04-04 トゥムル
やがて祐介は、ここでは食糧が通貨の代用になっていることを知った。固形食あるいは棒食(棒形の携行食)さえあれば医薬品、道具類はもとより、女まで手にいれられるという。むろんここに女などいるはずがない。妄想が噂に化けたのだ。
問題はその保管だ。個室どころか私物入れもないし、どこかに置いておくわけにもいかない。だから眠る時はもとより、地下にもぐる時も持ち物はすべて身につけたままだ。古顔の坑夫たちが袋を腰から放さない理由がわかった。むろん身につけていたって襲われる危険はある。看守たちは見ても止めたりはしない。
その看守たちも、元は坑夫だった。仲間を売って楽な地位を手にいれた彼らも、自分の担当の穴から掘りだされるお宝の量が規定に達しなければ、たちまち坑夫に逆戻りだ。かつての仲間たちの憎悪の的になっているだけに、それは死刑の宣告にひとしい。そこで彼らはますます苛酷に坑夫たちの尻を叩くことになる。
看守たちに命令を下しているのは祐介たちを捕えた兵士で、坑夫たちは監督兵と呼んでいる。一日おきにどこからか装甲筏に護られた貨物筏で食糧と水素燃料を運んできて、帰りに発掘品を運び去る。時には補充の男たちを連れてくることもある。
彼らはいつも看守としか接触せず、装甲筏から離れない。しかも兜をかぶって面頬をつけているので顔もわからない。小銃を手からはなさず、二十メートル以内に近づく坑夫は容赦なく射殺する。そのため監督兵がどこの国や団体に属しているのか、看守さえも知らない。
だが祐介にはそんな詮索をしている余裕はなかった。わずかひと月足らずのうちに一緒に捕まった仲間の三分の一が死んでしまい、秋を生きのびた者は半数にも満たない。ふつうなら二、三日寝ていれば治りそうな風邪や、ちょっとした怪我さえ命取りになった。班長の言葉は本当だった。
身体をこわせば作業ができず、食糧ももらえない。しかしそれだけなら、自分の貯えや友人からの援助があれば、なんとかしのげぬこともない。
だが回復してどうなる。また暗く暑く息苦しい地の底を這いずりまわるのか。それも自分をこんな目にあわせた奴らにお宝を貢ぐために。そして結局は身体がぼろぼろになって死ぬのだ。
――なら早く死んでやつらの鼻をあかしてやる。
そう言っていた坑夫は、足を挫いてから十日もたたずに死んだ。坂道をころがるような衰弱ぶりだった。
その男だけではない。祐介のまわりで実に多くの男たちがあっけなく死んでいった。体力よりも先に、生きる意欲が尽きてしまったのだ。
祐介にしても、時に絶望の崖っぷちから一歩踏みだしそうになる。生への執着をかろうじて支えているのは、
――姉さんを捜しだすまでは死ねない。
という一念だけだ。おれが死んだら誰が葉月姉さんを救いだすのだ。姉さんのためになんとしてもここを脱出しなくてはならない。
だがどうやって?
実のところ、看守の武器は衝撃棒だけで、見張りもいいかげんだ。砕石の壁はくずれやすくて登るのは難しいが、なにもそんな山を越えなくとも、輸送隊の出入口はがら空きも同然だ。
問題は、どこに逃げるかだ。
この遺跡の周囲は一木一草もない岩石沙漠だ。おそらく古顔の隊商夫が推理したようにキタン沙漠なのだろう。キタンの空白地帯に未発見の遺跡がいくつも埋まっているという噂は祐介も耳にしたことがある。
そうだとしてもこの遺跡の正確な位置も、いちばん近い水場がどこにあるかも、いっさいわからない。砕石の山に登った者の話では、どちらを見ても荒れた岩肌が地平までつづいているという。看守の見張りが熱心でないのは、その必要がないと安心しているのだろう。ここにつけこむ隙があるかもしれない。
その日、縦坑を降りたところで祐介はトゥムルと顔を合わせた。ふたりの班の交替時間が一致したのだ。
トゥムルは祐介より二つ上で、背丈は並みだが肩の巾と胸の厚みがある。二の腕も太く、ただそこにいるだけで威圧感がある。
連れてこられたのは祐介らのひと月ほど後で、それからふた月もたたぬうちに、彼の班の温情家だが優柔不断なところのあった班長は事故死し、彼が班長になった。その後もつづけて三度ほど事故があり、不注意で何度もまわりの者を危険な目にあわせた男、恨みっぽい愚痴で皆の気力を腐らせていた怠け者、仲間から固形食を脅し取っていた男が死んだ。
前班長と最初の不注意男は、あるいは本当の事故死だったかもしれない。だが次の怠け者と恐喝男の事故の背後には間違いなくトゥムルがいる。しかも最後の恐喝男の場合、まだ息のあったのを、トゥムルは班の全員に籤を引かせ、当たった者に止めを刺させることまでしている。
たしかにこの四人は班の厄介者だった。実際、彼らがいなくなることで班の採掘量は増え、少なくとも飢えることはなくなった。しかも、班の全員から恐れられ恨まれていた恐喝男の死に皆を関わらせたことで、共犯意識が班の結束を固める結果になった。
祐介はトゥムルの非情な統率力にひそかな感銘をうけた。むろん、
――なにも殺さなくても。
と非難する者はいる。だがこの状況で班員を多く生きのびさせようとしたら、他に方法があったか。きっと誰もが心の奥ではそれを承知していながら、トゥムルのようには踏み切れずにいるのだ。祐介は、やはり踏み切れそうもない自分の心を省みてそう思う。
祐介がトゥムルと初めて言葉を交わしたのは、トゥムルが班長になって半月ほどした頃だった。騒音が突然減ったのであたりを見まわすと、枝穴の一つから明りが漏れていない。配管や導線、鋼材を切り出す班だ。送電がとまっているらしい。
「ちょっと様子を見てくる」
祐介は班長に告げた。こちらにも影響のある事故かもしれない。
「どうかしたのか」
穴の口から声をかけた。非常灯のほのかな白色光に、沈黙した切断機を抱える男たちの眼が浮かびあがった。
「配電盤に異常があるらしいんだが、原因がわからない」
トゥムルが〈高原語〉でいい、すぐに訛りの強い〈草原語〉で言いなおした。
「みせてみろ」
祐介は流暢な〈高原語〉でいうと、腰の袋を開けて工具を取り出した。
坑夫たちは採掘したお宝のうち、気に入った品、役に立ちそうな小物は差し出さない。他の坑夫のお宝と交換するか、そのまま収穫のない日にそなえて隠し持っている。この工具もそうして手に入れたものだ。
「上から照らしてくれ」
トゥムルは黙って仲間の手から非常灯を取り上げ、配電盤の前にかがみこんだ祐介の手元を照らした。肩から男たちがのしかかるようにしてのぞきこむ。
「臭い息を首にかけるな」祐介はふりむいて〈草原語〉で追い払った。
配電盤の蓋を開けた。原因はすぐにわかった。やはり短絡で、以前の修理がいいかげんだったのだ。
「直るか」
トゥムルがたずねた。保守員を呼んで修理させていたら、今日の分の採掘ができない。
「まかせろ。危ないからおれに触るなよ」
修理そのものは簡単だが、強い電流が流れているので細心の注意が必要だ。祐介は絶縁工具を持つ指先に神経を集中した。
「アキツ、早く来い。いつまで怠けているんだ」
いきなりラモンの怒鳴り声が響いた。
「やかましい! おれの分の食糧はみんなにくれてやるから、邪魔するな」
あやうく感電しかけた祐介は、声をふるわせて叫んだ。
ラモンはトゥムルの仲間たちに詰め寄られ、慌てて逃げていった。祐介は深呼吸をして指の震えがとまるのを待ち、修理をつづけた。
一斉に灯りがついた。
「直った」と祐介は蓋を戻した。
「ありがとう。おれの名はトゥムルだ。この借りは忘れないぞ」
「おれはアキツ。気にしないでくれ。あんたは、もしかしてガルダン族か」
〈高原語〉は遊牧民の共通語である。標準語ではないが、天山山脈の南方と東方では〈草原語〉より広い領域で使われている。
「そうだ。馬を運ぶ途中、野営地を襲われたんだ。乗っていた馬が殺されて捕まってしまった」
「ブハラにも馬を運ぶことがあるのか」祐介はさりげなくたずねた。
「おれの氏族はそっちの方面とは取引がないが、よその氏族が運んでいるかもしれない。それがどうかしたか」
「知り合いが、ブハラでガルダン族から名馬を手にいれたと自慢していたのを思い出したんだ」
「名馬なら、おれの氏族でも育てている。天馬になるかもしれない馬だ」と眼を細めた。
以来、顔をあわせば言葉をかわす仲になっている。
運搬車からおりると、トゥムルが防護帽を指で叩いた。
「当たった」
「おれもだ」
祐介はうなずいた。運搬車が止まる直前、小石が背中にあたったのだ。
この坑道は頑丈な建物の中をくりぬいているので、いわゆる落盤というのは起きないことになっているが、壁や天井の削り残した岩が掘鑿の振動によって剥がれ、落ちることはある。危険なのでそうした箇所は、少量の発破を仕掛けて落としてしまう。ここもそろそろその時期のようだ。
「いつ落とそうか」とトゥムル。
祐介は天井を見て考えた。小規模な爆破でも、事前に送気管や電線、照明器を待避させなくてはならず、爆破の後も粉塵がおさまるまで少なくとも三時間は待たなくてはならない。その間、この坑道を利用しているすべての班が作業できなくなる。思いついてすぐ、というわけにはいかないのだ。
「つぎの交替は四時間後だな。今から各班長に連絡して、二時間後に準備を始め、四時間後に爆破、八時間後に作業を再開するのはどうだ」
「わかった。それじゃあ二時間後にまた」
掘削作業を開始してから間もなく、それは起こった。




