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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第七章 天山(テングリオーラ)の桶の底で
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07-02 焚火


 翌朝、干肉と(かゆ)で朝飯をすませると、両親の遺骨を包んだ古着と(すき)を持ち、歩いて北の山腹にある墓地に向かった。

 墓地といっても、陽当りのよい緩斜面に墓標代わりの自然石が十二個、不規則に置かれているだけだ。よそ者が見ても墓とは気づくまい。村の歴史の浅さにくらべて墓石の数が多いのは、開拓初期に事故、とくに雨期の増水による事故が多発したからだ。

 それぞれの墓に摘んだ花をたむけたが、自分が埋葬に参列した墓以外は記憶もおぼろだ。当時は幼くて墓などに関心がなかったとはいえ、あらためて七年半の長さを感じる。

 足場をたしかめて掘りはじめた。小石が多く、一メートルばかりの穴を堀るのに一時間近くかかった。両親の遺骨を古着ごと納め、土をかぶせた上に、大人の頭ほどの自然石を置いた。


 村に戻り、家々の跡をまわって遺体をさがし、あわせて役に立つ物が焼け残っていないかをしらべた。

 どの家も地下室を持っていたが、秋津家をのぞく二十五世帯のうち十四世帯の地下室には火が入っていた。しかし貯蔵されている物品が全焼している例は少ない。酸素の欠乏で火が消えてしまったのだろう。

 衝撃であり、やりきれなかったのは、いくつもの地下室に幼児をふくめた子供の遺体があったことだ。焼死とみられるのが十六体で、他の九体はいずれもミイラ化している。姿は変わり果てても赤ん坊の頃から一緒に遊んだ仲だ、誰かはわかる。

 安奈(あんな)もいた。祐介と仲のよかった同い年の女の子で、その黒く干からびた指には爪がなかった。

 しばらくその小さな指を見ていた祐介は、いきなりわっと叫んで地下室から飛び出し、土の上に倒れこんだ。

 見える。(ふる)える手で眼を押さえても、瞼の裏にはっきりと見える。爪がはがれ、血だらけになった指で必死に扉をかきむしる安奈の姿が。

 もしおれがいつまでも地下室に隠れていなかったら安奈を救えたかもしれない。いや、あの雨の日でもまだこの子たちは生きていたかもしれないのだ。祐介は草の上に額を擦りつけて号泣した。なぜおれはあの時、徹底的に一軒一軒を調べてみることを思いつかなかったのだろう。


 疲れるまで()いたあとも、祐介はそのまま放心したように坐りこんでいた。

 どれだけ時間がたっただろう。やがてのろのろと立ち上がったときには、涙はすっかり乾いていた。

 使えそうな材料を集めて(そり)を組み立て、布でくるんだ子供たちの遺体を乗せて墓地まで曳いていった。皆、驚くほど軽かった。


 四日かかってすべての遺体を埋葬してしまうと、祐介は眼下に村の跡を眺めながら、虚脱したように立ちつくした。これだけの村人たちの遺体を眼にした今、姉の無事を信じたくとも、すがるべき綱さえみつからない。

 祐介は肩をおとした。この世に独りきりになって、誰のため、何のために生きていけばいいのだ。

 語る相手もなく焚火にあたりながら、夕陽を浴びて黄金色に輝く峰々を眺めていると、自分が人間であることさえ忘れそうになる。実際、この巨大な自然の桶の中に人間は祐介しかいない。あとは獣ばかりだ。

 いっそ獣になれたらいいのに。

 ビスビューで剣術の師匠に教えられたことがある。

 ――迷ったら原点に立ち帰れ。人間の原点は一匹の獣だ。

 戦うときの教訓と理解していたが、キタンの遺跡やその後の脱出行で、生きようとする意志の強さが生死を分けるのを何度も眼にした。それこそ心臓の鼓動が止まるまで生きることを諦めない獣の心ではないか。それに獣なら思いわずらうこともない。


 翌朝、祐介は暗いうちに起きて刀を振った。日課としている刀術の稽古だ。切先には(おもり)をつけて重くしてある。いつもは疲れを残して仕事にさしつかえぬようにほどほどで切りあげるのだが、この日は身の内の炎につき動かされるまま、腕が上がらなくなるまで振り、走った。頭の中が空っぽになるまで体を痛めつけ、胸の底で煙をあげて(くすぶ)っているものを全て燃やしつくしてしまいたい。

 朝食をとってからカイザンに乗って狩りにでかけた。以前から山に棲んでいた動物にくわえ、村で飼っていた牛や豚、鶏などが逃げてふえたため、獲物をさがすには困らない。ただ祐介の目的は獲物よりも、カイザンを乗りこなせるようになることだ。

 ボルドが教えこんだらしく、カイザンの動きはガルダン遊牧民の戦い方にのっとっている。祐介自身もトゥムルから騎馬戦の基本は習ったものの、あまり身についてはいない。

 なんといっても遊牧民の戦いは騎上射撃が主だ。ところが祐介の騎射の腕はさっぱりで、これにはトゥムルも意外だったらしい。それでも、

「いきなり上手にはなれないさ。これまでろくに小銃をいじったこともないんだろう」

「ああ。だがいくら練習しても、とてもおまえの真似はできそうもない。やはりおれにはこっちが向いている」

 祐介は腰の騎兵刀を叩いた。だが刀術を騎馬戦で活かせるようにするには、独自の工夫と練習が必要だ。迂闊に振りまわせば自分の馬の頸を斬ってしまう。

 午前中いっぱい駆けまわり、戻って鞍からおりると膝が笑った。立っているのがやっとだが、休む前にカイザンの馬具をはずして汗を拭いてやった。濡れたままにしておくと馬体が冷えるだけでなく、皮膚が鞍と擦れて傷になりやすい。

 ひと休みしてから、つぎは自分の足で山まで走った。坂を駆け、岩だらけの斜面をよじ登る。山から駆け戻ると、またひとしきり刀を振った。

 陽が傾く頃には、足がふらつき、腕があがらなくなっていた。小川の膚を切るような雪解け水で汗を流し、乾いた服に着替える。汗に濡れた下着は水洗いし、焚火のそばに干した。今夜は全身の筋肉が悲鳴をあげるにちがいない。だが体のなかは軽く、爽快だった。

 トゥムルはどうしているだろう。祐介は焚火にあたりながら考えた。頭を空にしようとしたのに、過ぎたこと、別れた人のこと、これからのことがとりとめもなく浮かんでくる。それもいい。たまには落着いて自分を見つめるのも悪くはない。


 トゥムルは約束通り、野営地で待っていてくれた。祐介はその冬をトゥムルの家族のもとですごし、冬の終わりに天山(テングリオーラ)山脈に向かう馬交易の一隊に同行して高原を後にした。

 トゥムルは南回廊までついてきてくれた。別れ際、ふたりは互いのがっしりとした肩を抱き合った。

「ユースケ、誰かの力が必要になったら、おれを忘れるなよ」

「ああ、もちろんだ。トゥムル、キタン遺跡じゃひどい目にあったが、おまえと知り合えたことで釣りがでたよ」

 トゥムルの精悍な顔に、夏の陽のような笑いがうかんだ。


 そしてベールヘーナ姫。

 あれからもう二年になる。結局、ビスビューには立ち寄らなかった。ベールヘーナとの約束を忘れたわけでも、公女への想いが消えたのでもない。ただ――。

 祐介は胸元から紅玉(ルビー)の頸飾りを取りだした。噂では、婚約は相手が病死したため解消されたという。今ならおそらくストレイに連絡して会うことはできるだろう。だがそれでどうなる。祐介は襟の中に頸飾りを落とした。結局は互いにつらい思いをするだけだ。棲む世界がちがうことを、あの頃は子供でよくわかっていなかった。


 祐介の若い体は連日いくら痛めつけても一晩で回復する。頭を空っぽにすることはできなかったが、気力はよみがえった。もともと悩みを大事に抱えていられる性分でもない。

 祐介は毎日の稽古の合間に、家々の焼け残った地下室を調べた。木原とはどんな男か。そして村を襲った狙いはなにか。村に帰ってきたいちばんの目的はそれを知ることだ。南回廊をここまで旅しながら調べてはみたが、木原という名だけが手掛りでは何もつかめなかった。それにあまり熱心にたずねてまわると、かえって木原の耳にこちらの噂が入ることになる。

 もともとこの村は土壌が豊かで水も森もある。だがいくら農業、牧畜に向いているといっても、狭い桶の底ではたかのしれた規模だ。外界と隔絶しているので発展性もない。いったいどんな価値がこの村にあるのだろう。鉱物資源か。それにしては誰も採掘などしていなかった。なにかあるはずだ。おそらくはとてつもない価値のある何かが。たぶんそれは……。


 その朝、一人用天幕の中で寝ていた祐介は、固いもので肩をつつかれて目を覚ました。



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