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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第七章 天山(テングリオーラ)の桶の底で
29/55

07-05 決意


 ゴントが最後に掘っていた穴の底には大きな瓶が四つ、埋まっていた。中には貨幣の入った袋が二十六個も詰まっている。それぞれの家の開拓資金だ。数えてみると〈旧世界〉と天山連邦発行の交易金貨が約二千百枚に銀貨が八千枚以上もある。特権云々(うんぬん)というゴントの言葉は〈旧世界〉と連邦の関係を突いているのかもしれない。これだけあれば、ちょっとした規模の軍隊を動かせる。たしかにゴントにとっては命を賭けるに足る金額だろう。

 祐介は溜息をついた。ばかなやつだ。木原がこれしきの金のために同じ村の仲間を殺したとでも考えたのか。木原にとっては、今こんな大金を手にいれて下手に世間の耳目を集めるより、岩間村にはもっと遥かに大きな価値があるのだ。


 手掛りは、岩間村の成り立ちそのものにあった。

 天山連邦で暮らしていた祐介の両親たち〈旧世界〉人は、どこからこの天然の桶底に入ってきたのだろう。わざわざ山脈の東か西の麓をまわり、南回廊を旅してからあの切通しを抜けてきたのか。

 ちがう。

 両親たちは連邦領である北麓から入ってきたのだ。実際に行ってみたことはないが、心当たりの場所もある。

 つまりこの村は、天山山脈の南北をつなぐ天然の縦貫道なのだ。おそらく切通しをみつけたのは移住後だろう。

 この南麓への道によって、岩間村の地理的価値は一変した。もし岩間村を通って南北を往来できる縦貫道が開かれたら――天山回廊の地勢図がまったく変わってしまう。

 これまで南北の物流は山脈の東西を迂回しなければならなかったが、その必要がなくなる。この地が東麓のゼウンガールや西麓の西宮(ニシノミヤ)以上の経済の中心地となることは間違いない。南北の勢力分布にも大きな影響がでる。縦貫道を制すれば天山回廊に覇をとなえるのも夢ではなくなるのだ。

 祐介がそれに気づいたのは、グラレフのもとで交易会社の設立に奔走しているときだった。やはりそれなりの経験を積まなくては、見えるものも見えてこないということだ。

 だが諸侯の争奪の的になった岩間村は、その独立をどう守ればいいのか。いかに防衛に適した地形とはいえ、わずか二十六世帯では、繁栄を享受するどころか蟻のように踏み潰されてしまう。

 ここでおそらく村民の意見は二つに分かれたはずだ。

 たぶん木原は、ただちに縦貫道を開くよう主張したにちがいない。時を移せばこの秘密が諸侯に知られる、ただちに開鑿工事に着手すべきだ、諸侯は互いに牽制し合って手は出せない――そんなところだろう。

 これに対し、父をふくむ大多数の村民は縦貫道を開くことに慎重だったのではないか。

 開拓者といっても、故郷を食いつめ、人生の逆転勝利の機会を求めて開拓団に加わった連中なら、きっと飢えた魚のように木原の考えに飛びついただろう。だが岩間村の住民たちは自然との生活にあこがれて開拓の道を選んだのだ。縦貫道を開くにしても失敗しないことを最優先に考え、まずは足場を固め、時間をかけて両方の出口の周囲を確保しようと考えたとみるのが自然だ。

 結局、木原は追放された。いや、自分から村を見限って出ていったのかもしれない。そして傭兵として各地を転戦し、実力が身にそなわるにつれ、やがて自分で縦貫道を開く野望を抱いたのだろう。

 穿(うが)って考えれば、最初からそのつもりであえて傭兵という危険な道を選んだのかもしれない。その方が筋が一貫している。むろん縦貫道を足がかりに、いずれは南北回廊をも支配するつもりだろう。すべては推測でしかないが、大筋では間違いないはずだ。

 それにしても村の大人たちが木原のような男を生かして外に出したというのは、やはりこんな桶の底に隠れ住む知識人らしい気の弱さだ。父さんたちもそれを自覚していて、それだからこそ木原の積極方針は採らなかったのかもしれない。自分たちの限界を知っていたのだ。もともと木原はこの桶底に納まりきる器ではなかったのだ。

 いや、器量がどうであれ、木原の野心が両親や村の人たちを殺したのにかわりはない。そして、もしかしたら姉さんも――。

 祐介の脳裏に白骨化した両親や村の人たち、安奈らの無惨な姿がよみがえった。このまま泣寝入りするわけにはいかない。村をやつの思い通りにさせてたまるか。

 だがどうやってやつに立ち向かう。村を襲ったとき、すでに木原は売り出し中の護衛屋だった。あれから七年半。やつが無駄に歳月を食いつぶしていなければ、今頃はきっと……。なのに、おれには何の力もない。今やつの前に出たところで、仇をとるどころか蝿のように叩きつぶされてしまう。

 くそっ、弱気になるな。祐介は自分を叱咤した。諦めたらそこで終りだ。なにかあるはずだ、やつを地獄に叩き落とす方法がなにか。考えろ、考えるんだ。


 傾きかけた陽の光が濃くなるのを眺めるうちに疑問がわいた。七年前、木原はなぜ村を襲ったのだろう。あきらかに、縦貫道を開発する準備をととのえての行動ではなかった。現に村は今も手つかずのままだ。

 祐介の頭はようやく泥沼からぬけだして回りはじめた。

 どうやら木原も万事計画通りというわけではないようだ。準備不足のまま襲撃した事情はわからぬが、今も村を封鎖したままなのは、自力で南北縦貫道を開発し守れるだけの力がまだそなわっていないからだろう。となれば、縦貫道を開くのは早い者勝ちということになる。

 胸の底で熱いものがむくむくと頭をもたげてきた。そうだ、その手があった。縦貫道を開くのはなにも木原でなくともかまわないじゃないか。

 じっとしていられなくなり、立ち上がって焚火のまわりを歩きだした。それしかない。ひとり頷いた。もし姉さんたちが……最悪の場合は、おれはただ一人の生き残りとして岩間村のすべてを受け継ぐ権利、いや義務がある。この村を木原の手に渡してたまるか。

 激しい敵意が祐介自身も気づいていなかった野望をめざめさせ、胸に火をつけた。問題は、どうすれば木原を出し抜くことができるかだ。

 祐介はわが身をかえりみた。たしかに今のおれは木原に遠くおよばない。経験の差もだが、なんといってもおれは独りきりなのに、やつには部下がいる。やつに立ち向かうには、おれも力になってくれる仲間を集めなくてはならない。だが、どうやって……。

 祐介は腰をおろして焚火に粗朶(そだ)を足し、黒い山影で縁を切りとられた夜空を見上げた。流星が満天の星の海を途切れることなく横切っていく。かつて小惑星との衝突で舞い上がった月の微細片が今も地球に降りつづけているのだ。

 そういえば昔、隊商夫仲間のニルスから言われたことがあった。

 ――おめえは人の力を集めて、でっかい仕事をする男だ。

 その言葉が当たっているかどうかはわからぬが、縦貫道を開くのに組織の力はどうしても必要だ。

 星々を貫く流星と焚火の踊る炎を見つめるうちに、胸の奥で静かに闘志が燃えてきた。やってやる。木原が傭兵稼業で力をつけたのなら、おれは交易の世界で大きくなってみせる。

 祐介は眠気も忘れて考えをめぐらした。

 ゴントから木原の居場所は訊きだせなかったが、これまでと同様、南で活動しているとみるべきだろう。ならば木原の縄張りである南回廊で目立つことをするのは危険だ。交易業者として地力をつけるなら木原の手の届かぬ北回廊に出るしかない。やつのはるか後を追うことになるが、小さな組織が大きな組織を食いつぶすのは珍しくない。そうだ、まだ遅くはない。

 気がつくと空が白み、東の稜線が赤く輝いている。空腹に気づき、生簀に残っていた最後の鱒に串を打って焚火の脇に刺した。

 魚が焼け、うまそうな匂いがただよう。

 突然、体の中に熱く激しいものが湧き上がった。生きている歓び、殺された者への悲しみ、木原への怒り、そして大きな野望への闘志……。祐介は衝き動かされるように天に向かって叫んだ。

「待っていろ、木原! 地下室のおれを見逃したことを、とことん後悔させてやる!」


 ゴントの遺体は草地に埋めた。小銃は分解して湖に投げこみ、身許を推測させるわずかな荷物は焼き捨てた。皮肉だが、この大金がみつかったのはゴントのおかげだ。ゴントが現われなければ、村の金はすべて盗まれたと思いこんでいた祐介は、墓石の数の不一致に気づくこともなかっただろう。

 祐介は当座の資金に交易金貨二枚と銀貨を二十枚だけとり、残りの貨幣はふたたび別の場所に隠した。

 地下室に残っていたのは、大量の穀物の種のほかに、医薬品、弾薬、香辛料、岩塩、粉末ダイヤモンドなど多岐にわたった。とりあえず交易品として岩塩の包みと粉末ダイヤモンドを運べるだけ、弾薬と少量の医薬品、それに数日分の保存食料を持っていくことにした。

「行くぞ、カイザン、ロナン、レーナ」

 祐介はゴントの馬も加えた三頭の手綱をひき、カイザンの馬首を北に向けた。


    *   *   *


 野盗の討伐から戻った傭兵隊長は、野戦用の幕舎(ゲル)内で装具を解いた。くずれるように椅子に腰を落とすと、連絡のため本営に出向いていた副官が入ってきた。

「隊長、例のキタン遺跡の叛乱を指揮した少年について新しい情報がはいりました」

「秋津のことか」

「はい。去年の秋、ベルナウからガルダン高原に向かったところで消息が途絶えていましたが、この春、南回廊に姿をみせました。たいした名馬に乗っているということで、道々評判になったそうです」

「本人にまちがいないのか」

「確証はありませんが、まだ子供といってもいい齢なのも同じですし、人相も一致します。その後ユースダール男爵領で目撃されたのを最後に、ふたたび姿を消しました。おそらく天山の山中に入ったものと思われます」

 最後は副官の推測だったが、隊長は黙ってうなずいただけだった。

「しかもその半月後――」

「まだあるのか」

「はい。賞金首のゴントが、やはり男爵領から天山に入ったのが目撃されています。これを偶然とは考えられません」

「やつめ、どこに隠れていた」隊長はつぶやき、「で、ゴントはどうした」

「それきり出てきません。秋津も姿を消したきりですし、ゴントに殺されたということも考えられます」

「もしキタンの秋津なら、ゴントごときに殺されたりはせんだろう」隊長は興なげにいった。「ごくろうだった。また秋津についての情報があったら報告してくれ」


次回から第八章「ジャルマ雪中行」に入り、舞台はいよいよ天山山脈の北側、森林地帯にうつります。

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