表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第七章 天山(テングリオーラ)の桶の底で
28/55

07-04 ゴント


「なんだ、これは。まるで墓みたいじゃないか」

 祐介について北の山腹を登ったゴントは、まだ新しい盛り土の群れを見ていった。

「墓なんだよ。その下にはおまえらの殺した人たちが眠っている」

 毒の(したた)る言葉をかけられてもゴントは顔色も変えない。祐介は顔をそむけた。やはりこいつは人間じゃない。

「で、この墓の中にカネが埋まっているのか」

「そっちじゃない。こっちの古いほうだ」

 祐介は手をふって場所をしめした。墓標が自然石であるうえに位置もばらばらなので、村人でなければ墓とは気づきにくい。それも狙いの一つだろう。

「この古い墓の数が、亡くなった人の数より一つ多いんだ。ただ、それがどれかわからない」

「掘ってみりゃわかるさ」

 ゴントは外套を脱ぎ、鋤を持ち直すと、祐介に教えられた墓を、骨をくわえた犬が土を掻くような勢いで堀りはじめた。祐介も外套を脱ぎ、無駄だとは思いながら声をかけた。

「カネでなければ人が埋葬されているんだ。気をつけて掘れよ」

 案の定、ゴントは聞いてはいない。祐介は舌打ちして隣の墓に鋤を突き入れた。新しい墓を掘ったときより楽に刃が入る。

 腰くらいの深さまで掘ったところで、腐った布の端がみえた。そっと確かめてから穴から出た。土を戻そうとすると、早くも二つ目の墓を掘っていたゴントが飛んできた。

「待て。おれに見せろ」

 そういって穴におりると、鋤の刃で無造作に布を掻き分けた。

「乱暴をするなっ」

 祐介は思わず怒鳴ったが、ゴントは無視して穴からあがり、掘りかけていた墓に戻った。むろん遺体はそのままだ。

 祐介はやっと怒りを押さえ、遺体を元に戻してから穴を埋め戻した。

 次の墓を掘っているときだ。すでに三つ目の墓にかかっていたゴントが穴から躍り出て、いきなり手にした鋤で襲いかかってきた。

 こうなるのを読んで眼の端でゴントの動きに注意していた祐介は、すかさず穴から飛び出た。が、相手のすばやさは予想以上で、不覚にも右腿の裏に鋤の刃を受けてしまった。

 さいわいゴントも祐介の掘った穴越しで腰が浮いており、骨や腱が傷つくほどの打撃ではなかった。それでも立ったとたん激痛がはしり、思わず右足がぐらついた。

 ゴントは間をおかずに鋤で殴りかかる。祐介はそれを自分の鋤で受けた。こうなると右足が動かなくとも祐介の刀術がものをいう。二、三度受け流し、柄をからませて(ねじ)ると、鋤はゴントの手からはなれ、祐介の背後へと飛んでいった。

 ゴントは一瞬呆然としたが、たちまち背をみせて斜面を駆けくだった。祐介も追う。足の速さなら馬に乗ってばかりの馬賊に負けぬ自信があるが、鋤を手に右足をかばいながらでは、懸命に走っても間がひらくばかりだ。

 かなり遅れて川岸についたとき、ゴントはすでに川の中に入って包みをみつけ、流れに逆らいながら、縛ってある紐を解こうと苦闘していた。だがしっかり結んであるうえに濡れているのでなかなかほどけない。

 祐介も靴をぬぎ、鋤を手に川に入った。足の裏で川底をさぐりながら慎重に近づく。

 紐と格闘していたゴントは、祐介が数歩まで迫ったのを見ると、銃を取りだすのを諦め、重い包みを頭上に抱えあげた。

 祐介は投げつけられた包みをかわした。が、その拍子に足元の石が動いて体が大きくくずれた。すかさずゴントがつかみかかる。祐介は鋤を手放した。こんな接近戦では柄の長い鋤はかえって邪魔だ。

 組み合ったとたん、祐介は相手の強い引きによろめいた。さすがならず者の口入れ屋だけあって、刀術は下手でも、格闘技と腕力では祐介より上だ。ゴントの口の端に余裕の笑みが浮かんだ。

 祐介は体ごとぶつけるように肘を水月(みずおち)に突きいれた。が、軽くかわされ、逆に腰車をかけられた。脚が宙に舞う。とっさにゴントの皮帯をつかみ、もつれ合って水の中に倒れこんだ。

 思わず手をはなしたのはゴントの方だった。生まれて初めて頭が水の中に沈み、鼻と口から水を呑んで恐慌をきたしたのだ。あわてて起き上がろうとしたところを流れに押し倒された。手足をばたばたとさせながら川の中をころがり、下流へと流されていく。

 同じく流された祐介は無理に立とうとせず、川底の石をつかんで流れに頭を向けた。膝をついて水の抵抗を最小にしながら腰を上げ、それから顔を水面にあげた。

 ゆっくりと立ち上がって下流を見た。五十メートルほど先をゴントがころがりながら流されていく。おそらくもう意識はあるまい。深さは膝まででも、川の流れの力は時として大人の力を上まわる。祐介のように子供の頃から水の中で遊び、川とのつきあい方を体で知っている者でも危険なのだ。ましてゴントでは……。

 結局、木原の今の居所を聞きだせなかったのに気づいたのは、ずっと下流の岩にひっかかっていたゴントの死体を岸に引き上げた後だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ