10-05 白瀬
毎早朝、祐介たちが騎馬戦の訓練をしているベセスタ城外の草原は、農地から離れていて邪魔も入らず、適当な起伏や疎らな林もあって動きにも変化をつけられる。参加しているのはトゥムルを含めた警備部のガルダン族十三騎と、社員から選抜された斬込隊二十八騎だ。斬込隊はむろん祐介が指揮している。
はじめの二、三日はかなりの見物人がいたが、今では近在の子供たちが何人か、遠巻きに眺めているだけだ。大人は忙しいのだ。たまに軍関係らしい連中が見に来るが、接触してくることはない。
その朝もいつものように訓練を終えて引き揚げにかかると、見物していた二騎の男が行く手をさえぎるように近づいてきた。初めてのことだ。祐介は全員の馬の脚を止めさせた。
男たちは一行の横に馬をならべた。どちらも体格がよく、肩布はつけずに防弾外套を着ている。祐介たちと同様、腰に騎兵刀を帯び、鞍の鞘に小銃をいれている。年嵩の方が祐介に〈回廊語〉で声をかけた。
「秋津社長ですね。われわれの上司が南城門の外の茶亭で待っています。しばらく時間をいただけませんか」
「あんたたちは何者だ。それに用件はなんだ」祐介に代わってトゥムルが訊いた。
「今ここで名はだせません。用件も重要な商談としかいえません。ご理解ください」
交渉事に慣れた話し方だ。祐介は相手を値踏みした。軍人なら将校、隊商人だとしたら管理職だろう。後ろの男は油断のない眼の配りからみて年季のはいった下士官といったところか。どちらも害意は感じられない。
「会いましょう」祐介はいった。「案内してください」
「待て。一人では危険だ」トゥムルがとめた。
「護衛を同行されてもけっこうです」男はいった。「ただ、目立たぬよう、人数は少なめにしてください」
「おまえだけでいい。一緒に来てくれ」祐介はトゥムルにいって、男たちの顔を見た。「かまいませんね」
「もちろんです」
祐介は社員たちに命じた。「聞いてのとおりだ。みんなは先に宿に戻れ」
〈回廊語〉だ。今では南方交易本部社員の三分の一は南の出で、ガルダン族もいる。命令の言葉を統一しなければ仕事にならない。統一したからといってすぐに喋れるようになるものでもないが、少なくとも号令だけはただちに理解できるよう、ふだんから簡単な命令は〈回廊語〉で訓練を重ねている。
祐介は男たちの後について農地を迂回し、南城門の郊外へ向かった。トゥムルが馬を寄せてささやいた。
「もしかして、アルブダールの買付人じゃないか」
「かもしれない」
祐介はうなずいた。人目をはばかるというのが怪しい。ハンメルダール側の買付人なら堂々と城内の宿にたずねてくるだろう。
「だが会っても損はないだろう」
倉庫を借りる交渉もまだ見通しがつかぬ今の状況では、相手が誰でも商談は大歓迎だ。ハンメルダールの買付人たちの耳にでも吹きこんでやれば、慌てて買いに来るかもしれない。
ベセスタの南城門は草原交易路の起点の一つで、まっすぐ南にのびたポプラ並木の街道の彼方にはスカーイッヒ山地の黒い鋸の歯のような稜線が横たわっている。
茶亭の大半は城門から一キロほど離れたルエルグ河のほとりにある。ここで市の人々は旅人を出迎え、見送るのだ。なかにはちょっとした宴会のできる石造りの料亭もあるが、ほとんどは木陰に卓と椅子を置いただけの簡単なものだ。祐介たちが案内されたのもそんな一軒だった。
ふだんならこの時間は発つ人と送る人たちで賑わっているのだが、どの茶亭も客は少ない。旅人とくに交易商人はベセスタ市民ほど事態を楽観視していないのだ。案内された茶亭も、客は中年の男が一人、椅子の背に刀を掛けて茶を飲んでいるだけだ。他に護衛とおぼしき二人の男が離れた場所に立ち、それとなく周囲に視線を向けている。ポプラに彼らの馬らしい三頭が繋がれている。
祐介たちが馬からおりると男が椅子から立って迎えた。齢は五十前後か。薄茶の防弾外套は護衛の四人と同じだ。背格好も似ており、頭布を顔に巻いてすこし離れれば見分けがつくまい。おそらくそれが狙いなのだろう。
「白瀬だ。西宮のさる顧客の代理人をしている」
「イワマ交易の秋津です。こちらは警備部長のトゥムルです」
男は微笑した。「キタン遺跡の叛乱を指揮した二人の率いる隊商か。なるほどクルガンの山賊どもが手も足もでぬはずだ」
白瀬の口調にはあたたかな響きがある。これまでも似たような言葉をかけられたことはあるが、たいていは裏に世辞の白々しさか、皮肉の冷たさが隠されていた。そんな連中は肚の中では祐介の力量を認めたくない――つまりは自信がないのだ。だが白瀬の言葉には、若者に対する大人の余裕といったものが感じられる。祐介は父親に誉められたような気がした。
「すまないが、秋津くんと差しで話したい」
「おれは向こうにいよう」
トゥムルは、反対しかけた祐介を押さえ、カイザンとツァヒルの手綱をひいてポプラの樹の下に移った。これで卓をはさんで腰を下ろした祐介と白瀬のまわりを、トゥムルと四人の護衛が警護する格好になった。
「ただの商談にしては、やけに慎重ですね」
「気にさわったかもしれんが、この取引は他の者の耳には入れたくないのだよ。むろん後で君が仲間に話すのは自由だ」
店の主人が素焼きの水差しを持ってきて、卓の上の湯沸しに水をそそぎ、茶葉を一つまみ入れた。小さな焜炉に火を入れ、湯沸しをかける。店を占領されているのにやけに愛想がいいところをみると、どうやら白瀬が借り切ったらしい。
そのあいだに祐介は相手を観察した。ゆったりと構えていながら、ごく自然にこの場を掌握している。これまで多くの交易商や護衛屋と接してきたので、部下をみればその上司の実力はほぼ推測できる。いずれも一癖ありげな護衛四人がそれぞれの任務をしっかり心得ている様子からみて、白瀬はなかなかの器量人らしい。代理人と自称しているが、あるいは顧客本人かもしれない。
「さて、商談だ」
主人が離れるのを待って白瀬は卓の防音器を作動させた。声がくぐもるし、防音衝立で囲むほどの効果もないが、大声をださなければ護衛たちにも声は届かない。
「イワマ交易の扱っている商品を全て買おう。支払は交易貨でも西宮銀行の為替でも、君の望む方法でいい」
いきなり願ってもない話だ。しかしうますぎる話でもある。こんな話には裏があるのが世の常だ。慌てて食いついたら釣り上げられてしまう。
「甲冑と防弾外套の最終使用者はどこになりますか」
「アルブダール伯国軍なら売れないというのかね」
祐介はうなずいた。「アルブダールの民間人にならかまいませんが」
「なぜだね。君がハンメルダールの貴族に好意をもっているとは思えんが」
さりげない言葉だが、祐介は刃物に触れられたようにひやりとした。どうやら昔の鞭打ちの件を知っているらしい。どこまでおれのことを調べあげているのだろう。
「べつに貴族に義理立てしているわけではありません」祐介は後手にまわった焦りを隠していった。「ただ、今後も南回廊を利用しなければならない立場としては、こんなことで侯国と敵対したくはありません」
「アルブダール伯国がハンメルダール侯国を併合すれば、その気遣いがかえって君に不利となるかもしれないぞ。その可能性も考えたかね」
「考えた結果です」
「つまり君は、伯国が勝てないとみているわけか。理由をきかせてもらえるかね」
「司令官の性格です。うちの運営部長の調べでは、アルブダール軍の司令官は部下の言葉に耳をかさぬ男だということです。そんな男が交易商だったら、いずれ倒産が待っています」
白瀬は何も言わなかった。
やっと湯が沸いた。祐介はゆっくりと自分の碗に熱い茶をついだ。湯気とともに柑橘類の香りがただよう。
白瀬も黙って自分の茶をつぐ。ふたりは緊張を解きほぐすようにゆっくりと啜った。これが南回廊の商談の進め方だ。
「そろそろ本当の取引にはいりませんか」
祐介は茶碗を置いて言った。気力は満ちた。ここから反撃だ。
「イワマ交易についてはすべて調査ずみなのでしょう。ならばアルブダール軍に売るつもりがないのも、はじめからご存じだったはず」
「さすがはその若さで会社を起こしただけはあるね」白瀬は若者の気合を受けとめて微笑した。「どうだろう。場所をかえて、ふたりだけで話さないか。なに、すぐそこまで馬でまわるだけだ」
「お供しましょう」
白瀬は丸腰のまま馬にまたがった。祐介もそれにならって刀と小銃をトゥムルに預け、カイザンに乗って茶亭を出た。




