らしくなったな。そろそろ考えなきゃならんだろう。年頃の娘にいつまでも隊商暮しをさせるわけにはいかないからな」

「桐花は医者になりたいそうだ。この旅が終わったら、安心してあずけられる学校をさがすつもりだ」とトゥムルがいった。

 祐介は黙って珈琲をすすった。おれは桐花の想いを受けとめられない。だがこいつならあの子の心をしっかりと包みこむことができる。桐花にとってもその方がいい、はずだ。

「実は、軍管区本部とベール家から仕事を依頼された」芹沢がみんなを見まわして切り出した。「といえば、もうどんな仕事か察しがついただろうが、スカーイッヒ城内に補給物資を運びこみ、あわせて司令官と負傷兵を救出するんだ。報酬はかなりいい」

 一同は顔を見合わせた。

「検討する前に、戦況について教えてくれないか」祐介はいった。「途中で噂は耳にしたが、詳しいことを知りたい」

 芹沢は椅子に深く坐りなおし、珈琲をすすった。

「アルブダール軍のランヌ司令官が、城を攻めあぐねていたことは知っているだろう」

 祐介たちはうなずいた。

「で、一月半ばかり前、ランヌはとうとう更迭され、かわりにクルネールという切れ者が指揮をとることになった」

 四倍もの兵力で囲まれながら一向に城の戦力が衰えなかったのは、背後のスカーイッヒ山地の山襞(やまひだ)を縫って補給がつづけられていたからだ。水は城内に井戸がある。

 クルネールはこれまでの力押しから兵糧(ひょうろう)()めに戦術を転換した。まず城を囲むように山中に砦を築き、ハンメルダール軍の補給路を断った。前司令官はこれだけのことすら行なっていなかったのだ。また城の井戸につながる地下水脈をさぐりあて、昼夜兼行で水を汲み出した。たちまち城内の井戸の水位は下がり、飲み水すらもままならなくなった。

 はじめ楽観していたビスビューの本営もさすがに事態の深刻さに気づき、何度か救援部隊を派遣したが、いずれもクルネール子飼いの野戦指揮官たちに撃退されてしまった。

「水を断たれてもう二十日以上になる。今ごろ城の中は地獄だろう。ビスビューでは同盟国軍の集まるのを待って大規模な救援軍を送るということだが、間に合うかどうか。ここ数日が勝負というところだ」

「スカーイッヒ城の司令官がマルヴィーナさまだというのは本当なのか」

「ああ。はじめはベールヘーナ姫のはずだったんだが、マルヴィーナ姫のたっての希望でかわったらしい。マルヴィーナ姫は男まさりのおてんばだというが、こうなってはな……」芹沢は痛ましげな表情で語尾を消した。

 あのマルヴィーナさまが――。

 祐介には、記憶にある溌剌とした公女が飢渇に苦しんでいる姿を想像できなかった。だが……ベールヘーナさまが城に入っていなくて本当によかった。

 植木は立って、自分で二杯目の珈琲を淹れながら、

「しかし、どうしてその話がうちに?」

「イワマ交易が何度か野盗を追い払ったというのは、ちょっとした評判になっている。実際、今のハンメルダール侯国の南部軍管区内では、うちが最強の輸送部隊だろう」

「ハンメルダール軍の輸送部隊はどうしたんです」

「今、同盟軍が各地からビスビューに集結しつつある。輸送部隊はすべて、その移送の支援にまわされているんだ」

「で、決行はいつだ」トゥムルがきいた。

「遅くても四日以内」

 皆、黙りこんだ。無理に決まっている。それまでに積荷をさばき、筏を整備しなくてはならない。もちろん予行演習も必要だ。日にちが足りない。だが、それより後にできないのもわかる。

 スカーイッヒ城守備隊のうち、籠城戦の訓練をつんだ本来の守備兵は約七百にすぎない。残りの大半は素人をかき集めて短期の教練をほどこしただけの徴募兵だ。それに彼らの訓練と指揮を担当する傭兵たち。この傭兵が問題だ。

 彼らも評判があるので戦闘中に降服することはまずないが、今回のように補給がなく、

 ――これ以上の籠城は不可能。

 と世間が納得するだけの条件がととのえば、さっさと城から逃げだしてしまう。約束された報酬に見合った働きはするにせよ、それ以上の無理はしない。戦争の専門家が見切りをつけた城に、いかに世間を食いつめた連中とはいえ、わずかな手当で集められた徴募兵が残るはずはない。貴族の将校たちと心中する義理などかけらもないのだ。

「しかし一回ばかり補給したところで、またすぐ同じことになるでしょう」と植木。

「十日以内に同盟の救援軍がベセスタに到着する予定だ。それまで頑張れればいいんだ」

「その前に城が落ちたら、ここも危ないんじゃないですか」

 堀田がきいた。スカーイッヒ城からベセスタまでは、馬を飛ばせば二時間たらずの道のりでしかない。

「クルネールがそのまま司令官をつづけていたらな」芹沢はうなずいた。「ただでさえ南部軍管区の兵力はアルブダール軍より少ないのに、クルネールはたいへんな(いくさ)上手だ。だが、どうかなあ。あの国は門閥貴族の力が強いうえ、アルブダール伯は人の言葉にころころ動かされる男ときている。傭兵あがりの司令官に最後まで任せられるかどうか」

「アルブダール軍でのクルネールの評判はどうなんです」と植木。

「いいね。なんといっても傭兵時代から不敗の戦績がある。それに今度の城攻めだ。兵士なら誰だって、楽して勝たしてくれる将軍の下で戦いたいにきまっているさ」

「芹沢、クルネールが昔、木原と名乗っていたというのは本当なのか」

 祐介の突然の問いに、芹沢はちょっと意外そうな顔をしたが、

「よく知っているな。その通りだ。傭兵隊長として知られていた頃の名は木原明。モーラン・クルネールは一代貴族に列せられてからの名だ。さっきからどうした、本当に顔色が悪いぞ」

「いや、だいじょうぶだ」

 手紙に書かれていた事は本当だった。祐介は両手の指を組んで震えを隠した。

 状箱の手紙には差出人も記されておらず、

 ――アルブダール軍の司令官クルネールの昔の名前は木原明。

 とだけあった。芹沢の口調ではとくに秘密の情報でもなさそうだが、祐介に宛てた手紙ということは、差出人は祐介と木原の関係を知っていることになる。

 そっと深呼吸していった。

「みんなに聞いてもらいたいことがある。この仕事だが、すこしばかり事情がある」



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