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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十章  ベセスタの夏
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10-06 計画

 ふたりはルエルグ河を離れ、夏の草原に馬を進めた。

「このあたりでいいだろう」

 白瀬は馬をとめた。

「単刀直入にいおう。天山山脈に縦貫道をひらく計画がある。君の力が欲しい」

 ふたりだけで話そうと言われたときから、もしや……との思いはあったが、さすがに心臓が一瞬、鼓動を忘れた。

「縦貫道ですって……」

「何のことかわからぬというのなら、話はここまでにしよう」

 このままとぼけ通すか。祐介はすばやく考えた。いや、無駄だ。どのみち白瀬は、おれが縦貫道に気づいていることを知っている。

「わざわざ丸腰になってふたりきりになったのは、こういうことだったんですね」

 秘密を守るためにおれが白瀬を殺そうとするのを警戒したわけか。おれも用心深いつもりだったが、この男にくらべればまだまだ甘い。それにしても――。

「縦貫道のことをどうして知ったのですか」

「つまらぬことを訊いて、わたしを失望させないでくれ」白瀬は冷ややかに言った。

 祐介は胸の内で舌を噛んだ。たとえ木原から聞かされたとしても、そうと答えるはずはない。たしかにつまらぬことを訊いてしまった。

「それより協力する気はあるのかね」

「共同開発なんて考えたこともなかったので、今すぐには答えられません」

「すると君はイワマ交易の力だけで開発するつもりだったのか」白瀬は驚いたような顔をした。「いったい何年かかると思っているんだ。いやそれ以前に、できると考えているのか」

「考えてはいけませんか」祐介もむっとして言った。

「資金繰りの当てはあるのか。縦貫道を守る兵力はどこから手に入れる? それに出入口のある国との関係はどうする。南北両国の協力がなければ、人や物は流れんぞ。そうした問題を君はどこまで詰めているのかね」

「それは……」

 答につまった。むろん縦貫道の開発計画はとうに頭の中にできているし、絶えず練り直してもいる。だがあらためて指摘されてみると、単独開発の困難さについて、考えがたしかに甘かったかもしれない。杜撰(ずさん)と言われてもしかたがない。だいいち、まだトゥムルと芹沢に相談さえしていないのだ。ふたりの協力を得るのが計画の前提条件なのに。

 白瀬は首をふった。

「どうやら君は、縦貫道をひらくのは地理を変えることだというのが、まだ本当に理解できていないようだな。いや、若いのだから、理解しろというのが無理かもしれないが」

「理解はしているつもりです」

 挑発されているとわかっていながら、つい強い口調になった。たしかに考えは甘かったが、この親爺にそこまで言われる筋合はない。

 だが白瀬は顔色も変えず、さらに油をそそいだ。

「そもそも君は縦貫道を開発してなにをするつもりだ。南と北を結びつけてどうしたいのだね」

「天山山脈の南北の物流を増やし、経済を発展させます」

 われながら迫力のない返事だ。だが木原の邪魔をするのだとは、さすがに言えない。

「模範解答だね」白瀬は視線を天に向けた。「だがそんなありきたりの言葉では、君の描きたい世界の青写真が見えてこない。これは君を買いかぶりすぎたかな」

「では、あなたは何をしたいのですか」祐介は反撃した。

「君と同じだよ」白瀬は肩をすくめた。「ただし、わたし――わたしの仲間たちは、縦貫道をひらいた後の世界の構築について明確な方針を持っている」

「回廊諸国を征服して統一国家をつくるのですか」皮肉をこめて言ってやった。

「いやいや、無理に多民族国家をつくったところで、内戦のあげくに分裂するのが落ちだ」白瀬は微笑した。「そうではなく、各国の国体はそのままに、天山回廊を一つの市場とする経済共同体にまとめるのだ」

 祐介ははっきりした敗北感を味わっていた。おれはそこまで考えていなかった。いや、考えてはいたのだが、現実の問題としてはまだ先のことだと検討を怠っていたのだ。白瀬の構想は、たしかにどの国にとっても利益になることだ。征服国家よりははるかに実現性が高い。だが――。

「そのためには、どんな人間とも手を組むのですか」

 白瀬は祐介の顔を見ぬまま、

「おそらく君は木原のことをいっているのだと思うが」

「そうです。わたしのことを調べたのなら、木原が両親や村の人たちの仇ということもご存じでしょう」

白瀬はしばらく無言でいたが、やがていった。

「私情で目的を見失うなというのは、若者には酷かもしれん。だがこれだけの大事業だ。かかわる人間も多い。たがいに恨みに鍵をかけ、持てる力を出し合わなければ成功はおぼつかない。そうは思わないかね」

「わたしにはそう簡単に気持を切り替えられそうにありません」

 きっぱりといった。縦貫道が一生をかけるに値する事業であっても、仇をあきらめる代償にはならない。

 白瀬はうなずいた。「人生の大事だ。今ここで決めるのは無理だろう。今日はこれで別れよう。いずれ会う時もある。それまでによく考えて結論をだしてくれ」

 そう言って白瀬は馬首を返し、部下たちの待つ茶亭へ戻っていった。言うべきことはすべて言った、後は秋津が考えればいい。そんな口調であり態度だった。


「西宮には、白瀬というそれらしき人物はいないようだ」芹沢が報告した。「そいつは詐欺師じゃないか。西宮の商人がうちの会社とこっそり取引したいというなら、身許のはっきりした代理人をたてるだろう」

「やはりそうか。返事を保留にしておいて正解だったな」

 通常の取引相手の信用調査ということで、白瀬の名しか芹沢には伝えていない。この報告も予想されていたものだった。

 だが将来の明確な展望といい、刀で斬るように説得を打ち切った鮮やかな退きかたといい、白瀬の印象は今も祐介の心を圧倒している。白瀬は偽名で、おそらく本人は西宮のしかるべき実力者ではないか。

 白瀬はなぜおれを仲間に誘ったのだろう。本当におれの力を認めてくれたからか。だが、必要な資力、兵力、政治力のいずれも不足しているおれが参加したところで、情報を搾り取られて用済み、ということになりかねない。

 なによりも木原だ。やつはまず間違いなく白瀬とつながっている。父さん、母さん、姉さん、安奈、それに村のみんながどんな目にあったかを忘れて木原と手を握るなど、できるわけがない。

 白瀬はあのとき「恨みに鍵をかけろ」といった。聞きようでは白々しい台詞なのに、強い説得力があったのは、おそらく白瀬が真実を語っていたからだ。自分の言葉通り、目的のためには恨みを箱にいれられる男なのだろう。だが、おれは白瀬とはちがう。

 ひょっとして……いや、木原は白瀬より十歳ほど若いはずだ。だが同一人物でないとしても、白瀬が仲間として信頼しているとしたら、木原自身もかなりの人物と考えるべきかもしれない。

 それにしても、木原が縦貫道に手をかけようとしているのに、おれは在庫を抱えて身動きがとれずにいる。

 祐介は木原との距離のひらきに、いてもたってもいられない焦りを覚えた。


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