04-03 坑道
足の下にあいた真っ暗な縦坑からは、絶えず熱い風が吹きあがってくる。
祐介たちは陶製の防護帽をかぶり、水筒を腰につけ、三十人ずつ櫓に吊された昇降機に乗った。
昇降機はひと揺れしたあと、こきざみに揺れながら地の底へと降りていった。
ほんの二、三分ということだったが、いつまでたっても底に着かない。不安になったころ、いきなり音をたてて停止した。薄明かりの洞窟に、作業を終えた男たちが毛布を手に待っている。一様に無表情で、みんな同じ顔にみえる。
「こっちだ」
同じ昇降機で降りてきた古顔の坑夫たちについていくと、空の運搬車がとまっていて、線路が坑道の奥へとのびている。闇の底から熱い濁った空気が吹いてくる
祐介たちが乗った運搬車は坑道に音を反響させながら動き出した。天井に間隔をおいて吊されている小さな照明が、人の走るほどの速さで後ろへ流れていく。
妙な坑道だな、と祐介は思った。ごつごつとした岩肌のところどころが鉋をかけたように平らになっている。それも垂直や水平に。
「何の鉱山なんだ」
隣の新入りが古顔にたずねた。古顔は黙って耳に手をあてた。新入りは大声でくりかえした。
「遺跡だ。〈大変動〉で埋まった街だ」古顔も怒鳴った。
祐介らは思わず顔を見合わせた。なるほど、そういうことだったのか。地上にあらわれている遺跡はとうに発掘されつくしていて、今では地下に埋もれた遺跡を探すのを生業とする〝発掘屋〟なる連中もいるくらいだ。どうやらおれたちは発掘屋の下働きをさせられるらしい。
運搬車が停車した。急に静かになった。
「ここからは歩く。おまえたちはそいつを押してこい」
古顔は、投げ出されたように置かれている猫車を指さした。
「やなこった。自分で押していけよ」ラモンがせせら笑った。
古顔は怒りもせず、
「いいか、ここじゃ掘りだしたお宝の種類と数に応じて食い物が支給されるんだ。そして食い物をどう分けるかを決めるのは班長のおれさまだ。食いたくなきゃ、そこに坐っておれたちが戻ってくるのを待っていろ」
と言い捨て、穴の奥に入っていった。
祐介は猫車を押し、古顔たちの後につづいた。運搬車の通っている坑道は壁や天井が露出するまで広げられていたが、この穴は狭くごつごつとしていて、頭を下げていても防護帽が岩にあたる。ラモンもふてくされたような顔で、ぶらぶらとついてきた。
班長は歩きながら説明した。足元の太いのは送気管で、地表から圧搾空気が送られてきている。横の細い管には電線が通っている。どっちが切れても地底のおれたちはおしまいだ。建物の壁や柱が残っているので、梁や支柱は必要ないそうだ。本当かどうかは知らん。崩れてみりゃわかるさ。
角を曲がるたびに騒音が大きくなり、つきあたりに達したときは頭蓋骨が振動するほどになっていた。足元に据えられた投光器が斜め上にのびた穴の奥を照らしている。四人の坑夫が掘削機で岩壁を削り、ころがり落ちた砕石を三人が円匙ですくって猫車の中にいれている。足元には潰れた金属の箱が三つ置かれている。空気に触れていなかったせいか錆びてはいないようだ。
班長は粉塵に満ちた穴の奥に入って掘削機の男の肩を叩き、身ぶりで交替の合図をした。男はうなずいて隣の肩を叩く。順番に肩が叩かれていき、四挺の掘削機が停止した。それでもまだ耳の中には音が響いている。
四人は無言で三人を手伝って猫車に砕石と潰れた金属の箱を積み、祐介たちの来た穴をもどっていった。
「このあたりは事務所だったらしい。崩れて土砂で埋められたところを熔岩で固められたんだ」
鼓膜が元に戻ると、班長は岩壁に手を這わせていった。
「こいつを削りとっていく。埋まっているお宝を壊さないように気をつけろよ。使い方を教えるから、奥に入って掘削機を持て」
掘削機は前の坑夫たちが使っていたのを含めて五挺あった。祐介は一挺を持ち上げ、肩にあてた。思ったより軽い。
薄っぺらな防塵面で顔を覆い、教えられた通り両手で掘削機をしっかりにぎって、篦のような先端を岩に押しつける。とたんに掘削機が手の中で暴れだし、落としそうになった。
「腕で持とうとするな。腰で持て」
と班長がどなった。せっかくの忠告だがどうしたらいいかわからず、あまり役には立たない。
そのうちコツがわかった。掘削機の先端を垂直に押しつけるようにするのだ。
建物が埋まったとき、中の人たちは避難した後だっただろうか。いや、一瞬の出来事だったはずだし、だいいちどこに逃げるというのだ。ふと視線を感じて思わず左右を見た。壁があるだけだ。
やがて古顔に肩を叩かれ、交替だと合図されたときには、腰から上の蝶番がすっかりゆるんでしまった。手は痛く、掘削機も岩を抱えているように重い。そのうえ削りとった砕石のなかには金属の一片すらない。
つぎは砕石を猫車に積むようにいわれ、ほっとした。掘削機にくらべればまだましだ。
間違っていた。
円匙で砕石をすくうのは掘削以上の重労働だった。たちまち腰が痛くなった。掘削ならすくなくとも腰をのばしていられる。
やめろと合図がでるまで丸一日働いた気がした。班長が腰の袋から短い棒を取り出し、新入りにそれぞれ二本ずつ配った。
「昼飯だ。今日はおれたちのおごりだが、明日からは自分の分は用意しろよ」
古顔たちはみんな袋を腰に下げていて、その中から自分の昼飯を取り出した。
「まだ終わりじゃないのか」新入りが疲れきった声でいった。
「八時間交替だ。まだ半分残っているぞ」
新入りは弱々しくうなった。
「なにも八時間働かなくてもいいんだ」班長がいった。「八時間すると次の交替が来る。そしたら場所をあけ渡さなくちゃならない。それだけのことだ」
「だったらさっさと引き揚げようぜ」ラモンがぼやいた。「なにぐずぐずしているんだ」
「これっぽちのお宝じゃ、満足な飯にありつけないからだよ」古顔が抑揚のない声でいった。
古顔によれば、お宝は〈大変動〉前につくられた品すべてだ。工業製品、工芸品、金属塊。なんでもいい。工業製品は壊れていても用途がわからなくてもかまわない。金属は剥がせる物はみんなだが、壁に埋まっている鋼材、配管、導線などは切断機を持った班の担当だ。
「いっそ、発破を仕掛けてドカンとやったらどうだ」と別の新入り。
「やることもある。壁や天井に穴をあけるときなんかにな。だがへたにやると上から岩が――」古顔は手のひらを上下に合わせた。
祐介はゆっくり昼飯と称する棒を噛んだ。塩味で、乾し肉のような歯ごたえだ。悪い味ではないが、こんなきつい労働の食事にしては量が少ない。
「あんたたちは、もうどのくらいここにいるんだ」祐介はたずねてみた。
「おれは八カ月くらいか」班長がいった。「この十七区では古いほうだ」
「いちばん長い人は」
「そうだな、一年半というのが二、三人いるかな」
「で、ほかの連中はどうなったんだ」ラモンがわかりきったことをきいた。
誰も答えなかった。
「たいていは一月ともたない」やがて班長がいった。「だが二月もったやつは半年はいけるようだ。それでも一年をこえるのはめったにいない」
「あんたはどうだ、こえられそうか」
班長は無表情な眼でラモンを見た。他の古顔が気分を変えるようにいった。
「大事なのは、どんなに苦しくとも防塵面をとらないことだ。さもなきゃたちまち肺が粘土になっちまう」
「水はどこで汲むんだ」新入りが空になった水筒を逆さに振った。
「地上だよ」と古顔。
「冗談じゃねえ。あと四時間も水なしでいろってのか」
「そうさ。だから穴に入る前に、水は節約しろっていっただろ」
「頼む、あんたのを少し分けてくれ」
「だめだ」
古顔はそっけなく言った。他の古顔も知らん顔をしている。
「アキツ、一口でいい、飲ませてくれ。仲間だろ」
「悪いな。おれのも一口分しか残ってないんだ」
これは本当だった。やたらと暑くて埃っぽいので我慢しきれなかったのだ。
新入りは皆に断られ、口汚く罵りだした。
「わめくと、よけいに喉がかわくぞ」古顔がうんざりしたように言った。
「もう一本くれ」と食べ終わったラモンがいった。
「それで終わりだ」
「なんだと。これっぽちで足りるか」
「だったらもっと働け」
後半の作業はさらにつらかった。掘削機は重く、腰は痛く、暑くて喉が渇き、防塵面は目が詰まって息苦しかった。たまらず面をとろうとした。一息だけ、一度大きく息を吸うだけだ。
と、誰かに肩を殴られた。見ると班長が首を振っている。祐介は防塵面をつけなおした。生きのびるためには、ここですでに八カ月生きている班長を見習うべきだ。
やっと終わった。
運搬車で砕石と発掘品を運び、昇降機がおりてくるのを待っていると、古顔が横の籠に積んである毛布を指さした。
「そいつを体にまくんだ」
祐介は思い出した。そういえば、おれたちが降りてきたとき、入れ替わりに昇っていった連中も毛布を持っていたな。
「上は寒いからな。風邪をひくぞ」
坑道に降りたのは朝だった。あれから八、九時間たったとしても、外ではまだ夏の陽がある。まさかとおもったが、古顔にならって毛布を肩にかけた。
地上はまだ明るかった。日中の暑さは衰えていないはずなのに、地下の熱気に慣れた身体は縮みあがった。地上に出てから慌てて毛布をかぶった連中は歯を鳴らしている。
配給所で食糧の箱を受け取った。
採掘した砕石はまず選別機にかけられ、発掘品や金属類が選りわけられる。さらに砕石全体の重量を加味されて評価がくだされ、支給される食糧の量が決められるのだという。
班長は中身を数え、各人に分配した。祐介の分は透明な繊維膜で包まれた小さな煉瓦のような固形食が二個に、休憩のときに食べた棒状の携行食が二本だった。なるほど、これが一日分の食事というわけか。
「なんでおれの固形食が一個だけなんだよ」とラモンがわめいた。
「それだけの仕事しかしなかったからだ」班長が冷ややかにいった。
いきなりラモンが食糧箱にとびかかった。揉みあって箱が落ち、中身が散った。あたりが静まりかえった。
祐介は数えた。数えずにはいられなかった。ラモンを殴りたおした古顔たちがすぐに拾って箱の中に入れたが、それまでには古顔一人あたり固形食が三個あることをたしかめていた。
「ピンはねだ」
ラモンは床にころがったまま呻いた。彼も数えたらしい。
「こいつら、おれたちの分を横取りしているぞ」
「おれたちがいなければ、おまえらにはお宝の一かけらも掘れなかったんだ」
班長は言い捨て、仲間と出ていった。
祐介たちは黙って見送った。ラモンを助け起こそうとする者もいなかった。今はとにかく食べ、横になりたかった。




