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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第十章  ベセスタの夏
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10-02 第二次イワマ交易


「どうしました。わたくしから直接に軍務卿へ要請してもよろしいですよ」

「実は、落札したのはイワマ交易ではありません」


「なぜだ。うちの方が品質がいいのに」

 芹沢が憤懣やるかたないといった表情で声を荒らげた。彼にしては珍しい。自分が仕入を担当し、品質には絶対の自信をもっていただけに、責任を感じると同時に誇りを傷つけられた気もしているのだろう。

「落札した業者の防弾外套なんて、耐久力がうちの二割も低い再生品だぞ。甲冑だって、被膜だけつけ直した中古が混じっていた。そんなのを着せて兵士が戦死したら、軍需局長はいったいどう責任をとるつもりなんだ」

「死人は文句をいわないということじゃないか」トゥムルが笑った。

 トゥムルと芹沢の仲は今も親密というには遠いが、仕事での協力関係はうまくいっている。ふたりで酒を酌み交わすことはないにしても、互いに認め合い、一目置いているようだ。

 加賀の件については、申し合わせたわけではないが、あれ以来三人の間で口にのぼることはない。おそらくこれからも話題にすることはないだろう。

 祐介の胸に自責の痛みを残したあの一件は、芹沢の心にはさらに深い傷を刻んだようだ。なんといっても初めて自分の手で人を殺したのだ。むろん、

 ――トゥムルに強要されて仕方なく。

 と逃げるような男ではない。そして傷もひとりで抱えこんでいる。

 その点トゥムルは平気なものだ。彼にすれば、やらねばならぬ事をしただけなのだろう。確信犯の強味である。

 隊商夫らの間では一時、真相をめぐってひそかな話の種になったが、今では話題にのぼることもない。結論がでてしまったのだ。

 ――もし加賀があのまま指揮をとっていたら、おれたちは賊に殺されていたな。

 いまさら問題を蒸し返しても生者と死者の名誉を傷つけるだけで、喜ぶ者などいない。

 ここベセスタはハンメルダール侯国の南部最大の都市だ。南部国境地帯を守る(かなめ)たる軍事都市であり、南方交易の拠点でもある。

 ハンメルダール侯とアルブダール伯との間がきな臭いとの情報をいちはやく聞きこんだのは芹沢だった。南方の交易都市グルビンに滞在している時だったが、祐介はただちに予定していた深南部への旅を中止し、西宮(ニシノミヤ)に引き返した。芹沢には部下を率いて先行させ、防弾外套(シダル・パルト)、甲冑、医薬品の買付けにあたらせた。

 イワマ交易が南方草原に乗り出したのはこの春からだ。

去年の初秋、稲城に代わって隊商を軽野宮(カルノミヤ)に無事帰還させた後も、祐介はひきつづき冬の交易隊を率いてシャガンへ往復した。トゥムルもそのまま護衛隊長をつとめ、野盗を寄せつけなかった。夏のふたりの活躍は、交易と盗賊の両業界に広く知れわたっていた。

 やがて退院して軽野宮に戻ってきた稲城は、失った左腕の再生手術は成功したものの、すでに引退の決意をかためていた。

「なさけないが、気力がすっぽり抜け落ちてしまってね。齢だな」と寂しげに笑った。「しかしわしが一生かけて育てた隊商が、わけのわからん連中にばらばらにされるのを見たくはない。そこでどうだろう、君が引き取ってくれんか。金二千でどうだ。君なら十年以内に返済できるはずだ」

 祐介は飛びつかなかった。

「隊をあずかっている間に気づいたのですが、積荷を横流ししている連中がいます。彼らを(くび)にしてもかまわないということならば」

「誰だね、そいつらは」

「今はいえません」

 ここが肝腎なところだった。会社を名実ともに祐介のものとするには、人事権に稲城の影響力を残してはならない。

「退職金は払ってやってくれるかね」

 祐介は首を振った。稲城は溜息をついた。

 結局、軽野宮の事務所、倉庫とも含めて交易金貨二千枚ということになった。祐介は筏と不動産を抵当に交易互助会(オルタク)から資金を借りて会社を買収すると、念願の南方交易に進出すべく体制を刷新した。

「わたしはいずれ北方森林と南方草原を一つの交易圏にするつもりだ。そのためにまず、南の市場に足場を築きたい」

 と祐介は新しい幹部たちに説明した。胸中にはすでにイワマ縦貫道の構想がある。

 幹部たちは顔を見合わせた。それが実現すれば、中継貿易で西宮(ニシノミヤ)に吸い上げられている利益がそっくり入ってくる。扱う商品も自由に決められる。これまでのように老舗の交易会社や問屋に買い叩かれたり、売れ残りを押しつけられたりせずにすむのだ。

「会社の目標としては賛成だが――」芹沢が首をひねった。「独力で成功した話はあまりきかないぞ」

 その通りで、交易範囲を広げたかったら、その土地の交易会社と手を結ぶか、あるいは買収してしまうのがふつうだ。隊商が自分の専門領域から離れて新しい交易路を開拓するのは、それだけ難しいのだ。

「なに、南方草原といったって交易の方法がそれほどちがうわけじゃない」祐介は天山(テングリオーラ)の両回廊、南方草原、北方森林、すべての交易を経験している自信をのぞかせていった。「ちがうのは野盗の戦術だ」

 森林では徒歩での待伏せが主流だが、草原では騎馬による奇襲攻撃だ。新しく南に進出した隊商の多くが、これに対処できずに潰されている。

「そこでトゥムルに頼みがある」

「わかっている。まかせておけ」

 トゥムルは冬の交易が終わるや、天山東端の大都市ゼウンガールから南回廊に出て、馬交易で南麓に来ていたチャハル部の若者を十二騎、雇ってつれてきた。みんな次男三男以下で、兄の郎党で終わりたくなければ自力で運命をひらかなくてはならぬ連中だ。いずれもトゥムルが選んだだけに優秀で、むろん戦力も護衛屋などとは比べものにならない。彼らもイワマ交易に自分の将来を賭ける決心をしてきている。

 ガルダン族はおおむね刀術が苦手だ。刀で闘うのは最後の手段で、〈高原語〉で「刀を抜く」といえば土壇場に追いつめられたことを意味するほどだ。彼らが得意とするのは騎射である。それも並大抵な技ではない。

 銃を扱い慣れている隊商夫でも、走る獣に立射で命中させるのはむつかしい。ところがガルダン戦士たちは疾走する馬の上からそれをやってのける。しかも前後左右、どちらの方向でもおかまいなしだ。さすが、

 ――六本足で生まれてきた。

 といわれるだけはある。

 クルガン領での夜戦でも、愛馬ツァヒルを駆って次々と野盗を撃ち倒すトゥムルを多くの隊商夫が実見している。トゥムルが護衛隊長になることに誰一人として反対をとなえなかったのもそのためだ。

 そのガルダン戦士が十二騎も護衛部隊として参加するのだから、これほど心強いことはない。遊牧民への偏見もかなり前から表に出ることはなくなっている。なんといってもクルガンの夜戦では全員が多かれ少なかれトゥムルに命をたすけられているのだ。

 南方進出時点でのイワマ交易の第二次体制は次の通りだ。


  社長          秋津

  南方交易本部長     秋津(兼務)

     運営部長       芹沢

    警備部長     トゥムル(社長代行)

    第一輸送部長    堀田

第二輸送部長    植木

総務部長      芹沢(兼務)

北方交易本部長    高瀬

運営部長      高瀬(兼務)

     輸送部長     辻

    総務部長       日野

    警備部長      護衛屋


 稲城から譲られた商圏はイナギ交易の大番頭だった高瀬に守らせ、祐介たちは南方に専念しようというのだ。

 南方本部の輸送部はそれぞれ六小隊(二中隊)編成で、北方本部の輸送部は八小隊(三中隊)編成だ。小隊は原則として動力筏(タグ)一台と貨物筏(トレーラー)三台から成り、人数は十四名。輸送部ごとに補給筏(ラック)一台または二台を持つ。第二次体制発足時の社員数は三百二十八人だった。

 芹沢はすでに、トゥムルが〈回廊語〉の基礎を習得した時点で社長代行を解かれ、戦闘の指揮系統から外されていた。社員のなかに芹沢の卓越した運営手腕を疑う者はいないが、彼が銃や刀を手に先に立って野盗と闘っている姿を見た者もいない。とはいっても職制は依然としてトゥムルの上位で、左遷ということではない。

 稲城に予告した横流し社員の解雇も断行した。

 実のところ、荷の横流しが行なわれている交易会社は珍しくない。経営者の眼が届かなくなって規律がゆるんでくると、いつの間にか(かび)のように広がっていく。イナギ交易でも長年の間に抜き取り、売却、帳簿の改竄などの手順が定着し、

 ――やりすぎなきゃいいんだ。

 と、番頭や古参社員らの既得権益と化していた。

 祐介は合併を機にこのような連中を一掃した――かったが、実際に彼らみんなをお払い箱にしては隊商は動かなくなってしまう。それほど腐敗は広がっていた。

 下級社員の犯行は上司に大きな責任があるという芹沢の意見もあり、やむなく、窃盗に積極的に関与していた管理職たちと、救いがたいと判断した古顔の社員十二人を馘にするにとどめた。残りの連中には理由を説明し、今後同様の行為をしたら即座に解雇すると告げた。冬場の交易期が終わって多くの隊商が解散した後なので、欠員はすぐに埋められた。

 古参社員がまとめて抜けた穴は、これまで頭を押さえられていた中堅社員や、若い有能な社員を昇格させて埋めた。前者は堀田や辻で、後者が植木や日野だ。

 第一期社員の蜂屋は中隊長に、佐々木と宇野は小隊長に昇進した。大異動の恩恵はあるにせよ、それにふさわしい実績を認めてのことだ。旧イナギ系社員と人事に差をつけては内紛の種になる。祐介もそこにはかなり気をつかった。

 新体制での交易が始まってからも、少なからぬ連中が祐介の足元をみて横流しをつづけ、解雇された。もう甘い汁が吸えないとわかって自分から辞めていく社員も相次いだ。

 志の低いやつらだと祐介は思った。それに頭も悪い。自分が乗っている船の底板を噛っているのがわからないのだろうか。

 今度は部下の盗みを黙って見ていた上司も解雇した。予想外の厳しさに社員のあいだで反発や動揺もかなりあったが、中途半端な対応では見くびられて同じことが何度も繰り返される。

 減った社員は交易従業者組合を通して補充した。結果として南の出身者が増え、言葉の問題などで管理職たちの負担が増えた。だが南に進出するからには、早晩乗り越えなくてはならぬ壁ではある。

 やがてアルブダール軍のハンメルダール領侵攻の気配が濃くなると、とたんに西宮(ニシノミヤ)でも甲冑や銃、弾薬、医薬品の値段が急騰した。出遅れた業者が再生品や粗悪品まで手あたりしだいに買いあさっている頃、とうにイワマ交易は優良品を資金の許すかぎり確保していた。発足早々、祐介の先見の明が証明されたわけで、社員たちの士気は沸きたった。

 ――おれたちにも運が向いてきたぜ。

 交易業の成否は多分に経営者の力量にかかっている。交易が成功すれば、社員たちも相応の賞与を期待できる。

 こうしてイワマ交易は意気揚々とベセスタに乗りこんだのだ。まさかハンメルダール軍需局が購入を拒否するとは予想もしていなか

った。

「もしかして、わたしのせいかもしれない」祐介は渋い顔でいった。



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