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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第七章 天山(テングリオーラ)の桶の底で
27/55

07-03 黒幕


 その朝、一人用天幕の中で毛布代わりに防弾外套をかけて寝ていた祐介は、固いもので肩をつつかれて目を覚ました。

 頭上の天幕がまくれあがり、まだ薄暗い空を背景に、防弾外套を着た大柄な中年の男が小銃の銃口を祐介の顔につきつけている。

(かね)はどこに隠してある」男はいきなり〈草原語〉でたずねた。

「誰だ」祐介は横になったまま、男の顔と銃口を見上げていった。

「きいているのはこっちだ」

 銃口は微動もしない。祐介は抵抗の意志がないのを示すために体の力をぬいた。この体勢では反撃どころか逃げることもできない。

「いきなりカネといわれても……」

 困惑した顔でつぶやいた。半ば芝居、半ば本音である。

「起きてもいいか。小便をしたいんだ」

 男は一瞬ためらったが、

「いいだろう。だが妙なまねはするな。銃に狙われているのを忘れないことだ」

 といって天幕から離れた。

 祐介は靴をはくと、相手が驚いて引金をひかぬよう、外套を手にゆっくりと天幕から這い出した。

 外套を羽織り、男の視線を背中に感じながら近くの草むらで用をたした。早朝の冷気に触れ、溜まっていたものをだしてすっきりすると頭の回転も滑らかになった。

 こいつは何者だ。猟師か。いや、猟師なら枝にひっかかりやすい防弾外套など着ない。ズボンの内股に皮が当ててあるのは一日中鞍にまたがっている証拠だ。馬賊だろうか。だが馬賊がなぜこんな山奥に――。

 祐介は時間をかけて服をなおしながら、そっと視線を左右に走らせた。加地さんの栗の樹に馬がつないである。なるほど、あそこから歩いて忍び寄ってきたのか。

 両手をひろげて大きく伸びをし、油断なく銃を構えている男に、あらためて何も持っていないことを示した。天幕に戻っていつも焚火にあたる石に腰をおろすと、そのまま黙って火の跡に視線をおとす。

 男はいらだった。

「おい――」

「ボルドからの連絡で、おれがここに来ると考えたのか」

 男の機先を奪って声をかけた。男の眼に動揺が走る。やはりだ。

「なぜわかった」

 祐介は苦笑した。「まさか七年前からずっとここでおれを待っていたわけじゃないだろう」

 どの家の地下室も荒らされた跡があり、貨幣が一枚も残っていなかった。祐介が村を出てから盗まれたのだ。問題はそれが村を襲った連中のしわざか、それとも偶然ここをみつけた猟師かだったが、この男の出現で猟師の線は薄くなった。となると――。

「おまえがキハラか」祐介は鎌をかけた。

「馬鹿をいうな」男は吐き捨てるようにいった。「あの野郎はおれたちを裏切って、皆殺しにしようとしやがった」

「すると、ボルドの話は本当だったんだな。あいつもあれだけ血が出て、よくたすかったな」

「いや、だめだった」男は銃口を祐介の胸に向けた。「だが死ぬ前におまえのことを女房に言い残すことはできた。おれに連絡してきたのは女房だ。仇をとってくれってな」

「おれを撃ったら、カネの隠してある場所はわからなくなるぞ」祐介は冷ややかな声でいった。

 男は黙ってこちらを見ている。眼が迷っている。祐介はもうひと押しした。

「どうだ、取引をしないか。村を襲った件についておまえの知っていることをみんな教えろ。そうしたらカネの半分をやる」

 男は鼻で(わら)った。「そのあとでおれを殺して村の連中の仇をとろうってか」

「カネがみつかったらおれを殺して一人占め――と顔に書いてあるぞ」

「じゃあどうする」

「ふたりとも銃と刀を捨てるんだ。防水布に巻いて、そうだな、あの川の中に沈めるというのはどうだ」

「川の中……」男はためらった。

 水に恵まれた回廊一帯とちがい、草原や高原地帯では流水を汚すのは禁忌(タブー)に近い。泉の水を飲むにもじかに口をつけることはなく、必ず椀に汲む。まして川で泳いだりは絶対にしない。水は神聖であると同時に恐ろしいもの――つまりこの男はカナヅチなのだ。

「溺れるほどの深さじゃない。せいぜい膝までだ」祐介はさりげなくいった。

 また沈黙。やがて男がいった。

「本当にカネのある場所を知っているんだろうな」

「もちろん知らないさ。ここで暮らしていた頃はまだガキだったからな」祐介は肩をすくめた。「だがこの谷間はおれたち子供の遊び場所だった。大人が宝を隠しそうな場所の心当りなら幾つかある。そのうちのどこかだということは間違いない」

 しばらく考えて男はうなずいた。

「いいだろう。おれはゴントだ」

「アキツだ。この防水布の中に銃を置け」

「おまえの銃と刀を縛るのが先だ」

「勝手にしろ」

 ふたりの小銃と刀、小刀まで巻いて縛ったので、包みはちょっとした重さになった。ふたりで両端を持ち、声を合わせて大きく振り、川の中に投げこんだ。祐介は両岸の岩と木を目印に包みの沈んだ場所を頭に記録して、言った。

「それでは生簀に入れておいた鱒で朝飯にするか。食い終わったらおまえの話を聞かせてもらおう」


「キハラの素性だが、〈旧世界〉出身らしいという他は、あまり大したことはわからない」

 ゴントは語りだした。それによると、木原は護衛屋として南回廊の一部で多少は知られた存在だったらしい。若い頃から傭兵として各地を転戦し、やがて自分の部下を抱えて独立したのだという。なるほど、村を追われてからはそちらの方面で才能を伸ばしたということか。

「それからは隊商の護衛や盗賊退治なんかを請け負ってそこそこ繁盛していたんだが、七年前の秋、おれのところに依頼をもってきた。荒っぽいのを集めてくれってな。むろん雇い主は秘密という条件だ」

「変だとは思わなかったのか」

「思ったさ。それまで堅い仕事ばかりしてたやつが、自分でいうのもなんだが、おれのような裏通りの口入れ屋に人集めを頼むなんて、どう考えたって何かある。そしたらどうだ、山奥の村を襲うという汚れ仕事だ」

「なんで引き受けたんだ」

 ゴントは、くだらぬことをきくな、といった顔をした。鼻の脇を指で叩いて、

「カネの匂いがぷんぷんしたからさ。おれたちを雇うというのも、てめえの手を汚して、それまで築いたご立派な評判を落としたくないからだ。そうまでして襲おうってんだから、チンケな村のわけがない。案の定、〈旧世界〉人の開拓村だ。となればどこかにお宝が隠してあるはずだ。連中が〈旧世界〉の特権を使ってしこたま貯めこんだのはわかっている。それをバカどもが、仲間がやられた腹いせに、隠し場所を訊きだす前に村の連中を殺しちまった。クズは何をやったってクズだな」

 自分がそのクズどもの頭目だという意識はないようだ。祐介は焚火に小枝をくべるふりをして顔にでた怒りを隠した。なんとか気を静め、

「ボルドの話では、キハラの依頼は村人の皆殺しだったそうだな」

 ゴントはうなずいた。「お宝をかっぱらって、村の連中を生かしておくわけはないだろう。おれがやりましたと宣伝するようなものじゃねえか」

「すると、娘たちは――」

「村においてきた。たぶんキハラに殺されたんだろう」ゴントは言って、肩をすくめた。「もっとも、その場を見たわけじゃない。ただ、おれたちが殺していないのだけは誓ってもいい」

 おまえの誓いなんぞに、牛糞(バース)ほどの価値もあるか。祐介は胸のうちで吐き捨てた。だが、あれだけ探したのに娘たちの遺体はみつからなかった。あるいは本当に逃げることができたのか……。

「口封じというのなら、おまえたちも()られるとは考えなかったのか」

「考えたさ。だから切通しを出る手前で絶壁の洞窟に隠れ、様子をみたんだ」

 掠奪した品を、これまた奪った馬の背に積んで最後尾を歩いていたゴントたちは、出口近くで先を行く仲間に気づかれぬように馬の手綱を引き、横の洞窟に入った。

 間一髪だった。ゴントたちが隠れた直後、先行した仲間は待ちかまえていた木原たちの銃撃を受けたのだ。ゴントはボルドらに馬をひいてもっと奥に隠れるよう命じ、自分は洞窟の岩蔭から外の様子をうかがった。

 仲間はどうやら全員が殺されたらしく、激しい銃声が止むと、ゴントの隠れている穴の前を木原が数騎を率いて村の方角へと駆けていった。おそらく村に生き残りがいないか確かめに行ったのだろう。となると、村に残った馬賊の死体を調べてゴントらが逃げたことに気づくにちがいない。

 ゴントはそっと穴の奥に進んだ。こうなったら木原たちが洞窟の中に捜しにくるのを、今度はこちらが待伏せて一人ずつ片付けていくしかない。そう考えて進んでいくうちに、意外なことに外に出てしまったのだ。

「すると、ここに来たのも、その洞窟からか」

「そうだ。おまえもか」

 祐介はうなずいた。どうやら木原は隧道の存在を知らなかったらしい。知っていたらゴントらを逃がすことはなかったにちがいない。だが村を調べたのなら、なぜ地下室の祐介たちを見逃したのだろう。ゴントは地下室に気づかなかったようだが、村に住んでいた木原なら、子供の死体がなければ地下室に隠れていることは容易に推察できたはずだ。焼けた家を見て子供たちも死んだものと判断したのだろうか。

「話の腰を折ってすまなかったな。つづけてくれ」

「あとは簡単だ。先に出ていた連中と合流し、川に沿って山を下りた。ところがキハラが追ってきて、逃げられたのは結局、おれとボルドだけだった」

「で、キハラは今、どこで何をしている」

「おれを間抜けと思っているのか」ゴントはせせら笑った。「カネがみつかったら、やつの今の居場所をおしえてやる」

 祐介は立ち上がった。「いいだろう。そこの鋤を持ってついてこい」



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