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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第四章 キタンの虜囚
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04-02 夜襲


 ざわめきに目をさまし、祐介はなかば夢の中で腕時計の文字盤をみた。まだ起床時刻ではない。


 はっと完全に目がさめた。今のは叫び声ではなかったか。少なくとも風の音ではない。様子がおかしい。

 急いで靴をはく。哨戒当番の後、外套と靴だけ脱いで寝ていたのだ。

「なにかあったのか」

 グリモンがいった。ほかの連中もごそごそと動きだしている。

「いま見てみます」

 祐介は傍らに置いてあった刀を左手にとり、天幕の入口から首をだした。あちこちの天幕から、やはり不安そうな顔がのぞいている。

 とたんに拡声器が、死人まで起こしそうな音量でわめきたてた。

「起きろ! 襲撃だ、みんな起きろーッ」

 祐介は飛びだした。と同時に、円陣の中に人影が流れこんできた。

 一瞬であたりは大混乱になった。

 軍隊だ。なんと盗賊団ではなく、揃いの甲冑で身をかためた武装兵だ。全員が衝撃棒(スタンキリク)を手にしており、小銃を持った者もいる。


 哨戒番はなにをしていたんだ。祐介は肚の中でののしった。砂塵に隠れて近づいてきたのだろうが、そのための見張りじゃないか。

 祐介は夢中で走り、刀をふるった。手応えがあろうが空振りしようが一瞬も足をとめない。あわてて飛びだし、裸足でうろうろしていた隊商夫たちが衝撃棒であっけなく倒されていくのが眼の隅に映る。

 ――乱戦の中で悠長に睨みあっていたら、背中や脇からばっさりやられるぞ。

 師匠の教えてくれた通りだ。

 祐介は幾度か敵を斬ったが、むしろ殴ったという手応えだ。

 隊商夫の持っている刀など、陶製(セラミック)の安物と相場が決まっている。それも長くて反りの深い騎兵刀ではなく、歩くのに邪魔にならない短めの歩兵刀だ。反りがないのでずっと簡単につくれ、値段も安い。とくに祐介のは片刃で、折れやすいところを厚みで補った棍棒まがいの代物だ。〝斬る〟というよりは〝割る〟といったほうが近い。むろん切れ味など問題外だ。素振り用も兼ねて便利だと無理に納得していたが、甲冑の相手には重さで殴り倒すこちらの方が意外と有効かもしれない。


 隊商夫たちはあらかた倒されたらしく、いつの間にか眼に映るのは敵の姿ばかりだ。散発的にきこえてた銃声もいつしかやんでいる。これ以上は闘っても無駄だ。なんとか馬に乗って脱出しなくては。

 なぜ敵は真剣を使わないのだろう。ふと思った。が、深く考える余裕もなく、崩れ落ちた積荷の陰に這いこみ、頸飾りをはずした。ベールヘーナ姫からもらった紅玉(ルビー)の耳飾りを作り直したものだ。万一の場合はこうしようと決めていたとおり、細い紐を歯にひっかけ、石を呑みこんだ。


 陰から出ると、たちまち衝撃棒を手にした武装兵に囲まれた。祐介は前の敵のゆるい打ち込みを体をひらいてかわし、勢い余ってのめった敵の背に力まかせにふりおろした。鈍い音をたてて刀身が?(はばきもと)から折れ飛ぶ。

「しまった」

 次の瞬間、衝撃棒が四方から襲いかかった。


 気がつくと筏の上だった。まわりと天井を陶板(タイル)で囲まれているが、壁の上の空気穴と床の隅にあいた小さな穴からの光で、内部の様子はよくわかる。隊商夫の半数ほどが、身動きもままならぬほどに詰めこまれている。皆、下着しか身につけていない。

 祐介は上体を起こそうとして、両手の皮手錠に気づいた。残飯の(かす)がこびりついた碗が手元にころがっている。

「目がさめたか」

 一人おいた隣の男が声をかけた。ニルスだった。

「いったいどうなっているんだ」

「見りゃわかるだろう、捕まったのさ」ニルスは自嘲気味にいった。

 なんのために、と訊こうとして言葉を呑みこんだ。決まっている。隊商夫など人質にしたところで身代金を要求する相手がいない。

 労働力だ。売られるか強制労働か。どっちにしろ死ぬまでこき使われることになるのだ。

 とたんに目の前が闇に閉ざされた。もう葉月を捜すことはできない。いろいろ考えていた将来の計画もすべて消えてしまった。祐介は膝のあいだに力なく顔を埋めた。失ったものの大きさに、言葉を口にする気力もない。

 ニルスたちは顔を見合わせたが、声をかける者はいなかった。自分らも立場は同じなのだ。


 やがていくらか気を取りなおした祐介は、頭をあげていった。

「やつら、どこかの軍隊みたいだった」

 ニルスもうなずいた。「だが正規兵じゃないぜ。たぶん寄せ集めだ。号令のかけ方がばらばらだったからな」

「馬賊……かな」

 草原地帯に出没する馬賊には、オアシスからオアシスへ馬で移動しながら隊商を襲う小人数の野盗から、自前の補給筏をもって遠征を行なう大規模なものまでいろいろある。なかには投資家から資金を集めて人数と馬、筏や物資をそろえ、大きな隊商を専門に襲う連中もいる。強奪もそうなると事業といっていいが、そのなかには企業や国家が直接に関与していることもあり、祐介らを労働力として捕えたあたり、背後に大きな組織の存在がうかがえる。

 敵の正体や目的地については意見が百出したが、南西に向かっていることでは一致した。外の景色といえば便所代わりの穴からのぞく地面だけだが、隊商夫なら流れ去る小石の翳からたやすく方角を読みとれる。

 服も着せぬことといい、まるで祐介たちを家畜扱いだが、水と食事もその通りだ。一定時間ごとに天井から管が伸びてきて流動食を流す。それを各人の碗で受けるのだ。まごまごしていると次の分が管から流れだし、床にこぼれてしまう。まるで餌を与えられる鶏だ。みんなで桶に首をつっこむより、ましといえばましだが。


 四日目にようやく筏の扉が開いた。外に色褪せた臙脂(えんじ)色の作業服の男たちが立っている。みんな手に衝撃棒(スタンキリク)を持っているところをみると看守らしい。

「出ろ」

 汚物と腐敗した食物の滓をこびりつかせた祐介たちは、ひさしぶりの太陽の光を浴びた。さいわい死んだ者はいないが、自力では立てぬほど衰弱した者が何人かいる。もう一日閉じ込められていたら危なかったかもしれない。

目に入るのは昇降機の(やぐら)が四基、線路と運搬車(トロッコ)、発電所らしき建物や倉庫、緑色の作業服を着た表情のない男たちに、宿舎とおぼしき掘っ建て小屋の群れ。そしてまわりを城壁のようにかこむ黒と灰色の砕石の山。説明されなくても、ここがなにかの採掘場だとわかる。

 動力筏(タグ)には箱型の貨物筏(トレーラー)が二台連結されていた。後ろの筏の扉が開けられ、下着の男たちがぞろぞろところがり出てくる。隊商の残り半分だ。

 看守が男たちの前に鍵を投げた。

「はずせ」

 祐介たちが順番に手錠を外すと、

「あそこで体を洗って服を着ろ。とっととするんだ」

 と、小さな小屋を衝撃棒で指した。

「体の弱っている仲間がいるんだ。医者に診せてやってくれ」

 大声でいった者がいる。グラレフだ。

 看守はせせら笑った。

「医者なんてここにはいねえよ。働くか、くたばるかだ」

 立てない者には、まだ体力の残っている男たちが肩をかした。祐介も一人の痩せた男の腕を肩にかついで立たせた。

「いいんだ、ほっといてくれ」男はささやくような声でいった。

「元気をだせよ」

 と励ましたものの、小屋までさして長い距離ではないのに、半分もいかぬうちに息が切れた。思っている以上に体力が消耗している。素足の裏が痛い。

 くそっ、もっと足に力をいれろよ。肚の中で肩の男を叱咤した。しかし今さら放りだすわけにもいかない。祐介は自分のお調子者ぶりを呪いながら足を動かした。

 と、突然男が重くなり、祐介は支えきれずにころんだ。

「すまない」

 祐介はあやまったが、男は動かない。

「何しているんだ。はやく行け」

 看守が電源の入っていない衝撃棒で祐介の肩をこづいた。

「待てよ、この男は疲れて動けないんだ」

「疲れちゃいねえよ」看守は倒れた男の頭を蹴った。「くたばっちまっただけだ」

 祐介はよろめく足を踏みしめながら小屋の前の列に並んだ。医者がいないといった看守の言葉は脅しだと思っていた。おれたちを働かせるためには生かしておかなくてはならないはずだと。

 間違いだった。働かせて使えなくなったら捨てるだけの消耗品だったのだ。

 小屋は乾式風呂だった。長さ五メートルほどの通路の壁一面に男たちの垢と脂がこびりついて縞模様になっている。凄まじい臭気。まともな隊商ならたいてい組立式の乾式風呂を持っているが、それにしてもこれほど汚れているのは初めて見る。坑夫たちの暗く(すさ)んだ心が伝わってくるようだ。

 裸になった祐介は眼を半分閉じ、息を止めて格子の床を歩いた。殺菌光を浴び、全身の表皮が焼けるように熱くなる。天井から吹きつける風に、祐介はすばやく体中をこすって、はがれた皮膚の表層と汚れを払い落とした。

 小屋の外に積み上げられた緑色の作業服はかなりの古着で、色が褪せている。死んだ連中の着ていたものにちがいない。そういえば看守たちの赤い服も白っぽくなっている。それに彼らの動作には警官や兵士らしいきびきびしたところが感じられない。よほど程度の低い軍隊なのだろうか。

 祐介たちは素肌の上にじかに作業服を着こみ、靴をはいた。弱って横になったままの仲間に手を貸そうとすると、看守が怒鳴った。

「そいつらには着せなくていい。あとで脱がすのが面倒だ」

 重い沈黙がおりた。



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