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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十章  ベセスタの夏
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10-04 白狼団

「みっともない真似はおよし!」

 鞭を打つような女の声が響いた。

 一瞬、時間がとまったかのように、桐花も男たちも女を見た。

 まだ若い。薄茶色の木綿の上着と裾を絞ったズボン、同色の帽子に腰まである紺の肩布(ケープ)という、地味だが隙のない身なりだ。肩布を背にまとめ、軽く両脚を開き、右手を腰にあて、暴力の臭いのする男四人を切れ長の眼でひるむ様子もなく睨みつけている。

 男の一人が口笛を吹いた。

「こっちの(スケ)もハクいじゃねえか。ちくしょう、ソソられるぜ」

「ついでだ。おまえにも礼儀を教えてやる」

 桐花の腕をつかんだ男が、仲間に顎をしゃくった。

 ソソられた男が無造作に女の右腕を取りにいった瞬間、女の体が一回転し、男は左肘の関節をきめられたままうつ伏せにころんだ。すかさず女はその脇腹に踵をめりこませる。と同時に、肩布に隠れた腰の後ろから抜いた衝撃棒(スタンキリク)を手首のひと振りで五十センチほどに伸ばし、横から襲いかかった男の耳の下を打った。相手は声もあげず地に崩れ落ちた。

「このアマ!」

「その子をはなして、地面に伏せなさい。さもなきゃこいつらのお仲間入りよ」

「ふざけるなっ」

 男は脇に手をいれ、上着の下に隠した衝撃棒をさぐった。その腕を、横から八つ手のような手が、がっちりと押さえた。

「にいさん、許可なしで衝撃棒を持ち歩くのはご法度(はっと)だぜ」

 一目で傭兵とわかる屈強な四人の男たちが、残ったふたりを取り囲んでいる。いずれも肩布(ケープ)はつけてないが、女と同じ薄茶色の上着にズボン、帽子という制服で、胸には白い狼の縫取りがある。

 男は茫然として桐花の腕をはなした。

「まったく。頭にオガ屑のつまっている男はこれだから嫌いなのよ」

「副長、ひとりで始めんでください。もし副長が怪我でもされたら、おれたちは団長から皮をはがれちまいます」

 副長と呼ばれた若い女は声をあげて笑った。

「そいつら、礼儀がどうとかいっていたわ。セウダの街の礼儀を教えてやって。あなたはこっちへいらっしゃい」

 女が桐花をつれてその場を離れると、背後で男たちの悲鳴があがった。

「たすけてくださって、ありがとうございます。あたしはサワイ・キリカといいます」

「人目をひく女の子が通りをうろうろしているという報告があったので、来てみたのよ」

 そこで女は〈草原語〉から〈森林語〉に切り替えた。

「訛りからすると、あなた、北の人ね。こっちで話しましょう」

「あ、はい」

「このあたりは、あなたのような女の子の来るところじゃないわ。とくに今はあんな連中がたくさん流れこんでいるし。いったいどうしたの」

「仲間の人たちとはぐれてしまって……」

「どんな人たち? 一緒にさがしてあげる」

 桐花は佐々木たちの人相を説明した。

 女は左肩に留めた小型の通信器をとり、どこかに問い合わせた。途中で相手がかわったらしく〈回廊語〉になったが、言葉の切り替えに淀みがない。社長みたいな人だと桐花は思った。

「その人たちもあなたをさがしているそうよ。城門で待合せることにしたわ。うちの若いのに案内させましょう」

「あの男たちはどうするんですか」

「調書と罰金をとって市外追放よ。ま、当分は唾を飲みこむのもひと苦労でしょうね」

 女は愉快そうに笑い、手をあげて部下をよんだ。

 桐花は頭をさげた。「本当にありがとうございました。またあらためてお礼にうかがいます」

「いいのよ、気にしないで。わたしたちはこれが仕事なの。警察は事件が起きてからでなくては動かないからね」

 桐花は傭兵につきそわれて立ち去った。考えるような眼でそれを見送る女に部下が声をかけた。

「アキツ副長、団長から連絡が入っています」

「今行くわ」

 女は足早にその場を去った。


「その人たちは『白狼団』という傭兵団で、セウダ市から街の警備を請負っているそうです」桐花は話し終えた。

「そのまま男たちに連れていかれたらどうするつもりだったんだ」祐介は、つい険しい声になっていった。「桐花も迂闊だが、佐々木ももっと注意してくれないとな」

「佐々木さんのせいじゃありません」桐花は急いでいった。「あたしが夢中になって、勝手にはぐれたのが悪いんです」

 社長があたしのために本気で怒っている。桐花の胸が高鳴った。恐かったが嬉しかった。

「社長、ここで佐々木の責任云々(うんぬん)を問題にしては、せっかく話してくれた桐花の立場がかえって悪くなります」堀田がいさめた。

「そうか」祐介は気づいてうなずいた。「そうだったな。よし、その件は忘れた。ところで白狼団だ。芹沢、どう考える?」

「ん……そうだな」

 芹沢は霜のついた硝子碗を手にとった。氷片が小さな音をたてる。

 桐花は気づいて椅子から立ち上がった。雑談は終わったのだ。

 桐花が一礼して食堂を出ると、芹沢は紅茶を一口飲んでいった。

「セウダの警備を請負っているなら金回りはいいはずだが、いかんせん小口だな。せいぜい二百人前後といったところだろう」

 傭兵団としてはそれでもかなりの大手である。ほとんどは五十人以下で、それも仕事のない時は解散状態なのがふつうだ。生産性のない組織なのでやむをえない。

「今回はイワマ交易の南方市場への顔見せだ。最初の取引が小さいと、後々まで軽くみられてしまう。ここはじっくりと大口を狙いたい」

「じっくりといっても、買付けに資金をつぎこんで、もう米櫃(こめびつ)の底が見えてますからね。このままでは、待つのはあと五日がやっとですよ」植木がいった。「おまけにベセスタの連中、肚のなかじゃアルブダールと戦争になるなんて思ってないみたいですしね」

 事実、大騒ぎしているわりには街の雰囲気は、

 ――どうせまたアルブダール伯爵のはったりだろう。

 と軽い。国境に近いだけに、アルブダール伯の人物についてもいろいろと情報が入ってきているようだ。

「あまり待つようだと、馬や筏を売るはめになりますよ」と植木はしつこい。

「そんなことは君に教えてもらわなくともわかっている」芹沢は無表情な口調でいった。「それに、小口に売ったところで、売り切るまで時間がかかるのは同じだ」

「しかし――」

「しばらくは副業で息をつなげばいいんじゃないか」

 祐介は、しだいに言葉をとがらせる植木をなだめるようにいった。植木の懸念はもっともだが、祐介も芹沢の考えが正しいと思う。そうでなくとも芹沢に販売の統轄を任せた以上、その方針に口出しするつもりはない。

「副業というと、運送ですね」

 険悪な雲行きに眉を曇らせていた堀田がほっとしたようにいった。

 祐介はうなずいた。「幸い、仕事ならいくらでもあるからな」

 交易業者が空いた筏に荷を積んで運送を引き受けるのは珍しくない。しかも今や戦争景気で輸送量が膨れあがり、ハンメルダール国内の運送業者だけではさばききれない情況だ。運賃だけのさして旨味のある仕事ではないが、この際やむをえない。

「でも、空いている倉庫がみつかりますかね」植木が水をさした。「部下にざっと当たらせてみたところでは、どこも満杯で、たまに空いていてもべらぼうな保管料を吹っかけてくるようです」

「やっぱり……」祐介はうなった。

 痛いところをついてくる。イワマ交易の貨物筏は今、荷を満載したまま宿の中庭に並んでいる。つまり倉庫を借りて荷をおろさなくては、運送業をやろうにも肝腎の筏が使えないのだ。

 それにしても植木がすでにおれと同じことを考え、必要な調査をしていたとは。やはり有能な男であるには違いない。

「このままでは、金は入ってこないのに、みんなの食費や馬の飼料代、宿泊料と駐筏(ちゅうばつ)料金だけが無駄にかさむことになりますよ」植木が駄目を押すようにいった。

 祐介は、ちらりと芹沢と眼を合わせた。この一言(ひとこと)多い癖さえなければ……。

「祐介、昔の知り合いに倉庫を持っていそうなやつの心当りはないのか」

 トゥムルが訊いた。植木などまるで相手にしていないところは、やはり役者がちがう。

「一つある」言ってから祐介は苦笑した。「――といっても、園丁をしていた頃のだから、あまり期待はできないけれどね」


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