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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第六章 ガルダン高原騎行
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06-03 ジムサル氏族


「そのジムサル氏族は君のみつけた博労と以前から取引があって、問題の頃にも六十頭ほどの馬を売ったそうだ」とウルズイが祐介に説明した。

 初めての有望な回答である。問合せを出してから二十一日たっている。これまでに送られてきた回答は、どれも場所や時期が違っているか、あきらかに謝礼目当ての偽情報で、チャハルで待っていた祐介はそのたびに喜びと失望を味わわされた。

「おれがブハラでたずねた時は、初めての相手で名前も知らないなどといっていましたよ」祐介は博労のしたたかな顔を思い出しながら言った。

 ウルズイは肩をすくめた。

「君だって、見ず知らずの男に、なじみの取引相手のことをぺらぺら喋ったりはしないだろう」

「それもそうですね」

 ガルダン族という手掛りを教えてくれただけでも感謝すべきだろう。


 翌々日、祐介はチャハルを発った。すでに冬に入っているが、この時期はまだ鳥や獣の姿が多く、降った雪はすぐに風で飛ばされて馬の食べる草も簡単に見つけられる。おまけに吹き溜まりの雪があるので、燃料さえあれば水場をさがさなくともよい。変わりやすい天候に注意すれば、むしろ旅に向いた季節なのだ。ガルダン族が馬交易にでるのもこの季節だ。

 ウルズイのつけてくれた男に代わって自ら道案内を買ってでてくれたトゥムルのおかげで、たいていは幕舎(ゲル)に泊めてもらうことができた。

「よく野営地をみつけられるな。全部の氏族の遊牧経路が頭のなかに入っているのか」

「まさか」トゥムルは笑って、「放牧に適した地形をさがすんだ。この季節なら、野営地は南向きで風のあたらぬ岡や森の陰をさがせばいい。移動の方向と距離は、草や(アルガリ)をみれば見当がつく」

 教えられて祐介もやってみた。隊商の生活は長いので、地形を読む眼はできている。だがとてもトゥムルのようにはいかない。

「慣れればユースケにもできるさ」とトゥムルはこともなげにいう。

 トゥムルが一緒に来てくれてたすかったと祐介はつくづく思った。グラレフから餞別にもらった中古の位置表示器は、遊牧民の野営地まで教えてくれない。

 どの野営地でもふたりを歓迎して、羊の肉と馬乳酒(アイラグ)でもてなしてくれた。冬はとくに娯楽が少ないので新しい噂や見聞に飢えているのだ。

 ふたりは期待以上の客だった。

 トゥムルの語る地下遺跡での強制労働と叛乱の物語は、熱狂的に受けた。祐介もせがまれて体験談を披露し、その簡潔でたたみこむような語り口がまた好評だった。

「ユースケ、おまえ才能があるぞ。いっそふたりで吟遊詩人になって稼ぐか」

 トゥムルはまんざら冗談ともいえぬ口調でいった。外の世界を知った彼は、このまま故郷で父や兄の郎党となって暮らすことに迷いを抱いているらしい。


「ああ、ブハラとは毎年その頃に取引をしとるよ」

 ジムサル氏族の族長はいった。回答をくれたのはこの男である。

「七年前に売った馬をどこで手に入れたか、おぼえていますか」

 族長は顔をしかめた。「ここ二十年、ブハラに売った馬はみんなうちで産まれた馬ばかりだ」

 自分の育てた馬に自信をもっている男たちは、他氏族の馬を仲介して金を稼ぐのをいさぎよしとしないのだ。

 祐介は事情を説明した。

 ふむ、と族長は指先で顎を撫でながらしばらく眼を半分閉じていたが、

「いいだろう。ここで待っているがいい」

 といって幕舎(ゲル)を出ていった。

 祐介とトゥムルがつづいて外に出ると、族長が馬を駆って放牧地に向かうのが見えた。


 やがて族長は、中年の男と一緒に戻ってきた。

「馬を運ぶ途中で、疲れた馬を交換してやったそうだ。詳しいことは自分でたずねるがいい」

 二人のジムサルの間に緊張が感じられる。臨時の取引を族長に報告しなかったことが問題になっているのだろうか。

 祐介は男に名乗ってから、なるべくさりげない口調でたずねた。

「馬を交換した相手はガルダン族でしたか」

「さあ、どうだったかな」

 ふてくされたような顔だ。祐介は気づかぬふりで、

「どこで馬を手にいれたか言ってましたか」

「おぼえてないな」

「十五歳ほどの娘を連れていましたか」

「忘れた」

 トゥムルが割りこんだ。「族長、せっかくだがこれでは礼金を払うわけにはいかない。他の人を紹介してもらえないか」

 男は、はっとトゥムルを見た。

「礼金とはなんだ」

「おれの友人の知りたいことを教えてくれたら交易銀貨一枚を払うという約束だ。だがあんたは何もおぼえていないようだし……」

「ちょっと待ってくれ」

 男は慌てていって、族長とにらみあった。どうやら族長は礼金のことは口にしていなかったようだ。どっちもどっちだと祐介は思った。


 交易貨には金貨と銀貨の二種類がある。純金あるいは純銀を用いているので、その価値は貴金属としての値打に等しく、品位と重量が厳密に定められていることから、事実上、世界の基軸通貨となっている。ただし高額なため日常の取引には不向きで、もっぱら大きな商取引で使われる。交易貨とよばれる所以(ゆえん)である。

 独自に貨幣を鋳造している国は多いが、交易貨に求められる品位への信用と安定した発行量を満足させられる国は限られており、天山(テングリオーラ)山脈の周辺では天山連邦のみだ。むろんガルダン高原でももっとも歓迎される貨幣で、銀貨一枚なら訓練済みの凡馬十頭は買える。いくら馬の産地とはいえ、少ない数ではない。

「教えたらおれにくれるのか」

「もちろん」トゥムルはうなずいた。「でもあんたは忘れてしまったのだろう。作り話に金を払うわけにはいかないな」

「いや、なんか思い出せそうなんだ。そうだ、だんだん思い出してきたぞ」

 礼金という言葉が特効薬となって、男の記憶力はにわかに回復した。だが薬が効きすぎて知らないことまで思い出しているかもしれない。

 そこで当時一緒にブハラまで馬を運んだ男の弟にも事情をきくことにした。兄がいまだに族長の下働きをしているのに、弟はすでに独立し、自分の家族を連れて遊牧しているという。

 男は不満そうだったが、「忘れた」を連発しただけに文句もいえず、交易銀貨の四半分の価値しかないベルナウ銀貨一枚に減った礼金を恨めしげにながめた。


 弟のほうは、族長の紹介もあってはじめから協力的だった。くわしく憶えてもいた。兄弟の話を合わせると次のようになる。

 彼らは馬の群れを運ぶ途中、グーベンの東で隊商の生き残りと称する一人の遊牧民に出会った。怪我をして、乗馬も替馬も疲れきっている。

「ひどい目にあったようだな」と声をかけると、

「馬賊に襲われて、馬と荷を奪われた。仲間も殺され、おれだけ運よく逃げられたんだ」

「そりゃ災難だったな」

「相談がある。おれの馬は見てのとおり疲れてはいるが、どれもとびきりの上馬ばかりだ。こいつらを、そちらの元気な馬と交換しないか」

 たしかに凡馬十数頭に匹敵する良馬が何頭かいる。

「でもなあ、これは預かっている馬ばかりだから」

 交渉の結果、良馬二頭をふくむ疲れきった馬五頭に対して、元気な凡馬十五頭で商談が成立した。その良馬の一頭がタケロウだったというわけだ。

「その男がどこの氏族かはわかりませんか」祐介はすがる思いでたずねた。

「わかるよ。ついでに名前もわかる」

「よかった。教えてください」

「礼金はいくらだったかな」

 弟はジムサルの本性を(あら)わしてとぼけた。ベルナウ銀貨一枚、とびきり役に立てば交易銀貨一枚という約束は忘れた顔だ。

「交易銀貨一枚のほかに、ベルナウ銀貨二枚までだしましょう」祐介はいった。

 弟はもっと値を釣り上げたいような様子だったが、トゥムルが凄い眼で睨んでいるのを見て手を打った。

「嘘をついて儲けようなんて考えんほうがいいぞ」とトゥムル。

「そんなつまらんまねはせんよ。実は一昨年(おととし)の馬市でそいつを見かけたんだ。声をかけたらあわてたような様子だったんで、ちょっと気になり、どこの誰かを調べたのさ」

 兄弟、こすからいところは似ているが、この行動力が決定的に違う。

「で、どこの誰でした」

「ホージョ氏族のボルドという男だよ」




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